第五話「誕生、特捜騎士!!」4
「あこれーど?」
聞き慣れない言葉に、リボリアムは聞き返した。
朝。……と言ってもボリアミュートの朝は早い。この街の人々は日の出前に起き、仕事に取り掛かる。昼夜の職務がある守備隊も、警備・見回りが非番であれば日の出前に起き、訓練場で一汗流す。午前4時が朝一番とするなら、時刻にすれば7時ぐらいであろう今は、朝三番目と言ったところだ。リボリアムも一汗流し終え、食堂に行こうと思っていたところだった。
そこをトマックに呼び止められ、先の言葉を聞かされたのだ。
「そう。この後あるから。」
「この後??……俺、汗かいたばっかなんだけど。」
「どっかそこらへんで水もらって、拭いたら?」
「う~ん……まぁ、領主様がそれでいいなら。」
「いやいやぁ、そんなん気にしてんの、リボリアムだけだって!」
「いやいやいや!仮にも領主様だよ?辺境伯……伯爵様よ?普段気にしなくても、あこれーどったら……叙任式!?!?」
「うわぁ何だよ朝から大声出すなよ……」
その大声に、通りがかった職員が何事かと振り返っている。
叙任式とは今の場合、騎士爵を賜る事を言う。帝国において騎士とは、主君に仕える準貴族である。かつて主君の手足として専用の馬と剣を与えられていたことが、騎士という言葉の由来である。大変な栄誉であるはずだが……
「……俺、坊ちゃんの騎士になるつもりだったんだけど……。」
「まぁまぁ、それはオレもなんだけどさ、行けばわかるって!」
「……?」
昔、二人で主従になろうなどと話していた事もあり、リボリアムは少し切ない気分だったが、何故かトマックはいたずらを仕掛けたかのようにニヤニヤ笑っていた。
………………
身綺麗にしたリボリアムが、領主の執務室のドアをノックする。
「サルトラ様、リボリアム、参りました。」
「うむ、入れ。」
「失礼します。」
決して広くはない執務室。そこには近衛銃士ドミナ、アンザイ、老執事、ヴァルマ夫人ケイリア、嫡男マサキ、次男トマックが左右に分かれて立っている。そして中央に、ヴァルマ領主サルトラが立っていた。
「来たか。トマックから聞いていると思うが、これからお前に、騎士号を授ける。」
「はい。……あの、本当にここで、ですか?」
リボリアムのこの疑問は、一般的に叙任式というのは大々的というか、華やかに行うものだからだ。場所も狭い執務室でなく、大広間でやるべきだろうし、新任の騎士を寄子である周辺貴族にも見せる必要があるため、それらも客に呼ぶものだ。
華やかどころか、ただでさえ狭い執務室がさらに狭い。
「うむ。今回は、内々に済まそうと思う。お前の存在は連中にとって脅威だが……下手をすれば、この国の脅威とも成り得る。」
「え……そ、そんな、俺は!」
「わかっている。私も、守備隊の連中も、お前の人柄はよくわかっているさ。だがなリボリー、他の貴族はそうは思わん。いや、『そうとは思えなかった』という口実を以て、何かしらしてくることもあるだろう。……人間はどもまでも狡猾になれる。下手をすれば、あのモグログ以上にもな。」
「…………」
執務室に沈黙が流れる。サルトラは気にせず「だからこそ」と続けた。
「私は今回の対モグログにあたり、帝室へも協力を要請した。それが近衛銃士ドミナ殿と、この書状だ。
……これは皇帝陛下直々に、モグログに関する事への特別捜査権を与える許可が記されている。ヴァルマ領のみならず、他の領地でも、だ。」
「……!」
リボリアムが息を飲む。それがどれだけの代物なのか、おぼろげながらも分かるつもりだ。帝国とは、『様々な国が皇帝に服従している』という形で出来ている。つまり他領とは『他国』と同義と言ってもいい。特別捜査権とやらがどこまでの効力を持つのかは不明だが……
奥の机に、腕輪のようなものが2つ。サルトラはそれを手に取り、リボリアムに向き直って言った。
「リボリー、いやリボリアム。これは通常の叙任式とは違う。渡すべき剣も馬も、お前は既に持っている。よって、ここでお前に渡すのは、この腕輪だけだ。」
凝った装飾がされているわけではない、革製の腕輪。大きさから言って手首に着けるものだろう。唯一、こんもりとした大きめな銀の装飾が中心に取り付けられている。
「そのままでいい。……では、リボリアム。大アバンジナ帝国の名の下に騎士となる者よ、ここで誓いを述べろ。」
「はい。」
サルトラの言葉通り、リボリアムは跪かず、直立の気を付けでもってサルトラに返答する。
「汝は、帝国に忠誠を誓うか。」
「誓います。」
「皇帝陛下に命を捧げると誓うか。」
「誓います。」
「うむ。最後に、お前自身の誓いを立てろ。最も誇り高いと思う、騎士としての誓いだ。」
「俺の、誇り高いと思う……。」
リボリアムは、目線を下に落とす。そう時間はかからなかった。
「俺は、懸命に生きる人たちの未来のため、モグログや魔族と……平和を脅かす全てと、戦うことを誓います。」
サルトラはその答えに、わずかに目を細めた。夫人ケイリアやマサキ、ドミナは目を開き息を飲んだ。アンザイは頷き、トマックは自慢げに笑っている。
「よろしい。では、リボリアム。今を以てお前を、光の結社モグログ対策下における特別捜査騎士……『特捜騎士』に任ずる。両腕を出せ。」
言われた通りリボリアムが腕を出すと、サルトラは手ずから腕輪を取りつけていった。左手は内側に、右手は外側に装飾が来るように着けられていた。
「その腕輪についた装飾は、マザーが作った。最後の製作物になるそうだ。」
「え……最後の?」
「もう材料が無いらしい。詳しい話は、マザーに聞くように。」
「はい……あれ?これだけ、ですか?」
「そうだが?」
「え……騎士なら、ほら、ウチの騎士様達も普段着てるような、アレ……」
リボリアムが手振りで示す。上手く説明できていないが、サーコートの事である。鎧の上から身分を表すための、前にかけるマントのようなものだが、普段着の上から着けるものもある。
騎士証明のついた鎧も剣もサーコートも無いでは、どうやって他領で身分証明するのだろうか?
「それだがな、普段のお前には、特捜騎士の権限はないものとする。」
「え????」
「特捜騎士の権限は、お前が『ビーアールアーマー』とやらを着た時だけ発揮されるものと思ってくれ。既にマザーにも、それを示すエンブレムをつけるよう頼んである。」
「じゃあ、普段は……」
「うむ。これからお前には他領にも赴いてもらうことになるが……普段は、兵士上がりの冒険者として振舞ってくれ。それなら鎧や剣をそのまま持っていける。この街の守備隊兵士としての身分はそのままにしておく。活動費も出るぞ、喜べ。冒険者ギルドと提携してな、よその街でも、手形を見せれば一定額受け取れる。足りなければ、ギルドで依頼を受けてなんとかしろ。」
かくしてリボリアムは、少々拍子抜けな流れを経て、晴れて特捜騎士の称号を戴いた。
この後トマックからも祝福を受けて、お祝いに街で買い食いしたのだった。トマックの奢りで。
それを目の当たりにしたドミナは、リボリアムの宣誓を聞いた時より目を見開いて息を飲んでいた。
*
「最近、なんか平和だよなぁ~。」
トマックの口からそんな言葉が出たのは、リボリアムが冒険者ギルドで、ギルドの登録証を受け取った帰りの時だ。
冒険者とは……自由を愛する旅人、何でも屋、武者修行中の武人や神官、根無し草の荒くれども……を、ひとまとめにした総称である。それら住所不定無職達に、組織員としての身分を与え、仕事を斡旋しているのが冒険者ギルドである。
「モグログが暴れまわってるけど?」
「そうなんだけどさ。他はそうでもないんだよ。」
「ほか?」
「例えば森。危ない魔獣があんまり見つからないらしいじゃん?」
「ああ~、それね。そうなんだよね。」
守備隊の職務には、ボリアミュートから南に広がる大森林の危険な魔獣を間引きすることも含まれている。とはいえ、拓いた道を巡回して、襲い掛かってくる魔獣を返り討ちにしているだけで、わざわざ探して討伐するのは主に冒険者の仕事だ。守備隊兵士であっても相手をするのが危険な魔獣はやはり多く、冒険者たちも細心の注意を払っている。
だが、ここ最近は森を歩いていても、まったくと言って良いほど危険な魔獣には出会わない。さっき冒険者ギルドの依頼掲示板も見たが、受付係によると、討伐の依頼が激減したという。この街と冒険者ギルドにとって、大森林は切っても切れない存在であるので、ギルド側も調査を始めたところだという。
「そんだけじゃなくてさ。”裏町”の連中もおとなしいんだよね。それどころか、通りが綺麗になってたし。」
「坊ちゃんまだあそこ行ってるのか!?」
トマックと付き合いが長いリボリアムも、裏町は危険なところだと学んでいる。単純な武力ならリボリアム達守備隊の敵ではないが、裏町を支配している商家の連中は、見回りに行く時に限って怪しい動きを見せないのだ。
領主の息子をどうこうするのは流石の連中でも躊躇するのか、今のところ被害に遭ったことは無いそうだが、いつ誘拐でもされるか分かったものではない。
ついでに、子供には決してお見せできないお店がメインの通りなので、なるべくどころか絶対行かせたくないというのが、トマック関係者一同の総意である。
「わかってるって、なるべく行かないようにしてるよ。ジンナ連れてったこともあんまないし。」
「ジンナ連れてったの!?!?!?」
「こ・え・が・で・か・い!」
ジンナを連れてくのはもはや論外である。トマックと違ってジンナが攫われる可能性は非常に高い。可愛い上に平民だ。すぐに売り飛ばされて奴隷として色々されるのが目に見えている。リボリアムは「絶対、絶ッッッ対もう連れて行くなよ!?!?」と、往来に構わず念押しした。リボリアムだから厳重注意するだけだが、領主サルトラやアンザイであれば拳骨が飛んでいただろう。
「でも、最近ほんと変わったぜあの商家。こないだなんかボロ小屋をいくつか改築してさ、孤児院開いてた。」
「孤児院!?あの連中が?は~~わからんもんだなぁ。」
「うん、兄上にも話したんだけどさ、なんか難しい顔でうんうん唸ってた。『良くない予感がする』って言ってた。」
「……ん?」
「どした?」
領主サルトラが嫡男、マサキは、体は弱いが頭が切れる。その意見や考え方は、サルトラにも重要視されている。彼の助言で改善された政策もあって、実績面でもしっかり結果を残している。リボリアムには心当たりがあった。
そう……長年変わってなかった街中の見回りが最近、頻度・範囲ともに拡大されたのだ。つまり仕事が増えた。
「あれはマサキ様のせいだったのか……」
「『せい』とかいうな。」
恨めし気にリボリアムが拳を握ったのを、トマックが咎めた。
*
───ボリアミュート近郊。
彼がこのように胸躍るのは久しぶりであった。
無論、”表の顔”の商売も嫌いではない。それどころか、使命を忘れて夢中になってしまう時もあるくらいだ。
だが……。
自分自身の内に、いつのまにか渦巻いていた欲求のため。何より、結社の悲願のため。
その大義をもっての暴力を振るうのは、得難い快楽であった。
「さぁ!行こうじゃなイカ!!我がキメラ魔獣達よ!!」
森から出ずる、10体の魔獣。そのどれもが大きい。その中でも一際大きな個体の背には大きな座席が取り付けられ、そこに座すは魔獣達を率いる異形。帝国きっての大商人イカウェイ=タッツの真の姿、モグログの闘神官ウィドログリブである。
森から出た魔獣達は、まっすぐボリアミュートへ向かう。堂々と、街道を通って。
そして───彼が率いているのは、魔獣ばかりではない。
ウィドログリブの騎乗するキメラ魔獣の周囲に、4人の人影。
今回の作戦に我もと着いてきた上級キメラ魔人3人と、目付け役のアイネグライブである。
「それにしても、そこなお三方は血気盛んでありますな?今回は言うなれば小手調べ。自身の目で、かの敵を見定めるのが目的だったのですが。」
「お許しください、ウィドログリブ殿。あの金鎧には借りがありますので。」
着いてきている内の1人が、ウィドログリブに言葉を返す。
そしてアイネグライブが続く。
「あなた様も言われた通り、今回は小手調べ。無理はさせません。彼らは貴重な戦力。万が一にも失わせるわけには行きませぬ。」
「わかっておりますよ、アイネグライブ殿。私も、ほどほどの所で引くとします。まぁ、そんな時が来れば、ですが。カカカカ……!」
───ボリアミュート北門。
街をぐるりと覆うレンガの外壁、その中で一番大きい出入り口だ。そして光の結社モグログからの最初の襲撃の折、一番の被害を被った場所。
修復された内側の壁面が、一部突き出るように嵩増しされている。そのレンガの一つ一つに、人の名前が刻まれていた。モグログの襲撃で犠牲になった兵士たちの名である。
彼らの名に恥じぬよう、守備隊兵士達は日々、警護に身を入れていた。二度の油断はないと誰もが誓っている。
その門を守る物見が、再び異変を感じ取った。
「……!!」
カンカンッカン! カンカンッカン! カンカンッカン! カンカンッカン!
”あの日”以来の、緊急警鐘が鳴らされる。それを聞いた瞬間、近くで見回りしていた兵達も続々集まってきた。
警鐘は伝搬し、街中に鳴り渡る。
それを聞いた人々は、次々家を出て、南の方に避難を開始する。あらかじめ通達されていた動きであった。
そして、防備が整った。
「行ってくる!」
「待って、街の様子が変だ!」
貸家へ帰る途中だったリボリアムも、警鐘を聞いてマザーの所に行こうとしたが、トマックが待ったをかけた。
「変?」
「北の方で、騒ぎが大きい……。リボリアム、オレは父上を手伝ってくる。一回、北を見に行ってくれ!」
「……わかった!」
……………………
「ギャギャギャギャ!」
「う、うわぁ!なんだこいつ!」「ゴ、ゴブリン!?なんで街中にぃ!?」
リボリアムが北区に来ると、混乱の極みであった。人々が、魔物であるゴブリンに襲われている。そのせいで逃げられない人、怪我をする人が続出している。
「こ、これは!?一体いつの間に!?」
ゴブリンは、森や山に発生する人型の生物である。火や簡単な道具を使う事から、獣ではないため『魔物』と分類されている。危険な魔獣の多い大森林では滅多に見ないが、近隣の森にはいる。強固な防備を誇るボリアミュートに来ることは全くない。だが、現に今、目の前にいる。
「……くそ!モグログの仕業か!?」
リボリアムはとにかく剣を抜き、近場のゴブリンに斬りかかっていった。
次回はいよいよバトルパートです。近衛銃士の実力はいかに!?
次回更新は来週!お楽しみに。




