第五話「誕生、特捜騎士!!」3
珍しく会話回です。
*
───ボリアミュート、守備隊員兵舎併設 訓練場。
先日、帝都より来訪した『近衛銃士』ドミナ=バローナ=アインドールによる守備隊への剣技・戦術指導は、大好評を博していた。
「「「「ドミナ師範!ありがとうございました!!」」」」
「あ、ああ。……では、解散!」
ドミナの掛け声で、兵たちは訓練場の片づけを始める。
修練師範代となってからまだ数日だが、兵たちはほぼ全員が活き活きとしており、ドミナの立場を抵抗なく受け入れられているようだった。普段より厳しい基礎訓練に、容赦ない打ち合い稽古。帝国一厳しいと言われる近衛銃士の訓練メニューに、果敢に食らいついてくるボリアミュート守備隊は、大したものだろう。だが……。
だが、そんな兵達とは逆に、ドミナの表情は今ひとつ煮え切らないものだった。
「ドミナ師範。」
「ん……リボリーですか。なんです?」
と、片付け途中で何本も木剣を持ったリボリアムが話しかけてきた。
「この後、食事とかどうです?ほら、前言ってたアレもありますし。」
「前?……ああ、言ってましたね。別にいいですけど。」
初対面の時、「食事を奢るからもっと立ち会ってくれ」と言われた件を思い出す。別に、奢りがなくとも職務としてそれが成立してしまっているし、田舎の料理より帝都の料理の方が美味しいと感じていたドミナに、誘いを受ける理由もない。
そういう意味で断ったつもりだったが……
「よっし!じゃあ腕によりをかけて作っちゃいますよ!」
「……え?いや、そうじゃ───」
「んじゃ、ぱぱっと片付けて……え、何です?」
「……いえ。ちょうどいいです。話したいこともありますし、御馳走になります。」
ドミナがそう言うと、リボリアムはすたこらと片付けに戻っていった。曖昧な断り方だったので上手く伝わらなかったが、考えてみれば、稽古以外で兵達と話をしていないと気づいたのだ。彼は一応重要人物なのだし、ここらで親睦を深めるのもいいかもしれないと思い直し───あわよくば、例の『鎧』や彼自身の秘密について聞き出せればと思い───て、誘いを受けたのだった。
「…………作る……?」
勢いに流されて誘いを受けたが、聞き間違いでなければ彼は「腕によりをかけて作る」と言った。
こういう時は、どこか美味しいお店とかではないだろうか?
ドミナはふっと笑う。口には出していないが「全く、これだから田舎者は困る……」と上から目線のやれやれ笑いだ。女性の誘い方ひとつも知らないとは……いやしかし、ここ数日見ていたが彼は年上とはいえ、純朴で兵士の義務以上の事を考えてこなかったような人間だろう。女の子の手すら握ったことはあるまい。仕方ないから今日のところは、そのあたりも教えておいてやるとするか……と、あからさまなお姉さんムーブで一瞥し、彼女は訓練場を後にした。
なお、このようにシティガールぶっているが、ドミナ自身は北方のド田舎出身である。
……………………
「そうだ、ドミナ師範は何食べたいですか?」
ドミナに敬語で話しかけるリボリアム。しかしイマイチ敬意が感じられないというか、雑……親しみから来る遠慮のなさを感じる。思えば、正規の師範であるアンザイにもぞんざいな言葉遣いが目立った。ドミナから見れば年上だし背も高いが、年下の弟……もっと言えば人馴れした大型犬のような印象を受ける。そう考えると、前を行く後ろ姿の白髪がわさわさ揺れて可愛らしいものだとドミナは思った。
が、しかし。それと礼儀うんぬんは別の話だ。早速『指導』を開始する。
「こほん。リボリー?女性を食事に誘うんでしたら、美味しいお店とかに誘うのが普通ですよ。」
「え、そう~~~~~…なん、です、か?」
「そう・です。……どこか知っていますか?」
「う~~~ん、知っては……いますが……」
「いますが?」
「給料日前だから、金欠で……」
「何故今日誘ったのです!?」
真っ当な意見である。だが、そもそもリボリアムにそんな計画が出来るわけはなかった。
「食べに行くなんて思ってなかったから~~!……ドミナ師範、俺ん家じゃダメ?……ですか?」
「…………はぁ、まぁ、いいでしょう。……兵士って給金は良い筈では……?」
舌の肥えたドミナ的には、なぜ一兵士の手料理を食べないといけないのかという感覚はあったが、目下の人間からの持て成しを快く受けるのは誇り高き近衛銃士の心得として基本のキ。器が違うのだよ、器が。
───リボリアムの貸家。
「え!?これ、リボリーが作ったの、ですか……?」
「え?うん……昨日の残りだけど、いい具合に味が馴染んでるからおいしいですよ!」
庶民の素人料理など所詮……と思っていたドミナだが、いざリボリアムの貸家に行くと驚いた。結構高級な部屋を借りている。風呂まであるようだ。
……確かにこんな生活では、兵士の給料でも生活費で吹き飛んでしまうだろう。帝都で高級な生活をしていたドミナでさえ、何故こんな部屋にわざわざ住むのか疑問でならなかった。一兵士が暮らすには贅沢すぎやしないだろうか。
だがそれだけに、居心地は良い。部屋も綺麗にしていて台所も食料も充実しているし、リボリアムが竈に火を入れると、やがて大鍋から食欲を刺激するいい匂いがしてきた。
「うーんタマネギ……きのこ……ハンバーグだとシチューと被るか?いや、肉なんてなんぼあってもいいからな……」
「い、意外だわ……」
「よし、ドミナ師範。シチュー温まったから、こっちお先にどうぞ。パンは黒パンで我慢してください。」
と言ってリボリアムが出してきたのは、とろみのある煮込み料理。先程からしているいい匂いはやはりこれであった。
「……ありがとう、いい匂いですね。」
「色々煮込んでますからね!」
「いろいろ……?」
「肉、野菜、果物もたっぷり。どれも新鮮なヤツです!」
「へ、へぇ……」
果物まで煮込んでいると聞いてドミナは不安になったが、とにかくいい匂いなのは間違いないので、そっと一口。
「!」
かなりおいしい。シチューと言っていたが、帝都で食べるそれとはだいぶ違う。もちろん帝都のシチューの方が食べ慣れているが、リボリアムの作ったこれも抜群においしい。
「お、おいしいですね、とても……。こんな特技があったとは。」
「苦労しましたよ~~。俺、始めは坊ちゃんのお付き……あ、トマック坊ちゃんの方ね。だったんですけど、その頃から同じの食べてたから、兵舎で出されるやつが物足りなくてね。無いなら自分で作らなきゃと思って、勉強しましたね。はは、読み書きより真剣にやったなぁ。」
リボリアムは話しながら、野菜を刻んで炒め、炒める間に肉を刻み、軽く炙った黒パンをドミナに配し、と目まぐるしく動いている。手際がいい。
そうして肉の焼く音が響くころ、リボリアムは振り返った。
「あれ、ちょっと少なすぎたかな?おかわり要りますか?」
「え?あ……あ~~、そうで、すね……。お願いします。あ、もっと食べたいので、たっぷり頂けますか?」
見ればドミナのシチューはほとんど無くなっていた。がっついていたわけではないし、確かに1食分には足りない量だったのは事実だ。少し抵抗はあったが、ここは社交の場でもなし。遠慮なく希望を述べた。
やがてハンバーグに火が通ると、器に葉物野菜を洗って盛りつけ、そこにハンバーグを乗せる。さらにビネガーベースのソースをかけて完成である。
「お待ちどう様で~~~す。」
「お、おお~~……!」
「黒パン、焼きます?」
「お願いします!」
ハンバーグを切り分け、一口。じゅわりと肉汁が溢れ、ソースの酸味が混ざり合う。挽肉にして焼くことで、スジが無く食べやすい。いくらでもいけそうだ。
「いいですね、やはり我々戦士の食事はこうでなくては!」
ドミナはグッと拳を握る。
リボリアムも自分の分を用意し席に着き、手を合わせる。ドミナはその仕草を一瞬不思議に思ったが、目の前の肉を喰らうのに忙しいので気にしないことにした。
「ドミナ師範、師範はどうやって強くなったんですか?」
「む、強さの秘訣ですか。それは他人には真似できないですよ。普通の人が10年かかることでも、私は1か月で出来ますから。」
「ええ!?」
「もとより近衛銃士とはそういう天才たちの集まりです。ただ、強いて言うなら、今も訓練は欠かしません。我々のような天才であっても、サボれば『腕が鈍る』というのは起きますから。」
「特別な訓練をしてたりとか……」
「それで誰もが近衛銃士のように強くなれるなら、全軍に通達されてるでしょうね。」
「そっか……そういやそうですね……」
「逆に言えば、訓練内容は今あなた達に課しているものと変わりません。完璧にこなせれば、帝都の精鋭にも迫る軍隊になれるでしょう。」
「……が、がんばります。」
「はい。大いにがんばってください!」
リボリアムから振られた話は、なんとも純粋な話題だった。
「ドミナ師範は、俺より小柄なのに、俺より力あるじゃないですか?でもどう考えてもドミナ師範の身体、そこまでの筋力あるようには見えないんですけど?」
「ああ、そのことですか。私は……というか近衛銃士は、『闘気』を昂らせることで、怪力を出すことが出来るんです。」
「『闘気』?」
「はい。と言っても、万人に出来るものではなくて……教えることが難しいのです。私も、頭で考えて使う事が出来ません。というか、あなたの怪力こそ私は疑問なんですが?あなたからは『闘気』を使っている感じがしないので、『闘気』を使っている私と、どうして普通に打ちあえるのか……」
「俺の身体は、特別なんで。」
「何も答えになってない……」
リボリアムは自身が人間ではないという前提で話しているので、今の答えがすべてではあるのだが、その肝心な前提が共有できていないのでドミナは呆れるほかない。
『闘気』とは、強者が無意識にやっている技術で、アンザイなど大型魔獣を一刀に切り捨てることが出来る者は大抵これを使っているらしい。
だが、誰もがその感覚を言葉にできないでいる。呼吸をするのと同じように出来るので、説明のしようが無いのである。
「まぁ、ともかく『闘気』を習得できるかは運ということです。それよりは既存の技術を洗練する方がいい。
……そういえば、ここの守備隊は、格闘術もなかなか高い技術がありますね。」
「ああ、……ですね。魔獣相手だと剣を絡め取られる事もあるので、その時は手足で戦わないと。俺達、そこはみんな必死に覚えるんですよ。」
「ああ~、だからですか……。組み付きの後、なぜ打撃主体なのかと思ってました。帝国軍式の格闘術は、極め技が主体ですから。」
………………
男女の食事風景とは思えない真剣なやりとりは、食事を終えた後も続いた。
そしてドミナは、話に熱中するあまりリボリアムの秘密を聞き出すのを忘れていた。
最近のボリアミュートは、平和そのものであった。先の大ネズミキメラ魔人襲撃から目立った事件もなく、『裏町』の連中もおとなしいばかりか、孤児院の慈善事業を始めたとかで、花咲き通り一帯の地域は賑わいを見せている。
だが、それを逆に怪しむ者もいた。ヴァルマ領主が嫡男、マサキであった。
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寝落ちてて更新遅れましてごめんなさい……。
あと2更新くらいでまとまります。次回更新は来週!




