第五話「誕生、特捜騎士!!」2
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リボリアム達の暮らすヴァルマ領都、ボリアミュートは、辺境とは言え領主のお膝元にふさわしい規模の街である。
しかし、街の規模が大きくなれば”澱み”も出る。それは帝都ですら同じである。
───ボリアミュート裏町
”裏町”というのはもちろん便宜上の呼び方だ。本来は『花咲き通り』という。だが皆、裏町と呼ぶ。歓楽街というのは大抵、後ろ指差されるような人間が経営しているものだ。
事実、この裏町を牛耳っている商家は、いろいろと後ろ暗いこともしている。今日はその一家の屋敷で、祝宴が開かれていた。
皆浴びるように酒を飲み、ボスの男は女を侍らせ、大いに楽しんでいる。
発端は、一月前に来た奴隷商だ。『お近づきの印』と、6人もの奴隷を無料で譲り受けた。男3に女3。これがよく働き、店は大いに盛り上がった。
おかげで最近は上納金もたんまりだ。それを祝して今日、宴が開かれたというわけだ。
「お前等が来てからいいこと続きだ!これからも働いてくれよ!」
一家のボスが、侍らせている件の女奴隷の1人に呼びかける。
「もちろんにございます。我らが主様のお役に立つことが、我々の役目にございますれば。」
「うんうん、そうだなぁ。くくく、あの奴隷商、お前等だけでなく、幸運も贈ってくれたのかと思うぞ。このままいけば、1等商区の乗っ取りも夢じゃない。ゆくゆくは領主を買収し、鉱山までも手に入れてやるさ!」
「まぁ!それは素敵でございますね!」
ボスの野望は留まるところを知らないようだ。
だが気分良く飲んでいるボスの手が、ふと止まった。
「!…………!!……っ……!」
そのボスの様子を部下たちが不審に思った時、ボスはガタガタと震え、グラスの中身がビチャビチャとこぼれていった。
ボスは声にならないうめき声を上げながら、しだいに震えも大きくなり、椅子からずるずる落ちていく。
「ボ、ボス!?どうし……っ …………!」
ボスの容態を心配した幹部たちも、ボスと同じように呻きながら倒れていく。この場で変わらず立っているのは、奴隷たちだけだ。
「ぉ……!お、おま、え、たち、……!なにを、い、れ、た、……!?」
ボスは奴隷達を指して言う。奴隷の中には状況を飲み込めず混乱する者と、この状況下で平然とボスたちを見下ろす者がいた。
後者は、先の男女6名だった。ボスに侍っていた1人が語りかける。
「言ったでしょう。我々は我らが主様のお役に立つことをしているまでです。まぁ、その主様は貴方様ではないのですが。」
「ご、ごががが……!あ、アアアーーーーーーー……!」
ボスが喉の奥から絞るような叫び声を上げ、肌が青くなっていき、体毛が伸び、ゴブリンめいた化け物に変わり始めた。他の幹部たちも同じである。
何も解かっていない他の奴隷たちは怯えて動けず、腰を抜かしてしまった者もいる。
そのへたりこむ奴隷に、平然としていた男奴隷がしゃがみ込み、優しく微笑んだ。
「あ……あ……! た、たすけて……」
「だいじょうぶ、君たちにはなにもしないよ。我らは、君たちのような奴隷をこそ、救いたいのだから。ただ、この事を知られては困るからね……。奴隷紋に、ちょっとだけ細工させてもらうよ?」
見れば、他の怯える奴隷たちも同じように、男女6人の新入りに詰め寄られている。それぞれ奴隷紋に手を触れると、紋がぼんやり蠢いたように乱れ、すぐまた元に戻った。
「これでいい。君たちはもう、不等に虐げられることはない。望むなら、我々の仲間にもしてあげよう。」
怯える奴隷たちは尚も混乱していたが、体の震えは止まっていた。
この日を境に、『花咲き通り』にはある変化が起こった。通りを牛耳っていた一家の連中がいびり散らすことは少なくなり、上納金も半額になった。娼婦たちは稼ぎの取り分が増え……。
裏町の治安は少しだけ良くなっていった。
*
暗闇に満たされた空間に、ほのかな光の粒が舞う。
「モグログの輩達よ。」
黒い鎧の男が、その暗闇に語りかける。モグログ首魁、闘神官アイネグライブである。その背後には静かに座る、巫女モラドの姿もある。
堅い鱗に守られた腕があった。細剣がいくつも生えたような足があった。ぎらりと輝く目が、刃物のような爪が、蠢く何本もの牙があった。
闇に響いた声に呼応するように、何者かの気配が続々と露わになる。みな一様に、黒鎧の次の言葉を待っている。
「ついにかの領地に、『近衛銃士』が現れた。名はドミナ=バローナ=アインドルフ。」
闇の中の者達の気配が微かに動く。その中の一人が声を発した。
「ドミナ……!本物の『超人』という、あの。」
「いかにも。……かの街に近衛銃士が加わったとあっては、おいそれと戦力を出すわけには行かぬ。我ら総出でかかっても、無策であれば敗北の憂き目に逢うだろう。
口惜しいが、それは我らが同志が討たれた事からも明らかだ。」
「……サズーラ。ますます惜しい奴であった!」
闇の中の一人が、苛ただしげに言う。
その闇の中に、場違いにひょうきんな声がした。
「おやおやおや。みなさん、なにやらど~~にもお暗ぅございますなぁ?」
「!?」「な、何奴!?」
動揺し出す闇達に、アイネグライブが「待て。」と制す。
「おいででしたか、ウィドログリブ殿。」
闇の中、いそいそと腰低く歩み寄る男が一人。声もひょうきんなら動きもどこか愛嬌があり、それがこの場に余計にそぐわない。格好を見ると、白いダボダボの衣装に色とりどりの宝石を身につけた、趣味の悪い商人のようだった。
大柄なアイネグライブと並ぶと小男に見えるが、平均よりやや小柄といったところか。服は豪華だが、顔や手は細く、非力そうな中年男だ。顔も目つきも実にうさんくさい。
「ウォ、闘神官殿……何者ですか?この男は……?」
問われた闘神官アイネグライブは、他の者達にも聞こえるよう口を開……こうとしたところ、商人風男が腕を広げ振り返り、言った。
「み~な~さ~ま!お初にお目にかかります。
あたくしビーバード領は港町フォーシオンで商いをしております、タッツ商会会長のイカウェイ!イカウェイ=タッツと申します。この度は皆様にお力添えをいたすべく、ここヴァルマ領に足を運んだ次第。」
「タッツ商会?あの、帝都にも店を持つという、タッツ商会?しかしそれでは先ほどの……」
イカウェイの自己紹介を補足するように、アイネグライブが続ける。
「イカウェイ殿の名は、表向きのもの。帝国民の身分としての名。
この方は我らよりも以前から、脈々と紡がれてきたモグログの先達の1人……。闘神官ウィドログリブ殿だ。」
「どうぞよろしく……。あ、そう畏まらずに、どうぞイカウェイ!と、呼んで下さいましね?」
恭しく礼をするイカウェイ。表を上げ、くるりと回ると、次の瞬間には様々な海洋生物が混じり合ったような、キメラ魔人の姿があった。
その異様に、周囲がどよめいた。
「そ、そのお姿……!いったい、いくつの……!」
「10は越えていますな、たしか……13?15?そのくらいだったかと。ああお気になさらず!家系的なものでして、あたくしの一族は特別なのです。」
「じゅ……15……!!」
周囲のキメラ魔人達はおののいた。
キメラ魔人は、人間と他の動植物とで魔術的融合を施し誕生する。
そして、4体以上の生物と融合をせしめた者が『上級』と呼ばれ、力も魔力もどんどんパワーアップする。
だが、2体以上の融合は、それを繰り返すほど人としての人格や理性が危ぶまれていく危険が孕まれる。理性が崩壊してしまった者はもはやキメラ魔人ではなく、『魔獣』と成り下がってしまうのだ。
目の前のウィドログリブの融合数は15体だという。商人風男だった時に比べ、アイネグライブを超す巨体になっている。
ウィドログリブはまたくるりと回り、元のイカウェイの姿に戻った。
「久しゅうありますね、アイネグライブ殿、巫女モラド殿も。いや~うれしい!モグログがこんなに増えるなんて、かつてありませんでした。アイネグライブ殿には感謝しなければ!」
「ウィドログリブ殿……」
「ノンノン、アイネグライブ殿!イカウェイとお呼びくだされ!ほら、名付けたのが私のせいで、名前も似ちゃってややこしいでしょう?すみませんねぇ、センスが古くって!もっと流行の名前にしておけば。例えばトマ───」
「イカウェイ殿、そろそろ……。」
「おお、そうですな!」
イカウェイはこほんと一つ咳払いし、闇の中に向き直った。
「ボリアミュート攻略、実はあたくし、一足お先に手を打っております。古来城攻めというのは、外と中から仕掛ければもろいもの。……中からというのは、出来ればの話ですがね。ええ、ええ……
でも今回は、できちゃいましった!!!!」
ぱん!と手を打って広げるイカウェイ。それに対して周囲の闇は、しんと静まりかえっている。アイネグライブも特にリアクションは無い。
中から攻めるのは今まで確かにやっていないが、潜入捜査員としては既に1人送っており、成果も上々だったからだ。キメラ魔人は普段は普通の人間のため、旅人や行商人に扮すれば潜入は簡単なのである。
「皆様のご心配はごもっとも!今回、戦力は私がご用意しました!大型キメラ魔獣、10体!どうだ!」
どどん!と宣言するイカウェイ。大型キメラ魔獣とは、リボリアムが最初に戦ったサイズコルポス変異体、ネガコルポスなどのことだ。
大型キメラ魔獣は、戦闘力だけで言えば上級キメラ魔人に迫るものがある。それを10体とはかなりの大盤振る舞いだ。これには闇の中もうむうむと頷く。
「実に頼もしい。イカウェイ殿。」
「よかった、ご満足いただけましたか。では今度は、かの敵のことをお聞かせ願いますかな?」
アイネグライブは、背後にあった祭壇に丸い水晶を置いた。
巫女モラドがそれに魔力をそそぎ込むと、金鎧を着たリボリアムの姿が映った。その映像を指し、アイネグライブが説明する。
「目下我らの最大の障害……”金鎧”、リボリアム。
普段は白髪の男、ボリアミュート守備隊第6班所属。
剣の腕は並なれど、侮れぬものあり。その金鎧は、我が剣でも一息には貫けませぬ。幻術も、それと悟られれば容易に解除されてしまいます。
さらに右腕は剛力で、下位のキメラ魔人であれば一撃。左腕の盾は、礫を飛ばすことも、弓矢にも、剣にもなる魔法の武具。その剣が輝くとき、我らモグログの誇ってきたあらゆるものが切断されてきました。」
これらのデータは、ボリアミュートに潜入している同志や、戦ってきた者の証言をまとめたものだ。イカウェイはううむと唸る。
「まさに無敵の矛と盾、両方備えているというわけですな。」
「そして、魔法を使いこなす空飛ぶ鉄の馬。剣で刺しても死すことなく、その傷をも治して見せた。」
「魔法を使う馬???」
「そうとしか言えぬものです。……いや、あるいは……馬のいない、戦車とも言いうべきか。だがこの馬無しの戦車が、我らの『爆破』を真似てみせたのです」
「なんと、『爆破』を……!?」
イカウェイはしばし黙考し、やがて意を決した。
「あいわかった、一切合切、おまかせなさいな!その金鎧リボリアムとやらに馬無し戦車、私がお相手つかまつる!」
闇の中から、感心と戸惑いが半々の雰囲気が漂う。アイネグライブよりも格上の闘神官が赴けば、もしかしたらという気持ち。しかし今は金鎧に加えて近衛銃士までいるという不安。さしもの上級キメラ魔人達も、どうなるか不安であった。
そんな雰囲気の闇の中を、イカウェイはひょこひょこ歩いて出て行こうとする。
「お待ちを……。」
「……巫女モラド殿?」
それを最後に引き留めたのは、今まで言葉を発しなかった巫女モラドであった。
「ウィドログリブ様。あなた様が来られたこと、まこと吉兆なのですが、ゆらぎも大変に大きい。ともすれば、これが大厄にも成り得ます。どうか、ご慎重に事を運ばれていただきたく。」
「……おもしろい。モグログきっての予言者が言、いかなるものか。試してしんぜましょう!」
イカウェイはニカリと笑った。しかしその瞳の奥には、ぐらぐらと漆黒の闇が蠢くような凶暴さが渦巻いていた。
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次回更新は来週です。
今月中には特別編はできないかも。楽しみにしてた方にはごめんなさい。




