第四話「あんたが近衛銃士?」3
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赤髪にそばかす、年のころ12程の少年。領主であるサルトラ辺境伯の次男トマックは、今日も今日とて街中にいた。青髪にそばかすの可愛い幼馴染ジンナも伴い、街の奥まった所に住むヘンテコじいさん改め、歴史学者のモルダンじいさんのところに入り浸っている。
「森の中に、遺跡はなさそうとな?」
「うん、たぶんね。でも、モグログって悪い奴らが出てきたんだ。悪魔の封印を説いて、すろーんする?とかいうのが目的だって。」
「……『開座』?……とはまた、大きく出たのぉ。」
「なんなのさ?スローンって。」
「なんだと聞かれると、俺ぁも困るのぅ。魔術によって人を超越したもの……すなわち神になるとか、たとえば女神シャロットなどに会いに行くやりかたであるとか。いろいろ言われとる。その言葉自体、漠然としたもんじゃ。
じゃが、この国や、他の王国の歴史書にも度々その言葉が出る。歴史学としては、まぁ、それを解き明かすのにロマンは感じるものだが……悪魔……いや、その連中に言わせれば神の力で、開座に至る……。
碌でもなさそうな事なのは確かだわな。」
「つまり、結局よくわかんないってこと?」
トマックのまとめに、モルダン爺さんは「うむ」と頷いた。
「そうそう、近々ここに助手が入るらしくってな。来たらトマック坊にも挨拶させよう。よろしくな。」
「へぇ、助手?」
「そのモグログとかいうのが現れたせいじゃろ、ワシの研究の重要性が高まったそうなんじゃ。資料まとめを手伝ってもろて、領主様に適宜報告。場合によっちゃ帝都にも行くかもなぁ。」
「へぇ~~!ダイシュッセだね、じいちゃん!」
「カカカ、そうだのぅこの歳でな!まったく忙しくって隠居する暇がないわい!」
そう言って快活に笑う爺様は、少年のような瞳であった。
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モルダン宅を後にし、路地裏をゆくトマックとジンナ。
「そういえば今日は剣のお稽古、さぼってないの?」
「うん、まぁね。今日は午前だけ。」
「トマックエラ~い!どういうことしてるの?」
「腕立てしたり、腹筋したり、走ったり、そんな感じ。面白くはないけど、ヤツらがまた暴れ回ったら、オレも戦わなくっちゃな!」
「……また攻めてくるの?あの魔獣のタイグン。」
「たぶんな。なぁに、もうリボリアムがいるんだ、オレたちは自分の安全さえ守ればいいんだ!」
トマックの気楽なまとめに、ジンナは「うん」と頷いた。
と、2人が歩いている道よりもさらに狭い路地に、見知った姿を見た。なにやら一人でぶつぶつ呟いているようだ。
「ん~~~むトマックを追うとなったのはいいが、どうやって取り入るか……もう偶然を装って通りがかりで話を聞くわけにはいくまい。いっそもっと深く知り合ってみるか?いや焦るなスポーノス、まずはいつものように、行動パターンをよく観察して……」
「よっ配達屋のスーポさんじゃん。」
「ヂュカァッッッッッッ」
「どったの?」
”配達屋のスーポ”ことスポーノスは、なにやら悪巧みをしているところでトマックに声をかけられ、心臓が止まる勢いで驚いた。奇妙な声も上げてしまった。
「ここっこれはわわ、領主様のとこの坊ちゃん!と、お嬢ちゃん。こんな裏路地で、いかがされたんで!?」
「?ああ……べつに、なんか面白いことないかなって、散歩してたんだけど?」
トマックは『スーポ』の不審な態度も特に疑問に思わず、あっけらかんと質問に答えた。
「そっ!?…………う、言えば、そうでしたなぁ……トマック様しかし、こんなところ、ほぼ領主様のお館の反対側ではありませんか。ここまで来なさるので?」
しかしその答えは答えで、スポーノスを面食らわせた。護衛も無しに街の端まで来れば、荒くれ者に誘拐されてもおかしくない。この街は治安がいい方だが、だからといってどこもかしこも安全というわけではないのだ。
「なーに平気平気!オレ達以上にこの街に詳しいヤツなんかいないぜ!」
「そーそ!あたし達どっこへだって行けるんだから!」
だというのにこれである。こういうのは一度も危ない目に遭ったことのない人間特有の慢心であるのが常だが、当のトマックは、街の暴漢の何百倍も危険な連中に攫われ、処刑までされそうになっている。それでこれなのだから、救えない馬鹿なのか……それとも余程自信があるのか。
と、ここでスポーノスはふと気づいた。
これは仲を深めるチャンスでは?
「そ、それでも、この辺は危のうございますですよ。あっしはね、お子さんが近づけないような場所にも仕事柄行くんでね。こういったトコはトマック様より詳しいんですよ。そのあっしが言うんです、ここは危ない!あっしめが、お送りいたしましょう!」
だがその言葉選びが悪かった。
「……ふぅん?あんなこと言ってるよ?トマック。」
「へぇ~、このオレより、詳しいって?スーポさん……」
ガキンチョ二人の目が鋭く光り、口元に笑みが浮き上がった。
「ん?……」
スポーノスは知らなかった。目の前の小僧が、基本的に『大人の言うことを聞かないわんぱく坊主』だということを。いや、『元気でわんぱくだ』という認識はあった。だが、その想定が甘かったのだ。
「じゃあさ、追いかけっこといこうぜ!オレらもスーポさんがめっちゃ速いって知ってるからさ、本気だぜ!」
「あたし達にタッチできたら、スーポさんの勝ちー!」
「え!?えええっ!?!?」
言うが早いか、トマック達は路地を駆けだした!
「ちょ……ちょっとぉ!お待ちなさいよぉ!!」
遅れてスポーノスも走り出す。確かにスポーノスは素早く、体力もある。モグログの構成員として当然キメラ魔人……それも上級である。そこらの一般人とは比較にならない身体能力を有しており、運送業もその肉体で楽々とこなしていた。だがまさか、子供を追いかけ回すことにその力を使うことになるとは思わなかった。
まぁそれでも、勝負は勝負。それも相手はたかだか子供。上級キメラ魔人が負けるわけが───
「ってええ!?速!?!?」
無いはずなのだが、いかんせんスタートダッシュで出遅れていたせいか、意外な子供のすばしっこさを見ることになった。
「こっこうしちゃおれん!」
スポーノスはぐんぐん追い上げる。子供達が角を曲がるとわずかに遅れを取るが、それもごくごくわずかである。
「うお!?速いぜスーポさん!?」
「こりゃ待ちなさぁ~~~い!!」
「トマック、あっち!」
「よしきた!」
お子ちゃま2人はまた角を曲がる。
追ってスポーノスが曲がると、子供達は目の前に居なかった。
「え!?……いや、上か!」
スポーノスがそう言って顔を上げると、ちょうど小さな足が引っ込むのが見えた。ジンナの足であろう。なるほど側には大きな木箱や、頭に乗せる大籠も積まれてある。子供ならではの身軽さで、それらや窓などに足をかけて登ったのだ。この辺りの家の屋根は比較的平らな作りで、大人が上に登ることも想定されている。この屋根には家々を繋ぐ『渡り』も随所にあり、ご近所同士で助け合って生活している区域である。
つまり、子供が駆けまわる事もできる。今度の『ステージ』はそちらだといわけだ。
「とうあっっ!!」
「!?」
ひとっ跳びで屋上に上がるスポーノス。ビクッと振り返るお子ちゃま。健康優良児達の運動能力に感心するところはあるが、所詮上級キメラ魔人に敵うわけがないのだ。
と楽しげに口角を上げるスポーノスだったが。
「え?」
目の前にいたのはジンナではなく、もっと小っちゃい別のお子ちゃまだった。トマックもいなかった。
「ああ~~~~……と?お嬢ちゃん、こんな家の上で、何をしてるだね??」
「おせんたくてつだい……」
言われて振り向けば、所々にロープが張られ、色とりどりとは言い難い洗濯物が翻っていた。
「お手伝いかぁ、エライねぇ。おじちゃんびっくりさせちゃったね!ごめんね~~………
…………え?坊ちゃん達は、どこに……?」
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※答え:下の木箱の中(実はスポーノス側から見えなかった面には板が無く、中も空であった。)
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トマックとジンナのお子ちゃま2人は、露店通りに出てきていた。華やかではないが賑やかであり、ちょっぴりスリルもあって、2人も好きな場所である。
「うまく逃げられたね!トマック。」
「まぁな。でも油断は禁物だぜ。変装だジンナ!」
トマックがそう言って羽織っていた上着を脱ぎ始める。くすんだ空色の上着を裏返してジンナの頭に被せた。
ジンナはうまい具合にそれをターバンにする。これで傍目には、『赤髪で白服の少年と、薄青のターバンの少女』だ。もちろん近づけばすぐわかるが、これで市井に紛れると案外溶け込めるものなのだ。二人とも走り回っていい具合に砂埃まみれなので、露店通りにも馴染んでいる。
「さぁって、勝利祝いに買い食いでもするかぁ!」
「この街レキ1年じゃ、あたしたちに追いつくのはムリだったわね。」
と、2人が鼻高くしていると、後ろから声がかかる。
「お、坊ちゃん、ジンナも。何してんの?」
「……あれ?リボリアム……今日から山中訓練じゃなかった?」
そこには、何故か見知らぬ女性をおんぶしたリボリアムと、多くの荷を抱えて歩くアービン班がいた。
リボリアムは背中の女性を指して言う。
「これこれ、この人。山の中で会ってさぁ。錯乱して暴れようとしたんで、リッキーが眠らせて、危ないから連れ帰ってきたわけ。」
「へ~~~!キレイな女のひと!」
「……周りみんな守備隊でしょ?あのコワモテ集団のド真ん中で暴れるってすげえなぁ。」
哀れなおじさんを翻弄していることなど忘れ、おしゃべりにふけるお子ちゃま2人。
しかし、2人は知らない。その哀れなおじさんは『人間』ではないことを。
(……見つけた!)
おしゃべりする子供達を物陰から覗き見る不審者───スポーノスである。一時は完全に見失ったが、優れた嗅覚でもってトマックを見つけ出したのだ。
だがいざタッチしようとしたところで守備隊が現れ、出る機会を逃した。
絵面としては不審者が領主の子を追いかけ回している構図なので、のこのこ出ていくわけにはいかなかったのだ。
「そう、聞いてくれよ~。この人、一瞬でもぅすんごい魔法使おうとしたモンだから、もしかしてこの人が近衛銃士じゃないかってさ。」
「近衛銃士!?この人が!?」
(ぴ、近衛銃士だと!?あれが……そうなのか!見た目にはただの寝ている女だが……!?)
スノーポスは焦った。早すぎる。噂だと思っていた。最初のボリアミュート襲撃から3週間あまり。領主は街の被害の事後処理に追われているものとばかり思っていたが、救出されて直ぐに帝都へ応援要請をしていたのだろう。でなければ、同志であるアイネグライブ───ニーグが言ったように、噂が出て直ぐに近衛銃士が現れるなどあり得ない。
だが、と、一旦冷静になる。
(本当に近衛銃士か?あの帝国随一の戦士が、何故守備隊兵士におぶられて寝こけている??)
そう思っていると、リボリアムの背にいる女性が目を覚ました。
「あ、起きたよその人。」
トマックが言い、リボリアムが振り向く。女性は、文字通り目と鼻の先に見覚えある白髪と顔を見て、辺りを見渡した。
「───」
前には薄汚い子供。後ろにはあのコワモテ軍団。確保されてる自分の荷物。周囲は割とたくさんの人。露店通りだろうか。どいつもこいつも身なりはイマイチだった。
女性は結論を出した。
───奴隷市場に運ばれる最中だ。
「うおぉーーーーーーぉぉぁあああ!!!『破裂風球』『破裂風球』『破裂風球』!!!!」
ドガドガドガアアアアアアアアアアアン!!!!!
「「「「「ぎゃああああああああ!!!!」」」」」
近衛銃士(推定)女性の放った魔法はリボリアムの足元で大爆発し、リボリアムはもろに爆発に巻き込まれ、女性自身は上空に吹っ飛び、アービン班は後方に吹っ飛び、トマック・ジンナは程よく地面に転がり、周りの人々はとばっちりで暴風と砂煙に巻き込まれた。
「お…………お……おおお……!!」
突然の大爆発に、離れて見ていたスポーノスも圧倒されていた。
(今のは、精霊魔法の基礎呪文!?な、なんて威力だ……!)
その通り、女性が放ったのは精霊魔法───万物に存在する精霊の力を借りて、様々な自然現象を引き起こすものだ。その中でも基礎的なもので、いうなれば風のボールを放り投げて破裂させるもの。
使い勝手が良く、相手が人でも魔獣でも一定の効果を見込めるものだ。
だが、一般的に知られるそれより遥かに高威力で広範囲だった。あんなに爆発するような魔法ではないのだ。ああいった現象が起こるのは、特別精霊に好かれる者が使う場合や、体内魔力『オド』がとてつもなく高い場合だ。とてつもなく、だ。
特別精霊に好かれる者というのは、魔学において可能性が高いと見込まれている仮定の話である。『娯楽文学に登場する架空の人物』と同義である。つまり、存在しない。
一方、とてつもなく高い『オド』をもつ人間は、まだ実在する可能性はある。だが帝国広しと言えど……そんな人材は在野に居ない。速やかに国に召し抱えられるものだ。
(それこそ宮廷魔術師以上……!近衛銃士と呼ばれる程でなければ……!やはり、あの女が……!?)
現在、その近衛銃士と目される女性は、飛びあがった空から偶然にも露店の布屋根に落ち、よろよろと起き上がって逃げようとしていた。
近くにいたトマック達は、今起き上がり互いの無事を確認している。どうやら女性を追いかけるようだ。
周囲の兵士たちは倒れたままだ。が、砂煙の中で一人、立ち上がる影があった。その影も追いかけようとしていた。一番被害が大きそうなのに、大したタフネスである。
(……もし、もし本当に近衛銃士なら……いや!あれほどの魔力を持つ実力者が、この街に居られるだけでもマズい!……かくなる上は……!)
光の結社モグログの忠実なる徒、”潜むもの”スポーノスは、今日この時初めて、結社の意に反することに決めた。
ひたすらに結社の為を想い、決断した。
あの近衛銃士と目される女を抹殺する、と。
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良い感じに楽しい雰囲気を出したい。出せた。はず。
次回もこんな感じでありつつ、バトルにもってきたい。
★、ブクマ、感想、応援コメント、誤字矛盾の指摘、どしどし下さい!
はげみになります!よろしくです。
次回更新は金曜夜0時!予定!
※追記
上記更新予定に間に合いませんでしたすいません!
次回は……未定!
私生活忙しくってね。楽しみにしててくれた方ごめんなさいね。




