第四話「あんたが近衛銃士?」2
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藪生い茂る道を、50名ほどの兵士達が列を成して歩いている。
みな、同じような背嚢を背に、汗を流しながら山道を行軍している。
「はぁ、はぁ、やっぱキツイなぁ……」
息を切らしながら、リボリアムがぼやいた。
すると、すぐ前にいた同僚のリッキーが笑いながら応えた。
「ははは、口に出すと余計にキツくなるんだぜ」
「そういうもんかな?」
「もちろんそうだ。俺のばあちゃんが言っていたぜ。『やる気は口から出す、やらない気も口からでちまうから、そっちは我慢して飲み込んどく』ってな。」
そう言われればリボリアムにも思い当たることはある。『言葉は魔法』というものだ。訓練などの実体験で気合いを入れると調子が良くなる……等といったこともそうだし、新たな相棒となったBRE-V01に「ベルカナード」と名付けたのは、これと似たようなものだろう。
魔法の呪文然り、言葉というものは、ただそれだけで何らかの力を持つらしい。
「そうなのか……はぁ、はぁ、よぉし、俺たちの班、なんのトラブルもなくやりきってやる!」
「そうそう、その意気だ」
「お前達、やる気はいいし、意気もいいが、山の中であまり騒ぐなよ?魔獣じゃなくたって危険な獣は多いんだ」
「「へい。」」
そう言って二人を窘めたのは、副班長のトーマス。守備隊は、平時から一緒に行動を取る隊員の班分けがされている。
各班は5人1組。正式には番号で呼ばれるが、班長の名前をとって「○○班」とも呼ばれる。リボリアムは6班、通称「アービン班」である。
その班長アービンは班で最年長の35歳。現在は先頭で黙々と進んでいる。
───と。
「む、隊長、物音がします。斜面の上から……何か大きなものが。」
アービン班の一人、小柄で猫のような毛むくじゃらの獣人ヘルマンが上部を指差す。その見た目通り聴力などの感覚に優れており、守備隊の獣人連中の中でも特に目耳が利く。
その男の言葉を受けたアービンは。
「む?そうか。……全体停止!一時停止だ!!」
「! アービン班一時停止!」「一時停止!」「一時停止!」
アービンの号令を受け、全体が復唱し停止する。
「ヘルマン、速さは?」
「かなり速い!いや、もう来るぞ!注意しろ!!」
言うが早いか、すぐリボリアム達の耳にも、何かが藪をかき分けてくる音が聞こえた。
リボリアム達の前方に、丸いシルエットが飛び出した!
一見すると空中に止まっているようにも見えたが、それはリボリアムの目にだけだ。
何故なら、リボリアムに向かって真っ直ぐに飛んでくるモノだったからだ。
「!?」
それを理解した瞬間、リボリアムは両手を広げた!人の思考というのは不思議なもので、いざというときには頭がクリアになり、極めて高速かつ冷静に状況を判断できるようになる。
リボリアムに向かってくるそれは、大きな荷物を背負った人間だった。
「ふぬぉッッッッッッッッ!!!」
ズッシンと音がしそうな受け止め方で、リボリアムはその人間……否、持ったのは荷物部分なので、荷物を受け止めた。
周囲の人間が「おおっ……」とどよめく。リボリアムが、体躯の割に力が強いというのはそこそこ知られているのだが、どこまでの膂力があるのかは不明だった。今周囲の仲間たちが目にしているこれは、かなり圧巻の光景である。力が自慢の栄えある守備隊員たちなので「ま、まぁ俺だっていざとなれば、このぐれえは……」みたいな空気だが、心中では不可能だと直感した者も多い。
「んぎょわぁぁぁぁああああああああ……!!!」
何せ当のリボリアムが何とかギリギリで耐えられている状況である。顔も真っ赤で、恥もかき捨てて奇声を上げながら、下方に落とすまいと腕と背中と腰と太股と腹筋で耐えている。
ややあって。
「フゥー!フゥー!…………しぃぃぃぃぃぃぇぇぇえええ~~~~~~ぁぁぁあああ~~~~~~~~い……!!!!」
たっっぷり気合いを入れ続けながら、その荷物と人物を怪我させないよう、ゆっくり地面に降ろした。
転がり飛んできた人物は目を回しつつ呆然としていた。狭い山道でほかの隊員達が、なんだなんだと押し込み状態である。
その人物は、女性のようだった。
「のよう」というのは、あまりにも身体の凹凸が少ないからだ。だが、男というには顔や体つきが違う。よって辛うじて「女だよな?多分」と判別している。
隊員達はこの状況にちょっと取っつき難さを感じて誰も踏み出せなかったが、そういうのに割と頓着がないリボリアムがその女性と目線を合わせ、話しかけた。
「大丈夫かい?怪我はない?」
女性は回っていた目の焦点を合わせ、周りのむくつけき男達を見やり、視線を天に固定すると……ぼそりと答えた。
「………………死にたい。」
その場を静寂が支配した。
どんな言葉を言えばいいか、誰もがわからなかった。
そしてその静寂を引き裂いたのは、他でもないこの静寂を作り出した張本人だった。
「終わりだちきしょう!!お、お前ら言っとくが、あたしにだって誇りはあんだかんな!!?ここで恥を晒すぐらいなら舌噛んで死ぬから!!」
「なんで!?!?死ぬなよ!?」
どうやら錯乱してるらしい女性は、細い腕をぶんぶか振り回して喚いている。
と、喚く途中で、はっとした。
「い、いや、ここは山の中!そして目の前には賊!これは正当防衛もかくやってことじゃない!よぉしお前ら、地獄への土産だしっかり拝んでけよ!」
女性は懐から薄い木札を取り出し、集中しだした。
リボリアム達は突然始まったあんまりな一人劇場に呆然として動けない。
「灰燼の御子、焼き尽くしたまえ!!」
女性がそう言うと木札に付けられた文字や図形が発光し……女性の上部に巨大な火球が出現した!
「「「「うわーーーーーーーー!?!??!」」」」
一転して隊員たちは大混乱である。
「落ち着いて!!いったん落ち着こう!?」
「黙れ山賊ぅぅ!!」
リボリアムが止めに入るが、相手はもう正常な判断力を失っているようだった。最早何を言われても否定するだけだろう。
どうする、と皆が思ったその時。
「『夢見の霧』。」
「うっ」
リッキーが後ろから忍び寄り、掌からピンクの靄を出して女性の顔面に押しつけた。眠りの魔法である。
女性はその場で座ったまま眠り、頭上の火球は消滅した。
「……なんなんだこいつは。」
リッキーがぼやく。全員の気持ちはリッキーと同じだった。
この騒ぎは何だったのかと、部隊長が駆けてくる。
端的に言えば『転げ落ちてきた女性を受け止めたら、山賊と勘違いされて殺人魔法を撃たれかけた』といったところか。
迷惑極まりなかった。
「それにしても何ださっきの魔法の威力は?何者だ?この女……」
部隊長が漏らした言葉に、リッキーがはっと何かに気づく。
「もしかしてこの人が……」
そこでリボリアムも気づき、言葉を引き継ぐ。
「……近衛銃士?」
少しだけ間があり、周囲から「まさかそんなバカな」という笑いがちらほら上がり始める。
だが、どこかで「いやもしかして」という思いが捨てきれないのか、やや乾いた笑いだ。
そんな空気の中、さらにリッキーが言う。
「でもさっきの魔法は明らかにやべーって。普通はあんな威力のを即座には出来ない。聞いたこともない呪文、見たことない木札。只者じゃない。」
リッキーは軽い性格だが学があり、守備隊でも数少ない『動ける魔法使い』だ。先程見せた『夢見の霧』も守備隊で学んだ魔法であり、定型化された魔法の技『魔学呪文術』の一つである。
その言葉には説得力があった。確かにこの女性は、只者ではないのだ。
部隊長は決断した。
「よし。アービン班、このご婦人を連れて街へ戻れ。貴様等の訓練はここで中止だ。モビー百人隊長に報告し、守備隊の本部で保護しろ。」
「……了解。」
アービン班は全員、めんどくさそうな顔を心に封じ、敬礼した。
リボリアムを責められないだけに、やり場のないめんどくささであった。
*
ボリアミュート市内、裏路地
「”潜むもの”スポーノス、我が輩よ。」
「!? だ、誰ですかい……?」
一人の男が、裏路地を歩く小男に話しかけた。
「私だ。調子はどうだ。」
「あ……アイネ……いや───」
「ここでは、ニーグと名乗っている。」
話しかけた男の正体は、モグログの首魁、闘神官アイネグライブであった。だが、いつも着ている黒鎧の姿ではない。人相にも変わったところはなく、一般に見かけるレベルの、少々堅い顔である。30代の男性といったところか。
人相だけで言うなら、街の荒くれや守備隊にいる一部兵士の方が恐ろしい顔をしているだろう。
旅の戦士と言った風貌で、革鎧の軽装に、大剣を一振り背負っている。本当に一般的な人間にしか見えない。物騒な賊の首魁とは思えぬ、徹底された変装であった。
話しかけられた小男、スポーノスは、背はアイネグライブ───ニーグの鳩尾あたり。猫背なのでさらに低く見える。もっともニーグが大柄なので、一般的な男性と比べれば胸元程度になるか。それでもだいぶ低いが。
人相の方は中年~壮年と見られるが、乾燥し荒れた肌に整えられた髭のせいでそう見えるだけで、手の甲の肌つやを見るに、見た目より若いのかもしれない。
「に、ニーグ様、いや殿……わ、わざわざお越しにならんくても、近々参りましたのに……」
「殿も様も不要だ。それで、どうだ首尾は」
「……街はもうすっかり元の活気を取り戻しております。金鎧の戦士の顔はまだわかりませぬ。
……しかし最近、近衛銃士がここに常駐するのではと。」
「なに?」
「まだ噂ですが。しかし人の口に戸は立てられませぬゆえ。……この街に、しばらくご滞在なされますか?」
「そのつもりだ。」
「では狭いですが、あっしの家においでください。宿を取るにしても、一服してってください。」
「……そうしよう。」
そうして二人は、裏路地を出て街を囲む壁の内側方面に来た。その一帯は貸し家が多く、スポーノスと呼ばれた小男も、ここに住んでいる。
「あらスーポさん、そちらのステキな殿方だぁれ!?」
家の前でスポーノスは、やたら声のデカいおばちゃんに声をかけられた。
「こ、これはお隣のおかみさん!ええ……まぁその、知り合いの旦那で、あっしがここに来る前に、良くしてもらってたんでさぁ。さっき街でばったり出会いましてね!」
「まぁ~あそうなの!あ、どうもこんにちは~、スーポさんにはいつもお世話になってまして~」
「こんにちはご婦人。この街には、しばらく世話になります。かの大森林に興味がありましてな。」
「あの森に!はぁ~~よく見たら大っきい剣ですわねぇ~~、逞しくってかっこいいわぁ~!あ、でもね、スーポさんもこれですごく力持ちでねぇ~~、こないだ街が魔獣で襲われたときなんか、木箱グアッッと持ち上げて」
「あ~~~~おかみさん、その辺で!旦那をもてなさにゃなりませんで。」
「あらごめんなさい!どうぞ、ゆっくりしてって下さいね!」
男二人は(やたら元気な)ご婦人と挨拶を交わすと借家に入る。スポーノスはニーグに席を勧め、自分は窓を開け、茶を沸かし始めると、ふぃ~と大きく息を吐いた。
「いやぁ、どうもすみませんで。あのご婦人は中々、こう、……人なつっこくって……。」
「ふ、かまわんさ。どこにもああいったご婦人は居るものだ。……かつて我らが国だったところにも。」
「………………懐かしゅうございますな。」
どこに行っても、元気なおばちゃんのパワーはすごいと、二人揃って軽く笑った。
だがニーグの最後の言葉で、陽が入って明るいはずの室内が、闇に覆われたかのような赤く暗い想念で満たされた。
「潜むものスポーノス。改めて状況を聞こう。」
「は。
あっしがこの街に来て1年。今は配達屋として動いております。領主館にも出入りでき、情報を集めたつもりでしたが……」
「それはもう言うな。確認を怠った我にも責がある。……続けろ。」
「……は。まず、領主ですが、この街と鉱山街で出た被害について、まだ処理が終わっていないようです。
帝都など他領地に送る書簡は兵士が運んでおります。あっしの見た限り、14回、他領に送られておるようで。
……嫡男について、あのトマックという小僧のほか、1人の男子を屋敷内で見ました。どうやら本当に病弱らしく、外に出たところを見たことがありません。街の人間にもそれとなく聞きましたが、みな、『知ってはいるが普段は忘れている』……そんな程度のようです。」
「うむ……いずれは、かの嫡男を調べておくべきだろうな。それはこちらで考えよう。
それで、近衛銃士の方は?」
「例のトマックが、最近屋敷内で口にしておりました。『帝都に書簡を出して、近衛銃士を呼んだ』と。」
「そうか……であれば、急な手を要することではない、か。準備をしておけばよいだろう。」
「!?……そ、それはなぜ……?近衛銃士ですぞ?」
「帝都に書簡が行くまで、そしてすぐ近衛銃士が来るとしても、この行きと帰りの時間は数日程度では済むまい。それまで当面の驚異は変わらず、かの金鎧の戦士リボリアムと、鉄の馬だけだ。」
最後の言葉を聞いて、スポーノスは首を傾げた。
「鉄の、馬?」
「……む?知らんのか?」
「は、はぁ。申し訳ございません。普段より、街中を駆け回っておりますが、そのようなものは一度も……」
スポーノスの反応を聞いて、ニーグも顎に指を当てる。
「……そういえば。かの金鎧の戦士リボリアム。やつはどこから来たのだ?」
漠然と、ボリアミュート所属の騎士か何かだと思っていたが、あんな特徴的な鎧騎士がいれば、少なくとも街の住人であれば知っていた筈である。
それこそ最初の襲撃で、魔獣も、”忍び寄るもの”サズーラも、一緒くたに撃破されていた筈だ。
つまりあの金鎧は、『街が襲撃を受けてから駆け付けた』のだ。
「そ、それです!それが、あっしにも掴めません。守備隊の施設にも、領主の館にも入り込んだことがありますが、金色の鎧はどこにも。」
「そうか……であれば、鍵は辺境伯の次男坊。トマックだな。」
「あの小僧に?」
「そうだ。お前は常にここに居たため知らなかったろうが、かの小僧を捕らえた折、リボリアムという戦士を頼りにしていた。領主ではなく、小僧がだ。ならば、かの小僧こそが、金鎧についての手がかりだろう。」
「……!わかりました。ではこれからは、あの小僧を追うことにしてみます。」
「うむ。頼んだぞ、わが輩よ。だがくれぐれも、正体を気取られるなよ。」
「……はは。我らが神のために。」
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次回更新は月曜夜0時……に、したいな……!
もしめちゃくちゃうまく行ったら、日曜夜0時に、なるはず……
★、ブクマ、どしどしください!
書籍化のためにも!
立体化のためにも!
東映アニメーションでアニメ化してもらうためにも!
お台場に立像を立てるためにも!!!!!!
よろしくおねがいします!