第二話「モグログの魔手」3
どうやら全4回に収まりそうです。
*
「……ぅ…」
「……父上……!」
身体の痛みを感じながら、領主サルトラは目を覚ました。
「……トマック?お、お前何故ここに……」
サルトラは辺りを見回すと、幌馬車の荷台だと気づいた。外は暗くてよく見えないが、この荷台を引いているのが馬ではないらしいことはわかった。
「お目覚めですかな、サルトラ様。」
「ん……貴様、モグログとやらの。」
行者台からのそりと、青白い肌の男が顔を覗かせた。モグログのキメラ魔人、忍び寄るものサズーラである。
「既に鉱山街ボミロスに到着しております。もちろん住人にはおとなしくしてもらっておりますよ。
間もなくあなた方の処刑場です。準備ができるまで、どうぞごゆるりと。夜明けと共に、ご子息共々お命を頂戴いたしますゆえ……。」
そう言って恭しく頭を垂れるサズーラに、トマックが身体を起こし言う。
「そうはいくか。きっとリボリアムが来る。お前らがどんなに強くても、相手になんかならないぞ!」
「む……りぼりあむ?それは、騎士様ですとかそういう……?」
聞き慣れない名前に首を傾げるサズーラ。
「そうだ!」
ちがう。
違うし、トマックも勢いで答えたのですぐに「いや、違うな?」と思いはしたが、サズーラも「~とかそういう?」と曖昧な表現をしたので、まぁ騎士みたいなもので間違いないかと思い直した。
隣で聞くサルトラも「何故リボリアム?」と一瞬思ったが、彼の不明な出自を思えば、マザーの関係者なのだろうと予想はついた。
「……いずれにしろ、ただの人間が我々の敵足り得るとも思えませんな。帝都に名高いかの『近衛銃士』に匹敵するとなればわかりませんが、それとて……」
「近衛銃士より、強いぜ、きっと。」
トマックは強い瞳で言い切った。
「…………覚えておきましょう。」
サズーラにはにわかに信じがたいことである。結社や自分どころか、配下のキメラ魔獣ネガコルポスすら、倒せる人間がいるのかどうかと評している。それこそ先ほど口にした、帝国最強の戦力と言われる皇帝直属の私兵、『近衛銃士』くらいのものだろう。
そして自分なら、その近衛銃士ですら下せると思っている。
しかし、先の少年の強い瞳は、無碍に笑い飛ばすには早計かと思わせる確信に満ちていた。自分たちの最終目的は、なんとしても成功させねばならない悲願である。ほんの小さい不確定要素ではあるが、頭の片隅に留めておく事にした。
*
時刻は夜。リボリアムは予定より若干早く、鉱山街ボロミス近郊に到着した。夜だというのに、あちこちで篝火が焚かれている。
「……」
リボリアムは耳を澄ませた。BRアーマーを構成する頭部センサーヘルムは、外界のあらゆる情報をもたらす。街中の音だけを集中して聞き出すことも出来るのだ。
住民たちの歩く音や話し声が聞こえる。こんな夜中に街が騒がしいというのはありえない。つまり……
「やはり奴らはここに来た。急がないと……ベルカナード、ここからは俺一人で行く。」
そう言ってベルカナードから降り、近くの茂みに分け入っていく。鉱山街の周囲は森になっており、そこから回り込んで山に入り、高所から探るつもりだ。
「ベルカナードはここで待っててくれ。馬では森を思うように進めないし、見つかる可能性も高い。」
そう告げられた相棒は不服そうにしていたが、納得したのか、街道の隅に移動し、座った。
そうしてリボリアムは一人、森へ分け入り、山へ……登山道も何もない急斜面を上っていく。
「アクティブタイム……残り、12時間。少し使いすぎたか……。マノ・ターバインも残りわずか。……なんとかするしか、ないが……!」
斜面を登りながら、時々街に目を落とし、様子を見ていく。住民らしくない連中もちらほら見つけている。住民の見張りをしたり、抵抗する鉱山夫を投げ飛ばして制圧したりしている。その誰も、山の方は気にしていないようだ。 そして何度目かの確認で……
「───見つけた!」
採掘場の上方、見晴らしのいい場所に、二本の棒が立てられている。今まさに、領主サルトラとトマックがそこに、縛り付けられようとしていた。
───処刑場。
サルトラとトマックが縛られる場には、他に10人程度の人影があった。そのうち一人はボリアミュートを襲撃した、忍び寄るものサズーラ。もう一人は、あの黒鎧の戦士である。
「よくぞやり遂げた。サズーラ、我らが輩よ。」
黒鎧が言葉をかけ、サズーラは静かに礼で応える。顔を上げ、黒鎧に言葉を返す。
「しかし油断はできませぬ。そこの御嫡男殿によりますれば、近衛銃士を凌ぐ戦士が、助けに来る、と。」
「……近衛銃士?」
じろりと黒鎧がトマックを見やる。
「まさか。」
「子供のたわごとではありましょうが、念のため。」
「うむ。……『闇の目』よ、念のためだ。周辺を警戒しろ。」
黒鎧に指示された男『闇の目』は頷き、周囲を注意し始めた。
その横から、よろめき、柱に縛り付けられながらも、サルトラが口を出した。
「貴様が……モグログとやらの首魁か。」
黒鎧はサルトラに向く。優雅さを感じさせる、余裕ある立ち居振る舞いであった。
「いかにも。この暗闇の世に、あまねく光をもたらす。光の結社モグログを束ねる任を預かる、闘神官アイネクライブである。」
「光の結社か……聞き間違いであってほしかったな。」
「ご不満かな?」
「我々を殺し、その後も多くの命を踏みにじる連中が光だなどと。少なくとも、道化の才は無いな。」
「っふっふっふ。やはり我らとお前達では認識に齟齬があるようだ、人間の貴族よ。」
「……なに?」
まるで、自身は人間ではないとでもいうかのような言葉に、サルトラは眉根を寄せる、
「我らが神が復活した暁には、お前達貴族を始めこれまで民を虐げてきた者共を家畜とし、救われるべき者達のための世を作るのだ。」
「建国……」
「違う。”開座”への、新しき、世界だ。」
「スローンだと……!?」
アイネクライブはそう言い、あふれる決意を表すように、拳を握った。
『開座』。それは魔術師や神官など、魔導・神学を志す者達が時折口にする言葉である。魔導にあっては、究極の到達点。神学にあっては、概ね神への謁見方法であると言われる。
だが、その内約ははっきりしていない。人それぞれ、流派それぞれで解釈され、『スローン』という発音も魔術師側が扱う呼称の一つに過ぎない。これはすなわち「まだ何もわかっていない」……言い換えれば、「夢物語」と同義である。
強大な力を持つ帝国を相手に、辺境の領主とはいえ貴族を手にかけんとする組織の首魁としては、あまりにそぐわない言葉であった。「世界征服、人類抹殺」などと言われた方がまだ理解できた。
「お前達は、一体どこから……」
サルトラが二の句を告げられず、思わずこぼれた言葉に黒の戦士が反応したその時。
「───む!?」
周囲を見渡していた『闇の目』が、微かな光を闇に見た。
夜の森は、例え月が出ていても暗く、黒い。その岩肌の陰に、月明かりを反射して白く光るものを見つけたのだ。
サズーラや黒鎧の戦士のように、人のようで人ならざるその者が闇に目を凝らすと、それはどうやら人の頭のような形……鎧兜だった。
「いたぞーーっっ!!」
大声が処刑場に響く。指された指の先を、全員が振り返り見た。
*
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