第二話「モグログの魔手」2
※一応丁寧に作ってるつもりですが、読者のみなさまに置かれましては、作中の時間感覚等 深く考えなくて大丈夫です。
時間とか兵糧とかを真面目に考証するお話ではありませんので、肩の力を抜いてお楽しみください。
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馬も人間も、走るより歩く方が持続するものだ。特に1日かけて移動するなら、馬といえど歩くものだ。それでも人よりは若干速いし、多くの荷物を持てるので相当長い距離を移動できる。『目的地まで馬で半日』とは、『休みを挟みながら馬が歩いて半日』という意味だ。
ベルカナードも元軍馬といえど、そこは他の馬と変わらない筈なのであるが。
「す、すごいな。ベルカナード……」
ボリアミュートを出たときから、ほぼ全力疾走のまま宿場町に到着してしまった。時刻は夕方になったばかりだ。明らかに普通の馬が出来ることではない。
この道中、さすがに不審に思ってリボリアムがスキャンしたところ、どうやら一種の魔法のようだった。空間を流れる魔力「マナ」を呼吸で取り込み、全身から吹き出すようにして、常に体を癒しながら走っていたようだ。にわかには信じられないことだが。
通常、魔力には大別して2つの形態がある。大気、水、大地に流れ、あるいは固着している『マナ』、生物の中にあり、代謝のように身体に馴染んでいる『オド』。
生物が魔法・魔術といったものを使うとき、通常は『オド』が使用される。自分の体の中である程度自由に操作できるものだからだ。
魔術に『マナ』を使う場合は魔法陣を用いるか、身体に取り込んで『オド』に変換し、魔力を増やすやり方もあるが、それは熟練の魔法使いがすることである。まして、マナを常に取り込み続け、即時魔法として消費するなど、おおよそ人間には不可能な芸当であろう。
きっかけはあの時かけた回復魔法であろうか?確かに、あれは腰のサブバッテリー『マナ・タンク』に貯めてある魔力を使った、電子プログラムによる『機魔術』という系統の魔術だ。『マナ』を使っているのである。ベルカナードは馬なりにそれを感じ取った結果、特殊な感覚に目覚めたという事か。
なにはともあれ宿場町に着き、走らなくなってもベルカナードに不調は無いようだ。心配しなくてよさそうなので、早速聞き込みを始めるべく、辺りを見回す。だが……
「おかしい。夕方とはいえ、人影が無いなんて……」
そう呟いたその時、家の陰から男が2人、リボリアム達の前に出てきた。服装は一般的なものだが、その物腰、表情や目つき。どうやら町民では無さそうだ。
男の一人が声を掛けてきた。
「見慣れん装いだな。あんた何者だ?悪いが馬から下りてもらおう。」
「……」
リボリアムは言われた通り、ベルカナードから降りた。そして話しかけてきた男へおもむろに近づき、流れるように首を掴み締め上げた!
「ぐ!?ぐぇぇぇぁ……!」
「てってめえ、何しやがる!?」
首を締め上げられ呻く男。もう一人が驚き、リボリアムに掴みかかり、ヘルムをがむしゃらに殴りつけた。リボリアムは意に介さずもう一人も掴みあげた。
「ぐぅぅ、うぁぁーーっ!離せ、離せぇぇ!!」
「何者だ、だって?この領地の、領主様の紋章を見といてそんな事聞くのは、『余所から来たならず者です』と言ってるのと同じだぞ!」
そう告げた瞬間、男達は揃ってリボリアムを睨んだ。その眼光が瞬き、リボリアムの頭部周辺からばしばしと火花が上がった!
男達がにやりと笑うのもつかの間。締め上げる手は一向に緩まず、煙が晴れれば先ほどと変わらぬ鎧姿のリボリアムがいた。
「その爆発魔法、領主様をさらった賊の手下どもだな?」
「「!!?」」
「領主様達は鉱山街ボミロスか?答えろ!10秒以内に答えなければ……」
言葉の途中で、二人の男の様子が変化しだした。
「グググググクシュゥゥ~~~……」
「グロロロロロ……」
先に捕まれた方は蛇のような鱗や牙が、後に捕まれた方は身体が膨れ上がり、獣のような体毛が生えてくる。
「む!?」
掴んでいる首が太くなり、手が外れる。
「魔術による人体改造!?だが、こんな高度なもの……」
「グロロ、モグログの神聖なる奇跡。我らが神に祝福されたキメラ魔人よ。」
「貴様こそ何者だ鎧男。クシュ~~~我らの邪魔はさせんぞ!」
「モグログ……それがお前達の組織の名か。この街の人達はどうした!」
リボリアムは問いただすも、相手は返答の代わりに飛かかってきた。
「クシャオ~~!!」
トカゲ魔人が上から多い被さってくる。その奥で、牛のような特徴の魔人が突撃してくるのが見えた。それに対し、リボリアムは受けの姿勢で迎え撃つ。
蛇の牙が頭を、牛の巨体が胴を打つ!だが、そのどちらもリボリアムは難なく耐えた。
「ぐぬ!?」「な、何!」
当然である。より巨大なキメラ魔獣ネガコルポスの攻撃すら意に返さなかったリボリアムのBRアーマーが、この程度でどうにかなるものではない。
リボリアムは右手でトカゲ魔人を押さえ、左手であばらを殴りつけた。
「ぎゃあっ!……ぐ、うあ、うぎゃああ~……」
一声上げてトカゲ魔人は引き剥がされ、地面に転がる。ベルカナードがおもむろにトカゲ魔人の上に乗り、蹄で器用に手足を抑えた。
次いで左手でウシ魔人の角を掴み、右手で横面を殴り飛ばした。
「ぐげぇっっ」
ウシ魔人があえなく地面に転がる。
あっという間に異形の魔人が2つ、地面に這いつくばった。
「ぅぅ……ムゥゥ~~~~……」
「さぁ言え。領主様達はどこだ?鉱山街ボミロスか?」
トカゲ魔人はベルカナードが踏んずけているので、リボリアムはウシ魔人のほうに問うた。だが、ウシ魔人は呻くばかりで話にならない。……実は殴ったとき、ちょっとまずい感触はしていた。強く叩きすぎたか、ウシ魔人が見た目ほど頑丈ではなかったのか……あるいはこの右腕が、思いの外強力なのか。左腕のような武器や複雑な機能がついてないので、その分頑丈・高出力なのだ。だから一応、加減はしたのだが……
「まずったかな……」
と、そうしていると、家々から人が……宿場町の住人たちが出てきて、リボリアムの周りに集まり始めた。
リボリアムは立ち上がり、胸の旗を見せるようにしながら言った。
「この宿場町の人たちか?俺はボリアミュートから、領主代行の命で来た。町長殿はいるかい?」
戸惑うような、安心したようなざわめきの中から、初老の男性が前に出た。
「私が町長です。領主様の、騎士様……でいらっしゃいますか?」
おずおずと自信なさげに訪ねてくる。リボリアムが街の旗を着けているとはいえ、見たこともない鎧姿なので無理もない。
「……あー、そんな、感じだ。ボリアミュートでこいつらのような一団が、領主様とご子息様をさらっていったんだ。それを追いかけて来た。奴らはどこに?」
「おお、そうなのですね!確かに、ひどく不気味な連中が通っていきました。見たこともない魔獣に乗って……お二人を処刑すると!我々はどうすることも出来ず……無惨に食われた者もおります!」
町長の語るところによれば、推察通り鉱山街で大々的に処刑すると喧伝したらしい。それにボリアミュートに続き、ここでも人的被害が出てしまった。
「なんてやつらだ……そうとなれば───」
「ぐっ が、がが……!!」
リボリアムが被害に怒りかけたとき、足下のウシ魔人が呻きだした。
さっきと違い周りに人がいるため身構えたリボリアムだったが、どうも様子がおかしい。殴ったのは顔のはずだが、ウシ魔人は胸をかきむしるように苦しんでいる。
「がっぎっく……!も、モグログに、ヒカリアレ……!ギキキガァァ~~~~~~……!!」
「!?」
突然ウシ魔人から煙が立ち上り、皮膚が赤く焼け……叫びと共に溶けるように炭くずになってしまった。
「こ、これは……!?」
「くくく、我らモグログのキメラ魔人は、敵に情報を渡すぐらいならば、死を……選ぶぅぅゥゥ~~……!」
一同が驚く中、トカゲ魔人も震えながら煙を立ち上らせる。慌ててベルカナードが避難すると、その鱗を赤く焼き焦がせながら苦悶の声を上げ、こちらも黒い炭くずになってしまった。
「……なんて、やつらだ……自決するとは……。」
壮絶な死に様に、住民一同も絶句する他無かった。しかし、いつまでも呆気にとられている訳には行かない。ともかくもこの宿場町から驚異は去ったのだ。
ベルカナードに水を貰い、その間詳しい聞き込みをする。賊───モグログの人数は10人程度、頭と目される、明らかに雰囲気の違う者が一人。先のキメラ魔人とやらのように、見た目は普通の連中がほとんど。騎乗していた魔獣は牛よりもやや大きい位で、領主処刑の喧伝と食料の略奪をしたのち、二人を残し足早に去ったという。魔獣に食われたというのはこの略奪の際に起こった事だ。遺族の悲しみの表情に、リボリアムは心を痛めた。
聞き込みを終え、リボリアムは再び相棒に跨がった。
「この後、守備隊の本隊が来るかも知れない。俺が聞いたことをまとめて教えて上げてほしい。」
「お一人で、大丈夫なのですか?」
「もちろん。必ずお二人を助けてみせる。
いくぞ、ベルカナード!」
空に夜の帳が降り。ヘルム内に表示された時刻は19:00。ここまで来たようにベルカナードが走れれば鉱山街ボミロスへはすぐなのだが、そう思うようには行かない。基本的に、夜に馬は走れないのだ。一応月は出ているし明かりもあるのだが、それでも走るのに安全ということはないだろう。万一転倒したら、今度こそベルカナードが走れなくなってしまうかもしれない。
移動時間としては、ここから常歩(歩き)で行ったとして普通なら2時間。夜なので慎重に行く必要があり、推定3時間ほどとみるべきか。到着は22:00……トマック達がどこにいるか索敵する時間を加味しても夜明けには十分間に合うだろうが、こちらの行動に合わせて敵が処刑を早める可能性もある。奇襲か何かを考えたほうがいいかも知れない───
そんなことを考えながら、頭部センサーヘルムに付いているライトを頼りに、一人と一頭は街道を進んでゆく。
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小話:時刻の概念も、機械時計も帝国には存在します。が、リボリアムのセンサーヘルムに表示されているそれとは色々異なっています。また、大衆向けの時計はまだ無く、街の住民は日時計と鐘で時刻を判断しています。
※次回、第二話3更新は明日0:00ごろです!(投稿時間変更しました)