騙士瞞死玉恣意 1
すたすたと近づいてくる犬耳の女性。この人が私に合って欲しい人なの?
「あのえっと」
「騙士瞞死。勝手に入って来たのかしら」
「ごめんなさい。家の鍵が開いていたのでつい」
「鍵は閉まっていたはずだけれど」
「あれ?そうだっけ?まあ開いていても勝手に入ってきちゃ駄目ですよね。ごめんなさい。お詫びに次何かあった時は無料でお仕事するので許してね♪」
「…まあいいわ」
「あいがとー。それで貴女が紗月ちゃん?」
「はい、そうです」
「私は、騙士瞞死玉恣意です。よろしくね」
彼女はそう名乗った。なんか距離感近いな。いきなりちゃん呼びしてくるなんて。
「玉ちゃんって呼んでね。だまちゃんでもまやちゃんでもしいちゃんでもいいよ。あ、他にも呼びたいあだ名があればそれでもOK」
「よろしくお願いします」
「私はね、妖霊犬って言う妖怪なの。まあもう絶滅寸前で私以外は居ないんだけどね。仲良くしてね」
「はい」
何だろうこの人、いまいち信用できない気がするし、テンションが高い。勝手に家に入ってきているし。信用していいのかな?まあ私は直ぐに関わる事はないから一先ず話を合わせてこの場を乗り切ればそれでいい話だ。
「あ、怪しんでいるでしょ。まあ当然だよね。ちゃんと警戒できるのは偉いよー。その警戒心忘れないようにね。でも、私は大丈夫、紗月ちゃんの味方だから。安心して」
「わかりました。それで騙士瞞死さん今日はどんな用事で」
「紗月、私たちはこれから話があるから部屋に戻っていて。顔見せはこのくらいでいいわよね?」
「え?」
そこでハッとする。私は1分前まで怪しんでいた騙士瞞死さんの事を完全に信用していた。安心して、その一言で心の底から安心していた。まるで子供の頃悪夢を見て母に打ち明けた時、夢だから安心してと抱きしめられた時のように。心の底から信用している人の庇護下で守られているかのように安心しきっていた。
その事実に恐怖する。母がある意味怖いそう言っていた意味を理解する。
「そうだねー。紗月ちゃん、顔見れて嬉しかったよ。また会おうね」
「はい。また」
そう言って部屋に戻る。余り会いたくないなあ。そう思っていたけど、私はまた会う事になる。それも次の日に。
次の日の帰り道。詩織と別れて家へ向かう。まだ5月の中旬なのに暑くなってきたように感じる。もう少し涼しいままの方が過ごしやすいのにな。そんな事を考えながら歩いていると目の間前に人影が現れた。言葉通り突然目の前に現れた気がする。鳥の声にちょっと気を取られて横を向いた。そして前を向くといた。
「え?」
「あら紗月ちゃん、奇遇ね。今帰るところかしら」
「騙士瞞死さん」
え?急に現れた?そういう能力なの?それともつけてきたの?目の前にいるけど。昨日とは違ってアロハシャツを着ている騙士瞞死さん。今日は頭の犬耳が消えている。笑顔で手を振っているけれどこっちからしたら色々疑問が多すぎて反応が出来ない。
「あ、もしかして私が付けてきたとか思っているのかな?嫌だなあ。そんな事をする訳ないじゃない。私と紗月ちゃんの仲じゃない」
こっちの考えを読んでいるかのように話をしてくる騙士瞞死さん。得体が知れない。後昨日初めて会ったばっかりだし少ししか話していないです。すっごく浅い仲です。
「そんな事考えて無いですよ。全然気がつかなかったのでビックリしただけです。急に現れたみたいで。そんな事無いですよね。ははは」
「ここ私もよく通るのよ。このくらいの時間ね。会えて嬉しいわぁ」
「…今まであった事無いですよね」
「そうね、たまたま会わなかったみたいね。残念だわ」
「…急に目の前に出てきた気がするんですけど」
「気のせいよ。そんなわけないじゃない。あそこの曲がり角を曲がって来たのよ」
「…そうですか。あの耳消えてますけど」
「まあ私の事ちゃんと見ていてくれて嬉しいわあ。街中じゃ目立っちゃうからね。ここ」
そう言って頬を指でトントンと叩いた。そこには耳があった。人と同じ耳が。
「こうやって誤魔化しているの。幻よ。触ってみる?」
「いえ、大丈夫です」
「あら残念。ねえ、折角あったんだし親交を深めましょうよ。近くにいい喫茶店があるの。お茶のみに行きましょう。勿論奢るわよ。ね」
どうしよう。確かに母の後を継ぐならこの人と少しでも交流を深めた方がいい。けど母は余り関わって欲しくなさそうだった。断る方がいいけど上手い理由はないかな。取り合えずこの後予定があるでいいか。
「この後暇でしょ。私知っているわよ。あ、勘違いしないでね。お母さんに聞いたんだから。誘っていいって許可も貰っているわ」
絶対嘘だ。でもこれ突っ込んでいいの?やめといた方がいいよね。しょうがない。
「わかりました。ただやりたい事があるんで30分くらいなら」
「嬉しいわ」
「でも自分の分は自分で出すんで」
「いいのいいの。若い子に奢るのは大人の役目よ。それに私お金の使い道なんてないから。ね」
結局いいです、奢るわの問答を繰り返している内に喫茶店についてしまった。なかなかおしゃれ喫茶店。こんなところにあるなんて知らなかった。店内は余り混んでいない。空いているテーブル席に向かい合って座る。良かった。隣に座って来るんじゃないかと少し心配していた。パーソナルスペースは狭めだと思っているけれど流石にあまり仲良くない人に隣に座って欲しくはない。
好きな物頼んでいいからという言葉を聞きながらメニュー表を眺める。どうしよう。この後田原さんが作ってくれた夕飯を食べないといけないし、最近少し食生活が乱れ気味だ。というか今週放課後に飲食店に行ってばっかりじゃん。いつ体重が増えてもおかしくない。本格的に気を付けないと。これから暑くなるのと薄着になっていくんだから。
けどメニューにあるスイーツは魅力的。理性と本能が戦う。結果私は本能に負けてしまった。目の前に置かれた写真のよりも明らかに生クリームとアイアスが盛られたパフェを見て後悔する。想像の2倍は大きい。これ値段あっているのかな。安すぎる気がする。騙士瞞死さんのがいい喫茶店だと言うのもよくわかる。今度詩織を誘って一緒に来よう。
一口食べる。甘すぎずに美味しい。全部食べるとカロリーどの位なんだろう。でも残すなんてもったいなくて出来ないし。カフェに悪戦苦闘しながらなんとか半分食べて一息ついたとこを見計らったように騙士瞞死さんが話し掛けてきた。
「ところでさ。紗月ちゃんは何でお母さんの後を継ぐことを決めたの?」




