母と1
母が帰る少し前に家に着き、薬を元の場所へ戻す。そして何気ない顔で母を迎えた。珍しく一人で荷物を持っている。いつもは秘書達に手伝ってもらっているのに。
「お帰り。今日は一人なんだ」
「ただいま。薬何に使ったの?」
「え?」
冷汗が流れる。心音がドクドクと耳に響く。
「何のこととか誤魔化しは無しね。わかっているからね。まあさすがに玄関で話すことじゃないし、リビングいこうか。お土産のお菓子もあるし」
リビングに移り母はコーヒーを淹れはじめた。私は混乱しながらその様子を見ていた。ばれるとは思っていたし隠すつもりもなかったけれど早すぎる。
コーヒーとお土産のカステラを出すと徐に話はじめた。
「最初に行っておくけどね、別に使ったことは怒ってないわよ。いざという時に使えるように教えたんだから。ただし、使う前に言ってと伝えたよね?」
「うん。黙って使ってごめんなさい。なんで知っているの?」
「地下の部屋にはカメラとセンサーが仕掛けてあるの。リアルタイムで私のスマホで確認できる。後、扉を開けると誰が開けたか通知される」
「気が付かなった」
「最新のシステムというか裏社会で作られたシステム入れているから、防犯の専門家でもわからないよ。だから気が付かなくて当然」
「そうなんだ」
「そう。だから観念して全て話して。何をしたのか、何に使ったのか、誰かと一緒に使ったのか、何を考えていたのか詳しくね」
元々いつまでも隠し通せるとも思っていなかったし、隠すつもりもなかった。素直に全て話す。
「そう、詩織ちゃんのために使ったのね。しかも一緒に。まあ見せなきゃ信じられないだろうし、共犯関係になりたかったんだろうけど、余り良くはないね。詩織ちゃんが誰かに話すとか考えた?それで我が家へ問題が広まるとかは?」
「考えた。詩織の事は信用している…。まあ、これは信じてもらうことしかないけど。家族の事も勿論考えたよ…。でも詩織の為に何とかしてあげたいって思ってそれで実行しちゃった。ごめん。もし何かあった場合は何とか自分だけのせいにしようと考えていた。」
「はっきり言って考えが甘すぎる。最悪会社まで影響があるかもしれない。あなたにも話したけれど、白黒製薬は裏の仕事と無関係なの。でも世間はそうは見てくれない。けれどまあ、起きちゃったことはしょうがないよね。次はもっと考えてから行動しなさい。詩織ちゃんには絶対言いふらさないように言ってね。もし、無理なら記憶消すしかないから」
「そんなことできるの?」
「できるけど私はしたくないな。詩織ちゃんから事件の事、消してあげたいんだろうけどそんな都合よく消したいことだけ消すことはできないよ。薬使うけど、副作用がひどいし、最悪生まれてきてから全ての記憶が消える」
「それは駄目だね」
「だからちゃんと言っておいてね」
これは母からの脅しであり、気遣いなのだろう。私の事を信用し、詩織から目を離すなと言っている。
「わかった。すぐは無理だけど必ず伝える」
「まあしょうがないか。今は精神的に大変だろうからね。しっかり見といてね」
「わかった」
「後、何か証拠回収している?」
「うん。麗華の服の一部。血が付いている。詩織も触っていたみたいで、指紋が付いている」
万が一詩織が誰かに今回の事は話そうとしたとき脅せるようにと隠し持ってきていた。そんなことしたくはないし、詩織はしないと信じているが保険は必要だ。
「服の一部か。体の一部が良かったけれど、まあ仕方がないか。ケースに入れて冷凍保存しておくから、渡して」
「うん」
「それにしても、仲がいいとは思っていたけどそんなに好きだったのね」
「うん」
私は詩織を恋愛対象として見ている。それもかなり重い感情を持っている。それは自覚している。
現在は同性同士での結婚を認められている。また、200年くらい前に技術革新があり、同性同士で子供を授かることが出来るようになった。
同性婚が認められるまでに様々な問題や事件が起き、授業でも習っている。今なおニュースになるような騒ぎが起きる事もある。
差別は簡単には無くならない。そこは受け入れて少しずつ改善していくしかないのだろう。
同性婚が出来るようになって暫く経っているけれど、同性と付き合う人は少数派だ。同性婚が出来るようになっても同性愛者・両性愛者の数が増える訳じゃない。
子供が出来るようになったとはいえ、それは互いの遺伝子情報から人工授精のような形であり、一度外で子供を作る。女性の場合はその後お腹に入れて育てる事も出来るけれど、男性同士では専用の機械で育てる事になる。
どちらにしろ通常の出産よりも費用が掛かる。子どもを体内に戻すにはそれなりのリスクがある。私の周りの人でも同性で結婚している人は多くない。子どもを産んでいるペアは更に少数だ。
私が知っているのはクラスメイトのロナの両親がどちらも男であるということくらいだ。まあ、私は友達が少ないので知らないだけでいるのかもしれないけれど。
詩織の恋愛対象がどちらなのか、あるいはどちらでもいいのかアセクシャルなのかはわからないが少なくとも現状私の片思いなのは間違いない。
私の恋愛対象は詩織だ。同性が好きという訳ではなく、詩織が好きなだけだ。しいて言えば詩織愛者だ。詩織に恋する前は、同性・異性どちらにもときめいたことはなかった。
中学生の頃、3回告白された。一回目はクラスメイトの男子。二回目は部活の男の先輩。三回目は後輩の女子だった。
全て断った。告白してくれたことは素直に嬉しかったけれど、誰一人として恋愛対象として見ることが出来なかった。
先輩からは試しで付き合ってみて欲しい。そうすれば価値観が変わるんじゃないかと言われたけれど、その時は誰かを好きになる自分が思い浮かばなかった。
告白してくれた3人だけではなく、周りにいた全ての人に対して恋愛対象として見ることは出来なかった。
思い返すと物心がついてから誰かを恋愛対象として見たことはなかった。周りがあの男子いいよね、誰々が気になるのと話していても共感したことはなかった。
高校に入る頃には私は一生恋愛することはないのだと思うようになっていた。詩織に恋するまでは。
「好きなのかあ。じゃあしょうがないか」
「そんなに適当でいいの?秘密の薬を他人の為に使ったんだよ」
「あんまりよくないけれど、仕方ないんだよね。苦無白の血筋って一途だから。好きになった人に使ったならまあセーフかな」
「そういう問題?いくら好きな相手とはいえ他人じゃん。普通は駄目じゃない?」
「あなたの考えているより一途ってこと」
「どういうこと?」
「うちの家系は何故か一度しか恋をしないの。初恋叶って最後まで付き添うか、初恋敗れて一生独りかの二択」
「嘘でしょ。そんな事ある?」
「あるのよ。まあ呪いとでも思って」
「呪いって存在するの?」
「勿論」
勿論なんだ。
「まあ、本当に呪いかどうかは分からないけどね。先祖代々そうだから呪いみたいなものよ。少なくとも私はそう教わった」
「解く方法はないの?」
「不明。呪いかどうかも分かってないしね。でもそう悪い事ばかりでもないのよね。私たちが惚れる人は浮気とかしないから」
「何それ洗脳?」
「違うよ。そういう人を好きになるの」
「そうなんだ」
「そう。だからもし振られたらそれでおしまい」
そう言われてみると砂波伯母さんは結婚していない。母の3歳上だけれど、実年齢より20歳は若く見える 凄い人だ。黒白製薬の重役としてバリバリ働いているから給料も良い。とても優しいし気配りと気遣いも出来る人だ。モテないはずないと思っていたけれど、何となく納得した。
「ちなみに詩織ちゃんとはどんな感じなの?」
「それ今聞く事?どうもこうもないよ。ただの友達」
「惚れ薬あるけど」
「いらない」
「だよね」
「良くここまで血筋がつながったね」
「本当だよね。同性同士で子供が作れなかった時代だとそれで途絶え掛けた事もあったみたい。何とか続いているけど。だからあなたが恋した詩織ちゃんの為にしたことなら仕方がないかなって。詩織ちゃん逃したらもう誰とも結ばれないだろうし。自分でもそう思っているでしょ?」
母の言う通りだ。自分が詩織以外の誰かに恋をする姿が想像できない。
ただし、私はもう詩織に想いを告げる気はない。うちの血筋が守られるかは姉に懸かっているようだ。姉さんであれば、良い相手を見つけることが出来るだろう。見る目がある人だし、優しくて思いやりがあるから幸せになれるはずだ。
「確かにその通り」
「まあ、血筋の事なんて気にしなくてもいいから後悔しないようにね。後、監視カメラは私がなんとかしてあげるから片桐さんの家を教えて。詩織ちゃんの家は知っているから」
「え?そんなことできるの?」
「裏にそれなりに顔が利くのよ私。まだ警察動いてなさそうだから周囲の防犯カメラをハッキングして、映像を書き換えるわ」
「ありがとう」
「こういうことできないでしょ?だから使う前に私に言ってと言ったの。そうすれば色々準備してあげるから」
「わかった。次は必ず言う」
「まあ次がないのが一番だけどね」
「それはそうだね」
本当に次がない事を祈ろう。