ドリンクチャレンジ2
詩織の前までゆっくりと歩くと詩織の足を包むように足を広げて座る。そして背中の方に手を回す。ハグするような形になる。背中に触れるか迷ったけれど、止める。
これ絶対カップルでやるゲームでしょ。それか合コンとかでやるやつだよ。間違っても友達が休みの日にわざわざ集まってやる内容じゃない。そんな風に現実逃避しながらゆっくり口をストローに近づける。詩織の凄く近くに寄っているのに緊張からかドキドキというよりもバクバクしている。
ゆっくりとストローに口を付けると息を吸い込み飲み始める。まだ冷えているオレンジジュースが喉を通り胃の中に入っていく。
詩織によると全て飲み切ればチャレンジ成功らしい。勢いよく吸うとカップが動いてしまいそうなのでゆっくり吸う。最初の内は順調だったけれど、最後の方になるとなかなか吸えなくなる。傾ける訳にはいかない。私はジュースを吸う事に集中し、手が詩織の背中に触れた事に気が付かなかった。
「ひゃ!」
「え?」
詩織の声に驚き体勢が崩れる。それに合わせて詩織も後ろに倒れかけた。当然、まだ中身の入っているカップは落ちる。
「やばっ」
慌てて手を伸ばしたけれど、つかめずに落ちてしまう。詩織もキャッチしようとしたけど、間に合わない。落ちてしまうそう思った瞬間、明らかに不自然な軌道でカップは真っすぐになり床に着地した。中身もこぼれてはいない
「セーフ。今の見た?」
「うん。びっくりした」
「凄い動きだったよね」
「うん」
私には今のカップが何故こぼれずに着地したのかわかっている。いつの間にか部屋に入っていた麗華がこぼれる寸前で受け止め下に置いてくれた。チャレンジに集中していて入っていたことに気が付かなかった。
「えっと、これは失敗だよね」
「そうだね。落ちちゃったし」
「もう一回やる?」
「いや…」
「思ったんだけどさ、先に乗せるんじゃなくて紗月が乗せてそのまま座った方がいいんじゃない」
「まだやるの…」
麗華が見ているのにやるのは恥ずかしい。
「だめ?」
「いやどうしてもと言うならいいけど」
「じゃあもう一回だけ!」
「わかった」
「次はさ、最初から背中に触ってよ。その方がやりやすいでしょ」
「まあ、それは確かに。でも詩織はいいの?」
「勿論」
「わかった。でも少し休ませて。ちょっと足が痛い」
「あ、そうだね。私も少し伸ばしたい。ジュース持ってくるね。何がいい?」
「何でもいいよ。足しびれてない?」
「大丈夫」
詩織はまた両手にドリンクカップを持ってきた。
「カフェオレと抹茶ラテどっちがいい?」
「カフェオレで。もしかして2つじゃなくてもっと買ってあったの?」
「はいどうぞ。予備含めて10個買った」
「ありがとう。多くない?」
このチャレンジに掛ける熱意が凄い。
「念の為だよ」
「そうなんだ。でもまさか本当に乗るとは思わなかった」
「コツがあるんだよ。何回か練習したからね。中身は空だけどね」
凄いドヤ顔で言われた。何が詩織をここまで突き動かすのか。かなり不思議だ。
「…そう。なら詩織が乗せた方がいいんじゃ」
「よし。リベンジしよう。紗月が乗せてよ」
飲み終わると詩織はそう言った。やっぱりやるのか。私が乗せるの…。
「わかった」
1度目と同じような姿勢に座る詩織に今度は私がドリンクカップを乗せる。凄まじい緊張が走る。胸に触らないように気を付けながら置く。
「乗った!」
「一回で凄い」
「ありがとう」
実はすごくとも何ともない。麗華が手でドリンクカップを抑えているのだ。麗華の目は明らかに早く終わらせろと訴えている。私としてもこの謎のゲームを何回もやる勇気はない。不正だろうけどこのまま進める。
ゆっくりと詩織の背中に手を回す。詩織の体温が手に伝わる。冷えやすい私と違って体温は高めなのだろうか。手から腕に掛けて熱が伝わる。
麗華のおかげでさっきとは違って余裕がある。そのせいか詩織に近づいているという事実が頭の中を駆け巡っている。
今更気がついた。微かに甘い匂いがする。香水をつけているみたいだ。さっきとは違う意味でドキドキしている。
ゆっくりとストローを加えてコーヒーを飲む。部屋にしばらく置いてあったせいでぬるくなっている。まあ冷たいよりは飲みやすい。詩織の事はなんとか気にしない事にして飲み進める。体感時間では10分、実際には2分もしない内に飲み終わる。
「終わった…」
「成功だ。まさか成功するなんて」
「成功すると思ってなかったの?」
「正直。服濡れる事も覚悟していたし」
濡れる。一番濡れるの多分胸元だよね。それって。そこまで考えて頭を振る。邪な考えは取り払わないと。麗華が心なしか冷ややかな目で見ている気がする




