ドリンクチャレンジ1
土曜日。少しドキドキしながら詩織の家を訪ねる。
汚れてもいい服と言われたので黒い服を着てきた。姉さんのおさがりだ。かなり前に貰った物だから、最悪棄てる事になってもいい物を選んだ。
私は服に殆どこだわりが無い為、姉さんからよくおさがりを貰っていた。姉さんの方が胸は大きいけれど、着られない程ではない。これを話したら女子高生としては引かれそうだけど。興味のない物に時間とお金と労力と思考を使いたくない。小学生の頃は毎日決まった服を着るなんて嫌だと思っていたのに、制服を着てみると毎日の服を考えずに済むのは楽で良かった。なんなら登下校の靴も指定してもらって良かったくらいだ。
中学の頃は休日に友達と一緒に遊びに行くことはたまにしか無かった。だから、普段着は殆ど気にしていなかった。詩織と仲良くなってからは遊びに行くことも増えたけれど、自分で選ぶよりも姉のセンスを信じた方が間違いなかったから結局自分で服を買う事は殆ど無い。
姉は自分のスタイルを確立していて、黒系統の服を多く持っていた。その為、持ってきている着替えも黒色だ。一応下の方も用意してある。
チャイムを押すと詩織が出てきた。
「おはよ。流石、時間通り」
「おはよう。今日、お母さんたちは?」
「いないよ」
「そうなんだ」
「あがって」
「うん。ありがとう」
「その服汚れても大丈夫?いい服に見えるけど」
「大丈夫。古い奴だから」
「それならよかった。先部屋行ってて。ちょっと持っていくものあるから。ドア開けといて」
「わかった。お邪魔します」
今日は麗華の姿は見当たらない。何処かに出掛けているのだろうか。
詩織の部屋に入ると何故か下にビニールが引いてある。そして机の上に雑巾が置いてある。どういう事?
「お待たせ」
後から入って来た詩織は両手に透明なドリンクカップを持っていた。勿論中身入り。ストローも刺してある。
色は黄色と黒の2種類。
「何それ?」
「コーヒーとオレンジジュース」
「そうなんだ」
「今日はこれを使う」
「飲むんじゃなくて?」
「飲むよ」
「どういう事?」
「紗月、ドリンクチャレンジって知っている?」
「知らない」
「えっとね、胸に飲み物置いてこぼさないように飲むチャレンジ」
「…凄いチャレンジだね」
「最近流行っている」
「…そうなんだ。本当に流行っているの?」
「うん」
世の中よくわからない物が流行っている。それとも私が着いていけていないだけなのだろうか。
「それをやりたいの?」
「そう!」
「いやうんまあ、詩織は出来ると思うよ。詩織はね」
詩織は多分出来る。多分。そもそもドリンクカップが胸に乗るのかが疑問だけれど、大きさは大丈夫な気がする。私はサイズ的に無謀だ。いや同年代の平均くらいはあるはずだけど。姉さんならいけるかもしれないけど。後、麗華もぎりいけるかもしれない。玲奈は間違いなく出来る。母も砂波伯母さんも大きくはないので苦無白の家系は控えめなのだろう。姉さんは恐らく父方の遺伝だ。
「紗月は飲むの」
「私が⁉」
「そう。だって乗せられるなら気を付けていればこぼさず飲めるでしょ。それはチャレンジにならないじゃん」
そう…かな?
「これ本当に流行っているの?本当に?」
「そう聞いたよ」
誰がこんな事をおしえたのさ。少し気になる。私と違い友達の多い詩織は情報源が多いのは知っているけど。
「本当にやるの?」
「だめ?」
「えっと確認するけれど詩織の胸にドリンクカップを乗せてそれを私が飲むんだよね?」
「その通り」
「うーん、えっと」
「ダメかなあ」
そう言って見つめられると弱い。断れなくなる。
「いやまあ、いいけど」
「やった!」
そんなに喜ぶほどやりたい事なの?これが?
「失敗したら後片付けとか大変だよ」
「そのためにシート引いてあるから」
「いや部屋全面に引けている訳じゃないし、結局拭かなきゃいけないし。服も着替えなきゃいけないでしょ」
「じゃあお風呂場でやろう」
そこまでしてやりたいの?詩織さん?
「いや流石にお風呂場はちょっと」
麗華の死体を溶かした時やその後に入ったけれど、人の家の風呂場に入るのは何となく気分が良くない。
「じゃあやっぱりここで。汚れて困る物は上にあげるから大丈夫」
「わかった」
ここまで言われたらやるしかない。覚悟を決めよう。決める必要のない覚悟だと思うけど。
そして五分後。正座した詩織の胸の上にはオレンジジュースが置かれていた。
正直、乗せられるとは思っていなかった。若干の驚きと謎の感動がある。
「やるよ」
覚悟を決めた一言を私が言うと詩織はゆっくりと頷いた。




