詩織4 夢の中
私たちは多分両想いだ。その事に気が付いたのは麗華が死んだ後だった。それまでは私の片思いだと思い込んでいた。
自分の恋心に気が付いた時、戸惑った。そして告白出来ないと思った。同性婚が認められても同性の恋愛はマイノリティだ。
『特別』ではなくなったけど、『普通』になった訳じゃない。それは仕方がない。そもそも数が少ないのだから。それは恥じる事でもないし、増やす物でもない。ただ、まだ差別は消えていない。表向きは無くなりつつあっても異性同士の恋愛こそ正しいと考える人もいるし、他人の恋愛は気にならなくても、身内は別と言う人もいる。それは仕方がない事だ。
それでも昔よりは遥かにましになった。この時代でも私は紗月を好きになった事を麗華以外には言えなかった。もし、私が同性を好きだと言ってしまえば周りからの目が変わってしまうのを恐れた。
家族も友達も紗月もそんな事はない。いくら頭でそう考えても本当にそうかと考えてしまう。今までの関係は私が『普通』だったから築けた関係であってそうでなくなってしまえば壊れてしまうのではないか。そう恐れた。玲奈は好きな人の性別は気にしないと言っていたけれど本当にそうなのかと疑ってしまう自分がいる。だからこの感情は秘めていようと思った。けれど、一人では抱えきれなかった。
相談出来る相手は一人しかいなかった。ある意味では家族より信頼できる相手、麗華。打ち明けた時、麗華は僅かに笑って言った。
「知っていたよ」
麗華は私の想いにとっくに気が付いていたらしい。そして私の背中を押してくれた。
「伝えなよ。気持ちを。言わなきゃ絶対に後悔するよ。私は成功すると思うよ。2人はお似合いだと思うし。紗月なら大丈夫。万が一振ったとしても言いふらさないし、態度を変える人でもないでしょ。それは詩織が一番わかっている事でしょ」
麗華にそう言われると不思議と勇気が湧く。この想いを伝えようそう思えた。けどその機会は無くなった。
紗月がどうしてここまで私の為に動いてくれるのか疑問に思っていた。
だけど、紗月といる時に寝てしまった時、『好き。愛している』という声が聞こえた。そして『私は詩織の側から居なくなるから』という言葉。その二言だけはっきりと残っている。他にも何か話していた気がするし、誰かと話していた気もするけれど、はっきりとは覚えていない。
けれど、間違いなく紗月の声だった。夢ではないと思う。紗月が帰った後、その事について考えた。そして、紗月の様子を見るようになった。意識してみると、紗月は私の事をよく見ている事に気が付いた。それまでは意識していなかった。私の為に色々としてくれるのは私の事が好きだからだとわかった。嬉しかった。
けれど、同時に悲しくなった。私は罪を犯した。そして紗月を巻き込んだ。罪を背負った私が罪を背負わせてしまった紗月と生きていく訳には行かない。これから先、もし麗華の事が明らかになった場合これ以上紗月を巻き込む訳には行かない。
紗月は明らかに普通ではない薬を所持していた。表に出す訳にはいかない代物だろう。紗月の事は絶対に隠さないといけない。だからこそ、離れよう。そう決めた。はずだった。
紗月の言葉ばかり考えていた。『私は詩織の側から居なくなるから』その言葉の意味を考え続けていた。
私の側から離れる理由は何故か。私の事が嫌いになったから、これから私のした事に巻き込まれるのが嫌だから、そういう理由ならいい。それなら受け入れる事が出来るし、当然だと思う。けれど、その前の『好き。愛している』という言葉が頭の中から離れない。好きな人から離れる理由は何か。そう考えた時、紗月も私と同じことを考えたのではないか。そう思った。
私が何かあった時に紗月を巻き込みたくないと考えたように、紗月も私を何かに巻き込みたくないと考えた。確証はないけれど、そんな気がする。
ある日、夢を見た。誰かと話したはずだけれど、誰か思い出せない。懐かしい、大切な人のはずだ。その誰かは、私に謝っていた。そして私も謝ろうとしていた。けれど、声がだせない。何故だろう、悲しくて仕方がなかった。誰かは思い出せないのに、話だけははっきり覚えている。
『あんまり時間がないから要件だけ伝えるね。苦無白紗月は生涯で一人しか愛さない。その一人は詩織あなたなの。ごめんね。私の考えが足りなくてこんな目に遭わせて。悪いのは全て私。その私が言うべきことじゃないけれど、詩織には幸せになって欲しい。好きな人と一緒になって欲しい。だから向き合って。自分の気持ちと紗月の気持ちに。後悔しない結論を出してほしい』
そこで目が覚めた。いつもと変わらない自分の部屋。当然誰もない。なぜか涙が流れていた。
ついさっき見た夢の話は思い出せるのに、誰と話していたのかが思い出せない。何度も私の名前を呼んでいた。間違いなく夢。だけど、ただの夢じゃない。そう思った。
非現実的だけど、誰かが夢を通して私に大切な事を伝えに来てくれたのだと思った。伝えようとしてくれたこと、それは紗月の事。一度しか恋をしない。それは本当の事だろうか?本当だとしても何故?誰が?なんの為に?何も分からない。
紗月の事を諦めたくない私が見た都合のいい夢ではないのか。そう思いながらも、夢の事を考えてしまう。何日考えても結論は出ない。だから決めた。紗月に直接聞いて確かめる。そう決めた。




