好きな人
ある日の帰り道。詩織が突然尋ねてきた。
「紗月は好きな人いるの?」
「…え?」
「好きな人いる?」
「…す、好きな人?」
「うん。好きな人」
急にとんでもないことを聞かれて止まってしまった。
「いや、い、いる…いない…秘密」
「秘密なの?」
「うん。秘密」
突然の事で上手く答えられない。詩織が好きとか言える訳がない。兎に角誤魔化すしかない。誤魔化せている気はしないけど。
「そうなんだ。うん。まあ、そうだよね」
「えっと、何で急にそんな事知りたくなったの?」
「何となくかな?えっと例えばの話だけどさ、紗月に好きな人が出来たとするでしょ」
「うん」
もういるんですけどね。隣に。今その人と話しています。
「その人にさ事情があって告白出来なかったり、振られた場合ってどうすると思う?」
「諦める」
「そうなんだ。それで紗月は次の恋に行くの?」
「行かないよ」
何故急にこんな事を話始めたのかは気になるけれど、詩織に自分の恋愛観で嘘はつきたくないし、嘘をつく意味もないと思う。まあ勿論家系の呪いの事を話す訳にはいかないからその辺は誤魔化すけれど。
「なんで?紗月なら誰とでも付き合えるでしょ。すぐは無理かもしれないけれど、いつかは吹っ切れるよね?」
「そんな事ないよ。多分だけど私は一度恋したらもう出来ない気がする」
気がするじゃなくて出来ない。呪いとやらのせいだ。まあ、それ関係なく詩織以外を好きになれる気はしないけれど。
「私は今まで誰かを恋愛的に好きになった事がないの。私は恋に関する心理的なハードルが特殊だと思う。だから、何人も好きになる事はない気がする。それに、お母さんもおじいちゃんも一人しか好きになった事はないんだって。きっとそういう家系なんだよ」
「そうなの?そんな事あるの?本当に一度だけしか恋しないの?」
「多分ね。だから恋した時は相手の幸せを考えた決断をするつもり」
「相手の幸せなの?自分じゃなくて?」
「うん。私が好きになった人なら幸せになって欲しい。相手の幸せが私といる事とは限らないでしょ。だから、離れるべきだと考えたら離れる」
「離れるって選択は後悔しない?」
「絶対するし、辛いし、一生引きずる。間違いなくね。けど、それが最善だと思ったらそうする」
「そうなんだ…。そうだよね…。紗月だもんね…」
何か考え込みながら詩織は呟いている。今までにない話題だし、詩織の中で何か変化があったのだ。ただそれがどんな変化なのかわからない。
好きな人が出来たとか?それで悩みがあるとかかもしれない。そうなると麗華の事で前に進むことをためらっているとか?もしそうだとすると私は詩織の背中を押すべきだろう。
いや詩織が好きなのは麗華かもしれない。充分あり得る事だと思う。だって麗華と詩織はずっと一緒に居たんだから。親友と言っていたけれど、気が付かない内に友愛から恋慕に変わっていてもおかしくはない。失って初めて気づく事だってある。
あの日は麗華の恋は終わったと考えたけれど、逆に詩織はそれがきっかけで自分にとっての麗華を考えなおした可能性もある。もしそうなら私は何をすればいいのだろうか?下手な事は出来ない。
とそんな事を考えていたら目の前に麗華が出てきた。
「紗月、あんた多分ずれた事考えているわよ。戻ってきなさい」
確かに詩織にそう言われてないのに決めつけて悩むのは良くない。詩織に相談された時に考えるべきだろう。もしかしたら恋愛絡みではないかもしれない。まあこれは私の願望込みだけど。
気になるけれど、無理に聞き出していい事じゃない。
「ごめんね。急に変なこと聞いて。答えてくれてありがとう」
「全然いいけど急にどうしたの」
「ちょっとね。大したことじゃないから気にしないで」
こっちとしては大したことだしちょっとではないのだけれど、無理に聞き出す訳にも行かない。諦めよう。…うん、諦めるしかない。
「紗月の考え多分ずれているから」
後でもう一度麗華に言われた。多分、詩織が恋しているという事についてだろう。けれど、私にはそうは思えない。それとも麗華は別の事を考えているのだろうか。
その日の夜。詩織の様子を報告しに来た麗華に気になった事を質問した。
「そういえば麗華に一つ聞きたいことがあったんだけど」
「何?」
「最初に幽霊で出てきた時、凄く怒っていたのにすぐ冷静になったじゃん。あれって本当はあの時怒ってはいなかったでしょ」
「いやそれは…」
「あ、ごめん。怒っているとか責めたいとかそういう訳じゃないから。ちょっと気になっただけ。言いたくなければ言わなくて大丈夫」
「いや、いいよ。怒ってはいたよ。紗月の事あの時はストーカーだと思っていたし」
「そう。ならしょうがないね」
同じ状況なら私も怒っている。
「ただ、あの時は半分演技だったというか」
「やっぱり?今思うとちょっとわざとらしかったもん。姿見せる前は冷静に私の事観察していたんでしょ。出てくるタイミングまで計っていたもんね」
「まあね。怒っていたのは本当。後は脅そうと思っていた。まあ、紗月が冷静過ぎて毒気抜けたけど」
「脅す?」
予想外の言葉が出てきた。後、別に冷静じゃなかったけど。充分驚いていた。
「そう。あなたを脅してストーカーをやめさせようと思っていた。それさえなくなれば二人が付き合う事が一番だと思っていたから」
「え?そうなの?でもまあ、私の片思いだし無理でしょ」
「あんたと詩織は…。いやまあ、私は二人はお似合いだと思っていたから」
「ありがとう。そんな事言われるとは思っていなかったから驚いた」
「本当にお似合いだと思っていたの。2人なら上手くやっていけるって今でも思っている」
「そう。嬉しいよ」
「紗月は詩織と両想いだって考えた事は無い?」
「ないけど」
「もし、両想いだったらどう?」
「驚く。凄く」
本当にそうなら嬉しい。まあもう遅いけれど。麗華が振られるとわかっていたと言っていた事や、帰り道での言葉はこの事を言っていたのか。納得する。けどそれは誤解だ。
あと感性は普通だと思う。いやまあ多少倫理観とかずれている認識はあるけれど。
「しつこいかもしれないけど、私はあなたと詩織が付き合う事が一番だと思っていた」
「そう。嬉しいよ」
「やっぱり今からでも…。いやごめん。何でもない気にしないで」
麗華の言いたいことはわかる。私だって今からでも告白したい。せめてしっかりと振られたい。そうすれば諦めがつく。けれど、もう遅いし決めた事だ。
書いていて思ったんですがやっと百合小説っぽい展開になった気がします。最初はもっとほんわかした小説書こうと考えていたはずなんですけどね。何で最初から人が死んでいるんでしょうね。




