表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/180

片桐優香3 私の知らない顔

 取り返しのつかない現実に対し、過去の記憶を掘り返し後悔を重ねていると止まったはずの涙がまた頬を伝って来た。どうしてこんな事になったのかと繰り返し考える。

 初めて触れた日は信じられなかった。自分の中から生まれた新しい命。嬉しかった。不思議な匂いがした。暖かかった。涙が溢れてきた。それだけでよかったのに。本当にそれだけで。


 独りよがりで満足せずにもっとちゃんと話しかけていれば良かった。いつからおはようと言わなくなったのか?もう覚えていない。いつからちゃんと目を見て話さなくなったのだろう。顔を見て話していても、麗華(れいか)の目を見るのが怖くて無意識に反らしていた。それで思いが伝わる訳がない。どんな些細な事でもいい、話しかけ続ければ良かった。


 もっとちゃんと麗華(れいか)と関わっていれば良かった。なんで麗華(れいか)のアルバムには小学生の頃の写真しかないのだろうか。何で私のスマホには麗華(れいか)の写真がほとんどないのか。何で、何で、何でそればかりが頭の中を駆け巡る。


 思い返してみれば、私は麗華(れいか)の事を何も知らない。離れて様子を見て表面的な事だけを知ってそれで理解している気になっていた。

 今の食事の好み、嫌いなもの、好きな本、好きな教科、苦手な教科、なぜ今の高校を選んだのか何も分からない。カクテル・ミュージックにはまっていたことも知らなかった。頼られた憶えもない。何処かに行きたいと言われた憶えもないし、何かを頼まれた憶えもない。学校で必要な物など以外何かを買って欲しいと言われた事もない。お小遣いを多めに渡していたから、欲しい物が買えなかったという事はなかったと思いたい。

 当時はそれでいいと思っていたけれど、今思えばお金を渡すことで、親の責務を果たした気になっていただけなのだろう。何がいるかわからず、悩みを打ち明けられた覚えもない。きっと誰にも頼らず一人で考えて解決してきたのだろう。それを麗華(れいか)の強さと考え、誇りに思っていた。だから私は親失格なんだ。

 麗華(れいか)は誰にも相談せずに今回の行動を起こし、命を落とした。私がもう少し信頼関係を築けていればこんな事は起きなかったかもしれない。


 考えれば考える程、ちゃんとコミュニケーションを取っていなかった事を思い知らされる。煙草だってやめろと何度も言ってくれていたのに聞き流していた。

 今更やめたって麗華(れいか)に見てもらえる訳でもないのに。紗月(さつき)さんと麗華(れいか)が訪ねてきた日以来煙草を吸っていないけれど、不思議と苦しいとは思わない。


 無視され続けていてもおはようをおやすみをお帰りを行ってきますを行ってらっしゃいをただいまを言い続ければ良かった。もっと話し掛けていれば良かった。学校はどうなのか、テストは、バイトは、最近の調子は、詩織(しおり)さんとはどうなのか、詩織(しおり)さんの何処が好きなのか、いつ好きになったのか、他に友達は出来たのか、最近読んだ本は、最近気になった物は、行った場所は、最近美味しかった物、まずかった物、嫌だったことは、困ったことは無いか、面白かった事は、将来なりたい物は、就きたい仕事は、どこの大学に行きたいの、兎に角なんでもいいから話しかけ続ければ良かった。知った気になっていないでちゃんと聞いていれば良かった。うざがられていても、邪険にされてもずっと話し掛けていれば一度くらいは答えてくれたかもしれない。


 麗華(れいか)が行方不明になった時、何故すぐ警察に相談しなかったのか。麗華(れいか)はしっかりしているから大丈夫。事件に巻き込まれる訳がない。万が一巻き込まれても大丈夫。自分でなんとか出来る。私が何かしようとしても迷惑なだけ。

 麗華(れいか)は私に何も望んでいない。何もしない事が麗華(れいか)の為。そう思い込んだ、思い込もうとしていた。何をしていたのだろう。何もしていなかった。

 後悔だけがまとわりついて離れない。私はいつも間違えている。


 もうどうしようもない事ばかり考えてしまい、嗚咽が漏れる。例え逆恨みであっても私は詩織(しおり)さんの事を許すことは出来ない。関わったであろう紗月(さつき)さんに対しては自分の気持ちが纏まらない。自分の中で、どう関わっているのかわからない事と、麗華(れいか)と協力関係にあるから恨むべきか感謝するべきなのかが判断が付いていない。


 詩織(しおり)さんに麗華(れいか)との関係を聞いた時、目をそむけたくなるほど真っ直ぐこちらを見つめてきた。そして一番の親友と言い切った。その時、私は負けたと思った。そもそも、勝負の場に立ってすらいなかったのだけれど。

 私は麗華(れいか)との関係を聞かれた時、あれほど真っ直ぐに目を見ながら話すことは出来ないし、普段の負い目から自信を持って母親と言えない。勿論、母親とは言うけれど。


 そして、一番の親友だと言われた時の麗華(れいか)の顔。嬉しそうなそして泣きそうな顔。私と詩織(しおり)さんのスマホどちらの方が麗華(れいか)の写真が入っているのだろうか。きっと詩織(しおり)さんだ。麗華(れいか)と一緒に映った写真どっちの方が多いだろうか。きっと詩織(しおり)さんだ。

 私の知らない、私が引き出す事のない顔。彼女は私の知らない麗華(れいか)の顔をどのくらい知っているのだろうか。


 麗華(れいか)詩織(しおり)さんと一番なりたい関係にはなれなかった。それは仕方がない。私が責められる事ではない。

 それでも何で麗華(れいか)では駄目だったのかと思う。あの時の言葉には迷いは無かった。詩織(しおり)さんにとって麗華(れいか)は恋愛対象では無かった。多分麗華(れいか)はそれを分かっていたのだろう。それでも一番の親友だと言って貰えたのは良かった。


 最後に言った言葉は私なりの呪い。麗華(れいか)は生きていて幸せになる。だからあなたも幸せになって。普通に聞けばそうなるけれど、詩織(しおり)さんは違う。

 麗華(れいか)の死を背負った上で麗華(れいか)の分まで幸せにならなければ許さない。あなたは麗華(れいか)を選ばなかった。麗華(れいか)が幸せになる道を潰した。それならその責任を取ってそれ以上に幸せになって。そういうつもりで言った。伝わっているかはわからない。そもそも自己満足だ。


 本音は詩織(しおり)さんが幸せになる事は納得出来ない。本当は呪詛を吐きたかった。けれど、麗華(れいか)詩織(しおり)さんの幸せを願っている。死んだ今も。

 いや詩織(しおり)さんに殺させてしまったからこそ、今まで以上にそう思っているはずだ。そうわかっていても、もし麗華(れいか)が幽霊になっていなければ言葉の限り責めていただろう。


 けれど、私には麗華(れいか)が見えている。話すことも出来る。麗華(れいか)に嫌われたくない。責められたくない。まだ話したい。もっと見ていたい。だったら私も詩織(しおり)さんが幸せになる為に少しは出来る事をしよう。そう思った。正しい事だとは思わない。もっと別のやり方があったと思う。それでも私にはこの方法しか取れなかった。


 これから先、私は今日の出来事を人に話すことは絶対にない。証拠がないからじゃない。麗華(れいか)にもう一度会いたいからだ。私は約束を破った。詩織(しおり)さんに対し問い詰めるように話し掛け殴った。これは怒りが押さえきれなかったからだけではない。自分の中でけじめとしてそうしようと決めていた。


 麗華(れいか)の言う通りにすることも出来たけれど、誠実ではないと感じた。詩織(しおり)さんの為にもならないとも。全て自分を納得させるための言い訳かもしれないけれど。約束を破ったのだから、麗華(れいか)は今後私に会いに来てくれるかはわからない。一応詩織(しおり)さんの話を信じていないように振舞ったけれど会いに来てくれるだろうか?分からない。


 もし仮にこの状況で誰かに今日の事を話をしたら麗華(れいか)は今後絶対に会いに来てくれる事はない。私にとってはそれが何よりもの罰だと気が付いているから

 。例え世界を救っても、罪なき子供をかばって死ぬ最後の時に会いたいと願っても姿を見せてくれる事はない。けれど、これから先一度も話さなければたまには顔を見せてくれるかもしれない。一度くらい話をしてくれるかもしれない。全て私の希望的観測に過ぎないけれど、私は今後この希望に縋って生きていく。


片桐優香心情編終わりです。

文字数みたら詩織の倍くらいあって驚きました。


次回投稿は明後日の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ