表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/179

片桐優香1 昨日

 気が付くと15時を過ぎていた。どうやら4時間近く座り込んでいたようだ。目の周りを拭う。ここ最近は泣いてばかりだ。鏡で見ると目の周りが腫れている。もし何か聞かれた時は花粉で誤魔化せるだろうか。


 手首がジンジンと痛む。殴られたことはあっても殴ったことはない。殴り方なんて知らない。手を痛めたのだろう。仕事に響くだろうか?我慢出来ない痛みではないから大丈夫だろう。 

 もし、寝る時も痛いようであれば、湿布を貼り、痛み止めでも飲もう。

 詩織(しおり)さんは大丈夫だろうか。腫れなければいいけれど。昼はとっくに過ぎているのに空腹は感じない。昨日の夜も食欲が無く、夕食は軽く済ませた。

 朝もインスタントスープを飲んだだけだから胃には殆ど何も入っていないはずだけど何も食べる気がしない。


 けれど、明日は仕事だ。休む訳にも仕事場で倒れる訳にもいかない。

 目についた食パンにジャムを塗りトーストで焼く。いい匂いのはずなのに今日は良く分からない。ゆっくりと口に押し込みながら無理矢理食べる。

 咀嚼する気力はないし、何かが喉を通っていく感触も今は不快だ。ろくにかまずに呑み込んでしまう。昨日の事、そして午前中の出来事が頭の中でグルグルと回っている。


 麗華(れいか)は私ではなくて詩織(しおり)さんを選んだ。これまでの事を考えれば当然だ。私だってわかっている。わかっているけれど、わかっていたつもりだったけれど心が痛む。

 麗華(れいか)は死んだ事は自分がすべて悪いと言っていた。麗華(れいか)がそういうのであればその通りなのだろう。


 麗華(れいか)詩織(しおり)さんには何もするなと言っていた。その約束を守ろうとした。けれど、怒りを抑える事が出来なかった。詩織(しおり)さんは出来る限り誠実に話していてくれたと思う。

 勿論、一人で全てしたとは思えない。紗月(さつき)さんが一緒に来ていたし、紗月(さつき)さんは麗華(れいか)を見えているようだから関わっているのだろう。

 

 死体の処理には裏社会の何かが関わっているのだと思う。私の血筋も元々裏に関わっていたらしいからそういう世界があることは知っている。私自身幽霊が見えるので、人ならざるものがいる事も知っている。

 詩織(しおり)さんか紗月(さつき)さんどちらが裏社会と繋がりがあるのかはわからない。けれど、詩織(しおり)さんがこの話をする事で不利益があることも推測できる。

 それでも、話をしに来てくれた。その事は感謝するべきなのかもしれない。頭では分かっているけれど、感情が追い付かない。


 麗華(れいか)が昨日訪ねてきた時心から驚いた。嬉しかった。本当にもう一度会いに来てくれるとは思っていなかった。言う事は全て聞こうと思った。


「会いに来てくれたの?」

「いやまあ、用事があって…。やっぱり見えていたんだ」

「そう。見えていたわ」

「生まれつきなの?」

「そう」

「話してくれた事なかったよね?」

「誰にも言った事ない。母さんは、見えないことがコンプレックスで家を飛び出たらしいから。子どもの頃、一度幽霊を見ていたら、まさか見えているのって詰め寄られた。それからずっと隠していた。人が見えない物を見えていて良かった事なんてなかったし。これが初めて良かった事」

「あっそう。まあいいや。来た用事を済ませるわ」


 もっと色んな話をしたいけれど、麗華(れいか)はそうではないようだ。今は合わせよう。


「用事って何?」

「明日、紗月(さつき)詩織(しおり)が訪ねてくる。詩織(しおり)とはあった事ないはずだけど、知っていたよね?」

「わかるから大丈夫だよ。修学旅行で一緒に写っていた子でしょ?たまに話も聞いていたし」


 本当はもう少し詳しく知っている。私よりもずっと大切な人だってことも。


「そう。それで明日話をしに来るけれど、何を聞いても信じないふりをして。それから、何も行動を起こさないで」

「何の話?」

「知る必要ある?」

「知らなければどんな反応をするか分からないよ。変な反応して大丈夫なの?」

「…私を殺したって告白をしに来る」

「それは本当なの?」

「そう。でも私が死んだのは全部私が悪いの!詩織(しおり)は何も悪くない!だから信じないふりをして」

詩織(しおり)さんがあなたを殺したのね」

「私のせいだから詩織(しおり)は悪くない!」


 麗華(れいか)がここまで感情を荒げる事は珍しい。詩織(しおり)さん絡みだからだろう。きっと私の為にここまで感情的になる事はない。


「わかった、わかったから。落ち着いて。でも何でその話をしに来るの?あなたは行方不明扱いだから誰にもばれていないのでしょ?」

「あなたの為。詩織(しおり)には姿を見せていないし、幽霊もいるとは思っていない。だから、あなたが一生私の帰りを待ち続けると思っている」

「なるほどね」

「言っておくけど、これは詩織(しおり)の優しさだからね。許しを求めて自分の罪の意識を軽くしようとしている訳じゃない」

「そう。紗月(さつき)さんも来るのよね?なんで?」

「そう。紗月(さつき)は私の件に関わっているというかいないというか難しい立場なんだけど、事情は知っている。私が話している。付き添い」

麗華(れいか)紗月(さつき)さんには姿を見せているのよね?」

「うん。まあ、あの子も霊感あるみたいで私の事見えたみたいなんだよね」

「そう。本当に?」

「疑っているの?」

「そう言う訳じゃないけど、今まで見える人おばあちゃん以外あった事ないから少し話して見たいかなって」


 正直疑っている。幽霊に成った麗華(れいか)に協力するなんて普通じゃありえない。絶対に何かあるはずだ。共犯ではないか。そう思う。


「何もないから」

「いやでも」

「ない!何も!」


 この様子ではこれ以上聞いても何も答えないだろう。麗華(れいか)は頑固だから一度話さないと決めたら絶対に話さない。元の話を進めた方がよさそうだ。

 けれど、麗華(れいか)が訪ねて来てくれてお願いまでしている。麗華(れいか)の頼みだから勿論聞くつもりだけれど、このチャンスで一つだけ聞いて欲しい願い事がある。駄目で元々だ。やるだけやってみよう。


「兎に角その話を聞いても本気にしなければいいのね」

「そう。その通り」

「条件出してもいい?」

「は?条件」

「そう。言う通りにする代わりにお願い聞いて欲しい」

「何?」


 明らかに嫌そうな顔をしているけれどここで引くわけには行かない。


「たまにでいいから会いに来て欲しい。顔を見せるだけでもいいから」


 正直断られると思う。麗華(れいか)は私の顔など見たくないはずだ。


「え?それが頼み?」

「そうだよ」

「まあいいけど」

「本当にいいの」


 あっさりといいと言われ驚く。


「まあそのくらいならいいよ。どのくらいで帰るかはわかんないけど」


 帰る。まだこの家を帰る場所だと認識してくれている。そう知って嬉しくなる。


「それは麗華(れいか)が来たいと思った時だけでいいから」

「わかった。じゃあもう行くから」


 もう帰るの?まだ話をしたい。そう伝えたい。けれど、伝えても答えてはくれないだろう。せめて少しでも気を引いて話をしたい。


「そうだ、私離婚したの」

「え?そうなの?なんで?あんだけ冷めきっていたのに全然そんな素振りなかったじゃん」

「あなたの行方不明がきっかけ。何も心配していなくて喧嘩になった」

「でしょうね。むしろ不良娘が居なくなって喜んでいたでしょ」

「…そんな事ないよ」

「嘘だね。まあ、離婚した方が良かったよ」

「そうね。ごめんね。もっと早く離婚した方が良かったよね」

「別にいいよ。…そうだカクテル・ミュージックってわかるよね。この前少し話したやつ」

「勿論、詳しくはないけどね。紗月(さつき)さんが教えてくれたから」


 あの後、私なりに調べアプリも入れてみた。麗華(れいか)の作った曲を聞きたかったからだ。勿論、どれがそうなのかはわからなかった。正直声のない音だけの音楽がどうして流行っているのかよくわからなかった。


「私のアカウントあげる」

「え?」

「私それでそこそこ人気なんだよね。だから多少の広告収入入ってくるから。私の口座と繋がってる。好きに使っていいから。本当に少ししかないからね期待しないで。法律では違反だけれど、行方不明扱いだからいいでしょ」

「ありがとう」


 違う。もっと伝えなきゃいけないことがあるのに。麗華(れいか)はアカウントを伝えると今度こそ出て行こうとしている。何故私はいつも言わなきゃいけない事を言えない?


「じゃあね…。別に嫌いじゃなかったよお母さんの事」


 そう言って麗華(れいか)は出て行った。

 もっと話をしたい。どんなことでもいい。責められても、どれほど恨みを言われてもいい。もっと声を聞いていたい。何故引き止めない?何故愛していると伝えない?もっと話したいと言えない?そう自分を責める。けれど、同時に引き留める権利は無いと思う自分もいる。

 涙が出ている。嫌いじゃなかったそう言われた。その上お母さんと呼ばれた。そう呼ばれたのは何時振りだろう。それだけでもう全てが良くなった。


片桐優香の心情編です。これについては書くか悩みましたが、3人の物語には必要だと思いました。お付き合いいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ