麗華7 失恋
詩織が恋していることに気が付いたのは間違いなく私が最初だ。詩織よりも紗月よりも先に私が気づいた。
元々人の顔色を窺う事は得意だった。自慢でも何でもない。ただ父親の機嫌を見ながら生活していた副産物だ。
クラスでも人の顔を見ながら思ってもいない事を言う事でそれなりの立ち位置を築いていた。そんな自分が嫌いだった。そんな事をしなくても誰とでも仲良くなれる詩織の事を尊敬していた。唯一良かった事は詩織の変化に誰よりも早く気付けることだった。
思っていたよりもテストの点が悪くて気まずそうな時も、給食に好物が出て嬉しそうな時も、家で何かあって機嫌悪そうな時も何も話さなくても顔を見るだけで分かった。だから恋にも気が付けた。気がついてしまった。
詩織と紗月は1年生の時から同じクラスだった。どういったきっかけで仲良くなったのかは分からないけれど、8月頃には仲良くなっていた。
詩織はその人柄で大抵の人とは仲良くなる事が出来る。小学校、中学校とクラスの大半の人と仲良くなっていた。当然高校でもすぐに友達を何人も作っていた。
元々私が詩織にとって一番の友達だと思ったことは一度もない。ただ、付き合いが長いだけだ。私にとっては一番であっても友達の多い詩織にとっては違う。放課後に話すだけの私よりももっと深い話が出来る友達は何人もいるはずだ。
それでも詩織に新しい友達が出来て仲良さそうに話している度に身勝手に嫉妬していた。
紗月の事も詩織に出来た新しい友達だろう、随分仲がよさそうで羨ましい、そんな事をクラスや図書室で話しているのを見る度に思っていた。事実最初は普通に友達だったのだろう。
けれど、詩織は紗月に恋をした。2年生になる前には恋していたはずだ。詩織が紗月を見る目に少しの熱があった。それは他の友達に向けるものとは違っていた。
他の友達にはわからないだろう、家族でもわからないと思う。恐らく、誰よりも詩織を見ていた、詩織に恋していた私だけが気づいていた。気が付いた時に心が締め付けられたことを憶えている。
バイトに向かう道で涙が溢れていた。何とか泣き止んで行ったバイト先でも心ここにあらずで作業をしていた。家に帰ったことも覚えていない。気が付くと自分の部屋のベッドで泣いていた。
最初から叶わない、叶える気のない恋だったとは言え、恋は恋だ。私は勝手に失恋した。数日間はぼんやりと過ごしていた。それでも、叶わないと分かっていた恋だ。詩織が幸せになるのであれば、それが一番と何とか自分を納得させた。
それから私は紗月を観察することにした。身勝手だけれど、紗月が詩織にふさわしいか確かめる事にしたのだ。誰かに話せば何様だと言われるだろう。自分でもそう思うけれど、詩織の為と心の中で言い訳した。何よりそんな事でもしていないと、失恋の痛みで辛かった。
紗月はハイスペックだった。成績優秀、高い運動神経、冷静だけれど優しい性格、家も大きな会社の社長で大金持ちだ。文句のつけよう所が無かった。
そして何より、紗月も詩織の事が好きなようだった。いつから好きになっていたのかは分からない。正直、二人でいる時は詩織の方ばかり見ていたから。
それでも、詩織と話す紗月は以前と比べて嬉しそうだった。恋をしている、直感でそう感じた。一度勝手に失恋したはずなのにもう一度叶わぬ恋をしている事実を突き付けられて胸が痛んだ。そして何より詩織に相談してもらった時が一番辛かった。
ある日、詩織と話している時に恋をしていると打ち明けられた。
「私、好きな人がいるの」
そう言われた時、時間が止まったように感じた。とっくに分かっていた事なのに、自分が詩織の恋愛対象ではないと本人から突き付けられた。




