名前で呼ぼうよ
流石に話すぎて疲れたから麗華に許可を取りリビングからペットボトルのオレンジジュースを持ってくる。
普段は夕飯を食べた後は味のついた飲み物は無糖のお茶以外飲まないようにしているけれど今日は特別に許すことにする。最近はそんな事ばかりな気もするけど。幸い体重はまだ増えていない。
冷蔵庫でよく冷えたジュースが美味しい。一本飲み切ってしまった。糖分の取り過ぎかもしれない。
普段はそこまで甘いものを食べないように気を付けているから大丈夫だと信じたいけれど、明日からは気を付けよう。
「待たせてごめん。話お願い」
「わかった。昨日伊織を封印した時、私がお札を浮かせて封印したの。そう説明したよね。何故か私もお札に触れたって言ったでしょ。でも本当は理由が分かっていたの」
「やっぱり。麗華、なんか冷静だったから正直怪しんでいた」
「感づいていたんだ。流石。あれはね血の霊約が発動した結果なの」
「え?詩織とのやつ成功していたの?」
「ううん。それは出来ていない。あんたとの間で血の霊約が結ばれているの」
「え?なんで?」
「お札作った時よ。あの時私の血とあんたの血が混ざったのよ。前に血の霊約の事を説明した上で血を提供してもらい混ぜれば出来るって言ったでしょ。どうやらその条件を満たしたみたいなの」
言われてみると血の霊約については説明を受けたし血もお札を作るために提供した。麗華の血、正確に言うとその成分だけれどお札に入れたので混ざったともいえる。麗華の言う通り条件は揃っている。
「でも、それって死んでいても出来るの?」
「出来るみたい。私元々幽霊になっているし。だから条件を満たしたらそれで負担なくあなたの周りなら干渉することが出来るようになった」
そう言って私がさっき飲んだオレンジジュースを持ち上げ蓋を開けて見せた。更には本棚にしまってあったあなたの心臓鷲掴み♡一巻を浮かせ自分の手元に引き寄せてみせた。ここまでされれば信じるしかない。
「今までは一方的に脅される立場だったけれど、これからはこっちもあんたに攻撃することが出来るからね。その辺しっかりと考えなさいよ」
「確かに。でも物に触れるならもっと早く助けてくれれば良かったのに。後片づけを手伝って欲しかった」
「そこはごめん。正直ギリギリまでこの事あんたに話すか迷っていたし、隠そうとも思っていたから。まあ安心して。あんたが詩織に対して誠実な内は傷つけるつもりはないから。これはひいばあちゃんから聞いたの。お札作っている時、あんたの身体を借りた時にね」
「やっぱりそうなんだ」
「気が付いていたんだ」
「私じゃなくて北野さんがね。多分私達にばれないように秘密の話をしていたって教えてくれた」
「流石だけど、鋭すぎて怖い」
「そこは同感」
「その時にもう少しだけ話を聞いたんだ」
「それ話してもいいの?」
「別に隠すつもりはないし」
「それならお願い」
「わかった。あの時ひいばあちゃんからね、これで血の霊約が発動するって事と、霊の状態での人の呪い方を教えてもらったんだよね」
「えっ怖い」
「するつもりないから安心して」
「方法は?どうやるの?」
「そこは秘密。詩織に対してこれからどうするか正直に話してくれたからそのお礼」
「お礼なの?後、隠さないって言っていなかった?」
「そうだよ。全部話すとは言っていないし。呪いの事隠すことも出来たけれどちゃんと話したでしょ」
「それは確かに。まあいいか。お互い下手に手は出せないもんね」
私が麗華に何かをすれば反抗してくるだろうし、詩織に何かあった時に知る手段がなくなる。麗華が私に手を出せば詩織のケアが出来なくなるし、いざという時に詩織を助ける事が出来ない。
麗華が本当に全てを包み隠さず話してくれたとは思っていない。人の呪い方以外にも何かを隠していてもおかしくないし、私がその立場であれば切り札は隠し持っていたい。
星花さんもひ孫には周囲への対抗手段の一つや二つ教えたいのが心情だと思う。実際呪い方を教えている訳だし。今まで通り、お互い譲り合っていくしかない。
「それもそうね。精々仲良くしましょう」
「ねえ、あなたのこと名前で呼んでもいい?」
「いきなりね」
「今までずっとあなたって呼んでいた事、なんだか気持ち悪く感じていてさ。生前はあんまり話した事なかったから名前読んだことなかったけれど、ここ最近はずっと会っているし、話しているでしょ。だから名前で呼びたいなって」
「まあいいけど」
「じゃあ決まりね。あなたも私の事名前で呼んでよ」
「えー。どうしよう」
「恥ずかしいの?」
「いやそういう訳じゃないけど」
「じゃあいいじゃん」
「わかったわよ」
「じゃあはい」
「じゃあはいって何?」
「呼んでよ。名前」
「いや何で今?」
「この機会にちゃんと一回呼んでもらわないと、なんだかんだで有耶無耶になる気がするから。はいどうぞ。呼んで」
「…紗月」
「あ、本当に呼んでくれるんだ。あなた素直ね。念の為もう一回言ってよ」
麗華が私のスクールバックを念力で持ち上げ近寄ってくる。
「いや冗談だから。ごめんて。麗華落ち着いて」
「次からかったら覚悟しなさい」
「わかったって。もうしないから。改めてよろしくね。麗華」
「はいはい。よろしくね、紗月。…私も覚悟決めなきゃ」
最後麗華が小声で呟いていた。覚悟がどうとか言っていたけれど何の事だろう。
「ねえ、覚悟って何の事?」
「あー気にしなくていいよ。あんた、紗月には全く関係ないことだから。詩織にもね」
「本当に?」
「本当に。完全に私一人の問題だから気にしないで」
そう言われても気になるけれど、無理に聞き出すことは出来ない。諦めるしかない。時間を見ると、22時近い。
思っていたよりも長時間話していたようだ。話もひと段落ついたので今日はお開きにする。麗華はまた、詩織の様子を見ると言って戻っていった。
私はペットボトルを片付け寝る準備をする。寝る前に最近読み始めたあなたの心臓鷲掴み♡を少し読み進め寝た。疲れていたのか布団に入ってすぐに寝てしまった。
次回投稿は明後日の予定です。




