お花見に行かない?
「ちょっと、しっかりしなさい!」
麗華の声で意識が覚醒する。
「え?」
「あんた大丈夫?気分はどう?」
「ああうん。何とか大丈夫」
どうやら意識を失っていたみたいだ。慌てて伊織を確認する。
伊織の声がしないということは逃げたのかもと周りを見渡すと、無言で棒立ちになっている伊織が居た。
「え?」
「説明は後。今はとにかく伊織を封印するよ」
「でも、どうしてお札を貼ることに成功しているの?」
「何故か私もお札に触れた。私の血もお札に使ったからかな?それで、あんたに意識が向いている間に背中に貼った」
「そうなんだ…」
「とにかくさっさと封印を済ませないと。いつ詩織のお母さん帰ってくるか分からないし」
「そうだね」
麗華がお札に触れられる理由は釈然としないけれど、確かに今はさっさと事を済ませないといけない。
立ったまま動かない伊織に向かい、詩織の身に危機が迫った時のみ一時的に封印が解けるようにと命じる。上手く行ったか分からないが成功したと信じるしかない。
「良し、これでオッケーね。後はお札にもう一度触ればいいんだよね?」
「うん。そのはず」
「じゃあさっさ終わらせよう」
「その前に部屋を片付ける。封印した後だと、詩織がいつ目を覚ますか分からないから」
「確かにそうね」
部屋は私と伊織の取っ組み合いで散らかっている。といってもそれほど散らかっている訳ではない。下の敷物を敷きなおし、倒れていた詩織のスクールバックを元の位置に戻す。申し訳ないと思いつつ中を見て見たけれど、散らかっている様子はなかった。
スクールバックの中にキーホルダーがあるのが見えた。見覚えがある。何処で見たんだろう。記憶を頼る。それで気がつく。
あれは多分、麗華が引き出しにしまっていたものと同じだ。やっぱり、二人には私にはない歴史を持っている。その事を思い知らされる。
すべて元に直すのに10分も掛からなかった。最後に手鏡で自分の髪を整え、服を正す。流石に全てのしわを伸ばすことは出来ないけれど、何とか不自然ではないくらいまでは整えることが出来た。
詩織の方も直す。立ちっぱなしで動かないので思ったよりも苦労することはなかった。すべては無理だったけれど聞かれた場合は寝がえりで出来たと言いくるめよう。
時間にすればそこまでは掛かっていなかったけれどそれでも疲れてしまう。詩織に疲れていることは気づかれないようにしないといけない。息を整え汗をかいていないか確認する。
「これで大丈夫だよね」
「いいと思う」
「じゃあ封印を終わらせよう。お願い」
「うん」
詩織の後に立ちお札に触れる。するとお札が詩織の身体に消えていった。これで済んだのだろう。
「伊織さん。ごめんなさい。あなたを私たちの都合で封印して。挙句今後も都合のいいように利用しようとしている。本当にごめんなさい。…あなたの居場所は、詩織の側からはそう遠くない内に私は居なくなるから。封印はその時に解きます」
封印が終わった後、詩織を布団に横たわらせる。起こす前に少しくらい好きな事を言ってもいいよね。麗華に見られているのは恥ずかしいけれど、この機会を逃してしまえばもう伝える機会はない。最後のチャンスだから。
「詩織、好きだよ。大好き。愛している」
実際に言うと思っていたより恥ずかしい。きっと今の私の顔は赤くなっている。目が覚めるのを待つ。10分くらい待っても起きない。実を言うと目を無理矢理覚まさせる薬もあるのだけれど、できれば使いたくはない。
そうは言ってももう少しで18時になってしまう。仕方がないので、肩を叩いて起こす。これで起きてくれればいいけれど。
「詩織。起きて。結構寝ているよ」
「紗月…。何?え?寝てたの⁉」
「うん」
「嘘⁉なんで⁉」
「急に眠くなったって言って、少し寝るって横になった」
「この前も同じ事あったよね」
「そうだね。私の家に来た時だね」
「うん。私どうしたんだろう…」
「疲れているんじゃないの?毎日緊張しているんでしょ?」
「そうかな…」
「そうだよ」
前と同じ言い訳で苦しい。もっと別の言い訳を考えておくべきだった。詩織も怪しんでいる気がするけど、押し通すしかない。
「…ねえ、さっき紗月がさ」
「さっき?」
「ううん。何でもない。気にしないで」
「そう。わかった」
さっきとは何の事だろう?起こしてからは特に何もしていないはずだけど。それとも寝る前の事だろうか?そちらも特に変わったことはしていないはずだけど。
「詩織、今度お花見に行かない?」
「え?お花見?急だね」
急に話を変えたので詩織は戸惑っている。だけど、私は話を進める。
「そう。最近桜奇麗じゃん。だから行きたいなって」
「別にいいけど」
余り乗り気ではないようだ。強制はしたくないけれど、もう少しだけ誘ってみる。
「理奈達も誘ってどう?勿論、無理にとは言わないから嫌なら嫌と言って」
「お花見には行こう。私も行きたい」
「本当?無理していない?」
「勿論。私も本当に行きたいよ。でも、行くなら二人で行こ?」
「え?勿論いいけど」
詩織はいつも大勢で行事を楽しんでいたからてっきり皆で行きたがるかと思っていた。予想外だけど、私としては嬉しい。
「良かった。じゃあ今週の土曜日でどう?」
思っていたよりも急だけれど、確かに早く行かないとせっかくの桜は散ってしまう。まあ、私はどちらかと言えば桜はメインではないけれど。
「いいよ。何処に行く?裏山とか?あそこ桜の名所だし」
「あそこは桜奇麗だけれど、人沢山来るでしょ。それよりも公園はどう?」
「公園?」
「そう。第一小学校近くの古い公園。あそこあんまり人寄り付かないし。桜数本しかないけれど、十分綺麗」
そういえばそんな所もあった気がする。名前すら分からないけれど、確かにあった。遊んだことはないけれど、何度か見た覚えはある。安全性の問題とかで今は小学生立ち入り禁止になったと聞いた気がする。
まあ、その辺の事はどうでもいい。場所にこだわりはない。大事なのは詩織と一緒かどうかだ。一緒なら別に桜なんてなくてもいい。そもそも、お花見も詩織と出掛けるための口実でしかないし。
「そうだね。そこにしようか」
お花見の持ち物や時間を約束して詩織の家を出る。19時近くになってしまった。遅くなったけれど、詩織の両親は帰ってこなかった。聞くと今日は両親共に遅くなる予定だったとのことだ。運よくいい日を選んだみたい。日頃の行いは良くないけれど運がいいみたいだ。
麗華は予定通り今日は詩織に憑き様子を見るとのことで一人家に帰る。達成感と自己満足で伊織を封印し、詩織に嘘をついた事への罪悪感。これで良かったのかという後悔。色々な感情が混ざる。
疲れた。今日はゆっくり休もう。
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