麗華の家へ
日曜日。いつもなら朝はゆっくり寝ているけれど、今日は流石に早起きした。とはいえ早く行き過ぎても迷惑になる。
10時に訪ねることにした。9時55分、私は麗華の家の前にいた。麗華の家は私の家から歩いて25分位で着く。
制汗シートで汗を拭く。歩いて汗をかいたというよりも、緊張で汗をかいた感じだ。スマホのミラーアプリで身だしなみを整える。
北野さんたちを連れて行くのは怪しまれるだろうし、事前調査をした結果特に問題ないとのことで、一人で行くことにした。正確には麗華も案内役としているけれど。私が麗華の死体処理を打ち明けた後すぐにしたらしい。恐ろしい。
「早くチャイム鳴らしなさいよ。さっさと終わらせて帰りたい」
「緊張しているのよ。急かさないで。本当にお母さんいるんでしょうね。居なかったら無駄足なんだよ。余り時間ないのに」
「大丈夫よ。居なければ合鍵で勝手に入ればいいから。場所知っているから問題ない。むしろそっちの方がいい」
「いや不法侵入に窃盗だから。犯罪だから」
「私の死体消しといて?それと髪の毛って窃盗になるの?」
「それは…まあ置いといて。昨日も言ったけど盗みに入るのは最終手段。髪の毛はどうなんだろ?」
麗華と無駄話をしたおかげで少しリラックスできた。心を決めてチャイムを押す。
はい、と気だるそうな声と共に扉が開き、女性が出てきた。
麗華の母親、片桐優香だ。何故か驚いたように目を開いている。まあいきなり見知らぬ子どもが訪ねてくれば驚いてもおかしくない。髪の毛が軽く茶色に染められている。麗華に似て美人だけど、なんとなく疲れているように見える。
聞いていた話だと42歳とのことだけどもう少し老けて見える。心労のせいだろうか。彼女は戸惑ったようにこちらを見ている。こっちを見ている割には焦点が合っていない気がする。
怪しまれているのかもしれない。意を決して声をかける。
「えっと、すみません。あの初めまして。私は苦無白紗月といいます。麗華さんの友達です」
「…え?ああ?麗華の友達?何の用?」
怪訝そうな様子で尋ねられる。やはり怪しまれているのだろう。上手く進めていかないと。
「えっと麗華に、麗華さんに貸していたものがありまして、返してもらいに来ました。こんな時にすみません。でも、どうしても必要なんです」
麗華に教科書を貸している。その教科書が明日からの授業で必要だからどうしても返してもらわなきゃいけない。探すので麗華の部屋に入れてくださいと家に上げてもらう。
これが私たちの立てた作戦だ。麗華によると母は自分のことに興味がないから部屋の何処に何があるか分からないだろう。だから入れるしかないとのことだった。もし優香さんが自分で探すと言い部屋に入れてもらえなくてもその間に優香さんの髪の毛を探す。
私は上手くいくか不安だったけれど、麗華の家族のことだ。信用して実行するしかない。
「麗華のことは呼び捨てでいいわよ。わかった家に上がって」
想定よりもあっさりと家に入れてもらうことができた。麗華の話では余り人を家に入れたがらないから最初は難色を示す。だからごねろとのことだった。
麗華も少し驚いている。最悪盗みに入ることも考えていなかったのでほっとする。
「ありがとうございます。お邪魔します」
家に入る。麗華の言っていた通り余りしっかりと掃除されているとは言えない。ゴミが散らかっているわけではないけど、隅に埃が溜まっているようだ。芳香剤の匂いが少し鼻につく。洗濯物の残り香だろうか。
「あなた、少し話聞いてもいい?」
「え?ああはい」
やはり怪しまれているようだ。上手くやらないと。麗華の方をそれとなく見る。アドバイスよろしくというつもりで。リビングに案内され、ジュースとお菓子を出してもらった。
「あいつがお菓子とかだすなんて」
麗華がぶつぶつ独り言を言っている。アドバイスは必要だけれど、独り言が多すぎると気になってしまうし、反応してしまいそうで心配になる。優香さんは座ると煙草に火を付け吸い始めた。
「あれだけ言ったのにまだ煙草吸っているのかよ」
それを見ていた麗華が苦々しく呟いている。どうやら麗華は煙草を止めるよう言っていたようだ。
「あ、ごめんいつもの癖で吸い始めちゃった。煙とか匂い大丈夫?」
「大丈夫です。気にしないでください」
「ありがとう。じゃあ1本だけ吸わせてもらうわね。えっと、紗月さんは麗華の友達なんだよね?なんの話とかしているの?」
いきなり困る質問だ。私は生前の麗華とは詩織を通してしか面識がない。そのため、共通の話題は詩織のことしかないのだ。早速アドバイスを求める。右手後ろに回して中指から小指の3本を立てる。事前に取り決めしておいたアドバイスを求めるときのサインだ。
「あなたの心臓鷲掴み♡が好きで話が合ったと言いなさい。私が死乃月殺のキーホルダーを落としてそれを拾ったことがきかっけで仲良くなったでどう」
思っていたよりもしっかりとしたアドバイスが返ってきた。あなたの心臓鷲掴み♡は最近人気の漫画だ。殺し屋の女の子を主人公としたラブコメだったはず。死乃月殺は主人公の名前だったと思う。アニメ化するとか瑠奈が言っていた。私や詩織は読んだことないけど、麗華は好きだったみたい。
「あなたの心臓鷲掴み♡が好きで麗華とよく話をしていました。麗華が落とした殺のキーホルダーを拾ったことがきっかけで仲良くなりました」
「そうなんだ。確かにあの子漫画だけじゃなくてグッズも集めていたわね」
「なんで知っているんだよ。私の事なんて興味なかったくせに」
「あの子は確か主人公の女の子が好きだったけどあなたはどのキャラクターが好きなの?」
「練伊部即矢。弓使いよ。名前の由来は寝不足だって。必殺技は寝身削根美」
「ねいぶそくやっていうキャラクターです」
「そう。活躍しているの?」
「七話で死んだ」
早くない?それを推しにするのは変じゃないかな?
「えっと、七話で死にました」
「あっそうなんだ」
「ちなみに最新刊で生き返った」
それを先に言え。麗華の顔が少しにやけている。遊ばれているようだ。
「でも最新刊で生き返ったので」
「そうなの。それは良かったね」
「女の子としてね。亜陀牟と戦うために蘇った。名前にイブと入っていたのが伏線だった」
何を言っているのかよくわからない。アダムとイヴは神話では戦ってないはずだけど。絶対おちょくっている。
「とにかく弓使っていてかっこよくて好きなんです。今は可愛いんですけど」
もう上手く説明できない気がしたので、とりあえず誤魔化すことにする。
「そう。漫画持っているの?」
勿論持っていない。なんて答えるか迷ったけれど、麗華との仲の良さをアピールすることにした。
「私は持っていなくて麗華に貸してもらって読んでいたんです」
「そうなんだ。あの子が人に物貸すなんてね。珍しい」
「まあ貸してないしね」
麗華の独り言を無視しながら、様子を伺う。警戒は解けただろうか?もう少し友達だということをアピールした方がいいかもしれない。
「そういえば、麗華がカクテル・ミュージック作っていることは知っていますか?」
「ちょっと、余計な事いわないで!」
麗華が慌てている。でも優香さんは興味があるようだ。
「カクテル・ミュージック?それって確か最近流行っている音楽の何かだよね?」
「はい。誰でも音楽が作れるってことで人気なんです。麗華もよく作っていて聞かせてくれました。結構人気なんですよ」
「勝手な事言うな!あんたに聞かせたのこの前の一回だけでしょ!」
「そうなんだ。あの子が部屋で何してるのかは言わないし。教えてくれてありがとう」
「当たり前でしょ。言う訳ない」
麗華の抗議を無視していると、煙草を灰皿に押し付けて消した優香さんが話し掛けてきた。
「あなた、麗華は家出したと思う?駆け落ちはどう?」
更に予想外の質問が来た。どういうつもりだろうか?麗華も驚いたようで戸惑っている。
アドバイスを貰おうかとも思ったけれど、ここは自分の素直な気持ちを話した方がいい気がする。根拠はないけれど。
「私は家出についてはよくわからないけれど、駆け落ちはありえないと思っています。麗華には好きな人がいたので。彼女以外に恋していたとは思えません」
私が話始めると麗華が慌てていた。
「ちょっと、何勝手に話しているの?下手な事言ったら怪しまれるよ」と。
それでも私は麗華には何もサインを送らず前を見据える。数秒たち答えが返ってきた。
「同感ね。麗華は詩織って子が好きだったのよ。ずっと前からね。あなたも知っているみたいね。私は麗華の友達はその子一人だと思っていたの。だからあなたが来て驚いたわ。だから駆け落ちはありえない。それに家出もないわ。あの子がもし家出するなら家の現金と金目の物全部持っていくはずだから」
「当然」
麗華が何故か少し誇らしげに言っている。
「だからあの子は何か事件に巻き込まれているのよ。誰も信じないだろうけどね。でも、もう…いや何でもない。ごめんね長々と。教科書持ちに来たんだっけ?」
「はい。正確に言うと去年まで使っていた歴史の資料集なんです。もう使わないと思っていたんですけど、いきなり使うって言いだしてしまって。それで貸したままだったのを返してもらおうと」
「そう。部屋案内するから探していいわよ」
「ありがとうございます」
「それと、さっき言っていた漫画あなたにあげる。持って行って」
「え、でも悪いです」
「いいのよ。家にあっても誰も読まないし。借りて読んでいたんでしょ。好きにしていいから。麗華の友達でいてくれたお礼。麗華が戻ってきたら私が新しいの買うから」
「本当に勝手。なんなの…」
麗華が不満げに呟いている。
「ありがとうございます」
遠慮するべきかもしれないけれど、下手に拒むのもまずい気がする。ここは持ち主である麗華の判断に従うことにする。アドバイスを求めるサインを送るとボソッと言った。
「持って帰って」
「わかりました。有難く貰っていきます」
「そうして」




