好きな人が人を殺した2
ただしそれは私一人の判断で決めていい事ではない。詩織が決めるべきことだ。酷だけど今決めないといけない。座り込んでいる詩織の背中を擦りながら話し掛ける。
「それで詩織はこれからどうしたい?」
「え?」
「多分警察に行っても正当防衛で罪に問われることはないと思うよ。…ごめん。殺しているから過剰防衛になるかも。確かな事は言えないけど、明らかに片桐が悪いわけだし大丈夫だとは思うけど。それが正しい方法」
「え?でも…」
「何か不安があるの?」
あるに決まっているだろうけどあえて聞く。
「正当防衛でも、ひ、批判されるよね?家族も」
「そうだね。実際経緯がどうであれ批判されるだろうし近所からも白い目で見られるだろうね。マスコミも騒ぐと思う。高校生が同級生を刺すなんていいネタだし。学校でも遠巻きにされるだろうし、多分引っ越しすることになるだろうね。ネットに記録は残るだろうし、一生人の目を気にするようになるだろうね」
「嫌!そんなの嫌!なんで!私そんなの嫌だよ…。嫌だよ…」
「じゃあどうする?死体消して誤魔化す?」
「え?そんなことしちゃダメでしょ?犯罪になるし…」
「うん。当然犯罪だよ。上手くいっても罪の意識は残るし、一生忘れられないと思う。でも嫌なら警察にいくしかないね」
「そ、それも困る」
「じゃあどうするの?死体消すなら手伝うよ」
あえて死体と強調する。処理するのは麗華という友人ではなく、ただの死体だと錯覚させるためだ。余り効果があるとは思えないけれど、やらないよりはいいだろう。
「で、でもそんなことできないでしょ?絶対ばれるし…」
「できる。完全に死体を消すこともできるし血とかも消せる。証拠は何も残らない。そう言ったらする?」
詩織はまだ人を殺したという状況を受け入れられず混乱している。
その上で今後どうするかを聞かれて困り果てている。私としては出来る限り誠実に説明しているつもりだけれど、半分も理解出来ていない気がする。当然だろう。可哀そうだけど早く決めなければいけない。
もし死体を処理するとなると後になるほど面倒になる。
自首するというならそれでいい。詩織の決定に私が口を挟む権利は無い。私は詩織が悪くないと警察等に説明するつもりだし、世間がなんと言おうと味方になるつもりだ。一生。
でももし、死体を消すというなら私も早めに行動しないといけない。
「混乱している時にごめん。でも消すなら早めに決断してもらわないと」
「さっき言っていたことって、本当にできるの?」
「出来るよ」
「え」
「出来る。どうする?」
出来るかと聞き返して来たけれど、詩織は本当に消したいと思っている訳ではないだろう。それ よりも現実逃避をしたくて確認している感じだ。
だけど若干消す方に揺れている気がする。私としてはそっちの方が有難い。自首すればしばらくは周りが騒がしくなり会いにくくなるだろう。引っ越すことになれば高校生の私はなかなか会うことはできない。
それは困る。
そしてもう一つ、詩織と二人だけの秘密を持つことができる。だから私は畳み掛ける。
「処理するなら準備をするよ。家族に相談したいかもしれないけれど、それは駄目。死体を消した事も家族に言っちゃ駄目。それが条件」
詩織は迷っている。
この状況は自分のせいじゃないという思いと、警察に行くことが正しいという思い、それでも生活が崩壊することへの恐怖、麗華への後ろめたさなど様々な考えが混ざっているのだろう。混乱し苦悩している様子が分かる。
ここで更に声を掛ければ私が望む方へ心を動かすことが出来るだろう。しかし、それはしない。最後に決断をするのは詩織であるべきだ。
そして私はその決定に従う。泣きながら、頭を抱え悩み苦しんでいる。それでも何とか決断したらしい。10分くらいして、小さな声で呟くように言った。
「死体を処理したい…」
「わかった。私一人でやるから。詩織は休んでいていいから」
本音を言えば一人じゃきついだろうから手伝って欲しい。ただ無理はさせたくない。
「…私も手伝う。紗月だけに任せるわけにはいかないし…。そもそも私のせいだし…」
「詩織は悪くないよ。わかった。手伝ってもらうね」
詩織の思いを無下にはしたくない。後でもう一度確認する事にして、一先ず話を進める。
消すとなると、家に一度帰り薬を持ってくる必要がある。詩織をここに一人で置いていくのは気が引けるが仕方がない。今の状態の詩織は目立つだろう。一人で行くしかない。
「準備をするから一度家に帰るね。すぐ戻ってくるから」
「え…。やだ、置いていかないで…。一人にしないで…」
「ごめん。すぐ戻ってくるから。帰ってくる保障としてスマホとか荷物全部置いてくから」
泣きかけている詩織をなんとか宥めて家に戻る。
普段通っている道には防犯カメラがあるけれど忘れ物を取りに帰るイメージであえてそのまま通る。気持ち足早でしかし決して走らないよう気を付けた。