差出人は詩織?
時間が止まったかのように静まり返る。私は北野さんの言葉をすぐ理解する事は出来なかった。それは麗華も同じだった。そして同時に意味を理解した。
「は?」
「え?」
詩織の顔が浮かぶ。詩織が?ありえない。絶対に。
「北野さん。それはいくら何でもふざけすぎです」
「同感。それは絶対にありえない。聞く価値もない話」
「詩織様本人がしたとは私も思っておりません」
「どういうこと?」
「恐らく詩織様の中にはもう一つの人格があるか、何かが憑りついております」
「どうしてそう思うの?」
「まず、把握している状況が非常に限定的だということです。無論、手紙に書かれていることが全てとは限りませんが、そうであればもっと脅しに適した内容があったはずです。死体の処理及び麗華様が詩織様を常に見守っていることを把握できるのは紗月様、麗華様以外では詩織様だけでしょう。もしくはその中にいる何かです。詩織様の中に何かがいる場合は当然詩織様と同様の状況把握しかできません」
「なるほど。そう言われると確かに」
「納得出来るような出来ないような」
「次に、幽霊の麗華様が見えているということです。紗月様には先ほど申し上げましたが幽霊とは通常見えるものではありません」
「その辺の事情は家伝の書に書いてあったから飛ばしてもらって大丈夫です」
「承知いたしました。詩織様にずっと憑いていることを見ていられる為には、麗華様と同じく常に憑いているか詩織様自身が見えているかの二択となります。前者は考えにくいでしょう。また、仮にもう1人幽霊が憑いていた場合、麗華様が気づかないとは考えにくいです。麗華様のような幽霊が詩織様の中に隠れていることもありえなくはないですがないと思われます。その場合は、麗華様の目を盗んで行動し、様々な事を調べられるでしょうが、ずっと気づかれないというのは不可能かと。その上、幽霊であれば物理に干渉して手紙を出すことは無理です」
「それは確かに。でも、詩織の中に何かいるというのは突拍子もないというか…」
「案外そうでもないかもしれない」
「え?どういうこと?」
「私前に言ったよね。あんたの身体乗っ取りたいって。私は方法わからなかったけど、知っている奴は何処かにはいるでしょ」
「完全に乗っ取っている場合は元の身体の精神は消えてしまいます。その場合はいくらうまく真似ていたとしてもお二人は気がつくでしょう」
「勿論。当たり前」
「多分。そうだと信じたい」
「あんた自信ないのね」
「あなたみたいに適当じゃないの」
「お二人とも落ち着いてください。話を進めてもよろしいでしょうか」
「はい。すみません」
「お願いします」
「続けさせていただきます。身体を乗っ取っていないのであれば、何らかの形で完全に憑りついていることが考えられます。例えば二つ目の人格があるなど。その場合は二つ目の人格が霊感を持っており、見えていることになります。もう一つ。幽霊などの存在が詩織様に融合している場合です。この場合も二つ目の人格があるといえます」
「なるほど」
「そして自分の意志で詩織様の身体を乗っ取ることが出来るって事?」
「ええ」
「それはまずいね」
麗華は詩織に憑いているが常にそうしているわけではない。現に今は私の部屋にいる。幽霊を見えるのであれば、そういった隙をつき、手紙を出すことは出来るだろう。麗華が二日ごとに、夜出かけることも気が付く。
一度出かければなんだかんだ1時間くらいは戻らない。手紙もそこまで長い内容ではないため、急げば1時間、一日では無理でも数日掛ければ書くことができる。寝た後に身体を動かしてしまえば詩織は何も気が付けない。
今思うと、指紋と筆跡を検査するといった際、既に準備していると言っていたのはおかしかった。あの段階では誰が出したか分かっていなかったはずだ。少なくとも私は分かっていなかった。にも拘わらず用意してあったということは、母と北野さんは既に手紙の主の正体を詩織だと考えていたのだろう。
「お二人は何か気が付いたことはないでしょうか。幽霊が取り付いていた場合は何か兆候があったはずです」
「兆候ってどんなの?」
「仮に幽霊が取り憑いていた場合、寄生先よりエネルギーを得ています。また、疲労も溜まりやすくなります。その為、食事量が多くなる、眠る時間が増えるなどが現れます」
「…どっちも覚えがある。子供の頃は眠りが浅かったのにいつのまにか結構しっかり寝るようになったって言っていた。今考えてみると、事件の後、いくら疲れていたとはいえしっかり寝すぎだったと思う。それに詩織は結構な量を食べる」
「どっちも中学2年の辺りからそうなった。最初の頃は戸惑っていた」
「そうなんだ。って事は幽霊が融合している?」
「恐らくは」
「今思うと麗華が死んだときももう一つの人格だか幽霊だかが出てきていたと思う。麗華は刺された時、急に人が変わったように刺してきたって言っていたよね。私が家に行った時、扉を開けたのも詩織じゃなかったのかもしれない。詩織、私の事リビングで初めて気が付いていたし」
「そう言われると、確かにそうかもしれない」
「この方向で確かめてみましょう」
「何か方法ありますか?」
「確かめる簡単な方法があります。ただし、麗華様に力を貸していただく必要がありますが」
「詩織の為なら何でもやるわよ」
「有難うございます。それではお聞きください」
北野さんの案を聞く。
「なるほどね」
「いつやる?」
「早い方がいいでしょう。手紙には期限は書いておりませんでした。相手の気分次第で突然行動に移す可能性があります」
「それなら今夜ね」
「話しかける内容を決めましょう」




