第3話
ひたすら逃げて応援が来るのを待つという非常に救いがないものに縋る俺達。
だが無常にも蜘蛛達は、効率良く追いつめてくる。
そして全員が逃げ続け、体力的に限界を迎えた頃。
蜘蛛達に追いつかれてピンチになっていた。
何とか武器を構える連中も、数の優位で押し込まれ死角からの攻撃と毒によってやられていく。
誰もが全滅を覚悟した瞬間だった。
「私が逃げる時間を稼ぎなさいッ!!」
俺に声をかけてきた女性。
彼女がそう叫ぶと、周囲に居た生存者達が彼女を守るように動き出す。
「な、どうなってるんだ!?」
「身体が、勝手に!?」
「おい!やめろ!そっちじゃない!」
だがその行動に反して守るように動いた連中は、そうじゃないと叫ぶ。
俺も疲れて立ち上がれないにもかかわらず、身体が勝手に立ち上がろうと必死に動く。
非常に恐ろしい状況だった。
そして誰もが気づいたのだ。
彼女が何かしらのスキルを使用したのだと。
スキルとは魔力を持つ適合者に付与される必殺技みたいなものだ。
適合者にはジョブという職業のようなものが設定される。
戦士や魔法使い、狩人や盗賊など様々だ。
そしてそのジョブに合わせてスキルが取得出来る。
例えば戦士なら剣術スキルといって剣の扱いが上手くなるとか、剛撃と言って通常の何倍もの一撃を放てる技が使えるなど。
魔法使いなら火属性の魔法が使えるとか、治療魔法が使えるなどだ。
狩人のように周囲に敵が居ないか索敵出来るスキルや、盗賊のようにトラップを見破るスキルなど多彩である。
まあジョブそのものもブロンズクラスにならなければ取得出来ないため、俺のような最底辺には関係ないのだが。
スキルの効果だろうか、彼らが抗議の声を上げるよりも先に、彼らの身体は蜘蛛達に向かって突撃していった。
ランクに関係なく、男も女も、ゴールドのやつだって等しく蜘蛛の群れに呑み込まれていく。
1匹づつなら余裕で対処出来るであろうモンスターも、こうなると手が付けられない。
スキルを使用したと思われる女性は、この隙に逃げ出した。
疲れた身体が無理やり立ち上がった所で、俺も蜘蛛達に突撃するだけである。
目の前でやられていく連中とその叫び声に思わず後ずさりした所で気づく。
「身体が……動くッ!!」
まともに走れない状態だったがそれでも何とか蜘蛛達の視界から消えることで逃げ切ることに成功する。
周囲を確認して何もいないことを確認してその場に倒れ込む。
「―――こんな所で俺は死ぬのか」
精一杯生きてきたつもりだが……。
せっかく自分達を犠牲にしてまで生かしてくれた両親には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
対する遺産を持ち逃げした連中にはせめて仕返しをしたかった。
そんなことを考えていると誰かがこちらにやってきた。
―――例の女性だった。
彼女のスグ後ろから蜘蛛が1匹だけ追いかけてきていた。
その蜘蛛に壁へと追い込まれた女性は、ガタガタと震えながらこちらを見つけると声を上げた。
「私を助けなさいッ!!」
その瞬間、俺の身体は勝手に蜘蛛に向かって体当たりをしていた。
すると女性はそのまま奥へと逃げていく。
蜘蛛がスグに立ち上がると俺に向かって突っ込んでくる。
何とか受け止めるも、牙を突き立てようと必死に顔を近づけてきた。
それを抑え込もうと必死になっていると後ろから女の悲鳴が聞こえる。
あの女が別の蜘蛛に押し倒され、糸でグルグルと巻かれている最中だった。
「い、いやぁッ!! 助けてッ! 誰でもいい、助けてよッ!! 死にたくないッ!!」
泣き叫びながら発狂する女のことなど、もはや気にしていられない。
こっちは蜘蛛との力比べの真っ最中で動けない。
そうしている間に綺麗にまかれた女は、蜘蛛に引き摺られていった。
こうなると次は自分だろう。
何とか逃げ出そうと必死になって蜘蛛と格闘し、隙を見て蹴りを入れて離れる。
だが―――
次の瞬間、周囲を既に蜘蛛達によって囲まれていることに気づいた。
ジワジワと距離を詰めてくる蜘蛛。
「ああ、ここまでか」
そう思った時だった。
俺の意識は別の所に飛んだような感覚になる。
そして―――記憶の扉が開いた。
3匹の蜘蛛が前後から飛びかかる。
その瞬間。蜘蛛達はバラバラになって地面に落ちた。
「はぁ、うっそだろ、おい」
そう口にしてから周囲を見渡すと3匹の女性型の幽霊がナイフを手に俺の周囲をグルグルと回っていた。
「どうしてこうなったと言いたいが……まずはこの状況を何とかするか」
そして手を前に突き出すと、魔力を込める。
「ネクロマンス:スケルトン」
すると地面から5体の人骨が現れる。
手にはボロボロの鉄剣を持っていた。
「行け」
命令するとスケルトンは蜘蛛に向かって攻撃を仕掛ける。
しかし悲しいかな、スケルトンでは1匹の蜘蛛を殺した所で周囲からフルボッコにされて砕け散る。
まあそんなもんだよなと思いながらも、改めてスキルの育て直しが面倒だなと思わなくもない。
「ネクロマンス:彷徨えるゾンビ」
今度は地面から明らかに死体とわかるものが5体出てきた。
出てきたゾンビ達は動物のように叫びながら蜘蛛を捕まえて噛みつく。
その瞬間、また周囲からボコボコにされるのだが今回はちょっと違う。
噛みつかれた蜘蛛が突如として仲間に嚙みついたのだ。
するとその噛みついた蜘蛛を周囲の蜘蛛達が敵と見なして排除しようとする。
だがまた別の噛みつかれた蜘蛛が別の蜘蛛を噛んで、またその蜘蛛が他の蜘蛛に襲い掛かる。
彷徨えるゾンビは、特殊能力で感染というものを持っている。
噛みついた相手を同じくゾンビ化するというものだ。
なので今起こっているのはゾンビ化した蜘蛛による反乱と仲間増やしである。
既に最初の元凶であるゾンビは居ない。
しかし増え続ける蜘蛛は排除される蜘蛛より明らかに多い。
もっと言えば生きている蜘蛛は一度噛まれるとアウトだが、ゾンビ蜘蛛は既にゾンビなので頭を潰されない限りは生き続ける。
中には俺そのものを倒そうと襲い掛かってくる個体も居たが周囲に居るゴーストによって排除されていた。
減る量よりも増える量の方が多い。
つまりは圧倒的戦力差が生まれ始めた結果、俺はボス部屋にたどり着いた。
そこは巨大な蜘蛛の巣。
そして蜘蛛達の親であろう巨大な大蜘蛛がこちらを見ていた。
「さあ行け」
ゾンビ蜘蛛達を大蜘蛛にぶつける。
しかし硬いのか、牙がなかなか通らない。
たまに通っても『抵抗』と表示されるのが見える。
恐らくゾンビ化に対する抵抗値があるのだろう。
流石はボスといったところか。
「ネクロマンス:亡国の騎士」
現れたのは立派な騎士の鎧を着た男が3人。
これまた立派なロングソードを手に大蜘蛛に襲い掛かる。
蜘蛛達と騎士を相手に粘る大蜘蛛。
何度がロングソードによるダメージが入るも、致命傷には程遠い。
そのうち騎士の1人が前足に踏み潰されて死んだ。
だが死ぬ瞬間、騎士は口を動かした。
『ラスト・カース』
すると死んだ騎士が掻き消えたかと思えば、その場に先ほどの騎士の装備をした頭に角の生えた悪魔が登場する。
その悪魔は人間では出来ないような動きで大蜘蛛に襲い掛かる。
それでも流石はボスというべきか。
巨体を利用した体当たりで洞窟の壁に騎士を叩きつけて倒す。
しかしその騎士も死の間際に『ラスト・カース』と口にして悪魔が現れた。
悪魔達の攻撃にジワジワと追いつめられる大蜘蛛だが、それでもゾンビ蜘蛛達を全て倒しきっていた。
「あーあ、倒しちゃったか。まあおかげでお前はもう勝ち目が無くなったがな」
そう言いつつ俺は手を突き出してスキルを使用する。
『サクリファイス:亡国騎士団の行進』
すると死んでいったゾンビ蜘蛛達から魔力が回収され、その魔力が俺の手の中に集まっていく。
そしてその魔力によって巨大な扉が生成された。
次の瞬間、扉が開くと真っ暗闇の中から馬の歩く音が響く。
現れたのは馬に乗ったフルプレートの騎士団。
全員が槍を持ち、そして全員が馬も含めて幽霊だ。
そんな彼らが扉から出てくると大蜘蛛に向かって突撃していく。
総勢100騎による突撃によって大蜘蛛は、ハリネズミのように全身突き刺された槍だらけになり、ゆっくりと倒れ込んだ。
大蜘蛛が倒れ込むと、スグに姿が消えて大蜘蛛が居た所にネックレスが落ちていた。
それを拾うとスキルの1つである鑑定眼を使用する。
◇大蜘蛛のネックレス
毒に対しての抵抗値が大幅に上昇する。
「ラッキー」
ボスドロップと呼ばれる特殊アイテムがたまに取れるらしい。
これがそれだろう。
非常にラッキーだと言える。
ネックレスを拾った瞬間、目の前にゲームのボブアップのような表示が出る。
『大蜘蛛の迷宮:消滅まで残り5分』
そういえばボスを倒すと崩壊するんだったなと思い出すが、周囲の巣に吊るされた人型の繭が気になってその1つをゴーストに切り裂かせる。
すると中から半分溶けた死体が出てきた。
……思わず吐きそうになった。
そう言えば蜘蛛の毒というのは獲物を溶かして吸い取るためのものだと聞いたことがある。
恐らくそういうものなのだろう。
つまりこの大量にあるものは既に手遅れということか。
そう思いながらも念のためにと鑑定眼で全ての繭を確認する。
やはりというか、どれもこれも手遅れだった。
しかし1つだけ生存反応がある繭を発見する。
ゴーストに切らせると中身は……
「―――コイツかよ」
そう、例の女性だった。
どうしようかとも悩んだが、崩壊するダンジョンに残していく訳にもいかない。
木を失っているのは都合が良かったと思いながら、彼女を悪魔に運ばせて出口へと急ぐ。
そして出口前で悪魔達を全て解除し、背中のリュックに入れれるだけの魔法石を詰め込んで、女性を抱きかかえて外に出る。
外は何事も無かったかのように平和だ。
女性を休憩時に出してそのままにしてあったブルーシートの上に寝かせてから携帯電話を取り出し、電話をした。
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