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8話 胃袋を掴め

「写真も撮れたことだし、昼飯行こうぜ」


 ちょうど昼飯時ということもあり、どこかで昼ご飯を食べようという話になった。カズキが自ら進みスマホを使って飲食店を探そうとするので制止する。


「探さんでもええで。作ってきたから」


 「はい?」と呆気にとられるカズキをよそに、私はバッグから弁当箱を取り出した。しっかり二人分の弁当を用意している。


「これを……由花が?」


「そうやね」


「つまり、手作りってことだよな?」


「そういうことやな」


「えぐっ、嬉しすぎて泣きそうなんだが。泣いてもいいか?」


 カズキのリアクションが大袈裟すぎる。たかが手作り弁当ごときで、こんな人目のつく場所で泣かれたら困る。

 私たちは近くの公園まで移動し、ベンチで昼食を食べることにした。空いているベンチに腰掛け、二つある弁当箱のうち一つをカズキに手渡した。


「さんきゅ。開けていいか?」


「別に許可制やないんやからええよ。どぞ」


 カズキは弁当箱のフタを開けるや否や「わぁ……すげぇ」と感嘆の声を上げた。それから私の顔をチラッと見て、「食べていい?」と聞いてくるのでうんと頷く。

 事あるごとに許可を求めようとする姿はまるで幼い子どもみたいでかわいい。思わずクスッと笑みが溢れそうになった。


 弁当箱の中には定番の卵焼きやタコさんウインナーをはじめ、ひじきやほうれん草のおひたし、豆腐ステーキ等が詰められている。非常にバラエティー豊かなラインナップとなっている。

 その中で、カズキが最初に口に含んだのは卵焼きだった。私が作る卵焼きはかなり美味しいと自負している。理由は特別なアレンジをしているからだ。


「むっ、この卵焼きめちゃくちゃ美味いな。中に入ってるのって海苔か?」


「おー、正解や。よくわかったやん」


 そう、焼き海苔を一緒に巻いた卵焼きだ。海苔を入れることで風味が良くなり、白米にも合うので箸が進む。但し、中に入っているのはそれだけではない。


「あともう一個入ってるんやけどわかる?」


 あえて教えずに質問をする。別に意地悪をしているつもりはない。問題形式にすることで、彼の舌が正確なのか、はたまた馬鹿舌なのかを判断する狙いがある。


「んー、待てよ。これは……チーズ?」


「正解」


「すげぇ。めちゃくちゃ手の込んだ卵焼きだな。今まで食べた卵焼きの中で一番うめぇ」


 カズキは満面の笑みを浮かべながら卵焼きを頬張る。こんなにも幸せな表情で食べてくれるなら時間をかけて作った甲斐がある。

 彼が次に手をつけたのは豆腐ステーキだ。こちらは過去に一度作っている様子を読者の皆さんに見せたことがある得意料理だ。

 肝心の味はいかに。


「うまぁ。外はカリッカリなのに中はふわふわ。これ店出せるレベルだな」


「褒めすぎやって。恥ずいからやめっ!」


「謙遜すんなよ。お世辞じゃないからな」


 私は料理は得意なほうだ。だが、店を出せるレベルにはなれそうにない。実は過去に本気で料理人を目指そうと時期はあるけれど、すぐに挫折した。

 それでも『食』に携わる仕事をしたいという気持ちが根強くあった。だから、大学は管理栄養学科がある場所を選んだ。今は管理栄養士を目指して頑張っているところだ。

 

「でも正直驚いたよ。昔の由花って料理とかするイメージなかったから」


「まぁ、そうやな」


「中学の調理実習の時なんてホットケーキ焦がしてたよな。あれ傑作だったなぁ」


「まだ覚えてたんや。恥ずかしいから掘り返さんといてや!」


 料理にハマったのは高校入学後だ。それまで料理なんてからきしだったし、料理のりの字も知らなかった。今の腕前になるまで弛まぬ努力を続けてきた。包丁で指を何度切ったことか。


「それにしてもマジで箸が止まらねぇよ。卵焼きの次は何にしよっかな」


 何を選ぶか迷っているみたいだったので、「それなら」と私は手を伸ばして、ある物を摘んだ。ある物とは頭に爪楊枝が刺さったタコさんウインナーだ。


「カズキ、タコさん好きやろ?」


「覚えてたのか」


「当たり前やん。忘れへんよ」


 カズキは子どもの頃、タコさんウインナーが好きすぎて遠足の弁当のおかずが全部タコさんウインナーだった記憶がある。あまりに異様な光景だったものだから、今でもはっきりと覚えている。


「カズキ。ほら、あーんして」


「え? どゆこと?」


「いいから」


 言われるがままアーンと大きな口を開けるカズキに、雛鳥の餌やりみたくタコさんを近づけると、口の中に吸い寄せられるようにタコさんが姿を消した。

 モグモグと美味しそうに食べているカズキと目が合う。アーンをしたから顔が近い。勢いに任せてあんな事をしたけれど、ものすごく大胆な行為だった。やばい、恥ずかしい。

 

 だからといって、動揺を見せてはダメだ。こういう時こそ余裕のあるふりをしなければならない。大人の女性を演じるのだ。


「味どやった?」


「えっ…………うまかった」


 頬がタコさんウインナーみたいに赤く染まっている。アーンはカズキに効果抜群だったみたいだ。かくいう私も頬が赤くなっている可能性が高い。

 私たちは照れ隠しをするように、顔を背けて各々の弁当を黙々と食べた。我ながら、ほうれん草のおひたしも他のおかずも最高に美味しい。

 

「ご馳走様。ふぅ、ありがとな。時間かけて作ってきてくれて」


 天気のいい日に食べる弁当は最高だ。私たちは一瞬のうちにペロリと弁当を平らげた。結構な量だったのに物足りなさすら感じる。   

 いや、あれだけ作ってきておいて物足りないなんて事はないはずだ。何か忘れているような気がする。


「あ、ちょいストップ。実はもう一つあるねん」


 私はバッグから筒を取り出した。見た目はただの小さめの水筒だ。しかし、中に入っているのは水やお茶など冷たい液体ではなく、


「み、味噌汁じゃん」


「そう。味噌汁やねん。若干寒いし作ってきたんやけど忘れてた。はい、あげる」


「サンキュー!」


 カズキのためにコップに味噌汁を注いで手渡した。彼は目を輝かせながらコップを鼻に近づけて匂いを嗅ぐ。


「こういうスープジャーに入った味噌汁って飲んだことないな。一度飲んでみたかったんだ」


 彼はそう言って、味噌汁を口に含んだ。味噌汁も当然インスタントではなく私特製の味噌汁だ。さて、お口に合うのだろうか。


「ふぁー染みるわ。これもめっちゃ美味い」


 それならよかった。味噌汁は家庭料理の定番だ。味噌汁が不味い女とは付き合えない、という男もいるほどで、結婚の決め手になることもある。決して味噌汁を侮る事なかれ。


「それじゃあ、水筒一つしかないから私も一口もらうで」


 私はカズキから飲みかけの味噌汁が入ったコップを拝借した。いわゆる間接キッスである。先ほどのアーンといい、随分思い切った行動に出ている自覚はある。

 きっと今の私は真っ赤な顔になっていることだろう。目の前にいるカズキみたいに。彼もまた関接キッスを明確に意識している。


「……美味しい。さすが私! 世界一やん」


「だな。マジで世界一うまいよ」


「ちょいちょい、同調すんのやめて。今のツッコミ待ちやから。ちょっとは否定しろ!」


 私たちは糸のように目を細めて笑った。やはり、カズキと一緒にいると楽しくてしかたがない。この絶妙な距離感が心地よい。

 彼のためにお弁当を作ってきてよかった。男をつかむなら胃袋をつかめという言葉があるように、得意の手料理で今回確かな手応えを感じた。

 このままいけばいつかは落とせるかもしれない。


「はぁ。飯は言うまでもなく美味かったけど紅葉マジでよかったな! これを機に紅葉スポット色々行ってみないか?」


「賛成! せっかく京都住んでるんやし嵐山とか清水寺とかの紅葉いつか絶対行こや」


「そうだな。行こうぜ」

 

 その後、味噌汁を飲み干した私たちは車に乗り込み、近くの温泉地を訪れた。温泉は泉質が良くしっかり羽を伸ばすことができた。


 帰りの車の中では次回の予定はいつにするか、どこに行くかを話し合った。お互いに次の予定が空いているのが一週間後ということで、次の休日に集まることになった。


 明日から十二月だ。


 十二月はクリスマスや大晦日とイベントが目白押しである。だからといって、焦って告白するのはよくない。時間をかけて丁寧にカズキという名のクエストを攻略していこう。

タコさんウインナーってなぜ『タコさん』にしようと思ったんでしょうか。ふと気になって調べてみると…

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