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7話 花見と紅葉狩り

 翌朝。私は朝早くから弁当作りに励んでいた。今日はカズキと花見の約束があり、そこに持っていくための弁当を作っている。日頃から料理をしているので腕には自信がある。彼の胃袋を掴んで離さない美味しい弁当をお披露目したい。

 先日は彼の前で醜態を晒してしまった。仕方ないとフォローしてくれたが、内心ドン引きしているかもしれない。この弁当で名誉挽回といきたいところだ。


「ふぅ。やっとできた。この完成度はさすが私って感じやな」


 我ながらうまくいった。この弁当を持っていけば喜んでくれること間違いなしだ。一切手抜きせず、腕によりをかけて作った甲斐があった。


「まだ時間まで一時間あるやん。よーし」


 弁当作りに熱を入れすぎて化粧を疎かにしてしまったら本末転倒だ。いつも以上に丁寧に化粧をして、カズキとの約束時間である十時には完璧な状態に仕上げた。後は連絡が来るのを待つだけだ。


『ピーンポーン』


 インターフォンが鳴った。画面を覗くとカズキの姿が映っていた。彼が私の家を訪ねるのは中学の時以来だ。私は荷物をまとめて靴を履き、玄関の扉を開けた。

 外には青い車が停車してあり、その横に黒のテーラードジャケットを身に纏うカズキがいた。カズキはこちらに気づくと「よっ」とニ指の敬礼のポーズをとった。


「じゃあ行くか。助手席乗ってくれ」


「うん」


 助手席、というよりも車に乗る機会がほとんどないので新鮮な気分だ。すぐ横にはハンドルを握るカズキがいる。彼の横顔を見れるのは貴重だ。いつもはどこか気怠そうにしているのに、今日は運転をするからか目元がキリッとしている。


 運転中、カズキは無言だった。よほど運転に集中しているらしく、一言も話をしてこない。それだけ安全運転に努めている証拠なので、ありがたいことではある。

 車内はカズキが選曲した曲が流れていた。流行りの曲が多く、私も知っている曲ばかりだ。口笛を吹いたり、歌詞を口ずさんだりしたが、彼の口からは何も出てこない。

 

「なぁ、今日から行く場所って高速道路使って行くん? それとも下道?」


 返事がない。ただの屍のようだ。


 冗談はさておき、寝ているわけではない。ぱっちり目は開いている。ここまで運転に意識がいっていると逆に怖い。ひょっとして、運転に慣れていないのでは?

 だとすると、心臓バクバクで会話どころではないのかもしれない。彼に話しかけるのはやめておいたほうがよさそうだ。


「……高速」


 かなり遅れて質問への返事がきた。質問自体は聞こえていたみたいだ。


「めっちゃ時差あったな」


「ごめん、昨日あんまり寝てなくて。頭ぼーっとしてた」


 それはそれで怖すぎる。運転に集中しすぎて無言になっていたわけではなく、眠たいから無言になっていただけだった。さっきは表情がキリッとしているように思えたけれど、段々としょぼくれた目に見えてきた。

 兎にも角にも集中力散漫な状態は危険だ。積極的に話しかけて居眠り運転を阻止せねばならない。私は普段より高めのテンションで彼を揶揄った。


「何で寝れんかったん? もしかして遠足前の子どもみたいに緊張でもしてたん? 可愛いとこあるやん!」


「いや、えーっと、予定考えてた。おすすめスポットとか色々……」


「え、あっ。そうなんや。ありがとう」


 冗談半分でカズキを揶揄ってしまった自分を殴りたい。彼は私を楽しませるために、寝る間も惜しんであれこれ考えてくれていたのだ。


「今から高速乗るぞー」


 車がETCレーンを通過する。徐々に加速していき、本線に合流した。ナビによると、ここから一時間は高速道路を走ることになる。

 高速道路は下道とは異なり、快適ではあるものの殺風景で退屈だ。油断をしていると寝落ちしかねない。しっかりと横で見張っておく必要がある。


「紅葉って普段見に行ったりするん?」


「……いや、初めてだな。そっちは?」


「私も見に行ったことないな。初めて」

 

「そうか」


 私たちが住む京都は言わずと知れた観光名所が豊富にあるわけで、紅葉スポットもいくつもある。それにもかかわらず、紅葉を見に行った経験がない私たちはおそらく珍しい京都人だろう。


「カズキ、紅葉いっぱい目に焼き付けよな」


「……おぉ」


 私だけでなくカズキにとっても初めての紅葉狩りだ。いつまでも記憶に残るような楽しい思い出を作りたい。

 その後、私たちは『桜を鑑賞することは花見というのに、紅葉を見るのは紅葉狩りというのはなぜか』という話で盛り上がった。最初は眠そうだったカズキも白熱する議論の中で眠気が吹っ飛んだようで私以上に喋りに夢中になっていた。


「おっ、着いたぞ」


 もう少し話をしていたかったが、いつの間にか目的地に到着していた。


 今回、二人が訪れたのは滋賀県にある巨大なメタセコイアが立ち並ぶ並木道だ。道路の両端に整然と植えられたメタセコイアは秋になると黄金色に染まり、美しい景色を魅せてくれるという。関西全域から見物客が押し寄せる名所として知られている。


 路上駐停車をしているマナーの悪い輩もいたが、私たちは近くの駐車場に車を停めて外に出た。紅葉真っ盛りというだけあって、駐車場はほぼ満車だ。私はカズキに労いの言葉をかけた。


「運転お疲れさま! ホンマありがとう」


 私は免許を持っていないので、ここまで連れてきてくれたカズキには感謝しかない。彼は少し照れ臭そうに「いいよ、別に」と呟いて顔を背けた。

 駐車場から歩いてすぐの場所で、メタセコイアが見事に咲き誇っていた。まるで絵画のような世界が広がっており、多くの観光客が写真や動画を撮影している。

 

「なぁ、めっちゃ綺麗なんやけど」


「想像以上だな」


「正直、今まで紅葉とか花見とかって何がええんやろって思ってたんやけど……」


 春になると近くの公園で地面にブルーシートを敷いて花見をする人の姿が目に入る。彼らは酒とつまみを片手にぺちゃくちゃ喋りながら桜を鑑賞する。

 はたして、そういう人たちは本当に風流を理解して花見を楽しんでいるのだろうか。酒が飲めればどこでもいいのではないか。私は内心疑問に思っていた。

 けれども、今は。


「ええな、こういうのも」


「同感だ。風流ってやつが今ならわかる気がする。壮観な眺めだよな。しかも、先が見えないくらい並木が続いてるぞ」


 スマホで調べてみると、どうやら二キロにも及ぶ並木道らしく、時間をかけてゆっくり歩いて進むことにした。

 整然と並んだ並木はまさに圧巻の一言で、進めば進むほど美景に魅了されていく。

 また、香りもいい。自然に囲まれた場所独特のあの匂いが堪らなく心地よい。いつまでもここに居たいと願うほどに私たちの目を楽しませた。


「また来たいわぁ」


 ぽつりと発した一言。別に反応してもらいたかったわけではないのに、カズキはくるりとこちらを向いて、


「ここって紅葉の季節以外にも楽しめるらしいぞ。春だったら新緑とか冬は雪化粧とか」


「えっ、そうなんや」


 四季の移ろいで表情ががらりと変わるらしい。きっと冬の景色は積雪によって幻想的な世界に変えられているのだろう。それはそれで趣があって良い。

 

「また……来るか?」


 思いがけない誘いだった。私はほんの数秒脳がフリーズしてしまったが、もちろん断るはずがなく、すぐに承諾した。付け加えて、

 

「まぁ、冬はイルミネーションのほうがもっともっと見たいんやけど」


「確かに。冬といえばイルミネーションだしな。それも含めていろんな場所に行こうか」


「うん。絶対行こ!」


「だな。よし! じゃあ、写真だけ撮ってから昼飯にしようぜ」


 一応の記念として、メタセコイア並木を背景にツーショット写真を撮った。確認のため撮れた写真を見てみると、写真慣れしていないのが一目でわかるくらい二人の顔が引き攣っていた。その顔があまりにも酷いものだから、私たちはお互いの顔を見合わせて、声を出して笑い合った。

作者は冬が好きです。寒い日に入る温泉は気持ち良すぎて幸せな気持ちになります。ただ、朝方は凍えるような寒さで起床に失敗してしまうことがあります。皆さんの好きな季節はどれですか?

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