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4話 B寄りのA

 今から二人で乗り込むのは丸型のボートの形をした乗り物だ。最大六人乗りとなっており、これに乗って激流を下ることになる。

 他にお客さんがいないこともあってか、なんと二人だけの貸切状態でアトラクションがスタートした。水の流れに従ってボートがゆらりゆらりと動き出す。


「どのくらい濡れるんだろうな。由花はどう思う?」


「大袈裟に濡れるって書いてるだけで実はあんま濡れへんのちゃう」


「おいおい、そういうフラグ立てるなよ。そういうこと言うと決まって濡れる約束だろ」


「フラグちゃうわ。どうせ濡れへんって」


 直後、ボートが傾いて水飛沫が前方から飛んできた。あっという間のフラグ回収である。さらにボートがクルクル回転して、今度は後方からも水飛沫が飛散する。

 私もカズキも服や髪が濡れ、びしょびしょになった。特にカズキは髪がずぶ濡れだ。だが、それが却って水も滴るいい男みたいな雰囲気になっていた。


 一方、私は思いっきり顔面に水がかかってしまい、人様にお見せできないような顔になっていた。おまけに胸元にも水が付着してしまい、雫が垂れて少し体が冷えてきた。

 秋という季節にこのアトラクションに乗車したのは失敗だった。これ以上濡れるのは嫌だ。できれば一刻も早く終わってほしい。そう願っていると、またボートが傾いた。


「きゃっ」


 硬くて大きいものが胸に当たる。これだけの情報だとナニとは言わないが、別のものが頭に浮かぶかもしれない。私はおそるおそる閉じていた目を開いた。

 視線の先には横に座っていたはずのカズキの顔面があった。なんだ、カズキか。それなら良かった。いやいや、待て待て。顔面?


「へ? え?」


 突然の状況に頭がフリーズする。なぜ、カズキの顔面が私の胸にあるのだろう。要因を考えるならば、さっきの揺れのせいだ。きっとあれのせいで、こういう事態を招いてしまったのだ。


 ところで、私は今日特別な黒いキャミソールを着用することで、胸を盛っている。それには硬めのパットが入っているので、感触で違和感を持たれる恐れがある。もし気づかれてしまったらおしまいだ。

 私は慌ててカズキの頭を押し返した。カズキはビクビクしながら「すまん」と謝って元の姿勢に戻る。そこからは気まずい空気が流れた。二人とも下を向いたまま無言になる。

 今し方の行動は悪手だったかもしれない。つい条件反射で突っぱねてしまった。そのせいで拒絶したような形になってしまった。


「ごめんな。胸当たってしまって」


 私が何かを言うより先にカズキが深々と頭を下げた。別に不可抗力でそうなってしまったわけで彼が謝る必要性はない。


「別に謝らんでええよ」


「いや、だって……その」


「ん? だって、なんなん?」


 なんだか嫌な予感がする。こういう予感というのは多くの場合、的中するものだ。


「お前、胸にパット……!?」


 それ以上はいけない。言葉の続きは慎重に選んだほうがいい。私は人殺しのような目で睨むことで、カズキの言葉を遮った。

 やはりというべきか、パットの件に気づいていた。好きな人にバレるなんてこの上ない屈辱だ。このまま時間が過ぎて熱りが冷めるのを待つしかない。


「これは独り言だけど、僕はどっちかというと、無い方が好きだけどな」


 カズキが下手なフォローを始めた。お言葉を返すようですが、無いというほど無いわけではないです。B寄りのAだから、一応寄せたら谷間はできるし、多少の膨らみはあるんですけどね。


「まぁ、何が言いたいかっていうと……機嫌直してくれよ。僕は由花の笑った顔が落ち着くんだよ」


「へ? それってどういう意……プッ」


 キザな物言いとは裏腹に、目の前の男の顔色は一目でわかるくらいに赤くなっていた。つい勢い任せで言ってしまったのだろう。熟したトマトみたいになっている。ダメだ、笑っちゃダメなのに。


「ウッフ、ヘヘホッ、フッハッハッハ!」


 必死に笑いを堪えようとしたのが裏目に出て変な笑い声が出てしまった。耳まで赤くなっていたはずのカズキもこれには堪らず反応する。


「おいおい今の笑い方、怖すぎだろ。化け物かよ」


「しばくで?」


「調子に乗ってすみません!」


 その後、二人の間に微妙な空気が流れたまま激流下りのアトラクションは終了した。色々あったボートから降り、歩きながら次の目的地を決める流れになった。私は無言で隣を歩くカズキの肩をポンと叩いて、


「次どこ行く?」


「由花の好きなとこでいい」


「それじゃあ観覧車乗ろーや」


 次に向かう先は園内の名物・観覧車だ。大観覧車なので、市内の街並みを一望できるということで人気が高い。

 特にイルミネーションの時期になると長蛇の列が出来上がる。窓から光り輝くアトラクションや建物の光景を目に焼き付けてロマンチックな気持ちに浸りたいのだろう。

 正直、私はイルミネーションも景色の良し悪しも全くわからない。ただ、あの狭い空間で男女二人だけの時間を過ごせるのは魅力的だ。あの空間ならばカズキを落とせるかもしれない。


「じゃあ、行こうぜ」


 カズキが先に観覧車の中に入って、こちらに手を差し伸べてくる。平静さを装っているつもりなのだろうが、手が震えている。まだボートでの接触が頭から離れないみたいだ。

 私はニヤけそうになるのを我慢し、手を掴んで中に乗り込んだ。観覧車の中は意外にも広く、快適に過ごせそうな造りになっている。


 しばらく時間が止まったみたいに沈黙が続いた。それでも観覧車は少しずつ上昇していき、それに伴って私の鼓動も高鳴っていく。


「なぁ、カズキ。今日ありがとう」


「なんだよ、改まって」


「だって、私の希望で遊園地来ることなったんやし。お願い聞いてくれてありがとう」


「お礼を言うなら僕の方だ。遊園地がこんなに楽しいなんて知らなかった。教えてくれてありがとう」


 カズキはニッと白い歯を見せた。何だかわからないけれど、良い雰囲気になってきた。このままいけば、本当に付き合えたりするんじゃないか。


「あ、見て。めっちゃ景色いいんやけど」


 外を見ると先ほど乗車したジェットコースターや激流下りのアトラクションだけでなく大きな川や高く聳える山など長閑な風景が広がっていた。


「ほんとだ、すっげぇ」


 座って景色を見ている私とは対照的に、カズキは立ち上がって景色を眺める。そんな彼が私に何かを言いかけた時、観覧車がフラフラと揺れた。

 『ドン』という大きな音が響くとともに、カズキが私の顔の横にある窓ガラスに手をついた。彼の顔が目と鼻の先の距離にある。吐息がかかるくらいの超至近距離だ。おそらく体勢を崩して壁ドンのような格好になってしまったのだろう。


 どうしよう。カズキから目を逸せない。どうしても彼の顔面に目がいってしまう。それは向こうも同じなのか私に視線が釘付けなっている。


 私から仕掛けるつもりだったのに、計画が水の泡になってしまった。なぜこんなにもうまくいかないのだろう。それどころか、逆にカズキにドギマギさせられている。もちろん彼にそんな気は毛頭なかった。だが、意図せず私にクリティカルヒットを与える結果となった。


「わ、悪い。バランス崩した」


「謝らんでええよ。ドキッとはしたけど」


「ほんと、ごめんな」


 カズキはそう言って黙り込んでしまった。完全に笑顔が消え、どんよりとした表情になっている。せっかく遊園地という楽しい空間にいるのに謝らせてばかりだ。

 お前と一緒にいるだけで楽しいから元気を出してほしい。そんな優しい言葉をかけてあげたいけど面と向かって伝える勇気はなかった。


 結局、彼の表情に笑顔が戻ることはなかった。観覧車で目的を達成することはできず(それどころではなくなった)、帰りの電車の中でもずっと俯いたまま目を合わせようともしてくれない始末だ。


 さすがにこのままではいけない。今日という日が彼にとって最悪な思い出として記憶に刻まれてしまう。


「あのさ、いつまでもしょんぼりせんといてや。空気重いで?」


「すまん」


 また謝った。謝ってほしいわけじゃない。私はカズキの額を中指で弾き、喝を入れることにした。


「だーかーら、謝るなって言ってるやん。アレは不慮の事故やってんから。気にすんな。そんなことより今度はドライブ行くで。ドライブ!」


「あ、あぁ。わかった。ちなみに免許持ってるのか?」


「持ってへん。だからカズキ、頼んだで」


「なんだよそれ、人任せかよ」


 カズキはクスッと笑った。ようやく表情が明るくなった。激流下りの時に彼が私の笑顔を見ると落ち着くと発言していたが、私だって彼の笑顔を見ると幸せな気持ちになる。だから、ずっと笑っていてほしい。

 ガタンゴトンと揺られる車内で、私たちは次のドライブの予定を立てた。案として天橋立や淡路島など多くの候補地が出たが、最終的には今が紅葉シーズンということで、紅葉を見に行くことになった。今からドライブデートが待ち遠しくて仕方ない。

タイトルだけ見たら意味がわからないですよね。

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