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3話 遊園地デート

 今日の服装は変ではないだろうか。普段、目立つような格好をすることがないから周りの目が気になってしまう。そもそも自分のような色気もクソもない女が、大胆な服装を選択をするべきではなかった。やめておくべきだったかもしれない。

 いや、今更そんな事を考えても仕方ない。もう引き返せないのだから。どしっと構えてカズキが来るのを待とう。


「おっ、早いなー」


 前から帽子を被った男がやってきた。私が手を振ると男もつられて手を振った。顔が見えなくて一瞬誰だかわからなかったが、どうやらカズキみたいだ。

 彼は私の目の前に立つと、しばらく私の格好を凝視した。一体彼の口からどんな言葉が飛び出すのかと身構えていると、


「由花……その服装……」


 案の定、服装について触れてきた。それもそのはず、今日の私の服装はいつもの私なら絶対にしない胸を露出させたものだ。

 アウターは薄手の白いカーディガン、中には黒のキャミソールを着用している。このキャミソールは胸を盛ることができ、普段谷間なんてない私でもちょっとした谷間が作れる優れ物だ。胸を強調したスタイルとなっており、世の男どもの視線を釘付けにできる商品として店員さんに勧められたので購入した。


 ちなみに着用するのは今日が初めてだ。カズキを惚れさせるためにメイクにも時間をかけて私史上最高の状態でここに来た。前回と大きく変わった私の姿はカズキの目にどう映ったのだろうか。

 

「可愛いじゃん。一瞬びっくりしたけど」


「ふぇ?」


 ストレートに褒められるのは予想外だったので頭が真っ白になる。てっきり軽口の一つでも叩いてくるものだと思っていた。

 それにカズキの顔が心なしか赤くなっている気がする。ひょっとして、照れているのだろうか。もしそうなら今日のためにこの服を着てきた甲斐があるというものだ。

 

「じゃあ中に入るか?」


「そうやな。入ろっか!」


 本日、私たちがやって来たのは京都からほど近い場所にある大阪のどこかの市にある大きな遊園地だ。関西では抜群の知名度を誇っており、テレビのCMで目にすることが多い。

 絶叫系マシンが充実しており、夏は大型プール、冬はイルミネーションが綺麗なことでも知られている。付き合う前のデートで遊園地はかなり攻めすぎな気がするが、個人的に遊園地が大好きなので、ここを選んだ。


「カズキは絶叫系乗れるん?」


「あまり遊園地みたいな場所は行かないからなんとも言えんが、多分乗れると思う」


「ならよかった」


 もしカズキが絶叫マシンにいっさい乗れなかったら、ここに何をしに来たのかわからなくなるところだった。


「じゃあ、まずはアレから乗ろーや」


 私が指差したのは木製のジェットコースターだ。日本では木製コースターは珍しく、目にする機会は少ない。聞くところによると、木製コースターには独自の怖さがあるらしい。ぜひ体験してみたい。

 カズキは「了解」とすんなり承諾してくれた。後で聞いた話だが、彼も事前にリサーチした上で、木製コースターに乗車したいと考えていたそうだ。


 さっそく順番待ちの列へ並ぶ。閑散期ということもあり、五分ほどの待ち時間で順番がやってきた。

 スタッフの案内で座席に座り、シートベルトをしっかりして、安全バーを下ろしてもらう。そして、すぐに出発、というわけではなく出発前にスタッフの注意喚起のアナウンスが流れた。

 アナウンスが終わると、すぐに発射のベルが鳴った。スタッフの「いってらっしゃい」の挨拶とともにジェットコースターがカタカタと音を立てながらゆっくり動き始めた。

 いよいよアトラクションスタートだ。


「ヤバっ。カズキ、ついに始まったで」


「あー、怖いなー。涙が止まらないなー」


「まだ落下してへん。登ってる最中やん。ちょけてると、私がこっから落とすで」


「いやいや、冗談だって。それだけは勘弁して。てか、死ぬから押すなよ? 絶対押すなよ!?」


 などと馬鹿なやりとりをしていると、ファーストドロップがきた。とてつもない重力がかかり、ジェットコースターが落下した。悲鳴に近い叫び声を上げながら、車体が風を切り右へ左へ駆け回る。

 私は童心に帰って楽しんでいた。単にジェットコースターが楽しいからだけではない。横に好きな人がいることが相乗効果を生みハッピーな気分になっていた。

 横に座っているカズキは今どんな気持ちなのだろう。まさか私だけ楽しんでいるなんてことはないだろうか。一度気になってしまうと、彼のほうを見ずにはいられない。


 ちら見程度なら問題はないはずだ。どれ、少しだけ確認してみよう。


 カズキとは十年以上の付き合いだ。それだけ長い時間をともにしながら、笑った顔はそんなに見たことがない。

 彼は表情の変化に乏しいタイプだ。喜怒哀楽が分かりづらく、その事で度々周りから苦言を呈されていた。


 そんなカズキが、口を大きく開けて笑っていた。私の前でこんな表情をするのは初めてだ。ヤバい、これがギャップ萌えってやつ?


 純粋無垢な少年のような笑みを浮かべるカズキ。その表情はあまりに眩しく、破壊力抜群だったので思わず目線を外してしまった。

 結局、ジェットコースター乗車中はカズキの笑顔が脳内から離れず、いつの間にかアトラクションは終わってしまっていた。


「楽しかったな!」


 カズキの声のトーンがいつもより高い。このアトラクションをお気に召してくれたようで何よりだ。

 ジェットコースターを乗り終え、次に私たちが向かったのはたこ焼き屋だ。少し小腹が空いたので、ここで軽食を摂ることにした。


「たこ焼きって外で食べる機会少ないよな。家のたこ焼き器で作って食べることはあるけど、あんまり外で買わないよな」


「確かに。外ではあまり食べんな。たまに小腹空いた時とかに買い食いするくらいやな」


 だけど、外で食べるたこ焼きも乙な物だ。家で作るたこ焼きとはやはり味が違う。当然だが、こちらのお店のたこ焼きも家で作るモノとは全く異なるはずだ。試しに一つ、口の中に入れてみるとあまりにも衝撃的だった。


「めっちゃ美味いんやけど。こんな美味いたこ焼き初めてかもしれん」


 外はカリッと中はフワッとしており、中に入っているタコは大ぶりで食べ応えがあった。ボリュームもさることながら味も抜群で素晴らしい。

 決して大袈裟なわけではなく、食べ終わるまで一度も二人の箸が止まらないほどだった。もう一個購入することを真面目に検討したが、それはさすがにやめておいた。

 完食後、次に乗るアトラクションをこちらから提案しようとすると、カズキが目をキラキラ輝かせてパンフレットを広げた。

 彼はおねだりをする子どもみたいな表情で、


「次、何乗る? これとかどう? いや、これも捨てがたいなぁ」


 気がつくと私以上に乗り気になっていた。私は思わず笑みが溢れてしまい、「好きなやつでええよ」と伝えた。すると、激流下りのアトラクションを指差した。パンフレットには濡れますと注意書きが書かれている。

 

「カズキは濡れるの嫌じゃないタイプ?」


「全然。むしろ濡れたいタイプだが」


 濡れたいタイプってなんだよ。心の中の関西人魂が揺すぶられ、ツッコミを入れたくなる。だが、ここはあえてスルーしておこう。


「由花は? 濡れたくないのか?」


「うーん。夏なら目一杯濡れてもええけど今秋やしなぁ」


 夏ならば濡れてもすぐ乾くので何の問題もない。けれども、今の季節は肌寒く乾きにくいので、できるだけ濡れたくはない。

 カズキは私の気持ちを察したのか捨てられた子犬のような目で見つめながら、


「なら……やめておこうか?」


「いや、行こっか。せっかくやしな」


 カズキのくせに可愛すぎる。この愛くるしい生き物の願いを断れる人はいるだろうか。いや、いるはずない。私たちは激流下りのアトラクションの入口を目指して歩いていく。

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