2話 もう一度
私、山科由花の朝は早い。朝六時に起床。二度寝することなくベットから起き上がり、洗面所で念入りに洗顔した後、台所へ向かう。
冷蔵庫から豆腐とシメジ、しいたけを取り出して、それぞれ包丁で切っていく。切り終わった後、フライパンに火をつける。フライパンが温まったところで、豆腐を焼き、狐色になったら器に盛る。キノコ類は炒め、片栗粉を入れてとろみを加えたら、
「できた!」
完成したのは豆腐ステーキだ。何を隠そう私は料理が得意で毎朝簡単なおかずを作って食べている。時間がある時は手の込んだ料理を作ることもある。このように朝から健康的な食事をすることで、気持ちの良いスタートを切れるのだ。
炊き立てほわほわのご飯を茶碗によそい、手を合わせる。全ての食材に感謝を込めて、いただきます。
まずは米を頬張る。やはり、炊き立ての米はふっくらしていて美味しい。これに豆腐ステーキを乗せると箸が止まらなくなる。何杯でもいけそうだ。
『ピコン♪』
テーブルに置いてあるスマホが振動した。アイツからのメッセージかもしれない。食事中にスマホを見るのは行儀が悪いので避けたい。だけど、気になってしまう。
そういう時は急いでご飯を食べるしかあるまい。実は早食いには自信がある。数分で完食しスマホを見ると、マッチングアプリの通知だった。相手は『S』という名の男だ。
私は深くため息をついてスマホをソファに放り投げた。『カズキ』からのLINEを期待したが、全然違った。まだ六時台なのでおそらく寝ているのだろう。
ちなみに『カズキ』というのは私の幼馴染で本名は伏見一樹だ。昨日、久しぶりに再会してLINEを交換したのだが、
「はーっ、かっこよくなってたなぁ」
昔は背が低くていつも髪がボサボサでダサかったのに。高校デビューか大学デビューか分からないけれど、すっかり変わっていた。
昨日は彼のあまりの変化にビックリしてしまい、照れ隠しで軽口を叩いてしまったが、私の好みど真ん中だった。
「まぁ元々顔のパーツ自体悪くなかったし。てか、むしろよかったしな……」
まさかあのカズキに惚れてしまう日が来るとは人生何が起こるかわからない。あんなにもモテに無関心のインキャ男子だったのに。
「はぁ……でも無理なんかな」
釣り合わない。私は容姿がいいわけでも学歴があるわけでもない。一つでも秀でたものがあればよかったけど、何も持っていない。
一方のカズキは今は彼女がいないみたいだが、あのスペックなら彼女ができるのは時間の問題だろう。顔も学歴も悪くないのだから他の女が黙っていないはずだ。
だからといって、他の女に略奪されるのを指をくわえて見ているわけにはいかない。カズキをゲットするためには、とにかく行動あるのみだ。
まず、手始めにこの気持ちを誰かに伝えよう。ちょうど今日の講義で友達に会う。あの子ならば、相談相手にピッタリだ。私の友達の中で一番のモテ女なので、何でも答えてくれるにちがいない。
「で、私に相談って?」
現在、私は大学の講義室にいる。隣には今回の相談相手である美咲ちゃんが頬杖をついて座っていた。美咲ちゃんは可愛いのにガサツでサッパリした性格の女子だ。出会いのない女子大生には珍しく、とてもカッコいい彼氏がいる。
「マッチングアプリの件なんやけど」
さっそく本題に入る。美咲ちゃんは私がマッチングアプリをしていることを知っているので前置きは不要だ。とはいえ、アプリをしていることを知っているだけで、相手が誰かは知らない。
「あー、あれかぁ。相手どうだったん?」
「実は幼馴染やってん」
「ん? オサナナジミ……新種の虫とかじゃないよね?」
ぽかーんと口を開けてこちらを見ている美咲ちゃんの反応は正しい。幼馴染とマッチングするなんて馬鹿げた話、誰も聞いたことがない。
「まぁそれはいっかぁ」
美咲ちゃんは意外とすんなり受け入れた。私が逆の立場だったら、ただただ困惑してしまっていただろう。理解が早くて助かる。
「で、その幼馴染くんはどうだった?」
「カッコよくなっててん。でもちょっと悔しいんやけど、釣り合わんくて……」
「なーんだ。そんなことか」
「へ?」
「釣り合う、釣り合わないってさ。誰が決めたの?」
「えっと、私……?」
「だよね。そんなの由花が勝手に決めただけじゃん。周りからしたら、案外お似合いに見えるかもしんないって」
彼女の言うことは正しい。釣り合う、釣り合わないは私の主観でしかない。自分で勝手に諦観の境地に入って、可能性を潰してしまっている。
「それに他の人にはない、由花にしかない魅力だってあるよ」
「あるかなぁ?」
「親友の私が言うんだから間違いないって。だから消極的になっちゃダメ」
美咲ちゃんはそう言って、拳を前に突き出した。
「恋愛は自分に自信を持ってガンガン攻めたほうがいいって! 私に落とさない男はいないぞって感じでさ!」
「そうやんな。ありがとう」
美咲ちゃんに相談してよかった。彼女の言葉は私に一歩を踏み出す勇気をくれる。これまでも何度も私の背中を押してくれた。
「で、さっそくだけど、LINEで次会う日を決めようよ。早いに越したことはないしさ」
「うん」
私はスマホを取り出し、LINEを開いた。
『カズキ』という名前のアカウントをタッチする。昨日、カズキと帰宅後にLINEする約束をした。だが、何を書けばいいのか分からず、文章を書いては消してを繰り返した。
結局、私からは何も送れず、カズキのほうから連絡が来るのを期待したが音沙汰なしだった。そのため、メッセージをすることなく一日が終わってしまった。マッチングアプリでは気軽にメッセージができたのに、それが遠い過去のように感じる。
「いつまでスマホと睨めっこしてんのさ。じれったいなぁー。とりゃ!」
「ちょっ!?」
横から美咲ちゃんの手が伸びてきてスマホを取られてしまった。何をするつもりかと訊ねると、彼女は悪戯な笑みを浮かべた。
「決まってるじゃん。送ってあげる」
「やめて! 自分で送るから!」
「ほいほい。はやく送りなよ。あんまり遅いと送っちゃうぞぉ」
美咲ちゃんに急かされる形でメッセージを送信した。メッセージは『今度の土曜って会える?』という至ってシンプルなものだ。
カズキの返信のスピードが未知数なので、返信を目にするまでは落ち着かない時間が続くことになる。ずっと待っていると落ち着かないので、できれば夜までに返信がほしい。
『ピコン♪』
スマホの通知音が鳴った。メッセージを送って一分くらいしか経っていない。だから、さすがにカズキではない。そのはずなのに、期待に胸を弾ませてスマホの画面を確認してしまった。
「って、カズキやん」
カズキも大学で講義を受けているはずだ。それなのに、この返信のスピードは暇なのだろうか。てっきり夜まで帰ってこないものだと思っていた。
ちなみに彼からの返信は『おっけー』と一言だけだった。そっけない一文だが、承諾してくれたことが嬉しくてたまらない。顔がニヤけてしまいそうだ。
「よかったじゃん。由花」
「ありがとう! 美咲ちゃんのおかげや。ホンマ、いつもありがとう」
こうして私はカズキともう一度会うことになった。手に入れたチャンスを物にするために、次回のデートは念入りに準備しよう。
きっと、彼にとって私はただの幼馴染という認識だろう。だけど、あらゆる手段を講じて必ずアイツを惚れさせてやる。私は静かに固く決意するのだった。
第2話は由花視点のお話でした。