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1話 変化と不変

 目の前にいた『ゆ』さんは外ハネでミディアムヘアの女性だった。髪色は黒で艶があり、髪質はサラッとしている。

 顔は重めの一重とあぐら鼻、厚い唇が特徴的でどちらかと言うと可愛いというタイプではないが、愛嬌はあるフェイスだ。


 街ですれ違っても印象には残らないどこにでもいそうな女性だが、僕はこの人をよく知っている。なぜなら、幼馴染だからだ。

 幼稚園から中学校まで十二年間、同じ学舎に通っていた。毎日のようによく遊び、よく口喧嘩をしたものだ。高校は別の場所に行くことになり、そこからは次第に疎遠になっていった。今では僕のスマホが一度水没してデータが破損したこともあって、連絡先すら知らない状況だった。


 名前は山科やましな由花ゆいか。友人からは由花ゆいかと呼ばれていた。僕も彼女のことはそう呼んでいた。


由花ゆいかがなんでいるんだよ」


 女性なんて星の数ほどいるはずなのに、よりにもよって幼馴染とマッチングして会うことになるとは夢にも思うまい。

 まだ幼馴染だからいいものの(よくはないが)大学の友人とマッチングなんてしていた日には目も当てられないことになっていた。大学で顔を合わせるたびに「コイツとマッチングしたんだけど(笑)」と馬鹿にされていたことだろう。


「それはこっちのセリフなんやけど。カッコいいイケメンが来ると思っとったのにまさか幼馴染って……ありえへん」


 当然向こうも同じ気持ちだったみたいだ。わかりやすく不貞腐れている。あからさまに機嫌を悪くされると少しムッとくる。


「その言葉そっくりそのまま返すぞ」


「久しぶりに会ったけど、ムカつくな。せっかく化粧頑張ってきたのに!」


 由花ゆいかは溜息をついた後、フグのように顔を膨らませた。彼女の言うとおり、化粧に力を入れているのか昔よりも可愛く見える。

 子どもの頃は学友に『おかめ納豆』というあまりにひどいあだ名をつけられていたというのに、時の流れは不思議なものだ。


「ま、少しは可愛くなったんじゃないか」


 面と向かって相手を褒めるというのはかなり恥ずかしい。だから、僕は視線を逸らして相手に聞こえない程度の声量で呟いた。

 すると、彼女は頬を赤らめて「う、うるさい。アホ」と悪態をついた。キツイ言葉とは裏腹に口角は上がっている。


 一息ついたところで、この後の予定について話し合った。久しぶりに会ったので、「せっかくだしカフェにでも行こうぜ?」と提案すると快く引き受けてくれた。

 

 デートに備えて事前に周辺のカフェはリサーチしていたので、目的のカフェまで先導した。下調べによると、モンブランが有名なお店らしい。

 実際、店の前にはモンブランのオブジェが置かれていた。入店して店員の案内で窓際の席に座る。メニューを開くと多種多様なモンブランがずらっと並んでいた。


 僕は南瓜のモンブラン、由花は栗のモンブランを注文し商品が届くのを座席で待つことに。その間、いかにして話を広げようかと悩んでいると、


「ずっと気になってたこと聞いていい?」


「なんだ?」


「アプリのプロフィールに書いてた身長一七九センチってホンマなん?」


「本当だけど。というか、わざわざ嘘つく必要あるか?」


「シークレットブーツで盛ってへんよな? 十五センチくらい」


「盛ってないっての。てかそんなに盛れるシークレットブーツないだろ。知らんけど」


「えぇー!?」


 信じられないといった表情で店内に響き渡るくらい大きな声で驚かれた。そのせいで、僕たちは周囲の人々の視線を一気に浴びることなる。


「いや、驚きすぎじゃない?」


「だって、中学まで身長一番ちっさかったやん。いつも背の順で一番前やったのに」


 確かにそのとおりだ。僕は中学までクラスの男子の中では一番背が低かった。彼女の中でも僕という人間はチビという印象が強かったはずだ。

 ところがどっこい、高校入学後にこれまでが嘘のように一気に身長が伸びた。ちなみに現在もほんの少しずつではあるが伸びていたりする。


「まさか見上げることになるなんてなぁ」


「由花は逆にずっと背高いほうだったよな。バレー部だったし。今もバレーしてるの?」


「してへんよ。バレーは高校でやめた。飽きたから」


「そっか」


 中学生の頃は他のどんな事よりもバレーに熱を上げていた。遊びよりもバレー。勉強よりもバレーを選んでいた。それにもかかわらず、すっかりバレーへの熱は冷めてしまったみたいだ。


 五年。中学校を卒業して約五年になる。それだけの月日が過ぎれば、当然誰だって大なり小なり変化がある。

 僕だってそうだ。低かった身長が一気に伸び、今では高身長の部類になった。趣味もガラリと変わった。味覚や服の好みも。

 当たり前のことのはずなのに、こんなにも寂しいと感じるのはなぜだろう。自分の知っている由花と現在の由花のギャップが重くのしかかる。彼女が僕の知らない誰かに思えてしかたない。

 

「にしてもアレやな。さっきはあんなこと言ったけど、結構カッコよくなってるやん。モテるん?」


「いや、全然モテないな。モテてたらマッチングアプリなんてやってないだろ」


「それもそっか。彼女できたことないん?」


 僕はその問いに対してこくりと頷いた。途端に、由花の表情が緩んでいく。ニマニマと笑みを浮かべ、鼻で笑った。


「お、今バカにしたか?」


「別に」


「絶対バカにしたろ。じゃあ、そういう由花はどうなんだよ」


 人をバカにするということはさぞおモテになられたのだろう。そういう雰囲気はないけれど、実は多くの男に言い寄られていたり?


「できたことないわ。あれれー、今ほっとした? ほっとしたやんな?」


「してないが」


 嘘である。心の底から安堵している。もし由花に先を行かれていたら、これから先ずっとマウントを取られ続けていたことだろう。

 ところで、この手の話題は経験が少ないので極力避けたい。僕は会話を遮るように水を口に含んだ。


 こういう洒落たカフェの水は仄かにレモンの香りがすると聞いたことがあったが、本当にレモンの味がした。カルキ臭さを微塵も感じないので飲みやすい。

 きっとモンブランも美味しいに違いない。といっても、モンブランをあまり食べる機会がないから味の良し悪しはわからないけれど。


「なぁ、O大に通ってるんやんな?」


「あぁ、通ってるよ」


「凄いやん。昔から成績良かったもんな」


「別に。大したことないけどな」


 『O大』は地元の私大でそこそこの難易度を誇る大学だ。第一志望ではなかったけけれど、滑り止めとして受験した。

 結果として、他の大学は全落ちを喫したので、ここに通うことになった。最初は嫌々通っていたのに、いつの間にか大学に愛着が湧いていた。今ではここに通って良かったと感じているほどだ。


「由花はT女って書いてたな。えーっと、どういう大学なんだ?」


「まぁ偏差値低いからな。知らんやろ」


 露骨に触れてほしくなさそうな態度を取ったので、大学の話題はやめておいた方がいいと判断した。会話はそこで止まり、しばらく沈黙が続く。

 僕はまた水を口に含んだ。もうグラスの中に水はほとんど残っていない。どうにかしてこの微妙な空気を変えたいところだが、特に話題が思いつかない。


 あの頃はそんな悩みを持つことは一度もなかった。どんなに些細な事柄でも大いに盛り上がった。でも、今はもう違うのか。


「お待たせしましたー。南瓜のモンブランと栗のモンブランです!」


 店員さんが商品を運んできた。絶妙なタイミングだ。まさかこのタイミングを見計らっていたのだろうか。僕たちの目の前にそれぞれのモンブランが置かれる。僕は南瓜のモンブラン、由花が栗のモンブランだ。

 僕はフォークを手に取り、さっそくモンブランに手をつけようとするが、由花が「ストップ」と言って静止してきた。


「何だ?」


「写真撮るから待っててー」


 やれやれ、所謂『イ○スタ映え』というやつか。僕はそういった類のものは興味がないからかなり疎い。わざわざ写真を撮るよりも目に焼きつけて味を堪能するほうが有意義だと考えている。


 由花の写真撮影が終わるとすぐさま僕はモンブランにフォークを入れ、そのまま口に運んだ。やはり、モンブランが有名というだけあって美味しい。


 彼女もモンブランにフォークを入れた。そして、フォークを口に運ぶ。顎が外れそうになるくらい大きな口を開けてごくりと飲みこむ。その姿を見て僕は自然と笑みが溢れた。


「え? 何笑ってるん?」


 眉を顰める由花。彼女からすれば笑われる理由なんて皆目見当がつかぬはずである。


「別に。ほら早く食べるぞ」


 昔、由花には食べ物を食べるときに大きく口を開ける癖があった。それが今も残っていることがちょっぴり嬉しかった。

 変わっているものもあれば変わらないものもある。変化に敏感になりすぎていたみたいだ。何年経っても由花は僕の知る由花だ。


「それにしても意外やったわ……」


 由花はあっという間にモンブランを平らげ、ティッシュで口元を拭きながら話を振ってきた。


「僕がマッチングアプリをしてることか?」


「そうそう。性欲ないんかっていうくらい異性に興味なかったやん。中学卒業までずっと私以外の女を避けてたしさぁ」

 

「い、色々あってな」


 僕も一人の男である。これまで異性に対して素っ気ない態度を取ってきたけれど、本心は女の子に興味があった。それが爆発したのが、数ヶ月前だ。成績優秀かつ眉目秀麗な大学の友人に勉強法を聞いたところ、逆質問を受けた。


「なぁ、逆に聞きたいことがあるんだけど」


「なんだ?」


「いや、ずっと気になってたんだよな。お前って、なんで彼女作んないの?」


「え? なに突然?」


「だってよ、顔も性格も悪くねーじゃん。身長だって高い。なんで作んねーのかなって」


「いや、女性に興味ないから」


「嘘つけ。さっき美人が横を通った時反応してただろ。で、なんで作んねーの?」


「だって、こんな冴えない僕に彼女とかおかしいだろ。彼女とか絶対無理だろ」


「無理ってなんだよ。なんで決めつけるんだ?」


 そんなことで詰められるとは思ってなかったので返答に窮した。カカシのように硬直する僕の心情を察したのか、友人はふぅと一息ついた後に、


「とにかくだ、お前は自己肯定がマジで低すぎ。自信を持ってこーぜ。本当は彼女欲しーんだろ?」


「うん。欲しい。欲しいよ、そりゃ……」


 二十年近く生きてきたのに、未だに性行為どころかキスすらした経験がない。当たり前だけど彼女が欲しいに決まっている。

 本当はお泊まり旅行をしてみたいし浴衣デートや制服デートだってしたい。自分の気持ちに蓋をして我慢してきたけどもう限界だ。僕は友人に複雑な胸中を打ち明けた。


「自分の気持ち、ちゃんと言えたじゃねーか。よしよし。それなら俺に任せとけ!」


「え? いいのか?」


「あたぼうよ。俺ら友達だろ。大船乗った気持ちで任せとけ!」


「本当かよ。なら、お言葉に甘えて任せるよ」


 こうして僕は友人の助力を得て無頓着だった服装や髪型に力を入れるようになり、以前より幾分かはオシャレになった。自信をつけるために筋トレも毎晩励むようになった。


 ある日。友人からマッチングアプリを薦められた。これを使えば彼女ができるぞと。最初は抵抗があった。見ず知らずの人と恋人になるなんて怖いと感じた。

 それでも始めることを決意したのは友人の後押しがあったからだ。熱烈すぎるアピールと「俺に任せとけ」という言葉を信じてアプリを入れるに至った。


 こういった経緯でマッチングアプリを開始することになったわけだが、そのマッチングアプリで出会う初めての女性が由花だったのは逆に良かったかもしれない。

 初対面の人とまともに話せるとは到底思えないからだ。見知った間柄である由花なら緊張することもないので、その点は安心だ。


「そういやLINEやってる? 確か一回消えたよな?」


「水没しちゃったんだよ。で、今新しいアカウント使ってる」


 スマホをポケットから取り出して連絡先を交換した。スマホの画面に彼女の名前である『由花』の文字と後ろ姿が映ったプロフィール画像が浮かび上がる。

 

「名前『カズキ』にしてるんや。漢字やなくてカタカナなんやな」


「なんとなくな。漢字だと読めない人がいるかもしれないからな」


「そっか。じゃあ、また帰ったらLINE送るわ」


「了解。それじゃあそろそろ店出るか」


 連絡先を交換したので、ここで長居をする必要はなくなった。後は帰ってから話の続きをすればいい。メッセージなり通話なり連絡手段には困らないのだから。

 僕らは会計をして店を後にした。ちなみに会計は割り勘だった。元々初デートだから僕が払うつもりでいたが、由花が「私も払う」としつこかったので、こちらが折れた。


 その後、二人とも特に行きたいスポットがないので帰宅のため駅へと向かうことになった。僕たちの最寄駅は一緒だ。だから、必然的に同じ電車に乗って帰ることになる。

 電車の中で二人に会話はなかった。僕も由花もスマホを触り、電車が最寄駅に着くのを待った。まもなく最寄駅に電車が到着するというタイミングで横に座る由花が肩をちょんと触ってきた。悪戯のつもりだろうか。やり返そうかスルーするか悩んでいると、そのまま僕の耳元に唇を寄せてきて、


「また会わへん?」


「ま、ま、まぁ、会おうか」


 急に顔を近づけてこられると心臓に悪い。あまりの距離の近さに動揺してしまった。由花に動揺を悟られていないか気がかりだ。

 それにしてもまさか由花にドキッとさせられるなんて思いもよらなかった。もし暇な時があれば、彼女とまた会うのも悪くはない。あの頃の楽しかった思い出の続きを一緒に作っていけたらいいなと思う。

記念すべき第1話なので少し長めになっちゃいました。お許しください。最後までお読みいただきありがとうございます。

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