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最終話 これからも

 一月十三日。月曜日。

 この日、僕たちは大人の仲間入りをする。民法上では、成人年齢は十八歳とはなっているので、高三の誕生日を迎えた時点で大人として見なされてはいる。

 だけど、十八歳になったとて酒を飲めるわけでも馬券の購入ができるわけでもない。制限なく何でも楽しめるようになるのは二十歳になってからだ。

 本当の意味で一人前の大人として認められるのは今日なのだ。


 子どもの時は大人になるのはずいぶん先のことだと思っていた。そもそも大人になった自分を想像すらできなかった。

 周りには常に両親や先生がいて誰かに守られ、頼りながら成長してきた。その生活が当たり前でずっと続くと信じていた。

 

「あっという間だったなぁ……」


 いつの間にか大人になっていた。心も身体も成熟して重要な決断は自分自身で下すようになった。今はまだ親に養ってもらっているけれど、大学を卒業したら、自立して自分の生活費は自分で稼がなければならない。

 きっとこの先の人生も一瞬で過ぎていくのだろう。気づけば老人となっているにちがいない。人の一生は思った以上に短い。だからこそ、後悔しないためにも今できることを全力で頑張らないといけない。知識をつけるための勉強も恋愛のための自分磨きも。


「いってきます!」


 僕は成人式会場を目指して歩き出す。会場は京都市内にある大きなイベント会場だ。京都に住む二十歳が一堂に会し、盛大に行われることになる。

 由花とは式典終了後に会う予定になっている。理由は「地元の友達とゆっくり話す時間があったほうがええやろ」と由花の意見があったからだ。僕も地元の友達と積もる話もあるので承諾した。

 式典会場に着くと、振袖を着た女とスーツを着た男があちらこちらで談笑していた。皆久しぶりの再会を楽しんでいるみたいだ。僕もメールで会う約束をしている人物が一人。

 

「おーい。伏見ー!」


 一人の男がこちらに近づいてくる。みんなお忘れだろうが、僕の本名は伏見一樹である。

 今僕の名を呼んだ男は中学校の同級生だ。由花を除けば唯一親しい仲だった友達で名前はアキオという。

 当時勉強の虫だった僕と同じくアキオも勉強の虫だった。今もそれは変わらないようで京都で一番の国立大学に進学した優等生だ。


「伏見、久しぶり!」


「久しぶりだな。会うのは高校二年の時に遊びにいったあの日以来か」


「そうそう。あの日以来やなぁ。積もる話もあるし中で座って話そうや」


 僕たちは式典が始まるまでの時間、お互いの近況を報告し合った。どの話題も大いに盛り上がったが、中でも特に由花の話題は食いつきがすごかった。

 マッチングアプリで偶然の再会を果たし、意気投合してデートを重ねて、ついに今日告白することをひとつも隠さず伝えた。話を終えると、アキオは好奇心に目を輝かせて、


「伏見と山科ってめっちゃ仲良かったもんなぁ。マジで今日告るんかぁ。すげぇわ」


「あぁ」


「そのわりには平然としてるなぁ。緊張してないんか?」


「いや、顔に出てないだけで口から心臓飛び出そうなくらい緊張してるよ」


 今になって、クリスマスイブの出来事を後悔している。あの時、由花は僕に告白するつもりだった。それを遮ってまで僕から改めて告白させてくれと言ってしまった。

 なぜ、わざわざ後日にしてしまったのか。確かに僕は元々成人式の日に告白する予定だったけれど、あそこで告白していたら間違いなく成功していただろう。

 またもや怖じ気づいて先延ばしにしてしまった自分を呪ってやりたい。


「ーーおい、伏見。アレって山科か?」


「え?」


 アキオが指差した方向にいたのは、鮮やかなピンクと花柄が美しい振袖を着た女性だった。ここから離れた場所で、仲のいい友人で集まって談笑している。

 

「あんな感じだったっけ……?」


 驚くのも無理はない。僕もあの日に久しぶりに会った時、あまりの変貌ぶりに腰を抜かしそうになった。

 それに今日の由花はいつもの外ハネのミディアムヘアではない。白い花の髪飾りをつけており、非常に華やかなお団子スタイルとなっている。印象がガラリと変わっていた。


「女って化粧や努力で化けるって聞くけどマジなんやなぁ。伏見、こりゃ油断してると誰かに取られちゃうかもよ」


「そうだな。頑張るよ」


「お、そろそろ始まるみたいやぞ」


 式典は市長の式辞や国歌斉唱など眠たくなるような(ありがたい)プログラムの後、最後にお祝いの花が贈呈されて締め括られた。

 式典が終わるや否や、あちらこちらで写真撮影が始まった。おそらく同じ中学校出身の人たちが集まって記念すべき集合写真を撮っているのだろう。

 当然、僕たちの中学校も集合写真を撮る流れになった。同じ中学校だった人たちがぞろぞろと集まってくる。その中にはもちろん由花の姿もあった。

 それにしても顔と名前が一致しない同級生がいっぱいいる。五年も会っていないのだから当たり前ではあるのだが。


「じゃあ写真撮るよー。みんな固まって」


 当時、同学年のリーダー格だった女子の母親が写真を撮ってくれた。撮れた写真を見てみると皆子どもに戻ったみたいにあどけなく笑っている。

 なんだかんだ皆と顔を合わせることができてよかった。これから先、こうして全員が集まる機会は訪れないかもしれない。仕事や結婚などでそれどころではなくなるだろう。

 その後、僕たちは一旦解散した。同窓会が夕方から開かれるので、それまで少しの間お別れだ。僕はアキオに別れを告げてすぐさま由花の元へ向かった。


「おーい、ゆい……」


 名前を言いかけてやめたのは、由花の前に男がいたからだ。同じ中学校の同級生で、当時はクラスの隅っこにいた記憶がある。僕と同じ陰キャだった。

 珍しい組み合わせだったので、どういう話をしているのか気になった。二人に気づかれないように離れた場所から聞き耳を立てる。


「山科さん。今付き合ってる人いる?」


「おらんけど、なんでなん?」


「よかったら俺と付き合ってほしい」


 アキオの言葉がふと頭をよぎった。あの時は冗談だろうと聞き流していた。そんな事あるはずがないと。

 ところが、変化を遂げた由花に歩み寄ってくる輩が本当に現れてしまった。今すぐ「ちょっと待った!」と乱入したいところだ。

 だけど、由花は僕に思いを寄せている。何があっても断ってくれるだろうから、固唾を呑んで見守るのがベストだ。


「なんで私? 私より可愛い子いっぱいおったやん?」


「久しぶりに会ってすごく雰囲気がいいなって思って。いや、昔から気にはなってたんだけどさ」


「ありがとう。嬉しいわ……私告白なんて初めてされたから」


 告白を受けて由花が頬を染めている。なんだか雲行きが怪しくなってきた。ひょっとして、このまま奪われるのではないだろうか。 

 もし寝取られたりした日には精神が崩壊して一生引きこもりになってしまうだろう。

 いや、悲観的になりすぎだ。お、お、落ち着け僕。そのような馬鹿げたことがあるはずがない。彼女は僕のことが多分好きなはずだ。取り乱さずに落ち着いて事の顛末を見届けよう。


「ーーでもごめん。私、めっちゃ好きな人がおるねん。やから気持ちに応えれへん」


「そっか。わかった。表情見たら分かるよ。本気でその人の事が好きなんだね」


「うん!」


「そっかぁ。ごめんね、大事な時間取っちゃって。俺もう行くよ。山科さんの恋、陰ながら応援してる」


 男は涙を堪えてその場から走っていった。自分にとって恋敵とはいえ、その勇気には敬服した。さて、今度は僕の番だ。拳を強く握り、深呼吸してから由花の前に姿を見せた。

 

「え、カズキ……もしかして聞いてたん?」


 予期しない登場に呆然としている。僕が彼女の立場だったとしても、間の抜けた顔になっていたことだろう。


「あ、あぁ。すまん」


「待って、めっちゃ恥ずかしいんやけど。けど、聞かれたもんはしゃーないか」


「ほんと、申し訳ない」


「もうええよ。悪気はなかったみたいやし。ほんじゃあ、約束どーりどっか行こか」


「いや、待ってくれ由花。その前に僕から話があるんだ」


 もう先延ばしにはしない。自分の気持ちから、由花から逃げない。たとえどんな結果になろうとも僕は由花に思いの丈をぶつける。


「えっと……由花と今日話すの初めてだな」


「そうやな」


「振袖、めっちゃ似合ってる。可愛いよ」


「ありがと。そっちもスーツ似合ってるで」


 違う。そんな事を言いに来たのではない。確かに振袖姿は目に焼き付けたくなるくらい綺麗だけど、そんな事より今すぐ伝えないといけないことがある。

 由花とは幼稚園で初めて出会い、中学校まで同じ学舎で過ごした。毎日のように行動を共にして幼馴染という枠を超えたかけがえのない存在になった。それだけ濃い時間を共有して特別な感情を抱かないわけがない。

 再会してから恋に落ちたのではない。とっくの前に僕は由花に心を奪われていた。自分の気持ちに蓋をして気づかないふりをしていただけだ。

 でも、今日は逃げない。自分の内面や本音と向き合って、この気持ちに気づいたから。だから、正直にすべてを君に伝えたい。


「山科由花!」


「は、はいっ」


「僕は由花が好きだ! 好きすぎてずっと由花のことばかり考えてる。寝ても覚めても頭から離れないんだ」


 笑った顔も、豪快な笑い声も、怒ってる姿も堪らなく愛おしい。紅葉狩りの時に、僕のために用意してくれた手作り弁当も愛情が伝わってきて胸がいっぱいになった。


「この感情の正体に気づけなくて、伝えるのが遅くなってしまってごめん。どうしようもない僕だけど、付き合ってほしい!」


 ようやく言えた。喉の奥につっかえていた魚の骨が取れたみたいに胸がすっとした。

 カッコいい告白ではなかっただろう。けれども、自分にしてはよくやったと思う。あとは由花から告白の返事を待つだけだ。


「うん。私もカズキが好きや。めちゃくちゃ大好き。こんな私でいいならお願いします」


 由花は頬を両手で包みながらそう言った。僕は緊張と一緒に顔の強張りが解けて、自然と笑顔になった。夢ではない。彼女は僕の告白に応えてくれたのだ。


「聞き間違いじゃないよな?」


「ばーか。何ならもう一回言ってあげよぉか?」


「いいのか? なら、お願いします!」


「はぁー。しゃーないなぁ。……好きっ」


「うーん、もう一声! ワンモアプリーズ!」


「調子乗りすぎ。ふぅ。今日だけの出血大サービスやから。大、大、大好き!」


「エヘヘッ。ありがとう」


 一月十三日、十二時三十分。僕と由花は晴れて恋人関係になった。

 マッチングアプリがなかったら、僕たちが付き合うことはなかったかもしれない。仮にアプリをお互いに使用せず、成人式で久しぶりに顔を合わせていたら、今のような雰囲気では話せていなかっただろう。

 だから、こうして僕たちを引き合わせてくれたマッチングアプリには感謝しかない。きっとこの先どれだけの月日が流れても再会したあの日のことは絶対に忘れない。


「カズキ。二人で写真撮ろ。付き合い始めた記念日の写真!」


「了解。あっちの方が景色いいから、向こうで撮ろうぜ」


 僕と由花の思い出はこれまでと同様、これからも続いていく。少し違うのは幼馴染としてではなく、恋人としての距離感に気をつけることだ。

 今日からは一人の異性として、由花と良好な恋人関係を築いていこう。

完結しました。最後駆け足になってしまいましたが、ご愛読ありがとうございました。

また来月から新作を投稿していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。


最新情報はX(旧Twitter)でお知らせいたします。

@matsuda_hinaseをフォローお願いいたします。

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