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13話 聖なる夜に

「すっご!」


 テーブルの前に並べられた豪華な料理を目にして、開口一番に出てきた言葉である。

 どれもこれも普段の生活では中々見られない特別な料理ばかりだが、中でもオマール海老が丸々一尾のったパスタは何とも豪快で異彩を放っていた。カズキも自分で予約しておきながら、ビックリ仰天している。まさかここまで凄いレストランだとは思っていなかった。

 また、前評判どおり夜景も見事だ。窓の外には涼やかな鴨川と祇園四条、三条の町並みが広がっている。


「こんなにすごい店でディナー食べれるなんてすごいわ。ありがとう、カズキ」


 カズキが予約してくれなかったら、このような一流レストランでディナーを食べる機会なんて一生訪れなかっただろう。


「喜んでくれて嬉しいよ。せっかくだし冷めないうちに食べよっか」


 最初に手をつけたのは海鮮サラダだ。居酒屋でよく見る海鮮サラダとは異なり、新鮮なサーモンやホタテなどが盛り付けられており見た目が鮮やかだ。前菜ひとつとっても手の込んだモノが出てくるあたり、さすが高級レストランである。

 さて、肝心のお味はいかに。サーモンを箸で摘んで口元に運んでいく。が、途中でカズキに遮られる。


「えっ? どうしたん?」

 

「いや、写真、撮らないのか?」


「写真?」


「なんちゃら映えとかいうやつ。前もやってたじゃん」


「あぁ、確かにそうやな。今日はええかな」


「なんで?」


「私はデザートとかスイーツとかは写真撮るけど、こういう温かい料理は冷めちゃうから撮らへんねん」


「そういう感じか。遮ってごめんな」


 仕切り直してサーモンを口いっぱいに頬張った。脂乗りが非常に良く、口の中であっという間に溶けていく。瞬く間に跡形もなく消えてしまった。

 この感動を分かち合うため、カズキのほうへ顔を向けると彼もまた何か言いたげな表情でこちらに視線を向けていた。おそらく同じ気持ちだろう。


「由花、どうだった? サーモン」


「美味しい。回転寿司のサーモンしか食べたことなかったけど、ホンマに美味いサーモンってこんな感じなんやな。トロットロやん」


「だよな。大トロよりもトロトロだったかも」


 至高だった。ただの前菜なのにメインディッシュのような満足感を得ることができた。他の料理にも手をつけると、どれもこれも美味しく、一度食べ始めたら箸が止まらない。

 粗方片付いたところで、いよいよメインディッシュのオマール海老のパスタを実食。海老がまるまる一匹入ったパスタなんて初めてだから見た目に圧倒されてしまう。

 私は食べるのがもったい無いなと思いながらパスタを口に入れた。次の瞬間、あまりの衝撃で卒倒しそうになる。


「う、うまぁ」


 特筆すべきはその完成度の高さだ。オマール海老の濃厚な海老味噌の旨みとトマトの酸味が絶妙にマッチしている。完全にこれまでのパスタの一つ上の次元に達している。

 気がつくと、ものの数分で完食してしまっていた。もっと味わうべきだったと後悔するも時既に遅し。もう全部腹の中である。


 全ての食事を済ませたところで、プレゼントの交換をすることになった。本当はもう少し余韻に浸っていたかったけれど、目の前にいるカズキが今か今かと心待ちにしている様子だったので仕方ない。

 先にカズキからプレゼントを披露した。渡されたのはマフラーと手袋だ。ジムで話したとおりの二つだった。ちなみに私でも知っている高級ブランドのモノだ。


「大したもんじゃないけど使ってくれよ」


「いや、めっちゃええやつやん。絶対大切に使うわ。ありがとうな!」


 好きな人が自分のために購入してくれたのだから肌身離さず着用するつもりだ。使わないなんて選択肢あるはずがない。

 では、お次は私からのプレゼントだ。カズキのために用意したプレゼントをバッグの中から取り出す。この日のために時間をかけて選び抜いた。何度もあーでもない、こーでもないと悩んだ挙句、ようやく見つけた代物だ。

 私がバッグの中から手にしたのはマフラーと手袋だ。そう、つまりカズキと全く同じである。とはいえ、さすがにカズキと同じブランドではない。それでもそれなりに値段が張る品を選んだ。とっておきのプレゼントだ。


「まさかのプレゼント被りって。ははっ、僕たち気が合うな」


「せやな。()()()()被るなんて珍しいなぁ」


 もちろんそんな偶然があるはずがない。あえて被せたのだ。そのほうが彼の心に残ると思ったから。


「由花、プレゼントありがとな」


「こちらこそありがとう。大切にしてな」


「もちろん! じゃあ、そろそろ行くか」


「うん。行こか」


 お会計はカズキが全額支払ってくれた。割り勘を提案したけど聞く耳を持たず、「ここはカッコつけさせてくれよ」と顔を赤らめて言うので我を折ってお願いすることにした。

 ネット上でデート代は男が多めに払うべきという主張を目にすることがあるが、私はこれは間違いだと思っている。

 あくまで私たちは対等な関係だ。一方が多めに払ってしまうと、どうしても気を遣ってしまい、対等な関係ではなくなってしまう。

 今回はクリスマスだから奢ってもらったけれど、次回からは何があっても割り勘にしてもらおう。そのほうが後腐れがなくていい。


「カズキ、ご馳走様。ありがとう」


「おう」


「これからどうする?」


「せっかくだし鴨川歩かないか?」


 夜の鴨川を歩くのは初めてだ。昼ならまだしも夜の鴨川はカップルの溜まり場になる。私には縁のない話なので、そもそも夜に鴨川へ行くという発想すらなかった。

 それが今では彼らの仲間入りを果たそうとしている。人生何が起こるかわからない。


 私たちは等間隔に座るカップルをよそに鴨川沿いを歩くことになった。耳をすませば、川の流れる音とカップルの話し声が聞こえてくる。時々カメラのシャッター音なんかも鳴っているが、記念写真でも撮っているのだろうか。


「なんか夜の鴨川ってエモくね?」


「同感。夜風が気持ちええし何より夜景が綺麗やな!」


「カップルがここに集まりたくなるのもわかるよ。なんか惹きつけられるんだよなぁ」


 四条、三条の街並みは幼い頃から慣れ親しんでいるはずだけど、改めて見るとその景観に風情がある。しみじみとした趣を肌で感じながら、心ゆくまで堪能したい。ずっと二人で歩いていたい。

 しかしながら、私には今日どうしてもやらなければならないことがある。この目的を達成しないことには呑気に落ち着くことはできない。


「結構歩いたしさすがに人減ってきたなぁ。なぁ、カズキ。ここらで座らへん?」


 中心地から少し離れた河川敷で腰を下ろすことを提案した。カズキはこくりと頷き、二人でその場に座り込んだ。

 先ほどまではカップルの笑い声が耳に入っていたが、今は川のせせらぎや風がそよぐ音しか聞こえない。誰もいない静かな場所だ。

 ここでなら人の目がないので目的を遂行することができる。私は大きく深呼吸をしてからカズキと向かい合った。そして、

 

「なぁカズキ。話があるんやけどええかな」


 真冬だというのに汗ばむような緊張感に襲われる。動悸が激しくなってきた。無理からぬことだ。

 この日のために照準を合わせてきた。死ぬ気でダイエットをしたし、セリフも時間をかけて練ってきた。全てはこの瞬間のために。今こそ自分の気持ちを打ち明ける時だ。


「私、カズキのことが…………っ」


 急にモヤがかかったみたいに頭が真っ白になって続きが出てこない。早く言わないといけないのに。あんなに練習したのに本番になって全部飛んでしまうなんて。


「ちょ、ちょ、ちょっとストップ」


 カズキが慌てて止めに入った。尋常じゃない慌てぶりに「どうしたん?」と聞くと彼は神妙な面持ちでこう言った。


「その続きなんだけどさ、成人式の日に僕から言わせてくれない?」


「え?」


「古い価値観かもしれないけど、こういうのって男から言うべきだと思うんだ。だから、僕の口から言わせてくれ」


「……わかった。待ってるわ。ずっと待ってる」


「そんなに待たなくていいぞ。二週間だし」


 今日告白をして付き合うことは叶わなかった。だけど、改めてお互いの気持ちを確認し合うことはできた。

 私たちは肩を寄せ合い川を眺めた。時折、凍てつくような冷たい風が吹く。けれども、不思議と寒くはない。こうしてカズキと触れ合っているだけで寒さなんてどうでもよくなってしまった。

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