12話 特別な日
今日は待ちに待ったクリスマスイブだ。カズキとは、十六時に祇園四条駅周辺で待ち合わせの約束をしている。
現在の時刻は十五時五十五分。私は既に集合場所に到着しており、カズキもまもなく此処にやってくるはずだ。
「お待たせー!」
カズキが息を切らしながら走ってきた。彼は私の目の前でキュッと立ち止まり、申し訳なさそうに「ごめん」と頭を下げた。
だが、別に遅れているわけではなく、約束の十六時までまだ時間がある。私は「謝らなくていいよ」と首を小さく横に振った。
「じゃあ、集まったし行こうや」
「ちょっと待って。由花、おまえ……」
カズキは驚いた表情を見せると、私の足元をまじまじと見つめながら、
「スカートじゃん。珍しいな!」
「変やった?」
これまで筋肉質な足がコンプレックスだった。高校卒業時にスカートなんて今後一生履かないと胸に誓っていた。
そんな太ももを彼は好きだと言ってくれたのだ。だから、勇気を出して久しぶりにスカートを履いてきた。
「いや、可愛いよ。めっちゃ似合ってるぞ」
「へへっ。ありがと」
カズキのためにスカートを履いてきてよかった。ずっと嫌いだった自分の足がほんの少し好きになれそうな気がする。
「じゃあ、今度こそ行こうや」
クリスマスイブの鴨川はカップルで溢れていた。どこを見渡してもイチャつく男女ばかりで、皆が示し合わせたように等間隔で河原に腰を下ろしている。
私とカズキはカップルを横目に四条大橋の上を河原町方向へ歩き出す。目的地は複合型商業施設にある巨大クリスマスツリーだ。映えスポットとして高い人気を誇るスポットである。
クリスマスイブ、さらに夕方ということもあってか橋の上も人通りは多く、中々前に進むことができない。気を緩めると人混みに流されてカズキを見失ってしまいそうだ。
「あっ……」
ガタイのいい男性とぶつかってしまい、言った側から人波に飲まれてしまった。これは非常にまずい。カズキが遠くへ行ってしまう。どうにかして引き留めないと。でもどうやって?
「捕まれっ!」
大きな声とともに手が伸びてくる。幼い頃から見慣れているから見間違えるはずがない。カズキの手だ。私は安心して身を委ねるように、その手を強く握った。
すると、より強い力で握り返してくれた。彼の手から温もりが伝わってくる。手を繋ぐのは小学校の運動会の組体操以来だ。
あの時は特に意識することはなかった。けれども、今は緊張と高揚で心臓がどうにかなってしまいそうだ。
前を歩くカズキの顔を直視できないのは高まる鼓動のせいだろうか、あるいは滲み出る手汗のせいだろうか。
私は汗をかきやすい体質だ。今日も例によって手汗が湯水のように出てきている。内心私にドン引きしていたらどうしよう。
無論、彼がそういう人間でないことは百も承知である。それでも気になってしまう。ベトベトの手に不快感を抱いていないのかを。
「由花、咄嗟に手繋いでしまったけど嫌だったか?」
表情が優れない私を気にかけてくれたのか心配そうに見つめてくる。好きな人と手を繋げて嫌な気分になるわけがない。むしろ、
「繋いでくれてありがとう」
「アハハッ、なんだよそれ。その様子だと心配なさそうだな。そんじゃ、このまま目的地まで行くか」
カズキは嫌な顔一つせず私の手を引いた。私の手汗なんて彼にとって些細なことだったようだ。何の問題もないと言わんばかりに人波をかきわけ前へ進んでいく。
こうして手を握り合っている私たちの姿は他人の目にどう映っているのだろう。そこら辺にいる本当のカップル達のように恋人同士に見えているのだろうか。
叶うならばこのままずっと手を握っていたい。彼の手から伝わる体温が他にはない安心感を与えてくれる。こんな気持ちになるのは初めてだ。
けれども、楽しい時間ほどあっという間に終わってしまうものだ。人通りの多い場所を抜けて目的地に到達すると彼のほうから自然と手を離してしまった。
もっと手を繋いでいたかったけれど仕方がない。今日告白が成功し恋人になれたら、手を繋ぐ機会なんていくらでもあるはずだ。
私たちは商業施設の中に入り、お目当てのクリスマスツリーを目指す。事前の下調べによるとツリーは四階にあるそうなので、エレベーターで向かうことになった。
エレベーターの中は私とカズキの二人だけだった。乗車中、私はポケットからスマホを取り出そうとしたら、カズキから頬をツンツンされた。
「どしたん?」
「いや、ツリー楽しみだなと思って。居ても立っても居られず、ちょっかいかけた」
「落ち着きないなぁ。そんなツリー見るん楽しみなん?」
「うん。だって、僕あんまりツリー見たことないんだよな。家でも飾らないし」
「それは分かる。私もあんましツリー見いひんなぁ」
「どんな感じなんだろな」
「わからん。わからんけど凄いんやと思う」
「なんだよソレ。でもまぁ、こんなに人気があるって事は何かしら理由があるんだろうな」
エレベーターでの会話はそこで終わった。四階に到着し扉が開く。扉の外は多くのカップルが行き来していた。彼らのお目当ても当然クリスマスツリーだ。
ツリーは思いの外あっさりと見つかった。大きな中庭にデカデカと展示されていた。中庭には巨大なツリーだけでなく百を超えるランタンも飾られており、温かい光に囲まれた空間が広がっていた。
私は驚きのあまり言葉を失った。想像を遥かに超える幻想的な景色が広がっていた。イルミネーションがこんなにも綺麗だなんて知らなかった。
「チープな言葉やけどさ、めちゃくちゃ綺麗やな」
もっと色々あるはずなのにそれ以上の言葉が見つからない。隣にいるカズキもまた同調するように、「綺麗だな」と鸚鵡返しをした。
このまま目に焼き付けて記憶に留めるだけで帰ってしまうのはもったいない。せっかくなので記録にも残さないかとカズキに提案をしたところ、
「それいいな。写真ってことだよな? 僕のスマホで取ろうか?」
「うん。よろしく」
私たちは二人並んでツーショット写真を撮った。前回の紅葉狩りの時は両者不自然な笑みを浮かべていたが、今回の写真は二人とも硬さが消えており和やかな表情だった。
「ええやん。二人とも自然な笑顔やない?」
「前は表情が死にすぎてて後から写真見るの恥ずかしかったからな」
「へへっ、私ら写真不慣れすぎやもんな。力みすぎやねん」
「そうだな。証明写真じゃないんだから肩に力いれる必要ないのにな」
「そうそう。写真撮る時は口角上げて、リラックスが大事!」
私たちはお互いの顔を見合わせて笑った。写真を撮る時は変に気負わず、今くらい柔らかい感じがベストだ。
さて、二人の写真も撮れたことだし大満足だ。これからディナーのため、カズキが予約してくれているお店に向かうことになった。
外に出ると日はすっかり沈んでいた。しかし、クリスマスイブというだけあって、夕方よりさらに人通りが激しくなっている。この中を歩いて進むのは骨が折れそうだ。
ならば、この状況を利用するまで。
「カズキっ!」
「ん?」
「さっきより人多いしさ。手、繋がへん?」
カズキは一瞬固まって目をぱちぱちさせたが、「由花がいいならいいぞ」と言い、手を差し出してきた。私は彼から差し出された手をぎゅっと掴む。やっぱり温かい。
「僕からも相談があるんだが、予約時間迫ってるからさ、早歩きでいい? 無理なら全然ゆっくりでいいんだけど」
「ええで。嘘かホンマかわからんけど、早歩きのほうが健康にいいらしいしな」
「ありがと。じゃ、絶対僕の手を離すなよ」
直後、私の手を強く引いた。そうはいっても転けない程度のスピードでだ。男女二人が夜の京都を疾走する。
目的地は夜景が美しいレストランだ。鴨川の夜景が一望できるレストランということで根強い人気を誇っている。好立地なだけあってお値段もかなり高めだが、クリスマスイブだからそんなの関係ねぇ。
だって、今日は一年に一度の特別な日なんだから。