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9話 教えてくれ

 部屋のカーテンから漏れる眩しい光で目が覚めた。現在時刻を確認するために布団から直ぐに出ようとするが、布団の甘い誘惑に負けて出られない。


 朝にはめっぽう弱い。なので、いつも布団に入った状態で頭の中で昨日の出来事を振り返るようにしている。こうすることで、頭がスッキリして布団の誘惑を完全に断ち切れるのだ。


 昨日は由花と二人で紅葉狩りにいった。紅葉はもちろん言うまでもなく凄くて今も目に焼き付いている。だけど、それ以上に印象に残っているのは由花のお手製弁当だ。

 お世辞抜きにあんなに美味しい弁当を食べたのは初めてだった。卵焼きも味噌汁も全てが自分好みで完璧だった。叶うなら毎日食べたいくらいだ。


「にしても……あのアーンと間接キスは……」


 友達としての距離感ではなかった。男遊びに慣れているビッチじゃあるまいし、あんな事をただの幼馴染相手にやるとは流石に考えられない。


 ひょっとして、由花は僕のことが好きなのかもしれない。


 いやいや待て、飛躍しすぎだ。僕のことを男として見ていないからこその行動という線は十分に考えられる。むしろ、その可能性のほうが高いまである。


 僕たちは幼少期から長い時間をともに過ごしてきた。これまでだって、じゃれあいで後ろから抱きついたり、手を握ったり、距離がグッと近くなる場面は幾度もあったはずだ。

 彼女にとっては、アーンや間接キスもその延長線上の行為、という認識だったらどうする。もしそうだったら、ぬか喜びもいいところだ。


 はたして、彼女の真意はいかに。残念ながら、女性経験のない僕一人では答えを出せそうにない。


 こういう時に頼れる人物といえば一人しかいない。大学で友人に話を聞いてもらおう。そのためにも、そろそろ布団から出て大学に行くための準備をしなければならない。


 今の時刻は何時くらいだろう。予想だと七時半といったところか。まだ時間に余裕がありそうだ。一旦、時計を確認してみるか。


「ゲッ……!?」

 

 時計を見ると時刻は予想とは大きく異なる九時だった。普段ならば、とっくに家を出ている時刻である。これは非常にまずい。


 僕は一瞬で全てを悟り、急いで布団から飛び出て着替え始める。愛用しているパジャマを脱ぎ捨てて、外出用の服を身にまとった。

 身支度を済ませた後、家を飛び出して大学へと向かった。大学までは自転車で十分ほどで到着する。講義は九時半からだ。今から飛ばせばなんとか間に合うはずだ。


「いっけぇー!」


 全力で漕いだので一限の講義開始時刻には間に合うと予測していたが、信号に捕まり三分遅刻してしまった。遅れた僕は冷たい視線を浴びながら空席を探して席に座った。

 講義終了後、僕は一目散にある男のところへ向かった。派手な金髪、右耳に大きなピアスをつけた風貌で、後ろの席で一人スマホを触っている男である。


「よぅ。カズキじゃねーか。お前、今日遅刻してたよな?」


 金髪男はこちらに気づくと向こうから話しかけてきた。この男こそ、大学一の友人であり、僕にモテる秘訣とマッチングアプリの存在を教えた張本人だ。

 コイツならば女心を知り尽くしているはずだ。僕の疑問を簡単に解決してくれるにちがいない。さっそく昨日の出来事を事細かく伝えてみた。


 友人はフンフンと頷きながら話を聞いてくれた。全てを伝え終わると、うーんと首を傾げながら「それ、お前のこと好きだろ」とケロッとした顔で言い放った。


「え? マジで?」


「あぁ。大マジだよ。だってさぁ、そもそも好きでもねぇ男と何度も会うもんか?」


「それは幼馴染だからであって……僕のことが好きだとは言い切れないのでは……」


「幼馴染ねぇ。手作り弁当もただの幼馴染のために作ったってのか? めちゃくちゃ手の込んだ弁当だったんだろ?」


 思わず目を奪われるほどの弁当だった。あんなにも豪華な弁当をただの善意で作ってきたわけがない。やはりコイツの言うとおり、由花は僕のことが好き?


「告ったら? いけるっしょ!」


「いやいや、無理だって! 俺なんかが!」


 自分から告白する勇気はないし、告白して成功するビジョンも全く見えない。由花が僕を百パーセント好きだという確証でもない限り告白なんて不可能だ。


「いけるよ。だって、お前変わったろ。すっかり垢抜けてさ。自信だってついたと思ってたのによー」


 確かに外見に関しては、以前の僕とは見違えるほどに洗練された。

 だけど、肝心の中身はあの頃と変わらず気弱なままだ。どれだけ自分磨きをしても性根の部分はそう簡単に変わらなかった。


「それとも何か? まーたできない理由を探してんのか?」


 ぎくりとした。


「そんなつもりは……なんというか迷惑なんじゃないかって。向こうはもしかしたら今と変わらぬ関係を望んでるんじゃないかとか」


「は?」


 つい先ほどまで笑みを浮かべていた友人の顔色が一変する。怒りとも軽蔑とも取れる表情で僕を刺すように睨みつけた。


「なーにが迷惑だ。お前はただ自分が傷つきたくないだけだろ」


「いや、ちがっ」


「違わない。優しいふりして常に保身に走ってんじゃねーか、お前は。フラれたくないからそうやって決断を先延ばしにしてんだよ」


 核心をついた言葉だった。ぐうの音も出ない正論なので何も言い返すことができない。彼の言うとおり僕はただの臆病者なのだ。


 昔から何かと理由をつけてすぐに逃げ出す傾向があった。一歩を踏み出す勇気を持てず望んだモノは全て諦め、何も手に入れることができない空虚な人生を歩んできた。

 今まではそれでもよかった。無理して背伸びするくらいなら、自分が傷つくくらいならそんな人生でも甘んじて受け入れてきた。

 言うまでもなく、そんな自分のことは大嫌いだった。どんな時も逃げ口ばかり探してしまう自分は情けない人間だと心底思う。それでも傷つくよりはマシと必死に言い聞かせてきた。

 

「カズキはその幼馴染のことをどう思ってるんだ?」


 好きに決まっている。きっと、これから長い人生の中で、いろんなタイプの女性と出会うだろう。けれども、例えどれだけ可愛くて優しい人が現れても僕は見向きもしないと言い切れる。だって、僕にとって由花は、


「我慢できないくらい好きなんだろ?」


「あぁ。好きだ。僕は由花が大好きだ!」


「なら逃げんじゃねぇよ。目を背けずしっかり自分の気持ちと向き合え!」


「……うん」


「別に傷ついたっていいじゃねぇか。一度の失敗がなんだよ。成功するまでがむしゃらに告り続けりゃいいんだからよ。告白が一回しかできないって誰が言った?」


 確かにそのとおりだ。本気で好きなら一回振られたくらいで簡単に折れちゃだめだ。


「フラれる度に俺が全力で慰めてやるしよ。だから、逃げるな。立ち向かえ。今のうちから逃げ癖なんてあったら社会出たら苦労するぞ」


 無意識のうちに涙が溢れていた。こんなにも親身に僕を叱ってくれる友人がいる。なんて幸せで恵まれているのだろう。この環境に感謝しないといけない。彼の愛ある一言のおかげで目が覚めた。

 

「後悔するくらいなら悔いのない方にいけ。きっとお前ならいい返事がもらえるからよ」


「ありがとう……ありがとう!」


 僕は友人に感謝の言葉を伝えた。彼は僕の肩をポンと叩いて「頑張れよ!」と激励した後、用事のため小走りで講義室を後にした。


 残された僕は由花にどうやって告白するかを考えることにした。時期も大切だ。今は一二月一日。クリスマスが近いということもあって周囲は浮き立っている。

 この流れに乗じて告白するのはやめておいたほうがいいだろう。クリスマスマジックなんて言葉があるが、クリスマスが近いから焦って告白したなんて由花に思われたくない。


 僕は真剣に彼女と向き合いたい。だからこそ焦らず、かといって慎重すぎてもダメだ。むしろ逆に時期を逃してしまう。


 勝負は一月がいい。なぜなら僕たち二人の成人式が開催されるからだ。お互い晴れ着姿に身を包んだベストな状態で告白をしよう。

 懸念材料はある。久しぶりに地元の同級生と顔を合わせることになり、由花が他の男に言い寄られてしまう可能性もゼロではない。


 もちろん、誰にも渡すつもりはない。今度こそ逃げたり濁したりせずにまっすぐな言葉で伝えるんだ。好きだって気持ちを。

自分の事のように悩みを聞いてくれる友人は良き理解者です。絶対に大切にしましょう。

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