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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

後に剣聖となる者の父方の祖母の友達の孫に転生しました…ってそれよく考えたら赤の他人じゃねぇか!

作者: 久遠ノ常闇・千里ノ消滅ヲ司リシ神竜

「こんにちは 突然ですがあなたは事故で死亡しました。ですが転生する条件に当て嵌ったため転生することができます。」

突如目の前に水平線まで続く白い空間が広がり、脳内に女性の声が再生される。

事故で死んだと言われてもそんな記憶は無い…。

「この場に来ると生前の記憶は無くなります。」

脳内でまた声が再生される。

記憶は無いと考えた矢先にそう答えが帰ってきたということは、俺の考えは筒抜けと思った方がいいのだろうか。

「ええ、その通りです。私は女神クラストフィア。そしてあなたは前世では山井秀一と呼ばれる人間でした。ですが、過去には囚われない方がようでしょう。」

クラストフィアと名乗る女神が言う。前世が人間と言われると、なんとなくそうだった気がする。

生前の記憶はないと言うが、それでも感覚的に体の使い方は分かるようだ。

「あなたは考えてばかりですね。まあいいです。本題に入りましょう。」

辺りの空気がピリつくのを感じる。生前の記憶はないが、恐らく元山井秀一が今まで味わったことの無い威圧感だ。

唾液の分泌量が増え、額に汗が流れる感覚が、元山井秀一により一層の緊張を産ませた。

「おっと申し訳ありません。神であるが故にどうしても威圧感が出てしまいこちらも困っているのです。」

クラストフィアが頭を下げる。山井秀一の生前の職種がなんであれ、頭を下げるこの行為を神がすることに、元山井秀一は驚きを隠せなかった。

まあ隠したところで筒抜けではあるが。

「では、転生先はどのような形に致しましょう?」

おそらくこれが本題であるのだろう。元山井秀一は先の会話を思い返す。

確かに第一声に転生することが出来るとかなんとか言われたことを元山井秀一は思い出した。

「転生先…ですか…。では、すごい人にしていただけますか?」

元山井秀一はたどたどしく口を開く。

「すごいひと…ですか。なぜこの者に転生しようと?」

クラストフィアが鋭い眼光でこちらを見つめながら言う。出てます、威圧感。

「私に生前の記憶はないとはいえども、この体を見れば大体の予想がつきます。貧相な服、痩せた手首、ごつごつとした汚れた手、固くなった皮膚、傷跡、腰の痛み、腰の痛みや傷跡は事故の影響だとしても、それでも良い暮らしをしていなかった事はうかがえます。そして50半ばに見える外見と結婚指輪の無い薬指。人生に絶望していた頃なのではないでしょうか?」

元山井修一はクラストフィアの顔を見る。クラストフィアの表情を見るに大方予想は当たっているようだ。

「だから、後世に名を残すような偉業を成し遂げてみたいのです。」

元山井修一は続けて言う。

「分かりました。すごいひとへ転生させましょう。すごいひとは後に剣聖となる者…」

「その人でお願いします!」

剣聖という言葉に元山井修一は心を躍らせた。少し前のめりになってクラストフィアの言葉を遮ってしまった事は申し訳ないが、それでも剣聖と言われると、だれでもこんな反応になるだろう。

「分かりました、それでは、すごいひとへ転生させましょう。」

クラストフィアがそういうと元山井修一の足元に魔法陣のようなものが広がり、周囲を薄紅色の光が包み始めた。元山井修一は転生までの速さに驚いた。

「すごいひとは、後に剣聖となる者の父方の祖母の友達の孫です。それではご武運を。」

薄れゆく意識の中、クラストフィアの言葉がかすかに聞こえてきた。


ふと目を開けると、知らない家の天井が見えた。木の梁と茅葺の屋根。いかにも剣聖って感じだ。

「おぉ、目が覚めたかスーゴ。よかった。お前が稽古中急に倒れるから心配したぞ。昨日ちゃんと寝たのか?」

隣にいた男性が言う。記憶を辿るに、彼は私の父親に当たる人だ。

「水でも飲んで今日はゆっくり休め。俺は稽古に戻る。お前に負けっぱなしではカッコがつかないからな。」

父はいかにも達人だと分かる足取りで稽古場へと戻っていった。

1人になって十分な時間を得たことで記憶を大方辿ることが出来た。

転生先の名前はスーゴ・イヒト。このカタル村で、先程看病してくれていたかつて名を馳せた剣豪デント・イヒトの息子として生まれた。剣の稽古中に意識を失い、俺の人格が現れた。そして、この村での剣の腕は剣豪デント・イヒトなどの大人を含めてNo.2だ…。あれ?No.1は隣の家の一人息子、シータ・クラウス、後に剣聖となるだろうとまで言われる程に剣の才能がある。

シータの祖母とデントの母が仲がいいために、昔から家族的に交流がある。スーゴと共に剣術の修行をしているほどだ。

元山井修一はクラストフィアの言葉を思い出す。

「すごいひとは、後に剣聖となる者の…そうだ、父方の祖母の友達の孫……」

なるほど、なぜ俺がNo.2なのか合点が言った。

最悪だ、早とちりし過ぎた。すごいひとってのもそういうことかよ…スーゴ・イヒトですごいひとね…。

「はぁ…」

スーゴは深いため息をついて現実逃避のために目をつぶり寝た。あまりにも自然な流れなので、転生前の気が滅入ったときのいつもの手だったのだろう。


「1021!1022!1023!1024!」

聞こえてくる怒号に目が覚める。外はまだ薄暗い。

スーゴは目を擦りながら外にでる。そこには、長い金属の棒を振り下ろし地面ぎりぎりで止める素振りを繰り返す、シータの姿があった。地面に触れていないのに地面が少し抉れている様子から、かなりの風圧が発生している事がうかがえる。

「おっ!スーゴ!大丈夫だったか?心配したぞ!良くなったんなら試合してくれよ!昨日は試合する前にお前が倒れたから消化不良なんだよ!」

シータは元気よく言う。それでも素振りの手はやめていないし、なんならスーゴに背を向けている状態だ。見えていなくとも気配で分かったというのであろうか。

「お、おう。大丈夫だぜ。でも、まだあんまり剣は振れないかもしれねぇ。」

スーゴはたじたじと答える。転生前のスーゴも相当な剣の達人ではあるためにどうやらシータのオーラが見えるようで、そのオーラは巨大な虎のような姿をしていた。素振りをしていた時は見えていなかったので、試合のことになるとこの様になるようだ。

「な…なんで怖気づいた感じなんだよ。しかもそんな喋り方じゃなかっただろ?それに、お前の出すオーラも大概だぞ。」

どうやらスーゴもオーラを出していたようだ。それもシータの虎に匹敵するくらいの。

「分かったよ、今日は素振りと型の練習だけで我慢するよ…。はやく元気になってくれよな。僕が村の物を破壊する前にな。」

ちょっと物騒なことを言っていた気がするが、シータは優しい奴だ。人格も剣聖には大事なのだろう。

「おっ、もう始めてるのか。さすが後に剣聖となる男だねぇ。」

デントがニヤニヤしながら家から出てきた。その手には木刀が二本握られている。

「ほいよ、俺じゃ物足りないかもしれねぇが、これでも剣豪って名乗ってんだ。息子より弱いがそれでも善戦はしてやるよ。」

そう言うとデントは持っていた木刀を一本シータに向かって投げた。かなりの速度で投げていたが、それでもシータは難なくキャッチした。

「おじさん…お心遣い感謝します。」

シータは手にした木刀を見て不敵な笑みを浮かべている。

「スーゴすまん。この鉄棒頼んだ。」

シータは素振りに使っていた長い鉄の棒を投げてよこしてきた。これもかなりの速度で投げてきたため、スーゴは避けるので精一杯だった。受け止められずに地面に激突した長い鉄の棒は、半分ほどまで地面にめり込んだ。受け止めていたらどうなっていたのだろうか…考えるだけでも恐ろしい。

「じゃあ始めちまおうか。」

デントは木刀を構え、シータににじり寄る。デントの纏うオーラは、大剣を持ったゴーレムの様であった。

虎は姿勢を低くして、ゴーレムを見つめる。爪を地面に食い込ませ、いつでも飛び掛かれる様子だ。

「はあ!!」

シータが動き木刀を振り下ろす。それをデントが受け止め、すかさず後ろに飛ぶ。その後に木刀がぶつかり合う鈍い音が響いた。

「さすがですおじさん。カウンターではこの村の誰にも負けないであろうその技量。素晴らしいです。」

シータがわき腹を押さえている。デントが後ろに飛ぶ際に木刀を当てたようだ。

「なぁに、これでもスーゴには負けるんだ。俺のカウンター技術をより高みに昇華させながら吸収してるんだよあいつは。それに、今回は俺の負けだしな。あぁ痛い。」

そういうとデントは地面に崩れ落ちる。よく見ると頭からは血が垂れている。最初の一太刀で木刀が折れて、剣撃が頭部に当たっていたのだ。シータに当てたのは、咄嗟に蹴り飛ばした折れた木刀の剣先である。

ここでスーゴは気づいた。大体の事が見えている。初めて見た達人同士の異次元の戦いに圧倒された部分はあれど、それでも一部始終は大体目で追えたのだ。それもしっかりと。スーゴもNo.2ではあるので、これが実力なのだろう。

『あ~、もしもし。聞こえてますか?クラストフィアですが。』

突然脳内に声が響き、視界が真っ白になった。クラストフィアの様だ。

『そうです、クラストフィアです。聞こえているようで良かったです。この空間は現実に介入する際の中継地点です。ですがそれほど長くはもちませんのでご了承ください。あ、声に出さなくて大丈夫ですよ。考えてくださるだけで大丈夫です。』

あぁ、了解です。それで、どうしたのですか?

『呑み込みが早くて助かります。転生に際して、特殊なスキルを付与いたしました。ご報告を忘れていて申し訳ない。』

おぉ!凄い人になる可能性が降ってきたぞ!

『おや?もうスーゴ・イヒトにはなれたではないですか。』

あぁ、こっちの話です。それで、その特殊なスキルとは?

『はい、それは剣撃を飛ばすことが出来るスキルです。いわゆる飛ぶ斬撃ですね。』

おぉ!それは凄い。でもスキルってことはこの世界の人はだいたいスキルを持っているのですか?

『いえ、スキルを持つ者は転生者のみです。そしてこのスキルは代償…』

そうこうしているうちに声は聞こえなくなり、視界は元に戻った。現実との介入が解けたのだろう。すると目の前に木刀の先があった。

「うお!」

スーゴは思わず飛びのいて地面に刺さっている長い鉄の棒を引き抜いて構えた。

「おっとごめん。なんかぼーっとしてたからつい。」

シータが申し訳なさそうな目でスーゴを見る。しかし、その目はすぐに長い鉄の棒に向けられ、そしてシータはオーラを纏った。

「でも、鉄棒を構えたからには一本勝負しようぜ。」

シータはにやりと笑う。こうなると逃げられなさそうだ。

「まぁ軽くでいいからよ。おじさんも伸びちゃったし。早く終わらせておじさんを介抱しようぜ。」

デントの方を見ると、膝から崩れ落ちてうつむいている。勝負なんて置いて早く介抱したほうがいいのではなかろうか。

「いざっ!」

デントの方を見ているスキをついて、シータはこちらに向かってくる。最初に飛びのいていたことで約10mは離れているが、その間をたった1歩で詰め寄ってきた。

振り下ろされる木刀を鉄の棒で受け、その流れでわき腹にカウンターを打ち込む。さっき見た技をさらに早く。それでも、カウンターは木刀で受けられてしまった。

「おいおい、その技はついさっき見たぜ。」

そしてカウンターを返される。わき腹に痛みが走る。そして、お互いに距離を取った。

「まあ、さっき見たと言っても速さも鋭さも全然凄かったけどな。ギリギリだったよ。」

シータは木刀を構えなおし、呼吸を整える。この強さ。さすが村No.1の実力。長い鉄の棒を見ると、木刀の一太刀を受けた部分が歪んでいた。

(飛ぶ斬撃、試してみるか。)

ふと先ほどのクラストフィアとの会話を思い出し。長い鉄の棒を構える。そして、その場で縦一文字。その時、青白い光が斬撃の形になり、シータに向かって飛んで行った。

「うおっ!?」

シータはとっさに斬撃の形をした青白い光に同じく縦一文字。

凄まじい風が辺りを吹き飛ばす。土埃があけた時、そこには縦に割れ二つになった木刀を持ったシータが立っていた。服は切り裂かれ、少し血がにじんでいる。

「お…おい…。」

風の音にかき消されるほどにシータの発する声は震えている。

「おい、なんだ今のは!もう一回やってくれよ!」

なるほど、武者震いか。さすが後の剣聖候補だ。

「う…うぅ…」

シータの声に紛れて微かに声が聞こえてくる…。あっデント!

目を輝かせるシータにデントの事を伝え、二人であたりを捜索する。元々いた位置から数m離れた場所でデントは倒れていた。風圧に飛ばされていたのだろう。

「やべぇ、早く介抱しねぇと。さっきのやつはまた今度な。絶対だからな!」

シータとスーゴはデントを抱えて家に運び込む。受けた傷は、だいたいが回復薬という物で回復できる。便利な世界だ。シータの傷は治り、デントも元気になったようだ。それでも、しばらくは安静にしなければいけない。

「俺がぶっ倒れてる間に何かあったのか?シータは凄く嬉しそうだが。それに2人ともボロボロで。」

デントはシータとスーゴを交互に見ながら言う。まぁ当然の感想だ。シータの目はまぶしいくらいに輝いて見える。

「スーゴがな、凄かったんだよ!」

シータは嬉々とした声を上げる。スーゴの記憶を辿っても、こんなにうれしそうなシータの声は聞いた事が無い。

「また食らわせてくれよなあれ!今度はかき消してやるからな!それまで修業の量を増やすことにする!じゃあまたな!おじさんもありがとうな!」

シータはバタバタと家を出て行き、山に走って行った。

「あ、おい回復薬使ったんなら安静にしないと…」

そんな言葉ももう届かない距離になってしまっていた。なんて早いんだ。

「おいスーゴ、あきらめろ。あいつはそういう奴だ。恐ろしくストイックかつタフだ。奴は死なんよ。」

デントが腕を組んで頷いている。保護者の責任は無いのだろうか。

その時、周囲の空気がぴりつくのが感じられた。どことなく嫌な空気。この感覚はクラストフィアの圧のような。そんなものであった。

「おい、スーゴ…。山の方だ。魔物だな。それも強力な…。」

デントは回復薬をもう一本のんで、剣を取り出す。今度は木刀ではなく本物の剣だ。

「お前は先に行け。シータに剣を渡すんだ。俺は村の皆をかき集め、ある程度避難をさせる。この村の手練れの剣士はもう準備を始めているだろう。合流を待て。」

「分かった。」

デントとスーゴは各々の行くべき場所へと向かう。

魔物は強力な魔力によって強くなった獣である。この村は魔王のいる城に一番近い村であるので、魔物は多々出現する。それでも、このくらい強力なやつは初めてだ。

急いでシータに剣を渡さないとならないだろう。魔物が出た場所はシータが向かった山の方角だ。


「シータ!」

スーゴはシータのいる場所にたどり着いた。いや、正しくはシータと魔物のいる場所だ。四つ足の巨大な生物。その姿は虎とライオンを合わせたようだ。シータは超長い鉄の棒で魔物と交戦しているが、鉄の棒がひしゃげていた。シータもわき腹を負傷している。わき腹多いな…。

「おぉ、スーゴ…剣を持ってきてくれたのか。助かるぜ。」

シータは超長い鉄の棒を魔物に投げ、剣を受け取る。魔物は超長い鉄の棒を弾き飛ばした。

「すまねぇな。さすがに魔物相手に一人はまだ厳しいな。疲れる。こいつ超強いぞ。」

シータはそう言いながら剣を構える。かなり息が切れている。スーゴも同じく剣を構え、魔物と対峙する。魔物の放つオーラはどす黒く強大な霧のような物で、捕えようのない得体のしれないものであった。

「この感覚、魔王レベルの魔力じゃないか?」

シータは張り詰めた空気の中口を開く。それに合わせて魔物も低い唸り声をあげる。

確かにシータの言うように、この魔物が放つ魔力は魔王城から感じるそれと同じだ。あまりにも強大な力が渦巻いているようなそんな感覚。魔力を捉えることは剣士には難しいが、それでも感じ取れるほど強大である。

次の瞬間、魔物の爪がシータとスーゴに向かって伸びる。その速さは目でギリギリとらえられるレベル。とっさに剣でいなしカウンターを叩きこむ。魔物は腕から血を流している。さすがに攻撃は通るようだ。ただ、爪を剣で受けたシータは後ろに吹き飛ばされ木に叩きつけられていた。木は無残にも粉々に砕け散り、シータは剣を落とし、地面にたたきつけられた。

「シータ!」

スーゴは思わず駆け寄る。ふと生前の記憶がよみがえる。目の前で事故により妻と子を亡くし、人生に絶望した前世の記憶。事故で死んだとクラストフィアは言ったが、それは本当に事故だったのだろうか。自殺だったのではなかろうか。

スーゴの額に汗が流れる。こんな思いはもうしたくない。たとえつい昨日転生してきて初めて知ったシータでも、それでもスーゴにとっては小さい時からの付き合いだ。その記憶はある。

「うぅ…スーゴ…逃げろ……。」

シータのかすれた声が聞こえる。スーゴは耳もいい。だから分かる。シータは木に叩きつけられたことにより、体内で出血が起きている。体内から液体の溜まっている音が聞こえる。

「いそげ…あいつがついげきして…くるぞ…ゴホッ」

シータは血を吐いた。ほっておくとそう長くはもたないだろう。シータもつれて帰り回復薬を飲ませるしかない。でも、人を抱えて逃げ切れるような敵でもないことも分かる。

それではどうすればいいか。決まっている。ここで魔物を倒し急いでシータを連れて帰るしかない!

「こっちだ化け物!」

スーゴは剣を構えなおし、シータに攻撃が届かない位置に魔物を牽制して誘導する。

魔物は斬られた恨みがあるのか、素直にシータではなくスーゴの方を見た。ひとまずは大丈夫。スーゴは少し安堵した。でも、まだ魔物を倒すという最大の課題が残っている。

魔物はまた爪で攻撃してきた。今回は少し遅い。腕にカウンターをしておいた効果だろう。

スーゴはすかさずカウンターを叩きこむ。空を切った爪は山の木々をなぎ倒す。食らったらほぼ一撃で死だろう。受け止めても戦いの継続は不可能。ミスは許されない。それでも、攻撃を受け流すことには定評がある。助かった。

「はぁ!」

スーゴはすかさず飛ぶ斬撃を放つ。とっさの出来事に魔物は避けることが出来ず、青白い光の軌線は魔物の腕を深く斬りつけた。

このスキルが有効なのなら話は早い。もう一発だ。スーゴはすかさず剣を構える。しかし魔物も体勢を立て直し、スーゴに向かって追撃を行う。

魔物の爪攻撃を受け流そうとスーゴが身構えた途端、魔物は地面に攻撃を放った。

木々をなぎ倒すほどのパワーは軽々を地面を砕き、スーゴは砕けた地面に足を取られ、空中に放り出された。そこに魔物は追撃を叩きこんできた。

空中での攻撃の受け流しは難しいため、一か八か追撃を受け止めた瞬間に飛ぶ斬撃を放つほかない。

スーゴは魔物の攻撃を受けると同時にスキルを発動した。

まばゆい閃光とともに、魔物の腕は斬り落とされ、スーゴは吹き飛んだ。空中で意識を失っていたスーゴは地面に落下した衝撃で目が覚めた。

「ぐぅ…」

スーゴは重い足を持ち上げ、魔物のいる方を見る。深く抉れた地面に、魔物が横たわっている。だが、まだ生きている。腕の切り口からはどす黒い血のようなものが流れ出し、その血に触れた植物が枯れ果ててゆく。魔物の体内を流れる汚染物質、瘴気だ。

「まずいな…うっ!?」

スーゴの腕に激痛が走る。魔物から噴き出した瘴気が腕に付着し、腕が腐りゆく。もう左手は使えない。はっシータが危ない!

魔物の瘴気が垂れ落ちる近くに、動けなくなったシータが横たわっている。

瘴気は魔物を完全に倒すと存在ごと消滅する。今やるべきは、魔物の討伐である。周囲に人の気配はない。まだ村の手練れの剣士たちはたどり着いていないようだ。それに、たどり着いたところで何が出来る。この魔物は恐ろしく強い。手負いであれど被害者は多数出るだろう。俺もそこまで長くない命かもしれない。

「くそっ…全然後世に名を残す事なんて出来ねぇじゃねぇか…。」

スーゴは思わず愚痴を吐く。だが、このシータは違う。後に剣聖となる者とクラストフィアから断言されている。どうせ俺が何もしなくとも、シータは生き残って後に剣聖となる。そう確定している。

「でもよぉ、友を見捨てるわけにはいかねぇんだよ!」

スーゴは力を振り絞り、両手で剣を構えた。スキルを使用して気づいたことがあるが、代償…。かなりの体力を消耗する。スーゴはかなり体力がある方だが、それでもシータには圧倒的に劣る。そんなシータが体力を消耗しながら対峙した敵にこのスキルを連発するのは、さすがにそろそろ体力の限界だ。かなりの代償。それでもこのスキルが勝機である。

グオオオオオ!

魔物は雄たけびを上げ、スーゴに飛び掛かる。腕から流れ出る瘴気と強力なパワーの攻撃が上から降ってくる。その瞬間、スーゴは攻撃を受け流し、瘴気を浴びながらも魔物の心臓めがけて飛ぶ斬撃を放つ。

青白い光の軌線は魔物の胸部を両断し、魔物は絶命した。


しばらくすると、山に鳴り響いていた轟音は鳴りやんだ。惨劇の現場まであと少しのところに迫っていた村の剣士たちは足を速める。スーゴ・イヒトが1人山に向かい、シータ・クラウスと共に魔物と交戦している。そう考える以外できぬほどに、凄まじい闘気が先ほどまであの場所で渦巻いていた。

「戦いが終わったようだな。魔物の気配が無くなった…二人の生命の息吹も…。」

村の剣士たちを率いて先頭を歩いていたデントは、重々しく口を開く。

デントは歩みを止めた。いや、止まった。デントの足が震えているのが、村の剣士たちには分かった。

村の剣士たちは、遠くを見つめる者、地面を見つめる者、眼を瞑る者など、様々な反応を見せた。村で一番強き二人を失った悲しみなのか、はたまたデント・イヒトへの同情なのか。その真意は誰も口を開かない限り分からなかった。

「デントよ、止まっていてもしょうがないぞ。急げばまだ間に合うやも知れん。生命を軽んじるな。お前は生命の声を聴くことのできる剣の達人だからこそ、そうやってすぐ死んだと決めつける。だがい人間のしぶとさを、そしてお前の息子を信じないでどうする。」

村の剣士の一人が、デントの肩に手を置き、そして背中を強くたたく。

「すまねぇ。そうだよな。生命の息吹を感じなくなったからって死んだことが確定したわけじゃねぇ。急いで確認に行くぞ!」

その時、先ほどまで何もなかった場所から命の輝きを感じた。

デント・イヒトを含めた村の剣士全員は、先ほどまで激闘が行われていた場所へ駆ける。

「おい、やっぱりそうだろ?そう簡単に死んだってっ決めつけちゃかわいそうだぜ。現にこうして生きてる。」

「あぁ、俺としたことが取り乱したよ。ありがとうな。」

デントと、デントを元気づけた村の剣士は、一足先に激闘が行われていた場所にたどり着いた。

その場所は地面が砕け、木々がなぎ倒され、ところどころ赤く染まっていた。

「おい!大丈夫か!スーゴ!シータ!」

デントは命の輝きを感じる場所に向かう。その間、村の剣士は周辺の状況

を記録する。

遅れて村の剣士たちもこの場所に到着した。

そして、デントの後を追い、惨劇の現場近くの木に駆け寄る。その木は上部分が粉々に砕け散っており、その根元には、スーゴとシータが横たわっていた。

スーゴの手には回復薬が握られており、シータは微かではあるが意識を取り戻して、起き上がろうとしていた。

「おい!シータ!大丈夫か!聞こえてるか!」

デントはシータの肩を叩き、声を荒げる。

「う…ん…。どうなったの…?魔物は…?」

シータは口を開き、かすかな声で言った。気を失っていて記憶はないが、回復薬で助かったのだろう。

「良かった…。スーゴ!お前なんだな?回復薬を飲ませたのは!お手柄だぞ!さすが俺の息子だ!お前も飲め!よく命を救った!」

デントはスーゴを持ち上げ、回復薬を口に流し込む。スーゴは魔物を倒し、力尽きる直前に、朦朧とした意識の中でシータのもとへ行き、回復薬をシータに飲ませたのだ。

「スーゴ!おい!スーゴ!」

皆の声が合わさる。周辺状況を記録していた村の剣士も合流し、皆でスーゴに声をかける。

しかし、一向にスーゴの意識が戻る気配はない。

「スーゴ…お前…嘘だろ…?」

デントは涙をこぼす。それもそのはず、回復薬を飲ませたのに、命の輝きが戻ってこないからだ。

「おい、死んでる訳ねぇだろ。諦めるなよ。傷が深いだけだって。」

「そうだぞ。さっきも言ってたじゃねぇか。」

「回復薬をもっと飲ませたらどうだ?」

村の剣士たちは口々に諦めるなと声を上げる。その中で一人だけ、シータだけは、スーゴに手を合わせる。シータもまた、命の輝きを感じることが出来る。悟ったのだろう。スーゴの死を…。


気が付くと辺り一面に、水平線まで続く白い空間が広がっていた。

元山井秀一もとい元スーゴ・イヒトは、二回目のこの光景と激闘の記憶から、死を悟った。

「まさかかように死ぬのが早いとは…。転生による現実干渉により歪が生まれてしまいましたかね…?」

ふと声がする方を見ると、女神クラストフィアが浮かんでいた。

「スゴイヒトの人生はいかがでしたか?ここまで短い人生だったとは私も把握できていませんでしたが、ご満足していただけたでしょうか?」

クラストフィアは笑みを浮かべる。その手には、手帳のようなものが握られている。

「失礼、この手帳に転生者の転生人生を書き留めておりまして…。先の質問の答えも書き留める内容なのです。」

クラストフィアはペン先をペロと舐め、こちらを見つめている。

誇張されたジャーナリストみたいな行為を美しい女神がやると、なかなかどうして味が出る。

そんなことよりも…。

「シータはどうなったんですか?」

シータに回復薬を飲ませた後にスーゴは息を引き取った。俺はシータを助けられたのだろうか…。

「シータさんはあなたの活躍により完全に回復しましたよ。」

クラストフィア親指を立てて、いいねのジェスチャーをする。神でもこんなジェスチャーをするのかと感心してしまう。

「ずいぶんと彼に思い入れがあるようですね。びっくりしました。ほんの2日ほど、正確には1日足らずの時間を共に過ごしただけなのに。」

クラストフィアは意外そうな顔をしてこっちを見つめている。そりゃあそうか、ついさっき転生して一晩寝て起きて数時間後には死んだんだもんな…。しかしこれでまだ一日も経っていないのは驚きだ。

「よければ剣聖になった彼を見ますか?もう向こうの世界ではかなりの時間が経過して、シータ・クラウスは剣聖と認められる儀式を王都で行うところですよ。ちょうどいいタイミングですかね。」

クラストフィアは大きな鏡のようなものを何もない空間に作り出した。そこにはあの世界が映っていた。王都ということで発展した街があり、曇り空で暗い雰囲気だが、それでもなお明るさがにじみ出ており、大勢の人が集まっている。

レッドカーペットが敷かれて、そこを歩いているのは、大人になったシータであろう。昔の面影が残っている。昔とは言え、俺にとっては数時間前の姿だが…。

シータはレッドカーペットを歩ききり、王様の御前までくると、王様の横に駆けられていた大きな幕が下り、大きな岩が現れる。

「さあ!シータ・クラウスよ!この岩を斬り、その力を見せよ!」

王様はそのままの姿勢で声を上げる。シータの方を見て、お手並み拝見とでも言いたそうな表情を浮かべている。

「御意…。」

シータは剣を抜き、岩に向かって構える。シータが纏ったオーラは、あの時戦った魔物と似通った姿をした虎であった。

王様はオーラが見えていないのであろうが、冷や汗が垂れているのが見て取れる。それほどまでの重圧な空気があの場に溢れているに違いない。

「はぁ!」

シータが岩に向かって剣を振り下ろす。岩とは距離があり、剣が当たる距離では到底なかった。しかし、剣が赤い光を発し、その光は斬撃となって岩に当たった。まさかの飛ぶ斬撃…。

クラストフィアの方を見ると、首を横に振っている。おそらくスキルを与えたわけでもないのだろう。

とすると…スーゴがスキルで手に入れた技を己の力だけで再現してものにしたという事だろう…。それもさらに威力を上げて…。さすが剣聖…さすがだ。

砕けた岩が王様に向かって降り注いでいるが、王様の姿はない。なんなら王様の座っていた玉座も。ふとシータの後ろを見ると、王様が玉座に座った状態で目を丸くしてシータを見つめている。

おそらく、目にもとまらぬ速さで王様を玉座ごと救出したのだろう…なんてやつだ…。

「よもや…ここまでとは…。なんという技量…。」

王様は立ち上がり、シータの方へと歩みを進める。シータは剣をしまい、王様の前に膝まづく。

「貴殿、シータ・クラウスは、剣聖となったことをここに認めよう。この世界に安寧をもたらす存在として、平和に寄与し、他の者たちと切磋琢磨して、魔王の討伐に一役を買ってもらいたい!」

王はどこからともなく豪華な剣を取り出し、シータに渡す。シータが剣を受け取ると、剣はふわりと浮かび上がり、シータの胸に入っていった。どういうこと?

「あれは剣聖の証。伝説の剣です。あれをその身に宿したものは、剣の腕を人間の限界を超えた更なる高みへ導くことが出来ると言われています。」

クラストフィアがすかさず説明を入れる。もともと人間離れした化け物なのに、さらなる高みへ…先が思いやられる。

「剣聖シータ・クラウスよ。民になにか言う事はあるか?」

王様はシータを立たせ、民に向かわせた。

「新たなる聖人の誕生に、民は震えておるぞ。さあ。なんでもよい。言うが良い。」

王様は眼前に広がる大衆の海を見て、そしてシータの方を見た。

「それでは…。少し過去の話でも…。」

シータは少し前に出て、天を仰ぎ見た。そして、天にむかって飛ぶ斬撃を放った。王都を覆っていた雲が吹き飛び、晴れ間が見える。

「私には…かつて友がいた…。」

シータは目をつぶって言う。まさかこれは…。

「その者は友であり、ライバルであり、命の恩人でもある。スーゴ・イヒト。私と同じ村で同じ年に産まれ、ともに剣の腕を磨き上げてきた。私のこの飛ぶ斬撃も、彼の技を模倣したに過ぎない…。だが、彼は逝った…。強大な力を持つ魔物に私と二人で挑み、その力のあまりの強大さに、私は木に叩きつけられ、早々に気を失った。私は重傷を負い、回復薬でもなければ命は危ない状態であった。だが、私が気が付くとその魔物は消え去っており、私の横には回復薬を手に持ったスーゴの遺体が転がっていた。スーゴの手は私に向かって伸びており、私の口元はこぼれた回復薬で濡れていた。スーゴは私の命を救ってくれたのだ。私が敵わなかった魔物を倒し、その今にも倒れそうな体で私に回復薬を飲ませた。自分は飲まずに私にだ…。」

まさか本当に…。俺の話だ…。

「あの出来事が無かったら、僕は剣聖にはなれなかっただろう。彼がいなければ…僕は…。」

シータはうつむいて眼を瞑っている。肩が上下する様子から、呼吸が早くなっている事が分かる。

「だが私は!彼のためにも!この世界から魔物を排除する!」

シータは涙ぐんだ目を大きく開け、天にも届く様な声で言う。

「スーゴ!僕は君の仇を討つよ!ありがとう!」

そんなに声を荒げないでも…聞こえてるよ…。こっちこそ…ありがとう…。


~シータが剣聖になるための重要なファクターは、親愛なる友であり最高のライバルの死。それも、命を救われた状態で、一人だけ生き残ること…。

後に剣聖となると決まっているからと言って、何もしなくてもなんやかんや死なないわけではない。運命は…神ではなく、行動を起こした者により決定されるのである…。~

『転生者レポート、第五回転生者;第一章第二節-女神クラストフィア著』より抜粋

この小説を読んでいただいてありがとうございます。

子供の頃、「俺はあの有名人の兄弟の息子の友達の他人の父の息子なんだぞ。」とかいうくだらない事をやった覚えはないですか?全然血のつながりもないのに関係がありそうなことを言って、それでもって嘘は言ってないというくだらない会話も、「いや他人じゃないかw」「適当なこと言うなよw」みたいに盛り上がるものです。

「問題です。1×2×3×4×5×0×6×7×8×9×10は何でしょう?」というのを、0が聞こえないほどに凄い早口で言って、3628800!って答えたやつにどや顔で0でぇす!って返すのも楽しいものでした。

そんな発想から生まれたこの作品、少しでもあなたの感性の隙間にハマってくれると嬉しいです。

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