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機械仕掛けの宙を廻りて  作者: ドフォー/QSO
第1章【天の川支部】
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第5話【セピア色の役職】

 何から言及すれば良いのか。一切視認せずとも丁寧な動作で研磨を続ける様子か、空中でゆっくりと回る黄色の歯車か、ヘリオスを起き上がらせた反発力か。

 そんな混乱をするヘリオスには目もくれず、製造部門の女性は話し続ける。


「あっ! もしかしてヘリオス君でしょ。シリウス君から聞いてるよ。まだ母星は天の川支部と出会ってないんだってね。私の所と同じだなぁ。あ、そうそう、その剣はもしかして理操機のモデルだよね。何か欲しい能力とか好きなデザインとかある? 無かったら私の好きにやっちゃうけど」


「やっぱりもっと変形機構が欲しいなと。あ、いやそれよりも――」


 ヘリオスは、まずは歯車の事について聞こうとした。だが、彼女は研磨機の音でかき消されてしまったのか聞こえていない様子だった。


「おっけー、その要望しかと受け入れた。丁度良いのがあるんだよね。じゃああとは任せて、終わったら呼ぶから」


 そのまま自己紹介もせずに彼女は去ってしまった。終始圧倒されたヘリオスは、剣の代わりに混乱を手にしたままゼセルの元へと戻った。


「アイツの名前はカロリックだな。能力の都合でたまにテンションが高い時があるが、そっとしておいてやれ。悪いヤツじゃねぇからよ」


 ゼセルは器用に指を弾ませながら話す。ヘリオスはゼセルの隣に座り、彼の操作する画面を眺めながら自身の能力、引力操作について考えた。


「そういえば俺の能力っていつ使えるようになるの?」


「今からでも。だが充分に扱えるようになるんは、まだ先なこったな。次はそこの通信室に行ってこい。通信と理操機収納の手段が与えられっからさ」


 ゼセルは端末から目と手が離せないようで顎で行き先を示した。淡々とした雰囲気に物寂しさを抱えながら、ヘリオスは彼の指した方向へと歩く。通信室の扉の先は、倉庫とはまた別の暗さを感じる部屋に続いている。扉はゼセルの絶叫と同時に閉まった。


 塗りつぶしたように真っ黒な壁に囲まれた空間は数多くの画面で照らされているが、それでも足元が危うくなるほど。目の前の壁には巨大な棒渦巻銀河が映し出されており、ヘリオスはそれが天の川銀河だと一目で分かった。全く無関係な銀河だとそれはそれで怖いのだが。


 ヘリオスがその美しい光景に目を奪われていた時、突然声が現れた。


「お待ちしておりました、ヘリオスさん。通信部門のローゼンと申します」


 暗闇の奥から(おもむろ)に歩いてきた女性に、ヘリオスは少し身を震わせた。しかしその女性、ローゼンはそんな様子に目もくれず深々とお辞儀をする。


「改めてヘリオスと申します」


 先程の反射を恥じながら軽く咳払いをして、ヘリオスはお辞儀を返した。


「通信手段及び理操機の収納手段の件ですね。少々お待ちください」


 ローゼンに示されるままに彼は着席した。上を見上げると多くの映像が目につく。歩道橋の上から道路を見下ろしている映像、農作業をする老人の映像、公園で遊ぶ子供の映像、そして銃を持ち詰め寄る人間の映像。


 ヘリオスは唖然とした。これは明らかに刑事事件である。今すぐ助けに行かなければという正義感と、なぜこんな映像がここに映し出されているのかという困惑が衝突し、彼は椅子から転げ落ちてしまった。

 その音で異変に気がついたローゼンは彼に走り寄る。


「ああああぁぁ、これは大丈夫ですので止まってください!」


 混乱状態のまま通信室を出ようとするヘリオスの腕を引っ張り制止する。ヘリオスはもう一度見るとその理由がよくわかった。

 硝煙の昇る銃を隠す気もなく持っている男と、とめどなく血を流す傷を痛がることなく啖呵を切る男。画面の下半分を埋める白い文字。そして数秒後に現れた"提供"。


「ここ地上波通ってるんだ」


「どちらかと言えばBSでは?」


 二人は次回予告を眺めながら呟いた。


「あああぁぁぁ、それよりも申し訳ありません。先程までドラマを鑑賞していたもので。あらぬ誤解を招いてしまいました」


 ローゼンはかけている眼鏡が吹き飛んでしまうほどの素早いお辞儀を何度もしている。勘違いによる恥と真実ではなかったことによる安堵、過剰なまでの謝罪による圧倒により、ヘリオスは言葉を紡ぐことさえままならなかった。


「あぁ、いや、大丈夫なんだったらこちらも大丈夫です」


「それなら大丈夫です。ふぅ、よし。では話を戻しましょう。こちらのアタッチメントが通信用で、こちらが理操機収納用となっております」


 通信用は胸の内部に埋め込み、収納用は左手のひらに装着するようだ。ちなみに左利きの場合は右手のひらである。


「収納用アタッチメントは理操機以外の物で使用してはならないということでしょうか?」


「そうですね。ワームホールを利用したシステムですので、他の物を移動させるには他の経路を使う必要があります。そのため更にアタッチメントが大きくなってしまったり増えてしまったりするのです。通信は情報を送るので軽いのですが、こちらは送るのが物体であるためその分ゼセルさんにかかる負担や消費エネルギーの増加、重量増加などによる任務への障害が挙げられますので、現在は理操機の収納専用としております」


 ヘリオスは理操機収納用の装備を眺めながら、彼女の説明に耳を傾けていた。

 すると、ヘリオスの肺の中心から響き渡るように、声が薄く聞こえ始める。


(――えてるか?ヘリオース。あー、あー、どうだ聞こえてるか? ヘーリオース。あー、あー、おーーーーーい)


 ゼセルの声だ。絶え間なく流れ続ける彼の声に対して、ヘリオスは返事をした。


「聞こえてるよー、オーバー」


(あ、繋がった。お前の声は俺には届いていなーい。説明書は通信室から貰ってけー)


 通信が終わったのか、ヘリオスの胸で轟いていた音が消え失せていく。それを察知したのか、ゼセルと示し合わせていたのか、ローゼンは二冊の冊子をヘリオスに差し出した。


「こちらが説明書になっております。慣れると便利ですので、是非とも練習してください」


 ヘリオスは感謝を述べ、ローゼンのお辞儀を背にして通信室を出た。大部屋へと戻ると、アフィンが彼を出迎えた。どうやらゼセルと交代したらしい。


「おかえり、ヘリオス。君の役職と部屋の場所を伝えようと思ってね。こっちだよ」


 アフィンは、応接室や製造部門の加工場と対面にある扉に案内した。

 その扉の先にある廊下は、相も変わらず殺風景である。自身が今どちらの廊下にいるのか分からなくなる程だ。アフィンは二つ目の扉で止まるようヘリオスに指示した。扉には"環境調査室"と小さく書かれている。


 扉を開けると、暗褐色を基調とした内装が彼を歓迎した。黒いシルクハットや外套が掛けられたポールハンガー。祖父母を想起させる匂いを漂わせるタンス。木材で作られた机と椅子。

 この様をセピア色と表現するのだろう。何とも懐かしいという感情が掻き立てられる雰囲気だ。しかし、この内装はどうやらヘリオスの為に作られた訳ではないそうで。


「この部屋は前任の恒護が使用していたものなんだ。だから君の気に入る部屋に変えたい場合は整備部門のドゥべーさんに頼むと変更してくれると思うよ」


「大丈夫です。俺的には新鮮で好きなので。でも変えたい時は頼んでみようと思います」


「それは良かった。君の役職と説明はその机の引き出しに入ってるから読んでくれ。……今は無理そうかな」


 アフィンは、ヘリオスが小脇に抱えた冊子を見て言った。


「いえ、大丈夫です。慣れてるので」


「やるね。そうだ、通信の練習相手になってもらうようローゼンさんに頼んでおこうか? どことなく彼女と君は似ているところがあるから話しやすいと思うよ」


 てっきりヘリオスはゼセルと練習するものだと思っていた。だが、他の同僚との交流を深めていきたい為、彼はそれを依頼した。


「分かった。そうしておくから、君の準備ができたタイミングで彼女に声をかけてくれ。君はまだこの基地の事をよく知らないだろうし自由に探索するといいよ」


 アフィンは不器用な笑顔を浮かべながら、環境調査室の扉を閉めて立ち去った。

 ヘリオスは早速一番平たい引き出しを覗いた。中には束ねられた紙が一冊。次に三段重ねられた引き出しを調査する。

 上段、何もなし。

 中段、一枚の紙。

 下段、何もな――。


「え?」


 中段の引き出しに色褪せた紙が入っていた。投げ捨てれば部屋の色と紛れて、どこへ行ってしまったのか分からなくなりそうだ。どうやらスケッチのようで、勿論ヘリオスには見たことがない生物が描かれている。

 ヘリオスは気味が悪くなったようで、そっと奥の方へと仕舞った。


 さてヘリオスにとっての本題だ。倉庫、加工場、通信室。一部屋に一人配属されており、それぞれの部屋に見合った仕事が与えられている。その為、ヘリオスは薄々予測が着いていた。その期待を胸に紙を捲る。


 調査部門。


「お、合ってた」


 彼はその四文字の下に書かれている説明に目を走らせた。


「つまり土地や情勢の調査を現地で出来たり、その土地の異変を天の川支部に伝えたりする仕事があるってことか。それに政府からの依頼を受けなくても唯一動かせられる例外的な役職、良いなぁ」


 いよいよ天の川支部の一員としての自覚が彼の中に現れてきたようだ。ヘリオスは心を弾ませながら扉を出た。自由探索に出かけるつもりらしい。


 まずは右にある扉から。扉を軽く叩こうとした時、ヘリオスの目に"書斎"のに文字が飛び込んできた。第二関節で人差し指を曲げている手を急いで引っ込める。

 危うく、集中を阻害されたと怒り狂っている人を生み出すところだった。そうなってしまっては人間関係は崩壊まっしぐらだ。ちなみにここに所属しているのはアフィンである。


 ヘリオスは踵を返し、環境調査室の左隣にある扉を軽く叩いた。場所は"トレーニングルーム"。誰かしら居そうなものではあるが、誰も現れない。もう一度叩くが返事はなかった。


「誰もいないのかな」


 扉の配置からしてこの部屋は、ヘリオスの部屋よりも二倍近い広さがある。おそらく聞こえていない可能性もあろう。だが、何かしらの器具を動かすような音はしない。


「せっかくだからちょっと使ってみようかな」


 ヘリオスはそんな軽い気持ちで扉を開けた。そして直ぐに閉めた。いや閉めざるを得なかったのだ。

 開けるやいなや、暗闇の中でも見える程に黒い殺意が隙間から漏れだし、無数の何かが空を切り裂く音が何度も鳴り響いていたからだ。入ったところで明らかに歓迎してくれる雰囲気ではないだろう。


 ヘリオスはこの部屋を横切ることどころか部屋にいることさえも恐れてしまい、大部屋へと出た。


「やべぇな……」


 大部屋にある椅子に体重をかけながら呟いた。背もたれは大きく曲がり、天井の景色を楽に見られる状態だ。トレーニングルームがあの状態では、ヘリオスは暫く大部屋暮らしだろう。


「ゼセルからゲーム借りようかな。あ、少し倉庫で匿ってもらうのもいいな」


 完全に猛獣の扱いである。

 数分間、ヘリオスはどうしようかと考えながら椅子を軋ませていた。その時、どこかの扉が開く音がした。

 廊下へ通じる普通な扉や通信室の静かな扉、倉庫に繋がる重厚な扉。大部屋に設置されている全ての扉を通った彼にとっては初めて聞くの音だった。


 新たな場所へ繋がる扉がまだあったのかと、探索気分のヘリオスはその扉に好奇心を持ってしまった。束の間だ。彼は一瞬にして闇に飲み込まれてしまった。試験の時に遭遇した彼以外を飲み込んでしまう闇だ。

調査部門について詳細に説明します


・様々な星や国の情勢、地質、環境などを調査し、天の川支部の総長(現アフィン)に報告します。ですが、契約星※は遠隔で情報が送信されるので、基本的に新たに契約した星の調査が主な仕事です。

※契約星とは、天の川支部に対して協力などを依頼できる惑星のことです。


・星間移動や国際移動におけるビザは天の川支部権限により無期限の有効期間を持っています。しかし、天の川支部を友好的に思っていない国もありますので、そこに入国する際は厳重な取り調べを受けさせられることもあります。


・調査部門は基本的に新しく入隊した恒護に与えられる役職です。なので顔が割れていないため、契約星の救難信号という天の川支部の前提を最初は無視して派遣することが出来ます。


・初期の派遣からどのような能力を有しているかを判断して様々な役職を別に与えられます。

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