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機械仕掛けの宙を廻りて  作者: ドフォー/QSO
第1章【天の川支部】
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第4話【適当な相棒】

「ゼセルさん、先程の侮辱を心から――」


 ゼセルの酷く苛立った様子や、先輩という単語では片付けられないほど年齢が離れていた為だろうか。ヘリオスは深々と頭を下げ謝罪の言葉を並べた。

 しかし、ゼセルはそれを霧散させるように手を振り、彼を制止する。


「あぁ、いらないいらない。全く気にしちゃいねーから安心しろ。あれはアイツに付き合ってただけだ。それにそんな仰々しい態度、話が円滑かつ迅速に進みにくいからタメでいいし、呼び捨てにしてくれ。俺の名はゼセルだ。()()()()()()()も付かねぇ。分かったな?」


「あ、はい。分かり……分かったよ、ゼセル」


 ヘリオスの人生の中で敬語を遠慮する人は少なからずいたが、ここまで強制する人はなかなかいなかった。困惑交じりに承諾すると、ゼセルの鋭い三白眼からは想像もつかないほど可愛らしい笑顔を見せた。


「よっしゃ。で、何すんだっけ? あぁそうだ案内だ。どこから行きたい。倉庫に通信室にトレーニングルームに。まぁ色々ある。ちなみに倉庫から始めた方が早く終わるな」


 倉庫を選べという圧をそこはかとなく感じたヘリオスはそこを選んだ。


「よーし、楽しい楽しい天の川支部探検の始まり始まりーっと。お前の後ろにある扉の奥が倉庫だな」


 ゼセルは席を立ち、小刻みに震えながら小さい身体を伸ばした。やはり針金が入っているのか、彼の袖先はヘリオスの頭を越える高さまでに達している。


 ゼセルは着いてくるよう合図し、ヘリオスは彼の引き摺られる長い袖を追った。扉の前まで来るとその力強さはひしひしと感じられた。

 大部屋の壁一枚を丸ごと占有する程の巨大さ。周辺一帯の空気の重量が十倍になるような鈍い光沢。大規模な重機を使わないと貫通しないような厚み。


 ゴリゴリと床を擦りながら開き始める扉。身体が闘争を求めるような空間を待っていたヘリオスの期待は、直ぐに砕けることとなる。


「あぁ……」


 面積、およそ四平方メートル。壁との比率、二十対一。実際に開いた扉は非常に小さいものだった。

 ヘリオスは残念そうな声を漏らした。


「宇宙線から貯蔵品を守るための扉だからな。全部開いたら中がとんでもない事になる。除染とか入れ替えとかすんの大変なんだぞ? 俺はやったことねぇけど」


 明度に振り切った部屋とは打って変わり、扉の先はまるで地下施設のように陰気な廊下となっている。

 全体を隈無く照らすほどの明かりは設置されているが、見ているだけで金属と油の臭いがするような内装のおかげでヘリオスにはこの空間が一段と暗く見えた。


 ゼセルは廊下の半ばでヘリオスに振り返り尋ねる。


「ところでお前の出身はパロモイオスか?」


 ヘリオスは聞きなれない単語を聞き返した。聞き返すと言っても上二文字だけだが。


「あぁ、その様子じゃ違うらしいな。その星の奴らと似てるもんで、すまんな」


 ゼセルは進行方向へと向き直り、ブツブツと呟きながら先へと進んでしまった。


「じゃあどうするか。アイツは自分で作ってたし」


 この廊下には左右合計十の扉が設けられている。それぞれの間隔も広く、果てまでの長さは五十メートルを優に超える程だ。

 ゼセルは腕を組み、左上を眺めている。思考を中断させるのも憚られる故、ヘリオスは何も訊かないでいた。しかし、よくよく見れば彼の目線は上下左右に行ったり来たりしている。彼の様子からしてどうやら集中力が切れたらしく壁の傷を数えていたのだ。


「倉庫で何をするの?」


 ヘリオスは気を使って損したと言わんばかりに溜息をつきながら質問をした。彼の問いで我に返ったゼセルは彼の方を向き言う。


「今からお前の理操機(りそうき)を造る」


 ゼセルが手のひらを下に向けると弦の張られていない弓が出現した。


「理操機は言わば小さい恒護だ。恒護ほど自由は利かないが能力をひとつ持っている。天の川支部所属の恒護(俺たち)の重要な戦力であり、個性であり、相棒だな」


「おぉ凄い。例えば?」


 ぜセルは輝いているかの如き誇らしげな表情から一変して暗く不安な顔になった。


 ゼセルが袖の針金をピンと伸ばして弓を構えた。すると赤く発光する弦が、弓の両端から伸びてきたのだ。それを引き絞るにつれて、同様に赤く光る矢が徐々に出現。ゼセルはそれを発射した。

 矢は廊下を淡く照らしながら突き進む。しかし、それは急激に方向を変え壁の中へと吸い込まれていった。


「……簡単に言えば任意のタイミングで向心力を働かせられる能力だな」


「へぇ、F=mrω^2が」


 期待外れな単純かつ面白味のない能力であったためか、ヘリオスとゼセルの間には数秒間の静寂が訪れた。


 なんとも気まずいこの空気。ヘリオスは今までに培った知識と経験を掘り起こし、それらの断片を丁寧に組み合わせてなんとか静寂を打ち破ろうと努力した。

 その末に生み出されたたった一つの質問。それをゼセルに投げかけた。


「それって矢?以外にも適用されるの?」


「確か無理」


「あぁ……」


 なんという事だ。ヘリオスは知らない環境での友人作りに失敗してしまったのだろうか。ゼセルは彼の質問を待っているようには見えず、不安感がヘリオスの身体を侵食せんとしている。だがそれは未遂で終わった。


「まぁそんなこたァどうでもいいんだ。それよりお前の理操機の元となる武器のデザインは何にするよ。それに合った物を準備してやろう」


 ヘリオスは考えた。今までほぼ筆記用具しか握ってこなかった彼にとって、武器なんぞ想像上の代物であった。現代武器の代名詞である銃、安定の地位を持つ刀剣、古くから人類の隣にいた弓、その他もろもろ。その程度の知識しか持っていなかった。

 だが日本人たるもの、その知識量であったとしても選ぶ武器種はたった一つだろう。


「銃かな」


 最も触れることの少ないものを選んだな。実際日本刀も馴染みは無いのだが。


「ダメだな。もう先客がいる」


「奪うか」


「冗談だとしてもアイツにゃ敵いっこねぇよ。それはそうとして何だ、お前の所にも独自の文化ってもんがあるだろ。なんかないのか? 特産の武器がよ。ほら、こういうのとか、こういうのとか、こういうのとか」


 理操機は個性の一つである以上、普遍的な武器種は選んで欲しくないのだろう。そのためゼセルは不可思議な動きを連発した。


「一応日本刀っていうのがあるにはあるけどさ。かっこいいんだけど使いにくそうなんだよね。かなり技術がいるから」


「別にいーじゃん、適当にやっても。似たような物があるからそれにしようぜ」


「誉が無いからダメ」


 ヘリオスはその後もあれは駄目だ、これはこうなると思索に耽って苦しんでいる。優柔不断な彼を、ゼセルはもどかしそうな目で見つめていた。ゼセルにも是せないことはあるらしい。


「優柔不断は避けられるから克服しろよ」


 そう言い残し、ゼセルは彼を置いて二番目にある扉を抜けていった。数分後、彼が持ってきたのはその体躯に似合わないほどの物品。それを軽々と肩に担ぎながら持ってきたのだ。


「何それ」


「変形機構を持つ剣」


「貸してくれ」


 ゼセルは鉛筆を手渡す仕草でそれをヘリオスに貸した。自身の身長ほどある物とは言え、安定して持つことはできるようだ。合成樹脂製でも剣先を掲げて持つことは難しいだろう。

 これは恒護の身体による恩恵なのか、はたまたひどく軽い物質から製造されているのかはヘリオスには分からなかったが、彼はこの武器に対して興味が湧いた。


「これどうやって変形させるんだ?」


 ヘリオスはゼセルに剣を返しながら訊くと、彼は剣先を壁に軽く打ち付けた。剣は甲高い音を反響させながら分離。二本の直刀へと変化した。更に峰で床を叩くと二つの節で折れ、手頃な大きさの鎌に変形した。


「他は?」


「無いぞ、没作品だからな」


 ゼセルは、ヘリオスが残念がる表情を浮かべる前に続けて言葉を発した。


「だがアイツに要望出しときゃ何とかなるだろ。それで良いってんなら行くぞ。それかもう少し選ぶか? 」


「それにするか。できれば完成品の方が良かったけど」


 ゼセルの言ったことが耳に入っていたのか、ヘリオスは比較的迅速な決断を下した。


「よーし、次の行き先は製造部門だな」


 ゼセル一行は倉庫から大部屋へと移った。


「完成品が良いとか何とか言ってたが、それは博物館に収蔵されてたな」


「なるほど、じゃあレプリカとか――」


「作られる前に喪失した」


 ヘリオスは負目と落胆が混ざった声を漏らした。無いのであれば仕方があるまい。

 彼らは特に会話も無いまま、ヘリオスが初めに通った廊下へと出た。そしてすぐそばにある扉にたどり着く。


 大部屋から見て一番目に位置する扉からは、微弱ながらも何かを研磨する音が聞こえていた。扉には"加工場"小さく書かれている。


「じゃっ、俺は大部屋でゲームして待ってっからさ。終わったら呼んでくれ」


 いつ持ってきたのだろう、ゼセルは湧いて出たかのような二つの小型端末を小脇に抱えて戻って行った。

 ヘリオスは作業中であろう中の人物をなるべく邪魔しないように、扉を軽く叩いた。適した回数が分からなかったため、意味を持つほどの回数ではないだろうということで七回。


 しかし音沙汰は無い。いや研磨の音はあるのだが。内部の様子を探るためにヘリオスは扉に耳を当てた。研磨音は留まることを知らず鳴り続けている。もう一度叩こうと思ったその時、扉が勢いよく開いた。


「うわっと」


 ヘリオスは危うく転倒してしまうところを、紙一重で復帰した。しかし、その一連の動作は反重力傾斜の特許技術を以てしても不可能な程。まるで押し返されたかのようだった。


「危なかった、大丈夫!?」


 半分ほど開けられた重厚な扉の奥から、高速回転する研磨機の音を打ち消すかの如き声が飛び出してきた。声の主は、研磨機の上下と左右を操作しながら扉の取っ手を持ち、手のひらの上に黄色く輝く歯車を乗せている。四本の腕を器用に使って。

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