第20話【EPISODE OF SHKNOUL:永遠に続く日々②】
クリースには巨大な地下道が存在する。網のように張り巡らされた道が幾層にも重なっており、壁や天井の構成は土層や岩石層の他にチタン層、プラスチック層など。
この構造物は非常に広大であるためか、数多の機械兵が見落としなく監視するために練り歩いている。
しかし、とある地点には隠された通路が存在しており、この場所からのみしか入ることの出来ない最下層へと続いている。そこには自警団の拠点が各地に設置されているが、緊急時の避難所としての機能も完備されていた。
「何か……食べたいものでもあるかな?」
団員の一人が、膝に顔を埋めて啜り泣くサルプに話しかける。しかし彼女は、白い布の断片を固く握りしめながら首を横に振った。その団員は困ったように後頭部を掻きながら、慰みの一言をかけて立ち去ってしまった。
「本当に何も食べたくないのか?」
聞いたことのある声がした。涙のシミが大きくなってしまった膝から顔をあげると、そこにはサルプの父親が立っていた。
「お、父さん……」
サルプは大声を出して泣き始めてしまった。
「おはよう、話はランドゥーさんから聞いたよ」
眠り込んでいたサルプの隣には彼女の父親が座っていた。彼の目はどこか遠くを見つめており、声にも力がなくなっている。
「その布は?」
父親がサルプの握りしめた布に指をさした。
「オルトラに…… 最近冷えるから……」
サルプは再び啜り泣き始める。
「優しいな。少し見せてくれないか?」
サルプは涙を袖で拭いながら手渡した。
「この布は……」
父親は目を疑った。自警団はエクスロテータへの輸出に対する仲介を行っている。中でもサルプの父親、リオ・エンタリウスはその代表。そんな彼にもこの布は滅多に見ることの無い代物であった。
「どうやって手に入れたんだ?」
リオは軽く震えた声で問う。
「お願いした。そしたら頑張ってここまで来てくれたんだからって譲ってくれた」
その言葉を聞いたリオは眉を開かせてサルプの頭を軽く撫でた。
「大切にしろよ。そういえば父さんな、料理上手くなったんだ。二品しか作れないけどな。食うか?」
「うん」
「よし、じゃあちょっと待ってろよ。サルプが好きだって言ってたものを作ってくるから」
リオは立ち上がり、避難所から去っていった。すると、リオとは反対側にサルプよりも小さなものが座り込んできた。
「――今のお父さん?」
「うわぁぉ……」
サルプは気づかなかったのか、突然の声に吹き飛ばされたように倒れてしまった。
「あっ、ごめん。驚かせるつもりはなくて。泣いてたからどうしたのかなって」
「あぁ、うん、まぁ」
サルプは頬を赤らめる。彼女はもう公然で泣くことを控えたい年頃なのだ。
「お母さんは?」
「ちょっと……はぐれちゃって」
少女の顔に少し笑みが浮かぶ。
「同じだね。私のお父さんとお母さんもはぐれちゃった。おっきくて長いのが地面から出てきてからでね」
サルプの目が泳ぐ。直ぐに同一の存在であることが分かった。母親と弟が乗っていた車両へと、徐に顔を向ける存在が目に焼き付いて離れない。彼女は瞼を削り取る勢いで目を擦り始めた。
「大丈夫?」
サルプは頷き、手を目から離す。
「まぁ、うん」
少女へ目を向けると、彼女は先程までの明るい雰囲気とは打って代わって物憂げに目を細めていた。それはさながら沈みゆく夕日のように。
「ねぇ、ちょっと一緒にいてもいいかな。みんな顔が怖いの」
突然の出来事に緊張する者、苛立つ者、打ちひしがれる者。決して楽しいとは言えないこの状況で、少女一人では時期に飲まれるであろう。そんな中、穏やかな顔を自然に浮かべられた自警団の一人、リオを見つけたのだ。
サルプはゆっくりと頷いた。少女の顔に明るさが戻り来る。
「良かった。私はカイ! なんて名前なの?」
「サルプ……エンタリウス」
リオの料理を待つ間、サルプはカイに話し込まれた。特に面白い話はない。同じ環境。同じ境遇。安易に想像のできること。だが、不思議と退屈はしなかった。
「――あれ? 友達か?」
カイの大きな手振りが止まる。
「さっき初めましてしました、カイと言います! サルプちゃんのお父さんですか?」
「あぁ、サルプのお父さんだ。友達なら丁度良かった。三人前作ってしまってな。すぐに持って行くから食堂に集まっておいてくれ」
この避難所は緊急時のみ開く食料庫も設置されており、最大収容人数が一年生活できる程の保存食が貯蓄されている。
「お父さん厳しいの?」
「口調だけだね」
食堂はまだ開放前であり閑散としている。何も置かれていない長机が空腹そうに見える。
「ランドゥーさんが寄付してくれた野菜だ。相変わらず出来が良いな」
鮮やかな緑の葉や根菜を煮たスープが彼女らの前に置かれた。
「黒色じゃないんだね」
カイが不思議そうに言う。普段は赤色巨星の光はほぼ完全に吸収され、植物全体は血が凝固したような赤黒い色に見える。しかしどこから供給されているのか分からない電力により点灯している白色光の下では別であった。
だが奇妙にも食欲は減退しない。
「こんな光、地上にはないからな。だが普通の野菜だ。どうだサルプ。お母さんの味と同じとは言えずとも似ているはずだ」
サルプはスプーンにも伝わるほど期待を込めて握った。
「……!」
彼女は衝撃のあまり口に含んだものを零してしまった。
「甘い……」
カイが隣でつぶやく。リオには味見をしない癖があったのだ。
「えっ、砂糖と塩間違えたか。少し食べさせてくれ」
サルプから渡されたスプーンを手に取った。
「美味くはあるが違うな。作り直してこよう」
訂正、味覚の感性も乏しかった。リオは器を回収しようとしたが、サルプはその手を止める。
「いや、いいよ。こっちはお父さんが作る味として気に入ったから」
「失敗を確定されると困るんだが…… でも気に入ったならいいか。――カイさんは無理しなくても構わないよ」
この親子とは違い、カイは味覚の感性が鋭かったのだろう。顔が六十歳ほど加算されたような皺だらけの険しい顔をしながらスプーンを口に運んでいる。
「お残しはダメなので……うーん……」
ライオンが草でも食べてるんだろうか。咀嚼の速度もかなり遅い。
「逆に……何か欲しいものあるか?」
「避難所の食べ物なので私が多く食べるのも……」
最終的に目的も無くスープをかき混ぜるだけになっている。
「子供一人が追加で食べても誤差だな。よし何か塩辛いお菓子でも持ってこよう」
リオは奥へと消えていった。
「大丈夫?」
サルプは具材を掬っては戻していたカイを心配して声をかけた。カイはいつの間にか空になっているサルプの器を眺めている。そしてサルプを見つめ、再び自分の器に目を落とす。
「まぁ……うん……頑張る……」
カイはゆっくりと掬った野菜を口に運び、入念に歯ですり潰した。
カイのスープが残り30%まで減った頃、未だ彼女らはリオを待っていた。それほど食料庫が大きいのか。しかしそれでも彼の帰りは遅い。
「ちょっと見に行ってくるよ」
まるで毒が入っていたかのように項垂れながらもカイは頷いた。
「お父さ――!?」
深刻な顔で同僚と話していた。サルプは邪魔をせぬよう急いで小部屋から去ろうとした時、彼女の興味を惹く話題が耳に飛び込んでくる。
「エクスロテータからの独立戦争か……」
リオはいつもより低い声で呟いた。サルプは物音を立てぬように隠れて耳を澄ます。
「いや、噂程度だからそこまで深刻にならなくてもいい。ただ、一人の男が監視ロボットを壊してから続け様に皆の鬱憤が爆発したらしくてな。別の避難所では我々に抗議みたいなこともしてるらしい」
「ふむ…… 準備はしておこう」
サルプは考えていた。独立したらどうなるか、今の生活と変わるのか。サルプにとって現状の不満は少なかった。満足のいく食事も摂れる。寒さを凌げる衣服も充分ある。
流石に監視は看過できないが、理不尽な扱いは歴史を見ても少なかった。長老の話からでも、殺害はこちらからの攻撃による反撃によって起こったとの事。
しかし、母と弟が殺されたのは明らかにエクスロテータが支配していたから起こったことだと確信していた。彼女らや乗り合わせていた人達は何もしていない。これは理不尽な殺害である。
だが過ぎたことでもあった。今独立しても彼女らは戻らない。更には父さえも失うかもしれない。このままでも良いのでないか。そう考えながら端が焼け焦げた白い布の断片を見つめていた。
「聞いてるのか? サルプ」
「あっ、えっ?」
気が付けば隣にリオがいた。話は既に終わっており、リオが小部屋から出てきていたのだ。
「ここがどこか分かっているのか?」
父を探すことに意識が向いており、気が付けば彼女は自警団の基地の内部まで来ていたようだ。
「お父さんを探してて……ごめん……」
「まぁ、いけないことだと分かってればいいさ。戻ろうか」
食堂へ向かおうとした時、誰かの悲鳴が避難所全体に響き渡る。二人は全速力で駆けていき、食堂へと飛び込む。
そこには、口元を真っ赤に染めた存在が佇んでいた。C-狩猟者だ。
「ここがバレていたのか……」
リオは様々な感情が入り交じっている声でそう零した。
死者がいるかは分からない。だが、状況としてはすでに負傷者がいる。即ち攻撃姿勢にあるということだ。その驚異が今、カイを今にも飛びかからんと見つめていた。
カイは何が起こっているのか理解できずにただその存在を見つめていた。
気が付けば、サルプは器でC-狩猟者の頭を殴りつけていた。器は破片をばらまいて辺りに散乱し、それは大きく仰け反る。反撃しようと体勢を整えた時にはもう遅く、サルプはそれの前脚を掴み、関節部分を蹴り飛ばした。
C-狩猟者の前脚は切断されたため倒れ込んでしまった。サルプはすかさず破片を手に取り、それの蛇腹になった首関節に差し込んだ。そして床に叩きつけ、蹴りつけ、完全に食い込ませた。そのままサルプはそれの首を足で抑えながら持ち上げ、切断してしまったのだ。
リオとカイはその様相に絶句していた。銅線や金属筋繊維の
サルプはC-狩猟者の頭を投げ飛ばし、残った身体をそれの前脚で殴りつけ続けた。
「もういいよ! 大丈夫! 私を守ってくれたんだね?」
カイはサルプを羽交い締めにして止めた。リオは既に自警団の本部へと報告に向かっており、その場には居なかった。
サルプは息を荒らげており、瞬きもしてない。しかし暴れることはなく、ただただC-狩猟者の残骸を凝視するだけであった。
「守ってくれてありがとう。もう充分だよ」
サルプはやがて落ち着き、持っていた前脚から手を離した。
「ごめん……これ以上……誰かを失いたくなかった……」
力が抜けていき、カイに全体重を預ける形になった。カイはサルプよりも身体が小さく、彼女を支えるのに事足りる力を持っていない。だが、今は支えられていた。
「あ、ごめん。起きるね」
サルプは立ち上がり、申し訳なさそうな顔をしながらカイに向き合った。
「私はどこにも行かないよ」
カイはサルプに向かって笑った。サルプも彼女の笑顔に呼応して微笑みかける。すると、カイの足許に小さな影が歩み寄った。
「なんかいるよ」
「え? 痛っ――」
カイがサルプの胸に倒れ込んできた。
「カイちゃん? どうしたの? カイちゃん!?」
カイは瞳を閉じ、サルプの声には応えなかった。震える腕で揺らすも、叩くも、彼女の瞼は開かない。
サルプのいた村には、友達と言える存在はいなかった。することは仕事と弟の世話と母の補佐。遊ぶことはあっても、それは小さい子の相手であり対等ではなかった。
数少ない心の拠り所と言える存在が、それも今度はハッキリと目の前で奪われてしまったのだ。
彼女の足には何かが針を刺した状態で固まっている。
脚が八本、低い体高、二本の鋏、影からの制圧、純白に輝く筐体、カイが倒れた、湾曲した毒針、複数の節、太い尾、扁平な身体、カイが犠牲になった、強烈な神経毒、持ち上がった尾、小さな鋏、何度も見た憎いロゴ、子供の脳には強い障害を齎す。
思い出したくなかった記憶、憎悪の原動力、返しを備えた罪悪感、蛇蝎の如く嫌った機械兵、不倶戴天の存在。
スノウの前に再びC-停止者が現れた。アフィンの手に握られて。




