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機械仕掛けの宙を廻りて  作者: ドフォー/QSO
第一部【不久の太陽は東より 語り手:ドフォー】
2/14

第1話【EPISODE OF......】

【私の作品を見つけてくださった読者様へ】

 非常に遅筆であるがため、投稿が不定期になる可能性がございます。

 それでも良いという方は、今後ともよろしくお願いします。 ――作者

 二〇三八年の畳部屋に、彼の声がこだました。声帯を爛れさせるような怨嗟の声が、喉を切り裂きながら飛び出したのだ。


 右の壁が三度鈍い音を発した。普段は耳に障る騒音も、彼にとって今はマツムシの声と大差ない。彼の、カワチ大輔の心は既に分子間力よりも繊細だった。


 名門O大学を卒業した彼は、焦りから手当り次第面接を受けた。同級生が次々と採用される中、大学生活の三分の一を遊びと趣味に費やしていた彼は、「どうせ受かる」という布団の上に大の字で寝ていたのだ。

 自業自得としか言いようがない。その所為で仮面を被った薄給会社に受かってしまったのだから。


 辞職しようにも上司や同僚からの圧で話を切り出せず、頼みの綱である両親も物心が着いた時には既に亡くなっていた。育ての親である祖父母も昨年に他界してしまった。今死ぬには非常に好都合だ。


「あーあ、もうどうだっていいや。モチベ消えた」


 来月新作が発売される好きなゲームも、有給を取れたら行きたいと思っていた北海道も、既に壊れた心の装甲を厚くするような無意味な行動に等しい。ならばその逆の行動をとれば良いではないか。


「死ぬってどんな感覚なんだろう」


 神経細胞の配置などの違いによって個性が生まれているだけで、全ての存在が自己であって自我なんてものは無いのかもしれない。つまり転生か。

 いやその線があるなら消滅も有りうる。

 はたまた、太古より考えられる精神と肉体に分かれるのかもしれない。ならば天国や地獄、極楽浄土か。


「実に気になる」


 彼の肺はそんな期待(gas)で満たされた。


 いつもの日常。発生源が分からない上司の叱責、心をすり抜ける同僚からの励ましの言葉。

 視線はカワチ、言葉の向きは己の内とは器用な事だ。全ては自らの保身のため、カワチ自身の事なんぞ彼らにとってどうでもよかったのだ。

 だが、彼の心はもはや気体も同然。死への活力を得て昇華しきった心は、もはや針刺しにもなり得ない。


 彼にとって、今はコンクリートさえも暖かかった。地上は明るく、空は暗い。ただ満月のみが彼を見つめていた。理想だけはただ高く、現状に過程を打ち砕かれ、往時の栄誉に縋った彼を。


 柵を越え、同族が織り成す夜景を望む。そよ風がカワチをそっと撫でた。彼は吹き飛ばされぬよう、五分、いや二十分ほどその場に踏ん張った。


 屋上で凛と咲くスノードロップは、微動だにせず、ただ静かにカワチを眺めていた。カワチはグッと歯を食いしばる。


 祖母が縫ってくれた仕事守を携えて、仰向けとなり空を見つめた。最後に見るのもは美しいものでありたい、その思いで屋上から覗く満月に目線を合わせる。


 ――小学生の頃、宇宙飛行士になるのが夢だったな。懐かしい……


 世界と別れるその直前、満月が空より黒い影に呑まれた。カワチに救いの手を出すように、体が"それ"に引き込まれるように感じた。


 ――そうか、あれが死神なんだ


 街が一瞬にして消灯した。


 〔ホロ(この世界は、)グラ(どこかに存在する)フィック(二次元平面の情報を)宇宙論(投影したものだ)


「ここは……」


 カワチは、淡い光を垂らす白天井と目が合った。


「俺は、死ねたのか? これは俺の身体か? てことは、もしかして候補に無かった異世界転――ッ!」


 異世界? いや、一般にそう呼ばれている場所には程遠い。研究室のように無機質な部屋を苦し紛れに彩った部屋に、カワチは座り込んでいた。


 作り物のような観葉植物。色を付けるために設置したような本棚。とても柔らかいとは言い難い絨毯。ホコリが被ったように褪せたソファ。ニスの剥がれた机。

 漆黒のキャンバスに青、白、黄、橙、赤といった彩りの乏しい"斑点"を疎らに打った現代美――いや、違う、斑点が動いている。どうやら窓のようだ。これは失敬。


「なんなんだここは。宇宙?」


 窓の外を見るためにカワチは立ち上がったその時、


「気がついたか? 如何にも、君の思っている通りの宇宙だ。生憎、この場所は無重力ではないがな」


 慄然。

 体全体を弦楽器のように震わす声が聞こえた。首を捩じ切る勢いで振り返ると、誰もいなかったはずの褪せソファに女性が座っていた。彼女はカワチに対して軽く手を振っている。


「見えるかな? 御機嫌よう、カワチ大輔。二十三年の長旅に労いの言葉を送ろう。さぁ、そこに座って疲れを癒してくれ。――少々部屋が乱れているな」


 カワチが倒れていた場所には、二つの椅子が"浮いていた"。いつの間にやら、埃をふきかけたような本棚も、大学図書館に等しき厳かな雰囲気を放っている。生気を感じなかった植物も、今では熱帯で力強く生きるシダ植物のようだ。


 彼女は、今にもカワチを捕らえんとするかの如く、黒く凛とした目で動揺している彼を見つめている。少しでも無礼を働けば、瞬く間に腕を吹き飛ばすような雰囲気を放つ彼女に、カワチはその場でブリキ人形の如く硬化した。


「ハハハ、そう恐れられるとは実に悲しいな。なに、無闇に他人の腕を切り離す訳ではないさ。心安らかにしていると良い。さぁ、そこに。お互い同じ高さで目を合わせた方が話しやすいだろう」


 混乱。

 手足が糸で操られているかのような動きで座ったカワチを確認すると、彼女も着用している燕尾服を正し、カワチと目を合わせた。


「椅子は気に入ってもらえたかな? では改めて自己紹介をしよう。私の名はアズマ。この世の理を司る機械仕掛けの神の一人。君の自己紹介は結構、既に確認済みさ」


 違和感。

 カワチは、彼女と目を合わせたことで改めて気がついた。どうやら彼女の瞳孔は黒ではなくシアンであったようだ。


 磁力か反重力か、不思議にも椅子は宙に浮いたままカワチを支えている。それに、まるでカワチ自身の質量に合わせるように自ずと高さを変えていた。一切の抵抗を感じないその座り心地は、"浮いている"という表現では物足りないほどだった。


「あの、お尋ねしますが、この場所は一体どのような施設なのでしょうか? 俺は屋上から飛び降りたはずなのですが」


 怪訝。

 カワチは、木漏れ日を抱える森のような落ち着きを醸し出す部屋を眺めながら言う。


「随時質問してもらって結構、その枕詞も不要だ。距離があると淋しいだろう。はぁ、上に立つ者として部下に距離を置かれることは避けなければならないが、早くもそれは失敗してしまった」


 するとアズマは笑みを浮かべた状態でありながらも顔を手で覆い、目を背ける。彼女の頬には、光を反射させながら滴る一滴の涙があった。

 憂慮。

 それを確認したカワチは、状態が悪くならぬようすぐさま謝罪を入れた。アズマはそれを受け入れたようにカワチの方向に向く。

 しかし、彼女の頬には一切の痕跡は無く、目元も覆う前と何も変わっていない。


「廉価の涙はもう尽きたさ。さて、冗談はこの辺りにしておくとして、質問の回答へと戻ろう。此処は彗という宇宙を統べる組織の分枝、"協力"に重きを置き活動する天の川支部だ。我々は"ある条件"に当てはまった人物が死亡した際、その者の魂をこちらに招待させてもらっている。魂だけなら、神隠しにもなりえず、法にも抵触しない。合理的であろう?」


 アズマは社交辞令にしてはやけに上手い微笑みを浮かべながら答えた。その時、磨製石器のように鋭い歯が淡い光に照らされた。


「ある条件というのは?」


 カワチは誘導されるかの如く、そのような質問をした。


「我々の指定した条件、その中でも天の川支部で適用されているもの。それは、『その惑星における宇宙開発の発展に貢献した者』。それが直接だろうと間接だろうと関係は無い。また、年齢、性別、国籍、身分等も一切問わない。例えばそう、敵国に潜入し彼らの施設の情報を自国に報せたことで、彼らの通信を撹乱させる中継衛星の開発に成功。それが遠くに旅立つ有人宇宙探査機と管制を繋ぐ中継器の元となった、という具合にな。ちなみにこれはここに入隊した者の一例だ。良い功績だと思わないか?」


 錯乱。

 カワチは、やけに具体的な例さえも入ってこなかったが、最後の一言は聞こえたため、雑に肯定した。

 なぜカワチに話が入ってこなかったのか、それは、カワチ自身はただ盲目的に働いていたのみ、貢献する余裕なんて持ち合わせていなかった。なぜ自身がここにいるのかから一切理解していなかったのだ。


「……他意の無い心の底から肯定だと受け取っておこう。もう一度説明が必要か?」


「あ、いえ大丈夫です。て言うかそもそもなんで俺なんですか? それだったら望遠鏡を発明したガリレオ博士とか、相対性理論を提唱したアインシュタイン博士だっているじゃないですか」


(しか)と彼らもここに招待したとも。古代ギリシアから君の住んでいた時代までの天文学者、更には君のような一般の者も遍く、な。招待した者の九割九部は後述する選択肢の内の三番目を選んでいた。うーむ、やはり理論というものは素晴らしいな」


 あの学者らとの議論は実に良い経験だった、と言わんばかりに、アズマは目を瞑り頷いている。


 疑念。

 カワチは遂に反射的に出る言葉さえも弾切れを起こした。心当たりが全くないのだ。何せ、彼が大学で研究していた分野は生物学、それも遺伝子に関するものなのだから。宇宙分野に掠ってはいるが、自身の研究が宇宙開発に関わってくるとは、彼には到底想像できなかった。


「投棄されたはずではないのだが、覚えていないのか? 斬新で興味深い研究をしていたはずだ」


 狼狽。

 カワチは首が一回転する勢いで否定した。


「兎にも角にも、覚えていなくとも君がここにいる事実は変わらないさ。本題に戻そう。幼児のような喧嘩をするために君を呼んだ訳では無いからな。君を天の川支部に招待した理由は、そう、天の川支部入隊していただきたい。勿論断ってもらって結構。その場合は全てを忘れ生老病死の地上に戻るか、この世の全てを知った後にこの世界を遊覧する魂となるかは自由。無論、天の川支部を退役した後もこれら二つは選択可能だ」


「うーーーーーーーーーーーーーーーーーん」


 逡巡。

 彼は、自分が巨大な宇宙艦隊を引き連れる艦長となった姿に浪漫を感じつつ、今すぐこの世の全てを知りたいという好奇心も捨てきれずにいた。


「勿論のことではあるが、宇宙艦隊はこの場所には無い。この支部の者達は作成可能な技術力を持っているが、単純に効率が悪いからな。時間もかかる、燃費も悪い、加えて収納する場所もない。そんなもの、アンドロメダ支部しか造らん」


「えっ」


 愕然。

 カワチの気持ちが大きく後者に傾いた。


「人間誰しもそのようなことを考える。公的に我々を確認していない惑星の者たちは特にな。だが、」


 期待。

 アズマがそう発した瞬間、カワチの針は再び中心に戻った。


「魂の器が新たに与えられる。ヒト、いや生物から逸脱した肉体。名は恒護こうご


「おぉ」


 カワチの興味が天の川支部へと傾いた。


「単に生命から逸脱した訳では無いとも。恒護は"物理・情報・空想"に分類される歯車を操作し、」


「おぉ」


「彼らは水素を取り込み核融合を動力源とする。尚、周囲に被害は無い」


「おぉ! 凄いですね」


「忘れることなかれ、この施設は宇宙を統べる組織の分枝。天の川支部に入隊した暁には、現状七つの星を散策することや、住人と交流することも可能となる」


「えー、いいなぁ。でもなぁ、うーん」


「……なんと痛覚は無い」


「え、マジすか!? なります!」


 興奮。

 カワチはその特徴に今日で最も食いついた。余程痛みというものが嫌いだったのだろう。


「穢れなき見事な意志だ。そういってもらえて嬉しいよ。だが、君の思う以上に、そう簡単に就けるものではない。恒護は各星につき一人のみ、一般の職員ではない特別な存在にして重要な役だ。大量に居ては困る。況や能無き者においてをや。そこでだ」


 アズマはカワチに冷たい視線を向ける。軽く昂った彼を抑える為だろう。


「黎明は不確かだ。いつ訪れるかは分からない。だが存在を確認することは可能である。故に、君には試験を受けてもらう。しかし、試験とは言っても知識や技術を問う訳では無い。これを飲み込む、ただそれだけだ」


 アズマの指す方向を見ると机の上には、初めからそこにあるかのように透明な筒が置いてあった。その筒には炎の揺らめく球体が入っている。大きさは飴玉よりも小さいが、煌々と光り輝いている。全く慎ましくない筒だ。しかし驚くべきところはそこではなかった。


「これは? 」


「万里の果てに輝く闇夜の灯火。君たち地球の民にとっての命綱。太陽、その欠片さ」


 困惑。

 カワチは目の前が暗くなった。なぜ欠片が取り出せているのか、なぜ重力が弱いのに形を保てているのか、疑問点が数多く湧き上がった。それらが絡みつき、今にも頭が毛玉にならんとしている。


「納得できないのも分かるが、まぁ待て。順当に説明するとも」


 アズマは筒を手に取って言う。


「爛々と輝く星がどのようにその形を保っているのか、君は勿論知っていることだろう。一言で表せば星の持つ強大な重力と核融合による反発力が釣り合うからだ。だがこれは私の仲間……という程の仲ではないか。まぁ私の同僚、即ち機械仕掛けの神の協力により採取、維持されたもの。即ち、核融合は既に停止しているが、保っている熱量は本物だ。持ってみるといい。融解したタングステンを持ち運ぶことさえ可能とされる、この最高の断熱性と耐久性を持った筒でさえこの熱さだ。それが本当かどうかについては差し置いてな」


 筒はいつの間にか机の上に戻っている。カワチはそれを、自販機の下にある硬貨を取り出すようにゆっくりと持った。


「あっつ!」


 筒が勢いよく手から飛び出した。見事に机の上で着地した筒は、中身を揺らしながら周囲照らしている。あの小ささでこの熱量、間違いなく本物だ。


「中にこれを取り込み、核とすることで力の源を作り出す。要するにこれを取り込まなければ、入隊以前の問題というわけだ。しかし、恒護になれば痛覚を感じないが、今の君にはまだそれが残っている。寧ろ、敢えて残している」


 カワチは説明に理解が追いつかなかった。だが、こっそりと自身の手を抓って分かった、加えて筒を手に取って確信したのはただ一つ、"これ"を飲み込めば太陽の熱さを直接感じるということ。


「言わずとも理解してもらえたのであれば光栄だ。この試験で試すことはただ一つ、精神性。恒護の任務には苛烈なものが含まれる。受け入れ難い現実を受け入れなければならない時が来る。立ち向かわなければならない相手が現れることがある。支援金は出るが、恒護に対し給料は出ない。感謝をしない者も、時には排斥する組織も存在する」


 アズマは、カワチの目をしっかりと見つめて続ける。


「中でも天の川支部は、警察や消防隊のようにどこかに属している訳ではない、文明とは独立した組織。即ち永久に中立の立場を取り続ける組織だ。仲間だと胸を張って言える者は、天の川支部に所属する恒護及び職員のみ。それ故、以前は協力者として行動した人々と敵対しなければならないこともある。それらに耐えられぬ者は天の川支部に必要無い。思うに、君が以前勤めていた企業よりも辛いだろう。それと、辞退する場合はその扉から出るといい。君のより良い未来を願っているよ」


 アズマは、立てた二本の指を自身の両目に向け、その後それをカワチにも向けた。


 カワチは、部屋が一瞬絶対零度に凍てついたように感じた。気がつけばアズマは目の前から姿を消している。急速に劣化した部屋に一人取り残されたカワチは、筒に入れられた弱々しい太陽を見つめた。


 しかしカワチは軽く胸を躍らせていた。

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[良い点] 話がすらすらと進んだことですネ。 [気になる点] 太陽の欠片の味ってどんな味なんでしょうか。実物を食べたことが無いので気になりますネ。 [一言] 面白かったぁ......クソみたいな感想を…
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