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機械仕掛けの宙を廻りて  作者: ドフォー/QSO
第2章【蛇蝎の如く】
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第14話【陽動作戦:後編】

 ローゼンは太古の光に通じる道を一瞬にして通り過ぎ、曲がり角から曲がり角へと迅速に駆け抜けていた。彼女の能力は蟲孔操作、縁が黄色く染まった歯車型のワームホールを自在に設置するものである。その甲斐により、ものの数秒でカイの入院している病棟に到着した。


「ローゼンです! お迎えに上がりました!」


 飛び込むように玄関に入った彼女の前には、既に準備を済ませた病院関係者が集合していた。


「全員いらっしゃるか確認させていただきます」


 ローゼンは持っていた名簿で点呼をとりながら照合した。全員集まっていることを確認したローゼンは深々と頭を下げた。


「この度はご協力していただき、心より感謝申し上げます。それでは指定の避難所へと移送させていただきます」


 ローゼンは玄関前に巨大なワームホールを設置した。その円の先にはこの地帯で使われている避難所が映し出されている。


「説明は省略させていただきます。それでは順番にお通りください」


 関係者たちはワームホールを興味深そうに眺めながら次々と通り始めた。


「ではカイさん、ゆっくりと行きましょうね」


 看護師の一人がカイの座っている車椅子を後ろから押した。すると、突然カイが身を震わせ叫んだ。


「嫌! 通りたくない! あの時見たことあるの!」


 カイはご老人とは思えないような力で車椅子にブレーキを掛けた。


「あああの、ローゼンさん。少し協力していただいても……」


 ローゼンはカイを宥めながらブレーキを戻した。流石は恒護、人間よりも力が強い。しかし、いとも容易くブレーキを緩められたのはもうひとつの要因があった。

 カイはローゼンを鋭く睨みつけて呟いた。


「ローゼン……」


 ローゼンは目を丸くして見つめ返した。


「あなたエクスロテータのスパイでしょ。知ってるからね! アイツらも同じの使ってたんだから! お父さんとお母さんを返してよ!」


 ローゼンは急いで手を離して退いた。カイは今にも掴みかかろうと車椅子の上で暴れている。


「すみませんローゼンさん、少し過去に色々あったらしいんですよ。お怪我はありませんか?」


「あ、いえ、私は大丈夫です…… これ以上はカイさんのためにも付き添わない方が良さそうですね…… すみません、お先に戻ります」


 玄関を急いで去ったローゼンに、看護師は大声でお礼を言った。

 ローゼンはワームホールを設置し、すぐさま太古の光に通じるトンネルの前にたどり着いた。簡単に言えば、黄色い歯車の周りを回転する青い歯車に場所を登録しておけば直接到着することが可能なのだ。


「皆さんただいま戻りました。ご無……事……」


 惨状、血の海、穴だらけの通路。ローゼンは目を擦った。頬を叩いた。しかし視界は変わらなかった。首が抉られ、赤い前掛けのようになっている者や背中と後頭部が接触している者。


「え、あ、ハハ……」


 ローゼンは引き攣った笑顔で辺りを歩き回った。捕らえたはずのC-媒介者やC-狩猟者、アルファでさえも姿を消している。太古の光へと通じるトンネルはバリケードが完全に破壊されていた。


「チョウトさん? アオさん? ヒョウさん? マシさん? カンさん?」


 ローゼンは職員の名前を呼んでいく。しかし返事は無い。


「業務中にかくれんぼは……ダメじゃないですか……」


 ローゼンの足は止まり、膝が崩れ落ちた。


「わた……私が一瞬目を離した隙に……何が…… 私のせい? 私の――」


「ローゼン部門長」


 彼女の背後から一言。窶れた顔で振り向くと、そこにはマシが立っていた。彼は右腕と左耳、右の脇腹を失った状態であった。


「ローゼン部門長、作戦は失敗です。あなたが仰った通り我々では敵わなかったです。私もたった一発しか弾を当てられませんでした。お恥ずかしい限りです。最後に、これは誰のせいでも無い事だけは伝えておきます。私たちは、星となりあなたを見守っていますよ」


 マシはそのまま倒れた。

 ローゼンは慟哭し、地面を何度も叩いた。自分がこの場所を離れたという後悔、例え自分自身がいたとしても守れたのかという懐疑。様々な感情が彼女の中を這いずり回った。彼女は扇を何度も展開し、二本の折りたたみナイフへと変化させた。そのナイフで自身の腿を何度も刺した。落ち着いたような真紅の髪は、黒く染まりあがっている。


 チョウトを守るようにして死んでいるヒョウとカン。トンネルの前にはアオにより丁寧に手入れされた古い銃が転がっている。職員は少なくとも善戦した跡は残っているが、勝ち筋を一切見せないような圧倒的な力でねじ伏せられたようだ。


 ローゼン自身、安い気持ちでここに臨んだわけではない。天の川支部に勤めて幾星霜、職員の死には何度も立ち会った。数人失うことも覚悟の上だった。だが、強さと努力を知り、信頼を置いた職員が尽く殺されるのには到底耐えられなかったのだ。


 何度も何度も突き刺し、最早原型さえも残らないほどズタズタになるまで突き刺していた手が硬く止まった。動かそうとしても空中に固定されたように止まっている。


「辞めてください、ローゼンさん。気持ちはわかりますが、まずは守ることが大切です。ローゼンが無事だっただけでも僕は嬉しいですよ」


 彼女の腕を握っていたのはスノウだった。その奥にはヘリオスも目を瞑りながら歩いてきている。


「ヘリオスさん、犠牲となった方々に申し訳ないですがまだ目を開けない方が身のためです」


「すみません! スノウさんをこの戦いに参加させないという依頼を受けましたが、俺、いや私にも看過できない事態が起こり、この依頼を破棄するという判断をさせて頂きました。非常に厚かましい限りではありますが、アフィンさんにはこのことを伝達しないで頂きたいです」


 ヘリオスはローゼンのいる方向へと頭を下げた。


「ということでローゼンさん、僕と一緒にエクスロテータを破壊しましょうか!」


 スノウは今までに無い爽やかな声で言いながら、ローゼンに手を差し伸べた。


☆☆☆


「ヘリオスさん、僕に何か隠してますよね」


 ヘリオスは完全に黙りこくった。己の行動を思い返してみても、様子がおかしいのは自明だ。完全なる錯乱状態。ヘリオスは絡まった頭の中から言葉を捻り出した。


「君も俺に隠してることがあると思うけど」


 悪手だ。スノウも思わぬ返答で黙ってしまった。


「……というと?」


「ほら、仮面のこととか、なんか色々」


 スノウは納得したような声を出して腕を組んだ。


「別に言って死ぬようなことでは無いのでいいですが、これ話したら喋ってくれますよね?」


 ヘリオスは力強く胸を叩き肯定する。しかし彼は、このまま喋らせて忘れてくれることを願ったり、話した後にどこかへと連れ出したりできないかと考えていた。


「まぁ昔話とか恨み言になるので長々とは喋りませんが。そうですね、まずはエクスロテータとクリースの関係について話しましょうか」


 スノウは装置にもたれかかり、話を始める。


「これは国家関係なくクリース人の誰もが教科書で習う内容であり、今後一切風化しない歴史です。百年以上前、クリースは一般に中世と呼ばれるような時代でした。電気はありましたが整っておらず、光源は基本的に火の時代です。そんなある日、火なんて暗闇同然となるほどの光がとある地域の空を覆いました。ヘリオスさんも知っての通り、恒星スノーは赤色巨星で赤色の光しか出さないので空が真っ黒なんですよ。そんな黒天をも照らし尽くす光が突然現れたということです」


「なんかカッコイイね」


 ヘリオスは純粋な感想を言った。スノウはそれに対して少し照れながら話を続けた。


「それは巨大な建物であり、我々も簡単には切り倒……ケホン、大きな樹木も踏み潰しながら着陸しました。そこからは次々と姿かたちが似た人々が現れました。しかし言葉は分かりません。すると彼らはとある動物を送り込んだらしいのです。金属でできた四つん這いの動物、恐らくC-狩猟者という機械兵でしょう。それに攻撃しようとした大人は勿論のこと、好奇心から近づいた子供まで殺したらしいのです。これがクリースがエクスロテータによって植民地化される最初の事件でした」


「え、植民地だったの?」


 ヘリオスは驚きが隠せなかった。天星間則や要項が完全に頭に入っている訳では無いが、彼の頭にはどことない違和感があったのだ。


「はい、今では惑星の所有権を得るためには色々天の川支部による調査やら手続きやらがいるのですが、当時は直前の調査が行われませんでした。クリースは赤色巨星の惑星であるため生命が居ないという先入観があったんじゃないかと思っています。前任だか前々任だか分かりせんがその時の天の川支部の人達は何してたんですかねほんと。あ、すみません愚痴になってしまいました」


 形式上ではあるが、スノウは大きく深呼吸をして気分を落ち着かせた。


「僕は植民地化されている時に産まれました。その時はまだ比較的平穏でしたね。皆もエクスロテータが送り込んだ機械兵の扱いとか支配方法とかにも意識付いていたのでしょう。当時の世代が入れ代わり、生活の常識も変化したのだと思います。僕もその一人で、それ以外の生活は想像できませんでした。しかし依然として指定された作物や道具を作り輸出するだけの仕事。森林も野生動物も奴らが求めるままに数を減らしていきました。遊び場だった雑木林が次の日になると更地になってたのは今でも記憶に残ってます」


 スノウは取り出した二股のナイフを回しながら語り続ける。


「ある時、一人の男性がC-偵察者という監視する機械兵を破壊しました。勿論そんなことをしたら殺されることはみんな分かってます。隣人が誤って農業道具で壊してしまった瞬間、天空に連れ去られたこともありました。しかし今回だけはみんなの様子が違いました。その男性の破壊を皮切りに大人たちが連鎖的に機械兵へ攻撃を始めたのです。それが独立戦争の始まりでしたね。そこから色々あって天の川支部が参戦して無事独立できた、というのがクリースとエクスロテータの断ち切れない因縁です。クリース人にはそれのことをよく思っている人は滅多にいません。僕もそれを滅ぼせるのならばこの身が消えても構わないと思ってます」


 スノウは丁寧な口調を続けているが、殺気は隠せていなかった。ナイフを強く握り締め、顔は一切動いていない。ヘリオスの目からも黒いものが見えていた。


「しかしエクスロテータは狡猾にも被害者ヅラをしました。当時は、というか今もエクスロテータの評価は全体的には良好です。殺戮兵器として僕らに襲いかかった機械兵共は外向きには産業機械や護衛として売り出しています。どこにも真似出来ない優れた技術力で多くの企業圧倒し、その機械のロゴを知らぬ者は赤ちゃんを除いていないほどです。そんな信頼を持つ者がこんなことを言えばどうなると思いますか?」


 スノウが仮面を掴み、ゆっくりと外した。その下からは中心で赤く輝くたった一つの瞳をあしらった顔が現れた。


「『一つ目の化け物共に襲われた。』独立戦争が始まった直後、すぐさまこのようなことを唱えたようです。単眼の種族は僕らクリース人しかいません。こんな特徴的な人種が居たら即刻差別や排斥の的ですよ。特にご老人は単眼を忌み嫌うことが多いですね。単眼を忌み物として加えた宗教もあると噂で聞きました。だからクリース人は仮面を着けるようになりました。天の川支部とクリースが契約した当初、差別の対象になってることなんて知らない訳ですから初めて異星に足を踏み入れたクリース人が帰ってこなくなったこともありました。天の川支部の助けで、隠れ住んでたのを見つけ出して帰還させることはできましたけどね。その事件から数十年、今は差別ダメムードですし、幸運にもクリースを名乗るのは契約してからなので単眼=クリース人とはなってないようで仮面を外すことはできますが、今は慣習としてみんな付けています。一時期流行になったこともありました」


 スノウは物憂げな微笑みを見せながら仮面を戻した。


「……嫌な記憶を思い出させたのならすみませんでした……」


 ヘリオスは頭を下げながら謝罪をした。この時、ヘリオスの胸に何か轟くものがあった。


「いえ、思い出そうが忘れていようが奴らに対する恨みは変わりませんよ、ハハハ」


 スノウは場を和まそうと冗談交じりのつもりで言ったのか、軽く笑った。しかしその笑い声は乾いていた。


「さて、長々と僕だけ喋っていたので次はヘリオスさんの番ですね」


 スノウはスイッチを切りかえたように聴く体制へと入った。ヘリオスはどうやって話すか、どう話をまとめるかと考えていた。逃げ出すことも話を逸らすこともできない。穏やかに話を終わらすためにはどうするべきか、ヘリオスは頭を抱えた。

 その時、ガシャンと軽い音が響き渡った。そして発生源はすぐさま粉砕された。


「C-狩猟者……」


 スノウが投げたナイフはそれを貫き内部から破壊したのだ。スノウはナイフの柄から伸びる赤い紐を引っ張り、素早く回収した。


「ヘリオスさん、着いてきてください……」


 スノウは震える声で言う。ヘリオスは力の抜けた走りで、スノウの後を追った。


 スノウは森に足を踏み入れる。ヘリオスも数秒遅れて到着した。ヘリオスは恐る恐る森の中を進むも、最初来た時に感じた異常な程に沸きあがる好奇心が無いことに気がついた。


「恐らくどこかでパンクしているか、機能が破壊されたのでしょう」


 スノウはC-狩猟者を一撃で粉砕したナイフを構えながら周辺を警戒する。これではどちらが狩猟者か分からない。


「そこ」


 スノウは再び超高速でナイフを飛ばした。しかし、ナイフは何も貫かぬまま戻ってきた。

 スノウはゆっくりとナイフの進行方向へと歩き出す。


「ヒェッ」


 力の無い声が茂みの奥から聞こえた。スノウがかき分けると、奥からクリース国際軍の兵士が現れた。


「国際軍の方がどうしてここに? 何かあったんですか?」


「おおおおおおおお音を立てないで、くくくくくく来る。みんな、やっやや殺られた。喉が、喉を、地下から」


 兵士は完全に気が動転しているようだ。スノウはヘリオスに向かってもう一度落ち着いて話しかけた。


「ヘリオスさん、正直に答えてください。僕は詳しくはわかりませんが少し予想はついています。感情を抑えるように努力もします。お願いします。クリースで何が起こっていますか?」


 ヘリオスは仮面越しでも分かった。スノウは真っ直ぐとヘリオスの目を見つめていたことを。ヘリオスは知っている情報を簡潔にまとめた。


「クリースの地下にエクスロテータの機械が埋まっていました。それが再び起動したという状況です」


「種類は?」


「申し訳ありませんが完全には把握していません。しかし十を超えていたのは確かです。そしてそれらを対処するのに私ともう一人を除いて、全員が出動しました」


 スノウは一拍置いて質問した。


「C-捕食者、細長いものはありましたか?」


 機械兵はほぼ全て地球上の生物であったため、形状はヘリオスの印象に残っていた。


「ありました」


 スノウは一つ、大きなため息をついた。


「それを放置すれば、最悪クリースは植民地時代よりも劣悪な環境になるでしょう。それを止められるのは、自分で言うのもあれですが恐らく僕か……アフィンさんだけでしょう。素早さ、攻撃力、防御力どれをとっても攻撃特化の機械です。その上、痕跡が目立たないことから単騎で活動する巨大な旧型ではなく、複数で活動する小さな新型でしょう。即ち隠密能力と奇襲能力の高さがずば抜けています。天の川支部の職員さんや国際軍の兵士さんが優秀とは言え、壊滅するのは時間の問題です。だからヘリオスさん、あなたは僕のサポートをしてください。できますか?」


 ヘリオスは考えた。アフィンから与えられた依頼、スノウを外に出すなということ。それは恐らく、エクスロテータの機械兵が再び活動したことを知れば、愈々スノウはエクスロテータを文字通り破壊してしまうということだろう。さすれば、天の川支部の恒護が正当な理由も無いまま人を殺し、惑星を破壊したということで信頼は地に落ちるだろう。

 しかしスノウの言い分によると、C-捕食者というのはクリースを滅亡させてしまうほどの力を持っている。放置はできない。その上、クリースを守れなかったということで、完全にでは無いにしろ信頼は失うだろう。

 前者はいつにたるか不確定な最悪の未来、後者は直近でほぼ確実に起こる悪い未来。


 ヘリオスは決断した。


「アフィンさんに君を留めておいてくれという依頼を受けていました。アフィンさんもC-捕食者に対抗できるのならば、アフィンさんに任せた方が良いと思います。しかし、君は誰にも負けないと言っていました。だから君に協力します」


「じゃあ、行きましょうか!」


 スノウは活き活きとした声で太古の光の出口へと向かった。トンネルを抜けるとローゼンの率いていた部隊が壊滅した後の景色がスノウの目に飛び込んできた。通路の真ん中にはローゼンがへたり込んでいる。


「案の定…… ヘリオスさん、止まってください。今は僕の能力で貴方の視界を制限しています。あまりエネルギーを消耗したくないので、僕が良いと言うまで目を閉じていてください。では、進みますよ。僕の手を掴んでください」

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