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機械仕掛けの宙を廻りて  作者: ドフォー/QSO
第2章【蛇蝎の如く】
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第12話【防衛開始】

 "太古の光"まで行く道中、ヘリオスとスノウの二人は終始無言だった。今は単純にヘリオスにとって居心地の悪い状況というのもあるが、スノウの醸し出す雰囲気もその要因の一つだろう。

 スノウは一切の脇見もしないただ"太古の光"へと向かうことを主目的に置いた、自分からは絶対に話題を振らないという雰囲気である。

 ヘリオスは、通路の端で山積みにされた段ボールを横目に見ながら進んでいく。


 通行止めバリケード、鉄格子、石壁、土嚢の山、あらゆるものが阻む地下通路。スノウはそれらを慣れた手つきで解体修復を繰り返しながら突き進んでいく。ヘリオスは罪悪感を抱きながら彼女について行った。

 それらを超えた先のトンネルで四つの足音が縦横無尽に反響する。最奥にある光が彼らに向かって徐々に近づいてきた。


「ここって地下だよね」


 唐突に景色が変わった。

 角を曲がった、照明が点灯した、扉を開けた、そんなものでは無い。まるでその場所に迷い込んだかのような感覚がヘリオスを襲った。


 その場所は非常に落ち着いており、思わず両膝を着いてしまうほどの神秘性を持っている。

 久しく見ていなかった緑が彼らを出迎えた。大きな広葉樹が穏やかに手を振っている。小さな低木が抱きつかんとするばかりに枝を拡げている。太陽光のような白色光が彼ら樹木を穏やかに包み込んでいる。

 軟弱な者は直ぐにでも懐柔されてしまうだろう。


「ヘリオスさん、ここから先へはただ僕の後を着いてきてください。絶対に離れないようお願いします」


 経験という経験を積んだ執事のように些かの歪みも感じさせない風が、彼らを中に案内し始める。

 このような場所では、空調設備や地下鉄のような高速で動く物体がなければ決して吹くことは無い。ましてや、彼ら二人程度しかおらず、更には自然に等しいこの場所では物理的におかしい。考えられるのは吹き抜けぐらいだろうが、それらしきものをヘリオスは発見できなかった。


 二人は更に風の吹くままに進んだ。土は踏まれるごとに水を滲ませる。地上や地下では一面が鉱石で構成されていためか、ヘリオスは土を踏む感覚に安心感を覚えた。

 樹木が生える範囲は広がるが、密度は変わらず奥まで見通せるほど。未だ誰かの手でも入っているかのような整い具合である。


「本当に綺麗な場所だね。これはお気に入りになるのも無理はないなぁ」


 しかしスノウは無関心な足取りで川を越えていく。


「動物が全く居ないね。鳥のさえずりが聞こえてきてもおかしくないのに」


 土があるということは、微生物はいるのだろう。ヘリオスは川を覗き込んだ。しかし川が流すのは、魚と同じ流線型の葉っぱのみ。


「ヤマメとかいそうだなぁ」


 ヘリオスは少し川の水を触ってその場を後にした。


「ここから空見れたらいいのにね。どうやったら見えるんだろう」


 ヘリオスは上を見上げながら言う。上は樹木で遮られているが、微かな光が漏れているのが分かる。


「凄い、この木樹齢何年なのかな。とんでもなく太い」


 ヘリオスは高く聳える樹木を軽く叩きながら言う。


「この花の形面白いな。庭とかに植えてみたい」


 ヘリオスは逞しく生える草を眺めながら言う。


「この苔可愛いな。もっと近くで見れないかな」


「お、これドングリみたいだな。どれがシイの仲間なんだろ」


「向こうにある岩、風情があっていいな」


「獣道? 何か通ったのかな」


「おぉ、袋みたいな植物だな。中に何かある――服?」


 ヘリオスの視界が真っ暗になった。


 ヘリオスは目を覚ますと、広く何も無い空間に横たわっていた。視界はボヤけ、彼の目からは地平線のように見えていた。辺りは白く、先程までの魅入られるほど美しかった光景とは無縁の空間だ。

 すると、砂が擦れる音が彼に向かって近づいてきた。


「あ、起きましたか。すみません、危なかったので核を貫かせていただきました。応急処置しかしていないので、直ぐにこれを口に入れてください」


 スノウだ。彼女はヘリオスの手に飴のような小さな球を握らせた。ヘリオスは言われた通り、それを口に含んだ。


「ここは?」


 ヘリオスの視界が明瞭になってくる。遠くに緑の壁が見えた。恐らくあれが通ってきた森だろう。


「さっきの場所は"太古の光"ではありません。あれはここに害を与えに来る人を阻むものです。どうやら好奇心を深く刺激して、最終的にあなたが最後に見た植物に消化させるみたいです。だからただ僕に着いてくるよう言ったのですが……思ったよりあなたの好奇心が強いものだったようですね。これは僕の落ち度です、申し訳ありません」


 スノウは、クリースでの謝罪の仕草をした。


「いや、良いよ。俺も制御が利かなかったのが悪いし。それよりあのボヤっと見える光がその"太古の光"だよね」


 ヘリオスはこの空間の中心にある装置のようなものを指さしながら言う。


「えぇ、そうです。ですが、あれのことは一切分かりません。何せさっきの森のせいでこれに興味を持った人が立ち入れないので」


 スノウはスタスタとその装置へと向かっていった。ヘリオスも今度こそ置いていかれまいと、彼女の横を歩いた。


「これはクリースのほぼ全員が不思議に思っている代物です。この装置を削った欠片とか、この辺りの砂とかを持ち帰ったクソガキがいたんですよ。一応この場所はクリース人のほとんどが信仰する宗教の聖地なんですけどね。しかしまぁそれを研究すると、なんとクリースのヒトよりも古いことが分かったんです。それ以来、これは"太古の光"と呼ばれています。あ、ちなみに今そのクソガキは服と欠片だけ残して行方不明だそうです」


 太古の光と呼ばれる装置は以外にも小さく、ヘリオスの身長より少し上程度であった。恐らく地下に埋まっているのだろう。装置の上で棒と輪がそれぞれ別方向に回転しており、その中心で淡い光がヘリオス達の影を作っている。


「そして、見ての通りこの場所に人は滅多に来ません。そして音もあまり響かないので、瞑想や秘密の相談などをするのに打って付けなんです。なので、僕の思い通りに動いてくれたあなたに単刀直入に聞きます。ヘリオスさん、あなた僕に何か隠してますよね」


☆☆☆☆


『それぞれから頂いた情報を元に作成したレポートを、アイスクリーン経由でお送りさせて頂きました。ご確認の程、よろしくお願い致します』


『ありがとう。まさか今の技術力がある中で手で写すとは思わなかったけど助かるよ』


 ローゼンは各恒護に、エクスロテータの機械兵に関する情報を送信していたようだ。

 通信部門、ローゼン。彼女は"太古の光"へと配属されている。


「ローゼンさん、少しお時間いただけますか?」


 クリースの国際軍に所属する隊員の一人が彼女に声をかけた。


「どうかされましたか?」


 隊員はトンネルの前に設置されたバリケードを指さす。


「恐らく太古の光内部に誰か侵入したと考えられます。見ての通り、このバリケードは斜め後方にズレていますので」


「風で移動したという可能性は?」


 ローゼンは周辺を見回しながら言う。


「ここは風が吹きません。トンネルはブロックで閉鎖されていますし、この地下道もそのような設計はされていません。それにこれを設置した者は非常に几帳面なものでこのようなズレは設置後だと断定できます。他の証拠も色々あります」


 後ろから現れた太古の光担当指揮官は、一部分に隙間があるブロック塀や、よじ登ったような砂の跡が残る鉄格子を見せながら説明した。


「分かりました。逃げ遅れた、もしくは迷い込んだ民間人の可能性があるとして報告しておきます。クリース国際軍の方々は救助が可能であれば準備をお願いします。我々天の川支部は従来の作戦通り、機械兵の迎撃・捕獲を行います」


 ローゼンの背後には白兵武器や銃火器を担いだ様々な種族の者たちがいた。天の川支部所属の職員だ。

 クリース国際軍、改め救助隊はトンネル入口付近で装備を整え始める。


「分かりました。ご存知の通り、ここ太古の光にはあの悪名高いC-捕食者が埋まっている可能性が高いです。くれぐれもお気をつけて」


 そう言って太古の光担当指揮官は、クリース国際軍の隊員を引き連れトンネルに入っていった。


「機械兵の反応はここ周辺であり、太古の光内部では確認されていないようです。そして太古の光はクリースにとって重要なもの、みんなで守りましょう! 私は無事守りきった暁には私はドラマを見ます、純愛のやつ!」


 ローゼンはそう言って鈍色の扇を高々に掲げた。それに呼応し職員も終了後に行うことを次々と言う。


「みんな太古の光に埋まっているとされる機械兵は把握しましたね? それでは、整列!」


 ローゼンはけたたましい風きり音を立てながら扇を前に突き出した。職員はトンネルに繋がる通路の端に寄り、武器を構える。

 機械兵はまるで太古の光へと攻め入ることを想定したのか、この通路の下からそれらの反応が出ている。


 地面に亀裂が入り、黒に映える純白の筐体が姿を現す。天の川支部との契約星出身ならば、一度は見た事のあるロゴと共に。


 C-狩猟者、C-媒介者。


 戦闘開始の銃声が鳴り響く。


☆☆☆☆


「戦闘の状況は」


 フェアドレングの唸るような声がテント全体を揺らす。


「現在出動している小銃小隊、全体四十七名の内、負傷者七名、行方不明者三名、精神異常を発症した隊員が四名。退避した隊員によると、射撃は不適切とのことです。現在小銃小隊全体に撤退命令を下した為、全員戻り次第に短刀小隊を出動させる予定です」


「把握した。天の川支部職員に加え、私直々に向かおう。幸い私の隊は白兵武器が専門なのでな」


 右手をポケットに入れたフェアドレングは盾の森の中に向かって鋭い眼光を向けた。


「フェアドレング氏は外交部門所属にして、金融と法務も兼任されているようですが、戦闘に関する心得はあるのでしょうか?」


 盾の森担当指揮官は、アフィンより配布された資料とフェアドレングを交互に見ながら質問した。フェアドレングはゆっくりと目を閉じ、そして再びゆっくりと目を開いた。


「不安なのであれば、私の隊を盾の森担当指揮官に任せても構わない。だが、既に判明している情報があるにも拘らず、自身の隊員に負傷者に行方不明者、果てには精神異常者まで生み出している担当指揮官様に、彼ら隊員のご家族は任してくれるだろうか」


 一寸の間隔まで顔を近づけてきた漆黒のトカゲに臆した指揮官は、ハラハラと資料を落としてしまった。


「私は私なりの指揮で行わさせてもらう。くれぐれも私たちの邪魔はしないでくれ。だが、死者は出していないことに関しては尊敬させて頂こう」


 そう言ってフェアドレングはテントの外に出た。キャンプには宇宙服のような白い防護服を着用した隊員が整列している。


「皆、待たせたな。C-潜伏者は鋭敏に振動を感知する。決して慌てるな。C-包囲者は的確に脅迫し誘導を行う。決して臆するな。C-撹乱者は巧妙に音を模倣する。決して騙されるな。以上だ」


 フェアドレングは左腕を横に素早く伸ばした。緋色に染められた網手袋をつけたような、彼の手の付け根からは細く長く、そして先端が湾曲した棘が現れている。


「続け」


 左腕を前に伸ばし、フェアドレングは盾の森に向かって歩み出す。隊員らも、彼に続いて行進を始めた。


 C-潜伏者、C-包囲者、C-撹乱者。


 戦闘開始。


☆☆☆☆


「いやー冷たいねぇ。流石は極氷原という名前がついてるだけあるねぇ」


 ワカサギ釣りをするかのように、カロリックは氷に小さな穴を開けていた。


「そんな呑気なことしていられませんよ、カロリックさん。もう既に戦闘始まってるんですから」


 天の川支部職員が水中銃を構えながら注意する。


「もー分かってるってぇ。まぁでも助かったなぁ。極氷原担当指揮官の方から先に共同作戦をしないと言ってくれて。私は集団に向いてないからねぇ」


 カロリックは四本の腕で溢れ出た海水を弄りながら言う。


「……先整列してますからね。ほんと自由なんだから」


 その職員は早足に、定位置に戻った。


「よしじゃあそろそろ行こうかな。お待たせーみんな。ちゃんと装備は着けたかな?」


 職員はおしなべて銀に輝くプレートアーマーと、水中銃を装備している。恐らくカロリックが専用に作成したものなのだろう。


「活動している機械兵の説明はー…… みんな真面目だから省略していいかな。寒いしさっさと終わらせたいでしょ。じゃあレッツゴー」


 カロリックの掛け声と共に、職員は海に沿って散らばった。


 C-暗殺者、C-凍結者、C-捕縛者。


 戦闘開始の爆発音と悲鳴が辺りに轟いた。


☆☆☆☆


「ご協力に感謝致します」


「こちらこそよろしくお願いします」


 双方にクリース特有の謝辞の仕草をしている。


「ドゥべーさんの持つ修理技術の高さに関する噂は常々聞いておりました。それがまさかクリース人だったとは驚きです。これでクリース出身の恒護さんは二人になるのでしょうか」


 大陸棚担当指揮官はドゥべーの手を握りながら訊いた。


「いえ、これは親しみやすいかなと見た目を変えたものでして。私の能力は姿を変えるものなので。まぁそれがなんと、おかしなことに実は本来の姿は私自身覚えていないんですよ」


 ドゥべーは海の方角に目線を配りながら返答する。


「変身のしすぎじゃないですか? ハッハッハ。一度どんなものか見せて頂いても?」


 指揮官の穏やかな笑顔が一瞬にして消失し、警戒する野生動物のような険しい顔へと変貌した。


「質問の意図は把握しております。これでどうでしょう」


 ドゥべーの姿は瞬く間に巨大な像へと変化した。指揮官はそれを見て感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。


「実はこれは幻覚の一種なもので実際にこの大きさになっている訳では無いのですが、信用していただいたでしょうか?」


「あぁ、勿論。しかもこの像を選択したということは非常に優れたセンスの持ち主であることが窺えます。ここクリースの神話における最高神である守護の神とは。ドゥべーさんは我々の勝利と安寧の鍵となって下さるでしょう。是非ともよろしくお願い致します」


 指揮官は深々と頭を下げながら謝辞の仕草をとった。


「ありがとうございます。では私は小隊の方に合流させて頂きますので、ここでお暇します。くれぐれもお気をつけて」


 ドゥべーは基地の敷地を抜け、隊員の待機している場所へと向かった。


「ここで発見された機械兵はC-浸透者、C-追跡者、C-妨害者の三種。恐らくエクスロテータの想定としては、C-妨害者で通信を妨害し、外部や無線機などでの連絡を遮断する。そしてC-浸透者が紛れたり変装したりすることで、根幹の破壊や疑心暗鬼を誘発する。そしてC-追跡者が、疲弊した人々を蹂躙するというながれだと考えられます」


 言い終わると同時にドゥべーは胸にかけているペンダントを手に取った。それを見た隊員も自身の首にかけているペンダントを見た。


「これは複雑な機構で作られたオルゴールです。骨伝導で君たちには私の声と同時に曲が流れていると思いますが、絶対にこれ以外の音は信用してはなりません。一緒に呑み交わした仲間であろうと、鉢合わせても無視してください。内部崩壊が目的ならば、元々関係を持たなければ良い、それだけです。分かりましたか?」


 隊員は威勢の良い声で返事をした。


 C-浸透者、C-追跡者、C-妨害者。


 遠方で、戦闘開始の迫撃砲の音が鳴り響く。


☆☆☆☆


「あー、登山客か? ここは離れた方がいいっすよ。時期に戦場になるからよ」


 ゼセルは老翁のような腰の曲がりをしながらテントの前に立っている女性に助言をした。


「登山客じゃなくてドロンルス山担当指揮官なんですけど……」


「こりゃスマン、間違えた。頑張れよ。はぁー、全く急勾配が過ぎんだよなぁ」


 ゼセルは弓を杖代わりにしながら砂利で覆われた坂を登っていた。


「えっ、ちょっと! もっと作戦会議とかないんですか!?」


「俺は後衛だ。俺はただただC-襲撃者の攻撃を妨害するのみ。そんな奴に作戦なんかあるわけねェだろ。俺んとこ配属の職員は好きに使え、そこに整列させてるからよ。じゃーな、死ぬなよー」


 ゼセルは険しい山に対して再びグチグチと文句を言いながら、峠の先に消えていった。ドロンルス山担当指揮官はその様子を唖然と眺めていた。


「あー、とりあえずゼセルさん所属の職員さんはこのテントの中で資料を読んでから合流していただけたらなと思います。我々は既に交戦しているため、先に向かわさせていただきます。ではご武運を」


 サーベルを抜いた担当指揮官は、交戦している小隊へと合流しに向かった。


 C-襲撃者、C-隠密者、C-偵察者。


 上空で戦闘開始のソニックブームが轟いた。


☆☆☆☆


『それぞれから頂いた情報を元に作成したレポートを、アイスクリーン経由でお送りさせて頂きました。ご確認の程、よろしくお願い致します』


『ありがとう。まさか今の技術力がある中で手で写すとは思わなかったけど助かるよ』


 アフィンはテントの中で黙々と紙に情報をまとめていた。その目は紙ではなく、紙と目の間にある空間を見ているようだった。


「ありがとうございます、アフィンさん。我々の持っている情報には無い機械兵の出没は予想外でした」


「いや、構わないよ。寧ろ協力を要請してくれたことに私が感謝したいほどだ。エクスロテータの機械兵は私が把握できない水準まで進化している。それらを没収し技術を解明できれば、元来の君たちを守るための技術として利用できるはずだ」


 アフィンは機械兵に関する資料を既に全て書きあげており、もう配布も完了したようだ。アフィンは、トリースド砂漠に埋まっていると考えられる機械兵の情報を見つめ、対抗策を別の紙に書きながら考えているようだ。


「……やはりアフィンさんはエクスロテータに関してご存知なのですね。手の小指がやけに大きいこと、あの槍。それにアフィンという単語はエクスロテータの共通言語で"日"だった気がします」


 ランロン指揮官は、ペンを持ったアフィンの手を仮面越しに静かに見つめていた。


「その手袋を取ればエクスロテータ人の特徴である、猿の尾のようにしなやかな第6指、鞭指が出てくるのではないですか?」


 アフィンの手が止まる。


「あぁ、その通りだ。私はエクスロテータ出身だ。君たちが被害者としてエクスロテータを憎むように、私も加害者としてエクスロテータを憎んでいる。私は、いや我々は産業用機械としてあの機械兵を作らされていた。現に様々な星の工事現場でも、撮影でも、運送でも見かけることの多い純白の特徴的な外観とロゴ。私はそれらが――」


「落ち着いてください、アフィンさん」


 ランロン指揮官は、机を叩きかけていたアフィンを静止させた。


「あなたが言おうとしていることは分かります。いつも目立つのは外観です。あの清らかな純白が鮮血に染まるとは誰も想像しません」


 ランロン指揮官はテントの幕を少し上げ、外の様子を確認した。しかし、外は相変わらず結晶煌めく黒い岩石砂漠である。


「ですが、想像できないと決めつけるは違いますよ。私の爺さんはエクスロテータに惨殺されたようです。当時はクリースは天の川支部に契約していなかった。エクスロテータは巧みな報告で、天の川支部を撹乱し介入させなかったそうですね」


 ランロンは、アフィンの対面に座った。アフィンは俯いたままである。


「私はエクスロテータを憎んでいます。単独の国家・中央集権・独裁政治、あの星に良心があるとは想像できません。しかし、良心がないとは決めつけていません。民全員があの政治に賛成し、協力しているとは思っていません。現に貴方がいるじゃないですか」


 ランロンは、アフィンの書き写していた資料を眺めている。


「C-停止者、この場所で戦うことになる機械兵ですね。私はこれを知っています。外向きは害獣対策でしたね。しかしあの時代、七十年以上前のクリース植民地時代、これにより多数の犠牲者が出たようです。生き残った者も完治せず、重い記憶障害などを患っているのだとか。そんな機械兵の対抗策をあなたはそんな小さな字で三行以上書いてくださっているじゃないですか。それに私の素人目で見ても非常に理にかなっていると伺えます」


 アフィンはペンを強く握っている。


「あなたが根回しをされている時に出会った指揮官。総長であるあなたがエクスロテータ人だと勘づいて、天の川支部のことを快く思っていない人も少なからずいます。しかし私はあなたを信頼します。外見がエクスロテータ人だろうが関係ありませんよ」


 アフィンの持っていたペンが折れた。


「すまない、私は褒められるのが少し苦手なんだ。落ち着けるよう、外の風に当たってくる」


 そう言い、アフィンはフラフラとテントを出て行った。

 黒天に揺らめく赤い恒星スノーが照りつける砂漠の中央、アフィンは槍に体を預けて項垂れている。


「気持ちが悪い、吐き気がする、虫唾が走る。他人の心に期待してはいけない。あの青年を裏切ってはいけない。私をエクスロテータ人として蔑んでくれ。ただの協力相手として関わってくれ。一人にしてくれ」


 アフィンはテントから遠く離れた場所で、地面に向かってブツブツと呟いている。しかし突然、アフィンは顔を上げた。


「はっ、ヘリオス」


 アフィンはすぐさまヘリオスに向かって通信を試みた。


『ヘリオス、トリースド砂漠、ドロンルス山、極氷原、盾の森、臨海部のクリース国際軍基地、太古の光にはスノウを近づけないでほしい。それだけは絶対に守ってくれると嬉しい。ヘリオス? 聞こえてる?』


 アフィンは低くしゃがみ込んだ。


「通信が届かない。まずい。あの出来事が私の心を抑えるのなら、スノウの場合は押し上げる。どっちに行く? ランロン指揮官たちを守るか、ヘリオスらを探しに行くか」


 その時、地面に巨大な亀裂が走った。轟音と共に迫り上がる山のように巨大な純白の筐体と、それを守るように乗っている複数の機械兵。亀裂と巨大な機械兵との隙間から数多の小さな機体が染み出してきている。


「よりにもよって今か……」


 アフィンを覆うように影を落とす機械兵。


 C-補給者、C-代理者、C-停止者。


 戦闘開始の衝撃音が鳴り響く。

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