第10話【動揺】
「また暇になってしまった」
ヘリオスは綺麗になった大部屋を通って倉庫へと入った。暇になったらすることはただ一つ。
『ゲームやらせてくれー、ゼセルー』
鈍重な扉を抜け、目の前にいる仮想ゼセルに話しかける。ヘリオスは知っていた。理操機や通信機等を貰う際にゼセルがいくつかの端末を持っていたことを。それを触るのが今のヘリオスにとっての目標だった。
ゲームも碌に遊べなかった生前、今となっては好きな時に好きなことをできる状態。地球にあるタイトルはできないとは言え、天の川支部と契約した惑星の物はあるであろう。
しかしいつまで経ってもゼセルからの返答は来ない。
「あれ? 失敗したのかな」
次はしっかりと姿形を想像しながら話しかけた。
『ゼセルー、ゲーム触らせてくれって言ってんだー。指一本だけでもいいから頼むよー』
ただ彼の声が縦横無尽に反射するのみ。それにしてもただでさえ静かな基地内が、不気味な程に静まり返っている。
「早く答えてくれよ。声に出すのがダメなのか? ゼセ――」
「うるせぇよ、今それどころじゃねぇんだって。聞こえてっから黙ってろ。あぁもう、なんでアイツら面と向かって話さねぇかな。俺ばっか使いやがって。ローゼンのが適任だろうがよ」
ゼセルが手前から二番目の扉から出てきた。しかし彼は頭痛げな様子で額に手を当てながら倉庫の巨大扉をくぐって出ていってしまった。
ヘリオスは、更に口調の荒くなったゼセルを眺めることしか出来なかった。
先程から二人の様子がおかしいのは、来たばかりのヘリオスにも分かっていた。
ヘリオスは必死にアフィンを探した。総長の彼ならば何かわかるだろうという算段だ。しかしアフィンは気がつけばそこに居り、気がつけば居なくなっている存在。あらゆる部屋を端から探っても見つからない。
加工場で寛いでいたカロリックは、急に入ってきたヘリオスと目が合い驚いた。
「えっ? なに急に、どした?」
「えっあっいや、ローゼンさんもゼセルもどこか様子がおかしいんでアフィンさんを探してるんですよ。何か知りませんか?」
カロリックは視線を右に向けながら回想していたが、彼女にはまだ何も伝わっていない様子だ。
「ありがとうございます、何か分かったらまた教えてください」
そう言ってヘリオスは加工場を後にした。一通りの部屋を見たが、アフィンはいない。それどころか、現状加工場のカロリックと通信室のローゼン以外は誰もこの基地には確認できない。
護衛部門であるスノウならば何かしらの情報を得ているだろうという微かな希望を抱き、経済管理室へと向かった。スノウはクリースから帰ってきていないため、そこへ向かおうという考えである。ヘリオスはスノウの操作していた通りの装置を探した。
「これをこうすればいいのか?」
しかし通じる兆しが見えない。何度試してもワームホールが開通しないのだ。拒否か、故障か。彼は試しに無作為に選んだ惑星で試した。
「あ、ども」
星間銀行「散光星雲」に訪れていた一般客と目が合った。ヘリオスにとっては他の惑星でも試してみたいところだが、恐らくクリースに対して不開通な原因は自明だろう。
「クリースだけ閉じられてるのかな」
不可解な現象続きにより負荷がかかったのか、ヘリオスは溜息をつきながら大部屋へと戻った。すると、そこにはアフィンが長机に手を付いているではないか。
「聞きたいことがありましてずっと探していたんですよ」
ヘリオスは直ぐに彼へと駆け寄った。
「あぁ、ごめん。ちょっとクリースに行ってて」
「え? さっき行こうとしたんですけど、繋がりませんでしたよ」
ヘリオスは訝しんだ。アフィンもどこか挙動不審になっている、だから何か隠しているのだろうと。
「あぁ、ちょっと面倒事を起こさないためにね。それと皆をここに招集するからそこに座っててくれ」
追求したところで今話してはくれないだろうと考え、ヘリオスは大人しく座った。落ち着かない様子で忙しなく手を動かすアフィンを眺めながら。
暫くするとゾロゾロと人が大部屋に集まってきた。
「はぁ……いずれ決行すると思っていた。"あれら"の性能をお目にかかるのが楽しみだ。なぁ、総長」
喉で何千と反響したような声が会議の幕を開けた。黄色い鬣がよく映える、黒い鱗のトカゲのような男。キッチリとしたスーツの下には立ち上る炎の如き赤い模様が覗いている。
彼に見つめられたアフィンは分かりやすく目を逸らした。
「フェアドレングさぁ、アフィンはあんたみたいに心が冷たく無いんだからやめてあげなってぇ。 ほら、岩に登って陽の光で温めてきな? 鱗黒いんだから早く温まるでしょ」
カロリックは退屈そうに椅子を揺らしながら言った。それに反応したフェアドレングという恒護は、手首の付け根から鋭い何かを生やしながら彼女を睨んだ。
「この状況にまで差別ごっこを持ち込むか、製造部門。周りさえ見れない洞穴生物は、つくづく見下さざるを得ないな。一先ずその"大顎"の切除は仕事を終えてからにしようか」
「ほーら、熱くなれるんだからその熱で心も一緒に温めちゃいなよ」
温厚に見えたカロリックが中傷を並び立てていることにも、協力を掲げている天の川支部内で仲間割れが始まろうとしていることにもヘリオスは面食らっていた。
「アイツら入隊当初から仲悪ぃんだ。双方嫌いな奴はずっと嫌いって質だからな。いつもの事だから安心してろ」
戸惑うヘリオスに対して、ゼセルがそっと耳打ちした。
アフィンは相変わらず俯いて黙っている。ヘリオスは何があったのかゼセルに聞いても、後で発表されるからと何も教えてくれなかった。
目を鋭くさせたフェアドレングが左手首から突き出た長い棘を構え、楽しげなカロリックは黄色く輝く糸が伸びた鈎を手に持っている。今にも一触即発の状況を、誰かの怒号が断ち切った。
「喧しいッ! 時間に厳しい君が遅らせてどうするッ! 君も管轄外だからと悠長にするなッ! アフィン、発表してくれ」
装着しているシャツが張り裂けるような筋肉を着ている男の注意により、二人は武器を収納した。
「ドゥべーさん、感謝致します。では、まだこの情報を伝えていないヘリオスもいることだし、改めて発表する。クリースにて、エクスロテータによる以前より計画されていた侵略攻撃が開始した。現在は実験的なのか、極氷原にてエクスロテータの兵器が地下より出没したという状況――」
ヘリオスが落ち着きが無い様子で手を挙げた。
「えっ、えっ、どういう事ですか? 急にそんなことを言われても……」
「今まで黙っていたのは申し訳ない。スノウと君にはこの情報をわざと一切伝達しなかった。入隊早々この情報を渡されたら、君は混乱で習得すべきこともできなくなるだろう」
ヘリオスは言葉を詰まらせた。来て間もなく星間戦争、彼は心の整理なんぞできないだろう。
「護衛部門に伝えないのは良い判断だ。奴ならエクスロテータを星ごと破壊しかねない。で、経済管理室にあるクリースへのワームホールテレポーターが起動しないのだが、もしやそれを目的に護衛部門をクリースへ隔離しているのか?」
「あぁ、クリースは来るエクスロテータの本軍に対して迎撃する意思を示した。そこで彼女にはクリースの最後の砦となってもらう。彼らは本気だ、私たちにも捌ききれない量の兵を送っているだろう。念の為彼らの兵器を共有しておく」
アフィンが長机を操作すると、様々な機械が次々と空間に映し出されてい。合計十種類、十人十色の性能をしている。しかしヘリオスにとって驚くべきところはそれら機械の姿であった。
カジキやカエル、イヌなど。図鑑を開けばすぐに出てくるような生物の形状であった。
「コイツらに似た生物、地球にいるんですけど」
だが、他全員はそれに困惑の声を上げることは無かった。
「似たフォルムの生き物はこちらにも生息していますね。一部ですけど」
ローゼンが知っている姿をした機械を指さしている。他の恒護も同様の言葉を言った。
ヘリオスは羞恥心により、髪を強く発光させながら俯いた。すると近くより奇怪な音が流れてきた。
「Q pup deew yuty embshmit. D pup ruedhtr hunmit amnity onrure. Sher d pup ruedhtr yuty inherure shoty ereyu inty der tenamnity. D pupup sunt yuty ternerure herst kor tenkikkuty. Shery q pupup sunt yuty qenmerure」
音のする方向を見ると、モップを被ったキタキツネのような人物から発せられていることが分かった。小刻みに震える手を挙げて、ヘリオスを見つめている。何かしらの言語なのだろう。
「あぁ、ヘリオス。このじいちゃんはコンクルンティって言うんだ。この言語の母語話者はコンク爺しかいねぇから翻訳未対応でな。Konkrunty. D pup ruedhtr tennourtyzen inherure.」
ゼセルは流暢な発音でコンクルンティに話しかけた。
「え? なんて言ってたの?」
「『恥ずかしがんな。似た生物がいるってことは、行動とか性質とか知ってるってことだから有利に働くから。』らしい」
雑談の幕開けを察知したアフィンは手を二度叩き、注意を向かせた。
「出動する恒護を発表する。ヘリオス、コンクルンティ、スノウ以外だ。対応する地区はクリース国際軍における各司令官の指示に従ってくれ。以上、各位準備を整えるように」
そうしてヘリオスとコンクルンティ、アフィン以外の恒護は大部屋から出ていった。