表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械仕掛けの宙を廻りて  作者: ドフォー/QSO
第2章【蛇蝎の如く】
10/17

第9話【騒乱の前兆】

「完璧な習得にはおさらいが必要です。定期的にその辺にある無料のパンフレットとかを能力で引き寄せましょう。勿論一般客の迷惑にもなるので、人気(ひとけ)のない時でたまーにするように」


「OK先生」


 紙は複数重なっていることもあり、彼のような能力での精密動作訓練には非常に適している。しかし、摩擦の発生などにより、時折何枚も取ってしまうこともあった。

 スノウは彼の能力や歯車を観察しながら逐一報告している。ヘリオスからはボソボソとしか聞こえなかったが、恐らく総長であるアフィンに対してだろう。


 訓練ばかりしていては、他文化を知る目的でクリースに来た意味が無くなってしまう。そのため、ヘリオスは訓練の合間合間に色々と話題を振ることにした。


「入口のチタン層とかプラスチック層すごいね。地層みたいな感じでオシャレで」


「あれ地層ですよ」


 スノウはなんの不思議にも思っていないという様子を醸し出しながら答えた。ヘリオスは彼女をただ眺めているのみ。彼女の制止の声で我に返ったときには、既にホログラムの服を掛けた支柱に衝突していた。


「えっ、人工物だよね?」


 ヘリオスは倒れた支柱を起こしながら尋ねる。


「いえ、自然物です」


「なんで?」


 ヘリオスの語彙は、混乱と好奇心の渦に呑まれて粉砕されてしまった。


「なんでと言われましても…… 色んなところの科学者が歴史資料も踏まえて検証した結果、この星ができたところ辺りから存在していたらしいです。クリースの自然科学的な所はよく分からないのが多いのであまり力にはなれませんね。案内すると言ったのにこれに関しては申し訳ないです」


 あぁ、とヘリオスは鼻音のようなハッキリとしない音を立てて返事をした。


「あまり深く考えない方がいいですよ。侮辱じゃないですけど、抜きん出た天才でも分からないものを、一般人が解明できるはずが無いので」


 スノウは顎に手を当て黙りこくっていたヘリオスを見て何をしているのか察したようだ。ヘリオスは、左耳から右耳へと杭が貫通したような感覚を覚えながら手を下ろした。


「じゃあこの地下都市はそれを利用したって訳か」


「階層とか階段とかも自然物です。ここに街とかインフラを備え付けただけですね。ちなみに作られ方は分かりません」


 ヘリオスは額に手を当てた。そして、もう地理には触れないよう決心した。


「その仮面ってファッションなの?」


 ヘリオスが道行く人々の顔付近を指の隙間から見ながら尋ねた。一切の例外も無く、皆が皆仮面をつけている。


「これは答えられますね。僕詳しいですよ。この仮面は文化の一つとなっていましてね、服を着るのとほぼ同じです。クリースに産まれ、クリースに育った人は全員これを付けています」


 スノウも自身の仮面を指さしたが、外す素振りは全く見せない。彼女の言った通り、衣服と同等の存在なこともあり外すのには抵抗や羞恥などがあるのだろう。


「クリース人と会談する時とか以外は基本外しませんね。外部の人と接触する時は基本的にアイスクリーン通信技術を用いて仮想空間に移動してから話します」


 その他にも仮面の材料や作り方、ご当地の仮面に18金の仮面など様々な事を得意げに語っている。ヘリオスは微笑みながら要所要所を聞きかじっていた。そこで彼は唯一語られなかったことについて質問した。


「成り立ちについて聞いてもいい?」


 早口で話していたスノウの言葉が途絶えた。みるみる明度が上がっていく彼女の髪に驚いたヘリオスも微笑みが顔から消え失せる。


「……あぁ、それに関しては図書館とかで調べた方が詳しく知れると思います。あ、そうだ。僕のお気に入りの所にでも行きましょうか。結構静かな場所で落ち着けるんですよ」


 スノウは分かりやすく話を逸らした。感情を制御しているのか髪の明度も上がったり下がったりを繰り返している。

 ヘリオスはあの短い文章の中で何か禁句を言ってしまったのかと不安になり、何も口に出さずコクりと首を縦に振った。


 すると、すぐ近くに設置されていた扉が開き、何者かがヨタヨタとスノウに近づいてきた。スノウはその人物を優しく受け止める。


「カイさーん! 外は危ないので一人で行かないでください! あっ、スノウさん。引き止めてくれてありがとうございます」


「いえ、たまたま通りかかっただけなので」


 スノウは扉から続けて出てきた白衣の人物に会釈をした。カイはスノウに抱えられてからずっとサルプという人物を探しているようだった。それをスノウは気にする様子も見せず、カイという女性を白衣の人物に預けた。


「今日もお待ちしております」


「はい。仕事が終わり次第、またお伺いさせていただきます」


 二人はペコペコとお辞儀しながら互いに離れていった。ヘリオスはその光景に顔をしかめながらスノウに着いていく。


「さっきの人は知り合い?」


「えぇ、カイさんは……被災者なんですよ、とある出来事に巻き込まれてしまった。それのせいで記憶とかも曖昧になってしまったので、元々関わりがあった僕が空いてる時間に介抱してる感じです」


 今は行かなくても良いのかとヘリオスが訊いても、病院の看護師が着いていたからと遠慮した。だが彼女は後ろを振り返ったり手を開閉したりと、どことなくソワソワしている様子だ。

 それから察したヘリオスはある程度見て回れたから一旦帰ろうと提案した。


「そうですね。基地の改修……あれは申し訳なかったですが、それも済んだみたいですし、ヘリオスさんもまだ覚えることありますもんね。帰る時は来たのと逆の手順で行えばできます」


 スノウはヘリオスを連れて銀行『散光星雲』へと帰還した。アイスクリーン通信技術による認証のおかげが、散光星雲の事務室への道もすんなりと通れた。そのまま奥へと向かい、一瞬のみ開いたワームホールを通じて天の川支部の基地へと帰ってきた。


「じゃあスノウさん、また次も――やっぱりか。よっぽど行きたかったんだなぁ」


 スノウはヘリオスと一緒には戻っていなかった。


 ここはクリースに数多く存在する病院の内の一つ。スノウはその中の一室で椅子に腰かけていた。


「最近お身体の調子はいかがでしょうか?」


 彼女の目の前には先程の初老の女性が仰向けになりながら窓の外を眺めている。外の景色は結晶煌めく黒い壁天井と会話を楽しむ人々のみ。興味深いものは何一つない。


「やっぱりこうして外を眺めるのもいいけど、歩くのもいいわねぇ」


 カイはアイスクリーン通信技術による仮想空間を使用していないため、映る景色は殺風景なのである。


「昔はよく歩かれたのですか?」


 スノウは限られた情報から会話を続けていく。


「嫌という程お友達と歩いたわ。あぁそうだ、サルプちゃんを探しに行かなくちゃ」


 カイは慌てた様子で起き上がった。だが、足を床に着けてすぐ膝が崩れてしまった。スノウは急いで彼女の下に潜り込み、転ばぬよう受け止める。


「その人は色んな地域を転々としながら活躍しているようですよ。戻ってきたらお伝えします」


 スノウはゆっくりとカイを病床に寝かせながら説得する。カイはそれを聞いて不満げに鼻を鳴らした。


「実は僕、そのサルプさんの事をよく知らないのですが、どんな方か教えてくれますか?」


 スノウはカイの気を紛らわす為に、目的の人物についての話を始めた。


「そうねぇ、優しくて強い子だったわ。キャンプで出会ってね、色々してくれたの。でもおっきなヘビとかが出てきてはぐれちゃったの」


「そうなんですね」


 場所が変わって天の川支部の基地における通信室。ヘリオスはローゼンに通信機などの使い方を実演で指南してもらっていた。


「まとめますと、通信用の機械を使う時は相手と対面で話しているように念じる。理操機収納用の機械を使う時は、それを備え付けた手を鞘として抜刀するような意識でするとできるということです。忘れてしまった場合は、説明書をご覧いただくか私に相談してください」


 ヘリオスの理操機は彼が倒れている時に、既に回収されていたようで何時でも取り出せる状態だ。

 ヘリオスは右手の親指と人差し指で作った円を左手のひらに添えて、勢いよく前に引いた。すると、何かが拡張した感覚と共に巨大な剣がスルスルと現れたのだ。


「おぉすごい」


 ヘリオスは大剣を掲げながら呟いた。


「お次は通信もしてみましょうか。ある程度離れてからでお願いします」


 ローゼンは彼からおよそ十メートル離れたところで手を振り合図した。それを受け取ったヘリオスは、目の前にいるローゼンと会話していると思い込みながら"念じる"。

 通信用の機械と似ているような、しかしどこか違う感覚が頭の中に滲んだ。


『テストテスト』


 そのような単語が列を成して進んで行き、虚空へと通じるトンネルへと消えていく感覚。なんとも不思議でこの機械を使わなければ味わうことの出来ないものであった。

 それを受け取ったローゼンは成功を喜び、ヘリオスに微笑みかけた。のでは無く、酷く驚いている様子だった。彼女は床にへたり込み、口をわなわなと震わせている。


 あまりにも過剰な反応に驚いたヘリオスは、彼女の元へと駆け寄った。


「まずい……まずい……」


 そう言ってローゼンは腕で進みながら通信室の奥へと消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ