第1章 第9話 矜持
「ぁ……ぁ……ぁぁ……」
「……やりすぎたな」
お仕置きをしてから30分ほどが経っただろうか。気づけば廣瀬は白目を剥き、舌を出して痙攣していた。……当然これも計画通り。うん。何にせよこの状況に持っていくつもりだった。とにかく廣瀬のスマホがほしかったのだ。
「どれどれ……」
そう。スマホをしまっている場所を知りたかったんだ。失神している廣瀬のスカートを弄り、ポケットからスマホを取り出す。……だが。
「ロックかかってるな……」
どうやら暗証番号ではないようだが、指紋式でもないらしい。そういえば最近は顔認証とかいうのがデフォルトだったか……? デジタルはよくわからない。だが顔にかざしてもロックが開く感じはない。これはあれか、表情が悪いのか。
「おい、いつまでもアヘってんじゃねぇぞ」
「ぁ……ぁ……」
舌を掴み口内に入れ戻したが、力なく舌が零れ出る。瞼も弄ってみたが黒目はこっちを向いてくれない。廣瀬の顔を好きに弄ること数分。ようやくロックが開き、スマホが使えるようになった。
「えーと浅矢……これか」
浅矢の連絡先を俺のスマホに送り、そのまま廣瀬のスマホでメッセージを送る。
『本命とデートに行くことになったからカラオケ行けないかも! ごめんね!』
以前の会話を元にそれっぽい文章で断りのメッセージを送る。次いで間髪入れず。
『本命が塗絵と一緒にダブルデート行きたいって言ってるんだけどいいかな? 今週末に買い物でもどう?』
『あ、塗絵の彼氏見たことないかも! ツーショットとかある?』
そう送るとしばらくして。
『いいよ』
廣瀬の気を遣った文章とは対照的な短い言葉と共に画像が送られてきた。よくわからん飲み物を頬に当てている浅矢と、その肩を抱いている筋肉質な男。この写真を俺のスマホに送り、そのまま別の人に送信する。すると俺のスマホにそいつから電話がかかってきた。
「もしもし」
「ヘイヘイトージ! ふざけるのもいい加減にしてくれるかい? こんなおままごとに付き合うほど暇じゃないんだ!」
スピーカーから流れてくるのはイライラした少女の声。どうしてこんなに怒っているかは……こいつの性格的にわかっている。
「悪い、クリム。でもこれも仕事なんだ。付き合ってくれよ」
クリム・ベル。それが俺の電話先の相手だ。まぁ偽名だが。
「仕事なら何でもいい、とはならないだろう? ボクを誰だと思っているんだい? 全世界を股にかける名探偵だよ?」
「うるせぇ中学2年生なんだから学校行っとけ」
「はっ。ジャパンの学校教育には魅力を感じないね。均一化と同調圧力に満ちた教育は凡人にはいいんだろうが、天才であるボクの肌には合わないよ」
「少しはコミュニケーション能力を培えって言ってるんだ。俺としかまともにしゃべれないだろ。そんなんじゃ騙されても気づけないぞ」
クリムのイラっとした顔が脳裏に浮かぶ。このクリムという女は有体に言えば安楽椅子探偵という奴だ。とある事件で出会って以来、持ちつ持たれつの関係になっている。探偵能力には興味はないが、こいつの持っているデータとデジタル能力は非常に頼りになる。言うなれば情報屋だ。
「で、あの男の情報知りたいんだけど」
「だから電話してるんだ。あの男の情報なんて君から浅矢塗絵の話を聞いた10分後には判明しているよ。岡村啓介19歳。馬鹿大学に通う大学1年生だ。君はさっさとこの件から身を引きたまえ」
「なに? そんなやばい奴なの?」
「その逆だ。いたって普通の人間。金なんて持っていないし、たいした悪行もしていない。せいぜい未成年飲酒や酒気帯び自転車運転。後は高校生時代にいじめを行っていたみたいだね」
「なんだ、悪人じゃないか。なら騙すのに躊躇はいらないな」
「いい加減にしたまえ!」
一層強い怒りが耳に響く。言いたいことはわかってるからやめてほしいんだけどな……。
「ボクは君に惚れこんでいるが、二つ理解できない点がある。一つはアナログ派なこと。パソコンすら持っていないなんて信じられない。二つは絶望的に嗅覚がないことだ。一流のプレイヤーには一流の仕事をする義務がある。つまりこんなしょっぱい仕事をするような人間じゃあないんだ、君は。今汚職疑惑のある政治家の捜査を行っている。1000万出そう。ボクの助手として仕事するといい。もちろん君が個人的に働く詐欺に関しては一切の取り分を求めない。資産的に君なら5000万は確実に搾り取れるだろう」
「断る。つまらなそうだ」
「トージ!」
はぁ。いい加減耳に響いて仕方ない。無碍にする相手じゃないし別にいいが。
「俺の返事も二つだ。一つはでかい仕事はそれなりのリスクが伴う。5000万程度で一生コソコソするなんて御免だ。二つはさっき言った通りつまらなそう。仕事に一番必要なのはやる気だ。やる気も出ない仕事なんかするつもりはない。俺に仕事を依頼するならもっと楽しそうな仕事にしろ」
そう言うと、電話口で生唾を飲み込む音が聞こえた。
「……まさか君。ボクというものがありながら廣瀬こころとかいう女に惚れたなんて言わないよね」
「誰? 俺? まさかだろ。誰かに恋をするということはそいつの魅力に騙されるのと同義だ。この俺が誰かに騙されるなんてありえない」
「じゃあなぜたいした金にもならないそんな詐欺に入れ込んでいるんだ」
廣瀬に入れ込んでいる理由か……。髪をかき上げ、上の制服を脱ぎながら答える。
「これは三つだ。一つは騙すと決めたから。一度交わした約束を破るなんてそれこそプロ失格だ。二つ目は金を稼げるから。ない袖を振らせてこその詐欺。いくら搾り取るかは相手じゃない。俺が決める。そしてもう一つは……」
白目を剥いている廣瀬の隣に寝転び、写真を撮る。
「楽しいからだよ。人間なんだ。それ以外に理由なんていらない」
そして『わたしの彼氏』という言葉と共に浅矢に画像を送り付け、電話を切った。
次回からいよいよ詐欺本番になります! 今作の魅力そのものになりますので、どうぞ期待していただける方は☆☆☆☆☆を押して評価を。そしてブックマークのご協力をよろしくお願いいたします!