第1章 第8話 お仕置き
「先輩っ。聞いてください! みんなからお礼言われちゃいました!」
デートの翌日の放課後。空き教室で待っていると、満面の笑みの廣瀬が駆けてきた。
「そりゃよかったな」
「あれ、先輩うれしくなさそうですね。イケメンだったって褒められてましたよ?」
「外見なんざいくらでも変えられるからな。大事なのは内面だ。まぁ内面だっていくらでも変えられるわけだが」
「じゃあ大事なものなんてないじゃないですか……」
「そうでもない。金はいくらあっても腐ることはない。品性は金で買えないらしいけどな」
「結局はお金ってことですか? なんかさびしいですね」
「金があれば外見も内面も潤せる。無駄な物なんざないってことだ」
「……なんか話一周してません?」
そりゃそうだ。こんな会話こそが一番の無駄だからな。そんなことよりも。
「次はこれを使うぞ」
俺は机の上に大量の拘束具を広げる。それを見た廣瀬は顔を真っ赤にし出した。
「なっ……! またあれするつもりですか……変態!」
「違う。使うのは俺だ」
「え? 先輩ドMなんですか?」
「お前と一緒にするな」
「わ、私はドMなんかじゃありません! むしろドSだと言っていいくらいです!」
「そう。上に立つには見せつけることが大事だ。自分は上の立場にいると周囲に見せつける。そのための武器がこれだ」
ようするに俺を調教している姿をグループの奴らに見せつける。そうすることで自分の力を誇示するというわけだ。
「……でも先輩、いいんですか……? これ相当……恥ずかしいですけど……」
「別にいい。言っただろ? 内面は金で買える。金のためなら多少の屈辱は我慢するよ」
「じゃ……じゃあ遠慮なく……」
そしてそれから約15分後。廣瀬に呼ばれ、グループの奴らが教室にやって来た。
「うわ……何やってんのこころ……?」
その瞬間ドン引きの声が静かな教室に木霊する。それも当然。
「見てわかるでしょ? 調教だよ」
俺は床に這いつくばり、口にボールギャグを嵌められ、手と脚を縛られ芋虫のように藻掻いていた。その正面の椅子に座った廣瀬はそんな俺の頭を生足で踏みつけ、演技ではない。恍惚の表情で見下ろしていた。
「昨日はずいぶん生意気なこと言ってたからさ、お仕置きしてあげてるわけ。どっちが上かってのをわからせないとね」
「へぇ。いい趣味してんじゃん」
困惑するグループの中から一人の金髪のチャラチャラした女子が飛び出してくる。浅矢塗絵。俺たちのターゲットだ。
「あーしもわかるよこころの気持ち。こういう身の程知らずの豚を見てるとさぁ……いじめたくなるよね!」
「ぐっ」
背中を踏まれ、思わず声が出る。だが思わぬ収穫が得られた。今の浅矢の台詞は俺に向けられたのと同時に、廣瀬にも注がれていた。お前如きが調子に乗るなよと牽制していたのだ。裏を返せば、リーダーである浅矢にそれだけの脅威だと思わせたことにもなる。自分の立場を脅かす脅威だと。現時点では思わせられている。
「ほんとほんと。気持ち悪いったらありゃしない!」
「がっ」
だが廣瀬はそれに気づいていない。俺の顎を指先で上げ、もう片方の脚を差し出してきた。
「ほら先輩。先輩の大好きな脚ですよ? 特別に掃除させてあげる権利をあげます。舐めなさい、犬みたいに」
……にしてもこいつ、ノリノリだな。本当に楽しそうに俺を足蹴にしている。それだけ上の立場にいることが気持ちいいのだろう。この生意気な面を見ると歪ませたくなるが……我慢だ我慢。金のために、我慢しよう。
「うわほんとに舐めたキッモ~! 先輩まるで犬みたいですよー? 動画撮ってあげましょうねー」
こいつマジで……! いや落ち着け。別のことを考えろ。そうだ、こいつ脚上げすぎてパンツ見えている。その滑稽な姿を見て精神を落ち着かせるんだ。
「……じゃああーしらカラオケ行ってるから。あんたも満足したら来なよ」
「はいはーい」
俺に夢中でリーダーの言葉を適当に流す廣瀬。その瞬間の浅矢の怒りの顔を見逃さなかった。ここまで来れば計画の第二段階もクリアしたと言っていいだろう。
「……ふぅ。こんなもんですかね」
グループの奴らが教室を出たことを確認し、廣瀬は一度ため息をつき。笑った。
「なーんて言うと思いましたか? 昨日のお返しです。先輩今動けませんよね? 昨日味わった屈辱! 全部倍にして……え?」
「お前ほんと頭悪いな」
奴らが帰っても尚俺の顔を踏みつける廣瀬を無視し、俺は袖口に隠しておいた鍵で手錠を開く。脚の分も外し、ボールギャグも取り。これで自由だ。
「えーと、倍返し、だっけ? 他人にやろうとしておいて、自分がやられるのは嫌だってのは筋が通らないよな?」
「せ……せんぱ……。今回のは気にしないって……」
「あいつらがいる内はな。でもお前は個人的な理由で俺を辱めようとした。これは契約違反だ。その分の罰は、与えないとな」
「ま……待って……ひゃぁぁぁぁっ」
俺の機嫌を買うなら金が必須。それができないのなら。
「お仕置き。倍返しだ」