第1章 第11話 言葉
「お待たせしました」
俺と廣瀬が広場に到着したのは14時30分。30分の遅刻となった。
「……遅い。どんだけ待たせんのよ」
それを明らかな不機嫌顔で咎める浅矢。隣に立つ岡村も何も言わないが、不満なのは明らかだ。こいつらだって10分前に来たのにな。
「いやいや申し訳ない。そうだ、これ名刺です。それとお詫びの印としてレストランの優待券もどうぞ」
結局世の中というものはマウント合戦でできている。俺は宝石が埋め込まれている腕時計を見せるようにしながら名刺と優待券を渡す。そこに書かれてある会社はホームページがあるだけのハリボテだし優待券も購入したものだが、こいつらがそれに気づくことはないだろう。
「……なに。こころの彼氏って金持ちなの」
「いえいえそんな。普通の会社員ですよ」
思わず出てしまったであろう感嘆の声に笑顔で返す。だがこいつらも服が安物かどうかくらいはわかるだろう。少なくともそこらの店で買えるものじゃないということくらいは。
多くの詐欺師は高級スーツを着ている。それは人は容姿に騙されるからだ。高級な服を着ているなら金持ちなのだろう。人はそう考え疑うことはしない。
爽やか高身長金持ちイケメンと、あざといくらいにかわいい服を着こなせている彼女。このカップルに対し相手はピチピチのシャツにジーパン男と、肌を出せばいいのだろうと言わんばかりの安っぽい女。どちらが格上かなんて言うまでもない。
「で、そっちがダブルデートしたいって言うからついてきてあげたけど何するつもり?」
焦ったように言葉でマウントを取るが、脆弱すぎる。強い言葉を使えば強く見えるなんて三流のやり方だ。プロはこう使う。
「そうですね……。買いたい服があったのですが、そこはまた今度にしようかな。やはりお二人にも楽しんでもらいたいですから」
二人の格好を一瞥し、申し訳なさそうにして笑う。きっとこいつらもわかったはずだ。馬鹿にされていると。
「遠慮しなくていいですよ、えーと、三科さんでしたっけ?」
「そうですね」
俺を煽ろうと名前をわざと間違えたようだが甘すぎる。こんなもの適当に流せばいいだけのこと。それだけで相手は策が失敗したと逆上するんだから。
「そのショップ行きましょうよ。だいたいこんな変な格好した奴と一緒になんて歩けないし。いいでしょ、啓介」
「お、おう……」
イラつきを隠そうともせず浅矢はそう言ったが、実際に金を出すであろう岡村は及び腰だ。ここら辺で切り上げるか。
「そうですか。では見ていくだけでも。ちょっと付き合ってくださいね」
見ていくだけ、少しだけ、先っぽだけ。そう誘われたら断ることは難しい。だが痛い目に遭いたくないのなら頑として断るべきだ。
「……楽しくなってきた」
本当の悪人は、約束を何とも思っていないのだから。