第1章 第10話 言い換え
週末の午後1時。俺は駅前の広場にいた。今日は廣瀬、浅矢、岡村とのダブルデートが行われる。だが集合時間は2時。1時間前に到着したことになるのだが、それも嘘である。事前の準備、買い物も行っていたので朝9時にはここら辺にいた。
「お待たせしましたー」
そこにやってきた廣瀬。楽しみで1時間前に到着したなんていうかわいらしい理由ではなく、早めに来るよう言ったのだ。
「よし、喫茶店行くぞ」
「ええ!? いきなりですか!?」
「ああ。まぁないだろうけど早めに来る可能性もあるからな。あいつらが来た後に遅れて到着したい」
「……なんでですか?」
「社長出勤ってやつだ。立場が低い奴だと遅れたら怒られるが、逆は何も言われない。そうやってアピールしていくんだよ」
「……わかりました」
どこか不満げな廣瀬を連れ、近くの喫茶店に入る。広場の様子が見られる窓際に座り、コーヒーを飲みながら言う。
「で、その服はなんだ?」
「え、何か変ですか?」
黒いトップスに白のロングスカート。どうせファッション誌のコーデを完コピしたんだろうが、こいつはわかっていない。
「いいか、お前はチビだし脚は短いし童顔だ。大人っぽい服装をしたって似合わない。だから買ってきた」
「え……いくらでした?」
「金はいらない。どうせ普段使いしないだろうしな」
「……?」
服が入った紙袋を手渡し、トイレに送り出す。そして5分後、ぷりぷり送りながら帰ってきた。
「な……なんですかこの服は……!」
赤い顔をしながら悔しそうに睨む廣瀬。その服はピンクのブラウスと黒いリボン。黒いスカートにニーハイソックス。さらに元々履いていた厚底ブーツやツインテールもあいまり、中々おもしろい姿になっていた。
「いいだろ? 見事な地雷コーデだ」
「だから怒ってるんじゃないですか! なんでこんな恥ずかしい服……! またわたしを辱める気ですか!?」
「その気ならもっとエロい服着させる。これは浅矢をイラつかせるための服だ」
「……あの、ずっと言いたかったんですけど」
廣瀬が席に座り、メロンソーダで口を潤してから言う。
「わたし、別に塗絵を越したいとかじゃないんです。ただグループで地位が低いのが嫌なだけで……そんな喧嘩売ってまで蹴落としたいわけじゃないんですよ」
「へぇ。じゃあ誰なら蹴落としていいんだ?」
「誰もダメです! わたしはみんなと仲良くなって、楽しい高校生活が送れれば……」
「はっ。結局はビビってるだけだろ」
元々カーストが低かったからだろうか。こいつは何もわかっていない。人間関係というものを、何も。
「いいか? 世の中は勝つか負けるかだ。お前が夢見ている仲良しグループも、勝ちたい奴と負けても誰かと一緒にいたい奴が固まっているに過ぎない。お前は前者のくせに、考え方が後者なんだよ。自分が我慢してでもみんなが良ければいいと思っている。別にそれは悪いことじゃない。そういう生き方だってあるだろう。でもお前は上に行きたいんだろ? だったら誰かを蹴落として上がるしかないんだ」
そう説明したが、廣瀬は納得していないのか表情が暗い。言葉を巧みに操る詐欺師にとってこれ以上の屈辱はない。
「言い方が悪かったな。つまりお前は良い人なんだよ。性格がいいんだ」
「……そう思いますか?」
軽く褒めて気を良くさせたところで再び伝える。
「でもグループのリーダーってのはそうじゃない。誰かを下に置くことで安心感を得ている。それはリーダーだけじゃない。その下も、さらにその下も。まだ下がいるということで安心している。つまり、カーストを上げるということは誰かを傷つけるのとイコールだ。だったらせめて、一番になるべきだ。そんなことを思っているグループを変えられるのがリーダーだからな。優しいお前がトップになれば、優しいグループが生まれる。お前がみんなを救ってあげるんだ」
言うまでもなくこれは嘘だ。だが全てが嘘ではない。この気の弱い女が中途半端に上がったところで板挟みで責められるのは目に見えている。ならば誰も手を出せない頂点に行かせる。それ以外にない。それを言い換えただけの言葉だが。
「わたしががんばれば……みんなを幸せにできるんですね……!」
この手の自尊心が低い奴にはこれが効く。簡単に騙したところで、デートは始まった。