二十四
牢の中に捕らえられた神子を見て、正妃は唇を釣り上げた。
「ねぇ、死にたくない?」
嘲笑を含んだ、だけど何処か媚びるような甘ったるい声。
小汚い牢の中、突き付けられた現実に絶望と共に座り込んでいた神子はその声に緩慢に顔を上げた。
牢の前には皇帝、正妃、宰相、そして騎士団長。
あれから三日、牢の中で絶望にくれていた神子の前に彼らは現れた。
最初は喚き、「此処から出して!」と鉄格子を揺すって暴れ、泣き喚いていた神子も三日目ともなるとその気力さえ尽き、今ではもはやかつての煌びやかさなど欠片も窺えないまるで抜け殻。
「このままだと貴女は死罪が妥当でしょう。犯した罪の重さと民衆や貴族の不満を顧みると広場での磔などが相応しいでしょうか」
眼鏡をクイクイあげながら宰相が淡々と告げた。
「…そ、んな」
それは決して高貴な立場の者へと与えられる処罰でない。
手足に杭を打たれ、一思いに死ぬことさえ赦されずに石を投げられ、唾棄されながらただ飢え、干からびるのを待つなどよほどの大罪人への見せしめぐらいにしか行われない。
「国の為だった。お前はそう言ったな?」
皇帝の言葉に両手で鉄格子に縋りつきながら「はいっ、はい」と何度も神子は頷き、自分は悪くないのだと訴えかける。
「ならば此処で今まで通り国の為に働け」
騎士団長の紡いだ言葉の意味がわからなくて見上げれば、代わりに笑みを湛えた正妃が告げる。
「簡単な話よ?結界を復旧して維持しなさい。
ああ、貴女にこの国全部の結界を維持する能力がないのはもうよぉーくわかったわ。多くの令嬢たちから魔力を奪って尚、貴女の力じゃ足りないものね?
だから王都周辺だけで構わないわ。
結界を張ることはそこからでも出来るんでしょう?
ギフトも対象と一度接触さえしてれば離れた場所からでも使えるんだったわよね?」
「それは…どう、いう?」
「質問はなしよ。貴女にその権利なんてないんだから。
貴女が言ったように『国の為』に働き続けるなら牢だってこんな小汚い独房じゃなくてもう少しマシな貴賓牢に移してあげる。
そこなら窓から外を歩く貴族だって目に入るでしょう?」
神子は見開いた瞳で四人を見た。
ギフトで≪他人の魔力を奪う≫為の条件は二つ。
一つは血でも髪でもいい、対象となる相手の身体の一部を手に入れること。
そして、もう一つはその対象の姿を神子が一度でも瞳に映したことがあること。
たったそれだけ。
≪他人の魔力を奪った≫ことで断罪をしておきながら、彼らはそれを今後も続けろと暗にそう告げている。
しかも王都周辺だけで構わないということは、国ではなく自分達が居る場所だけでも安全を確保しろ、そういうことだ。
「勘違いしないで下さいね。
私たちは誰も貴女にギフトを使って結界を維持しろなどとは言っていません」
「そうよ。宰相の言う通りだわ。
貴女が自分自身の力で“神子”としての役目を果たせてればそもそもなんの問題もなかったんだもの。
ただ……そうね。貴女が“神子”としての役目を果たすのなら、貴女を処刑したことにして秘密裏に生かしてあげても構わないっていってるの」
「それじゃ割に合わないわ。此処から出してっ!」
両手で鉄格子を掴みかかって訴えれば、騎士団長がその足を振り上げて神子の手の直ぐ横を蹴りつける。
「言った筈だ。お前には質問の権利も何もないと。
断るのなら当初宰相が言った通りの刑が執行されるだけだ。
お前に相応しい刑がな。
それにそこから出して貴賓牢に移してやると言っただろう。第一、牢の中以外にお前の居場所などこの国の何処にもないぞ。お前の実家も何もかももうありはしないのだから」
「っ?!!」
どういうこと?そう問いたくて言葉が漏れずに濁った音だけが漏れた。
「お前の実家は取り潰しだ。大罪人を出したのだから当然だろう」
「そもそもその前にみーんな無くなっちゃたけどね?
貴女の罪は国中が知ってるもの。貴女がファウスティーナの魔力を奪って“神子”を演じてたこと、賊の侵攻も病を防げなかったもの全て貴女が“偽物の神子”だったことも、貴女が罪もない沢山の貴族を生贄にしてその地位を守ろうとしてたこともなにもかも」
「ご家族はお気の毒ですが、押し寄せた暴徒の犠牲になられたそうですよ。まぁ、貴女のギフトのことは知っていたのでしょうから同罪なのでしょうけど。
ですので、万が一牢を出たとしても貴女は嬲り殺しにされるだけです。
貴女の平穏は牢獄の中にしか存在しないのですから」
「…………そんな……」
ぱたりと落ちた手の上、スカートの上にもぱたぱたと雫が降り注ぐ。
虚ろな瞳から涙を流す神子を見下ろし、皇帝は告げた。
「身の振り方を、よく考えることだな」




