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07 気付いてしまった気持ち

いつも読んでいただき、ありがとうございます!



「ティナ、お前、騙されているのではないかい?」


「え?」


 深刻な顔で部屋を訪ねてきたのは、ベルモンド家の長男である、サラドールお兄様だった。


 寝ずの番の王城の警備を終え、今しがた家に帰宅したのだろう。帯剣はしていないものの、王家の家紋のついたジャケットはその肩にかけられたままだ。


 姿絵に残されている母にそっくりの優しい瞳は、今は少し曇っている。



「騙されて...…とは……一体なにが?」



「最近君に付き纏っているファルマン殿の事だよ。」


「ファルマン様...…? 騙されると言うと、ううーん…...特に何か高価な物など買わされたりはしていないけど」


 騙す、騙す、騙す...…


 私の中にある『騙す』にカテゴライズされた言葉をよくよく探してみる。


 特段、騙されると言ったような事はない様に思う。何かを買わされたりだとか、貢がされたりだとか。定番は幸せになる高価な壷を買わされたりだとか、土地を売りつけられたりだとかかしら?


 しかしテンプレートにはまったような事は今のところ思い当たらない。


 どちらかと言うと私が毎日の様に花や手紙を受け取っているので、見る人から見たら貢がせている悪女の様だ。付き纏っているのはどっちだという感じだ。


 事実、妖精という物で釣って友人となったわけなので間違ってはいない気がするが。


「特に...騙されてはいないと思うけれど...」


「そう言うことじゃないよ。お前のその少しばかりズレたところが可愛いのだけどね、お兄様が心配しているのはそうじゃないんだよ」


「じゃあ、いったいどういう?」


「...最近、王城や騎士達の間ではあの誰にも靡かない事で有名なファルマン殿がついに愛しの妖精を見つけてそばに置いているって話が出ているんだ。何か聞いた事はあるかい?」


「いえ、全然」


「そうか...」


 頭を抱えるお兄様を横目に、私はなんとも言えない感情になった。



 とても素晴らしいことだ。思い人を自分で見つけるなんて素晴らしい。

 しかも妖精である。


 あれほど美しい人が焦がれる妖精ともなれば相当に美しいのだろう。ぽん、と頭の中にドドリやフィフィを思い浮かべる。


 ファルマン様と彼らが立ち並ぶ姿は、それはもう絵画の様だろう。


 でも何故だろうか。


 ほんの少しモヤモヤする。


 友人なのに、兄からその話を聞いたから、だろうか。


 友人なのに報告が後回しだなんて、と思ってるのだろうか。私は。


 今朝も届いた手紙をそっと握りしめる。中身はまだ確認していない。


「うん...…私はお前の味方だからな。」


「お兄様、私は大丈夫。そもそもファルマン様とは友人ですし。」


 幼い頃と変わらない優しさで、そっと私の頭を撫でお兄様は部屋を出て行った。


「お嬢様、入りますよ」

「ああ、ルノワール、どうしたの?」


 入れ違いに、入ってきたルノワールは随分と青い顔をしていた。


 胃でも悪いのか、お腹をさすっている。


 ここ最近ずっとこの調子である。

 大丈夫なのルノワール。


「お嬢様〜」

 なんてことだ。半ベソである。

「どうかしたの?ルノワール。 いい年齢の男性が泣くなんて...」

「うぐぐぐぐ」


「お兄様達が何か言ったのね?そうなのね?大丈夫よルノワール。私、騙されてはいないし、酷い扱いも受けたりしていないわ?」


 おーよしよし。しおしおと項垂れたルノワールは、「いいんです。...…それより...…僕じゃなくて、お嬢様の方が心配です」と切り出した。


「なにが?」


「騙されてない、とおっしゃいましたが、気持ちは良くはないでしょう?必要なら、その、」


 ルノワールが、言い辛そうに、そっと私の持つ手紙を視線で指した。


「その贈り物は返す様、伝えておきましょうか?」


 ああ、そうか。ルノワールの胃を痛めるのはこれかと納得が行った。

 

 チリチリと、しかし無視はできるほどの小さな痛みが胸を通っていく。


「いいのよ」


 ポツリと出た言葉は、つい情けない声になってしまったかもしれない。




 

 私は自分がほんの少し自惚れていたことにショックを受けた。

 

 お兄様とのやりとりに、急に自分の心の奥にあったものに気が付いたのだ。


 冷徹と言われるほど笑顔がないと言われるファルマン様に笑顔を見せられている。


 自分のことではないと分かっていても。


 そうだった。つい現実離れした、出来すぎた話に、私は夢を見ていたに違いない。


 年増で、優秀なベルモンド家で唯一の出来損ない。それが私だ。


 ハッと目が覚めた思いだった。


 見た目も平凡な私が見るには贅沢すぎる夢だったと思うほかない。


 もしかしたらあの美しい宝石の様な人の特別になれたのでは無いのかと。

 

 そう思ってしまっていた自分が恥ずかしい。ガツンと殴られたような思いだ。

 やはり世間知らずだったに違いない。

 ひどく恥ずかしく、惨めな気持ちになった。



 この気持ちは、なんなのかはわからないけれど、たった1ヶ月で出来上がったこの思いは、友人と言う飾りをつけた頑丈な箱に片付けてしまおう。


 そして彼に「おめでとう」「よかった」と伝えて、手放せばいい。


 そうと決まれば、動くのは早ければ早いほどいい。

 


 「ルノワール、少し出かけてくるわ」


 付いてこなくてもいいと暗に告げて、家を出た。



◆◆



 ティナが家を飛び出してすぐ、ひとりの女性が物陰からぬらりと現れた。その瞳は憎々しげにティナの後ろ姿を鋭く睨んでいる。


「そう.…..あれが、あれがそうなのね。魔女、魔女.…..ファルマン様を誑かす魔女なの.…..」


 ガリガリと爪を噛む音と、苛立たしげにつま先で地面を蹴飛ばす音が、街に溶けていった。





◆◆





数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。


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