24 ハッピーエンドのその先ひと匙
番外編、というか、完結後にちょっぴり一悶着です。お楽しみくだされば幸いでございます。
『ある時のファルマン殿はジッと人間観察を行い、その視線の先の人間を無意識、無自覚に魅了する。私は魅了された1人である。
学生A
何かに取り憑かれたように書物を読み漁っている。普段から人を寄せ付けない雰囲気であるが、この時ばかりはより一層人は近づけないだろう。美人の無表情、血走った目、山になった本に埋もれている光景はなかなかのものだ。
学生A
この日は思い立ったように、調理室に篭り、鬼気迫る勢いで何かを作っていた。
なかなか手に入ることのないルーモフォレの果物をどういったルートで仕入れたのかは知らないが、それらを菓子や料理に含ませ何かを作ろうとしているらしい。代々ルーモフォレを守る家系の息子であるため、何かしらをツテがあるのだろう。
ひと月前は気が狂ったように木の実を砕いていた。
最近目撃した他の目撃者によれば、次は狂ったようにジャムを作っていたらしい。
ここまでとなると、ちょっと見たい。
普段涼しい顔をしていて、表情があまり変わらない見目麗しい人物がジャムを作るというだけでも見応えがあるというのに、狂ったようにと言われるとものすごく気になる。むしろ面白い。
J
最近はある女性に夢中なようである。うわ言のように、かの女性は「妖精である」と言っておられる。ルーモフォレの作物にはもしかしたら幻覚作用があるのかもしれない。一般兵士にはとてもじゃないが手には入らない代物なので検証のしようもないが、危険な状態ではないか検査の要請を出すことを推奨いたします。
兵士B
受付をしていたらとても素晴らしい回復薬を持った女性がやってきた。見たこともない色の髪をした、スラリとした女性だったが、かなりタイプだったので今流行りの劇のセリフで口説いてみたが、笑顔で流されてしまった。ショックだったが、後から聞いたら彼女がファルマン殿の夢中になっている女性だったらしい。二重でショックを受けた。
兵士F』
「なんですかこの報告書は日記か何かですか?」
「いえ。いたって真面目にファルマン殿の観察に……いえ、日常の聞き込み報告書です」
「今日記って言いませんでしたか?」
「いえ…聞き込み報告書です」
インバネスコートにハンチング帽と、いかにも小説に出てきそうな探偵風の服を身に纏った青年は、くい、とメガネを指で押し上げると、しれっとそう答えた。
青年の名前はアーノルド。
僕の友人である。
職業は探偵である。探偵が「これぞ探偵」のような格好なのは分かりやすくて良いのかもしれないが、僕はこれでいいのかはものすごく疑問である。
探偵が果たしてこうもわかりやすくて良いものなのだろうか。
本人曰く、「まずは格好から入らねばならない」というので好きにしたら良いと思う。
「ファルマン殿が何やら女に言い寄られているというから聞き込みをしたが、これは全くの逆じゃないですかね」
「く……、これは直接確認しなくては! 僕が学園に行っている間になんということだ!僕の兄上が女にたぶらかされておかしくなっているなんて…!」
「いや、これ結構昔からじゃないですかね。」
「いや、僕の兄さんは優秀で、純粋なお方なんだ…!料理のセンスも悪くはないはずです。何より食べられました。それに妖精は綺麗な心の人間にしか見えないというではないですか! それです!」
「お前が純粋かよ……いやぁ、他にも色々聞いてみたんですがね、報告書を見るだけでも砂吐きそ……いや、お幸せそうじゃないですか?」
「お前はその女を確認したのか!?僕はどんな女かこの目で確認するまで絶対に許すものか!兄さんは麗しく、清楚で、同じような美貌を持ち、穏やかな女性と結婚するべきなんだ……!」
「おいおいおい……」
「いきましょう、アーノルド!やはりこの目で確認しなくては!」
ルフトクスト家の次男である、タトラーの名にかけて変な虫は成敗しなくては!
兄さんのために...!
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「ここにその女がいるのですか?」
「はい。そう聞きましたよ。黒髪黒目の人物だそうで、見ればすぐわかるかと思います」
こっそりと王城に入り込み、医務室に入り込むことに成功した。いや、こっそりというのは語弊がある。
兄さんに恋人、婚約者、と想像していたら、つい壁に頭を打ち付けてしまい流血沙汰となってしまっただけである。純粋に怪我人だ。痛い。
堂々とファルマンの弟だと主張すれば簡単に侵入することができるので、そもそもこっそりとは無理な話だった。
自然な流れで医務室に案内されて、ただいま大きな部屋の中の一角、カーテンで仕切られたベッドに腰掛けて回復薬を持ってきてもらうのを待っている。
「タトラーを見れば、タトラーの兄上のあの変な内容の報告書内容も頷けるというものですね」
「な、ぼ、僕が兄さんに似ているだって……?そんな、恐れ多い……照れるじゃないですか」
「褒めてねぇんだよ」
「あ゛?なんだって?」
「やめろ…!おま、馬鹿力なんだから、すぐ手を出すな……し、死ぬ」
「いだ、いだだっ、アーノルドっお前、そこは怪我してるところですよ」
侮辱の気配を察知して、コートの襟口をぐいと引っ張ってやれば、僕のことを馬鹿力馬鹿力という割に、それ以上の力でぐりぐりと傷口を抉ってきたので一発殴っておいた。おいおいさらに流血したけど!
「あの、こちらで回復薬をお待ちの方がいらっしゃると聞いたんですけど」
「あ、はい。ここです」
カーテン越しに、人影が映った。
ほんの少し猫背気味のシルエットがゆらゆらと所在なさげにうろうろとしている。
アーノルドが答えると、カーテンの隙間から白く細い指がするりと入り込み、カーテンに手をかけた。
もしかするとこの手の持ち主が兄さんをたぶらかした女狐かもしれない。
そう思うと、自然と肩に力が入り、身構えてしまう。
緊張からか、手のひらは汗ばんでいるというのにカラカラと喉が渇きを訴え、口の中は舌と上顎がくっつくほどに水分を失ってきている。
細く白い指がカーテンを握りこむ。
思わず、ごくりと喉が鳴った。
同じようなタイミングでアーノルドも息を呑む音が聞こえてきた。
そしてゆっくりとカーテンがひかれた。
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