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【番外編】あれは確かに【ルノワール】





 お嬢様は、どうにも自分を卑下なさる癖があるようで、事あるごとに「ごめんね」と言う。


 僕がこのベルモンド家に雇われた時は、お嬢様の立ち位置は非常に危うかったように思う。お嬢様自体が、常識やマナーも何も知らない事も問題だったが、ここの使用人にも問題があるように感じた。

 

 彼らは主人だというお嬢様のことをどうも気味悪そうに、遠くから眺めているだけなのだ。

 お嬢様を気にかけていらっしゃるのは、ご家族の方だけ。

 そうだと言うのに、ご家族はこのお屋敷に滞在されている時間はずっとずっと少ない。


 ひとたび旦那様を見送れば、戦地へと出向かれればひと月。近場であったとしても数日は帰ってこない。ご子息であるジャンドール様もサラドール様も学園に出向かれれば、長期休暇までは寮などで過ごされる。それに騎士となれば旦那様と同じように忙しくなられるのは明らかなものだった。


 奥様がお亡くなりになられた経緯も伺ったが、申し訳ないが、僕の知る限りはそう珍しい事ではない。

 不幸なことに間違いはない。

 誰もが深く悲しみ、嘆いたことだろう。

 だが、お嬢様がそれほどに使用人達から気味悪がられる理由にはなり得はしなかった。

 

 初めて挨拶を交わした時、その姿には驚きを隠せなかった。

 ああ、これかと。

 これが気味悪がられる理由かと合点がいった瞬間だった。

 黒く長い髪の毛に、黒い瞳。赤毛のベルモンド一家には浮いた存在。

 じっとこちらを伺う様子は、まるで常に何かに怯えているかのようだった。

 ヘンテコなのは、礼儀正しすぎる事だ。

 それは使用人に対する態度ではない。全然ない。

 そこが問題だった。

 その自信のなさも、察しの良さも、全て奇妙で、混じり合わない。


「ねぇ、ルノワール、さん」

「お嬢様。僕は使用人ですので、ルノワール、と呼び捨てくださいね」

「う、ルノワール」

「はい、なんでしょう。お嬢様」


 もじもじ。悪く言えばぐずぐず。

 常識が些かズレているお嬢様は、初めこそ何を考えているのかがわからない不気味な子供であったけれど、話せば話すほど、なんとも純粋で素直な性格をしておられた。


 そして見たことのないお菓子や、食べ物を作ってくれる。べ、別に食べ物に釣られているわけではないけれども!どこで覚え、どこで教わったのか。謎に満ち溢れるとても魅力的な女性へと成長なされていった。これを口に出せば僕がジャンドール様とサラドール様にボコボコにされるのは目に見えているので口には出さないが。

 本当に恐ろしい。あの方達はお嬢様の事となると気軽に攻撃を仕掛けてくるので身が持たない。しかもお嬢様の作る回復薬は恐ろしく良く効くので、気軽さに拍車をかけている。なんて怖い兄弟なんだ。おかげでその辺の兵士より強くなってしまったじゃないか。

 僕物騒なの嫌いなのに!


 お嬢様が20歳になられた歳。恐ろしいほど何も変わらず、やはりお嬢様はそこにいた。

 まるで魔法が時を止めてしまったかのようにこの家の中では時間が動いていない。普通のご令嬢といえば、毎晩のように夜会や茶会に出ては、より条件の良い相手を見つけてくるものだと言うのにお嬢様ときたらそのような気配はなく、興味も無さそうだった。このまま穏やかに時間が流れて、きっと今までと同じように僕がお嬢様の手を取ってお世話をして、そうして歳をとっていくんだろうな、なんて思っていた。


 一気に事が動き出したのは、ルフトクスト家のご子息であられるファルマン様が現れたあたりからだ。

 その一連の出来事は僕の胃を散々いじめ倒した。旦那様はしょんぼりなさるし、サラドール様もジャンドール様も怒り狂うし。


 正直に言おう。

 面白くない。



 全然全然、面白くない。


「あ、ルノワール、ファルマン様からお花を頂いたの。花瓶を用意してもらってもいい?」

「はい。お嬢様」


 部屋を出て、花瓶を探しに倉庫へ向かう。

 吸って、吐いて、吸って。深呼吸を繰り返し、なんとか気持ちを落ち着ける。 

 

 花なら僕だってお嬢様に贈ったことあるでしょう、とか。一緒にいた時間なら僕の方が長いでしょうとか。胸を占める複雑なこの想いの行き場所はきっと墓場だ。ちゃんと理解している。

 ただちょっとだけ、僕の「お嬢様」を取られてしまったことに戸惑って、ほんの少し腹が立つだけ。


 ダラダラくだらない言い訳をあれこれ考えるうちに、倉庫の端に置かれた花瓶が目に入る。


 埃を被った花瓶を綺麗に拭いてやれば、細やかな模様が彫られた美しい姿がそこに現れた。

「これは。あの時の」

 初めてお嬢様とお会いした時に、なんとか慣れてもらおうと花を渡したことがあった。その辺りに咲く小さな草花。どこにでもあるような雑草。それを大事そうに生けてくれたのがこの花瓶だったっけか。


 花瓶を持ち、お嬢様の部屋に戻ると、ぱぁとお嬢様の顔が明るくなる。


「その花瓶!懐かしい!ルノワールからお花を貰った時もこれに生けたのよね。持ってきてくれてありがとうルノワール」

「ああ、いえ......覚えていらっしゃったのですね」

「当たり前でしょう。私すごく嬉しかったんだから」

「あ、ありがとうございます」


 年甲斐もなく、ほんの少し胸が躍る。

 覚えていて下さった。荒んでいた心がぽっと温かくなっていく。


「私はあの時なんだか、すごく不安だったの。でもルノワールが来てくれて、色々教えてくれたでしょう?いつも一緒にいてくれて...あの時からルノワールが大好きなんだから。忘れたりしないわ」


「す、すき!?」


 ふふ、と笑ったお嬢様は、当たり前じゃない!もう家族みたいなものよ!と嬉しそうに微笑んだ。


 家族の好きか。とほんの少し、ほんの少しだけがっくりとする。でもその響きはとてもしっくりとくる。ずっと変わらない、家族のような「好き」は僕のものになったのだ。そう思えば、幾分かこの心も軽くなった。



「まぁ、僕も命をかけられるくらいには、お嬢様が大好きですよ」


 「命だなんておおげさよ!」と真っ赤になったお嬢様の顔を見られただけで良しとしよう。我ながら子供っぽい八つ当たりをしてしまった。




 お嬢様の幸せを願う気持ちは、いつだって何も変わっていない。


 しかしやはり、今感じているこのもどかしい気持ちは、家族に対するそれでは無いのはよくわかっている。

 お嬢様にとびきり優しくするのはどうしてか。

 苦手な争い事も進んで立ち向かう意味も、理由も。


 報われることのないだろうこの想いは、時間と共に腐り、誰にも知られないうちにこっそりと葬られる事だろう。ならば綺麗なうちに僕の手で摘み取って心の隅に飾っておこう。

 




 あれは確かに恋だったのである。








数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。

またもや番外編書いてしまいました。

楽しんでいただければと思います。


面白かったと思っていただけましたら、

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