21 聖女様
「落ち着きましょう看護師様。その回復薬がとてもよく効くのは我が旦那様のお家、ベルモンド家では周知の事実。おかしい事など何もございません。そのように罪人のごとき問い詰めは不要ですよ。私はお腹が空きました。きっと怪我をされた人もお腹が空いているはずです。早く治療を施してあげるべきです」
「お前はそればかりだな」
「いやほんとに」
お兄様達が感心するほどのブレない主張に、そうだったな。ルノワールってこう言うとこある、と改めて思う。
ほとんどが自分の欲望を喋り倒しただけだったが、ルノワールの勢いと捲し立てにハッとしたシェリーさんは、「そうでした。そうですよね」と意識を取り戻した。
いや、別に意識を失っていたわけでもないけれどね。少し別の世界には旅立っていたかもしれない。ちょっと目が怖かった。
お兄様達とルノワールを見送り、次のベッドへと移る。
この場所にはざっと見る限り、簡易ベッドと簡単な仕切りが50ほどはあった。
さすが騎士団を多く抱える王城。兵士の数は何倍もいるだろうが、清潔な部屋に清潔なベッドをこんなに。50あってもきっと足りないだろうが、それでも一室でこれほどとはなかなかすごい。
圧巻だ。
カーテンを広げ、談笑をしていたのは今夜はルノワールだけだったようで、ポツリポツリと数カ所カーテンが覆い隠すベッドがあった。
その一つに近づくと、カーテンで仕切られたベッドから微かに嗚咽が聞こえて来る。
「入っても良いでしょうか?」
恐る恐る問いかけるも、返事はない。
背後にいるシェリーさんを見ると、彼女はフルフルと首を振る。その表情からも、相当な重症と認識する。
「ここの方は、1番重傷なんです......きっと、心も体も......まだ上級回復薬も手に入らなくて......それでも治るかわからないんです」
「そんな」
胸がグッと締め付けられ、言葉が出ない。
それでも自分ができることは、一度自分の作った回復薬を飲んでもらう事だけだ、と自分を励まし、カーテンをそっと開けた。
「〜っ! ......! い゛、!」
年若い、まだ少年の面影を色濃く残す青年が、大きく目を見開き、ぎろりとこちらを鋭く見やる。その視線は髪の毛と瞳の色にいっている。首に巻かれた包帯に目が行く。
彼は声が出ないようだった。
「あ、これ...」
そうだった。この髪の毛の色は、どうにもこの世界では不幸の象徴のように煙たがられていたことを思い出す。
怪我は首元だけではなく、足首もひどい状況だった。ひしゃげた足には痛み止めの薬草が貼られているが、これでは立つことも不可能だろう。
ぼたぼたと瞳からは涙が流れ、悲しみと、悔しさが溢れ出していた。
「大丈夫。大丈夫よ。きっと、きっと...妖精様が力を貸してくれるはずだから......お願い。飲んでみて」
私はこの国の神様を知らないから。
神様にお願いすることはしない。
妖精の王ならば、妖精達ならばきっと。
そう願わずにはいられなかった。
そっと、その少年に近づき、口元へ回復薬を少しずつ流し込む。喉が潰れていて、飲みにくいのだろう。苦しそうに数滴ずつゆっくりと口に含んでいく。
初めは恐ろしげに、警戒するように怯えていたが、その顔は徐々に驚きに変化していく。
途中で私の手から受け取ると、一気に喉へ流し込んだ。
「あ、あれ......」
全て綺麗に飲み干した頃には、声が戻っていた。
「あ、ああ、声が出る......嘘だろぉ、そんなこと......あ、足、足はっ?動く...?動いて、る」
呆然と、ベッドの上に放り出した足を眺めていたが、跳ね上がるようにベッドから飛び降り、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「うごける!わぁ、動けるぞ!な、何を、貴女何をしたんだ!?」
「何も。ただの回復薬です」
「そんな馬鹿な! 上級でも治らないかもしれないと言われたんだ、こんな簡単に治るわけがない!」
「そんな、でも、よかった。本当に」
ホッとして、胸を撫で下ろす。
青年を見やれば、もう先ほどの軽蔑じみた視線はない。その目には涙はすでに無く、尊敬と畏敬の念が宿っているかのようにキラキラと輝いている。
「ああ、こんな、感謝してもし切れない!返せるものがない!何故こんな施しをしてくれるんだ?」
「返さなくて結構よ。早く貴方の元気になった顔をお友達や仲間に見せてあげてね」
ハッとしたように、青年は頷いた。きっと顔を見せたい人がいるのだろう。うんうんと次のカーテンへ手をかけようと手を伸ばすと、その手をキュッと握られた。
青年が、頬をほんのりと赤くさせ、手の甲に頬を寄せると、背後で「きゃー」と声にならない声でシェリーさんの嬉しそうな悲鳴が聞こえる。
「な、なん、なに!?」
「俺の女神様、この御恩はいつかお返しいたします。必ず」
「女神ではない!」
「? じゃあ聖女さま?はっ! 妖精様か!」
「人間よ!」
「いいやそんなはずはない。必ずどこかでお役に立ちます。では、急ぎ貴女の素晴らしさを伝えてきます」
なんか違う!
彼はそうキッパリと言うと、軽やかな足取りで出ていった。
「うわぁ、なんかすごかったですね!お話みたいです!」
「う、う〜ん」
同意しかねる。私のことを妖精扱いする人が増えた...
隣のカーテンも、断りを入れてから中に入る。
目を閉じ、静かに横たわる男性もまた先ほどの青年と同じように喉と足が潰されている。
違う点は、意識が浮上したり、なくなったりを繰り返しているため、応急措置はしたが、やはり先ほどの青年と同じように危ない状況だ。
顔を覗き込むと、その目がうっすらと開いた。
自分の父と同じほどの年齢、40代ほどだろうか。
「失礼致します、回復薬です。少し楽になるはずです」
そう、語りかけ、ゆっくりと口に流し込む。
ぽろりぽろりと口端から数滴こぼれはしたが、最後の一滴まで飲み終わる頃には、自力で起き上がっていた。
「これは...!ああ、奇跡だ、君は、見たことのない髪の色...聖女様か?聖女様、妖精様がいらっしゃった...!」
「違いますって!」
「もうこの際聖女様って事で、この部署に就職しません?絶対応募が殺到します」
シェリーさんがニヤニヤと勧めて来るが、聖女になった覚えも、妖精になった覚えもない!
やめてください!と拒否をしつつ、ほかの仲間に会いにいくよう勧めて部屋から出してゆく。
この日、医務室に黒髪の女神様こと、聖女様こと、妖精様が現れたという噂が城中をにぎわせた。
数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。
聖女爆誕です。
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